第4話 憧れの人に会うために

ダンジョンにはボスがいる。倒してもボスは24時間後に復活するのだが、ボスが復活するまでの間はダンジョンから魔物が現れないというのは昔からの常識だ。

その理由は現代でもよく分かっていないが、今は細かい事はどうでも良い。

魔物が溢れる心配がなければ定時に帰れる。定時に帰れなければジュンさんに会えない。



(さっさと倒して定時に帰る!ジュンさんに会う!)


社長を始めとした社員の皆の反対を強引に振り切り、ダンジョンに一人突入した私はその一心で、両手に握っている愛刀で次々に魔物を切り刻んでいた。

魔物は四足歩行をするもの、液体のように形を変えるものなど様々な系統と特性があり、各々得意分野の攻撃魔法を使ってくるが、私はそれを回避する気はなかった。いや、回避する必要性がなかった。

大きな犬のような魔物に噛みつかれても、水鉄砲のように飛んでくる毒液を浴びても肉体強化の魔法を使っている私には通じない。

だからダメージを気にすることなく、強化魔法を何十にも重ね掛けした剣で襲いかかってくる魔物を次々に殺す。

職場上ダンジョンに入る仕事も稀にあるので、戦いには多少慣れていたが…休む事なく戦闘を続けるのはキツかった。

ダンジョンの中腹で遂に足が止まってしまった時、背後からドン引いたような雰囲気の聞き覚えのある声が聞こえる。



「うわぁ…魔具も使わずにこんな殺戮を…サヤさん怖っ」

「…何しに来たんですか?」


顔を顰めているレンを遠慮なく睨み低い声で問いかけると、レンの横に立っていたヒロが引き攣った笑みを浮かべた。



「えっと…大丈夫って言ってたけど、やっぱり心配で…様子を見に…」

「ありがとうございます。ですか、見ての通り大丈夫なので戻って下さい」

「そうみたいですね。にしても魔具を使わず、しかも攻撃を受けても無傷って…サヤさんって化け物ですね」

「失礼な。単に魔法で防御力と攻撃力を上げているだけです」


軽く睨むとレンはギョッとして一歩後ずさったが、口は止まらない。



「いや…でも…防御力と攻撃力の上昇魔法を同時使用なんて、魔力はすぐ枯渇しますよ。相当なレベルの持ち主でないと無理な…」


そこで一旦口を紡いだレンは、珍しく真面目な顔をして私を凝視する。



「サヤさん、今レベル幾つなんですか?」


心なしかヒロの視線も熱くなっている気がするが、私はその期待に応えられるようなレベルでは無かった。



「30です」

「「絶対嘘!!」」


同時に断言をした二人に小さくため息をつき、私は彼らに背を向けた。

しかし彼らの反応は当然。

本来ならレベル30の人間がソロでダンジョン攻略をしようとしたら自殺行為だが、少し特殊な私にはそれが可能になる。



「とにかく今はそんな事はどうでも良いんです。危ないので状況がわかったら帰って下さい」


一刻も早くボスを倒して定時に帰る。

何百回目かのセリフを心の中で繰り返しダンジョンの奥に足を進めようとした時、ヒロが僅かに怯えた声で私を引き留めた。



「おっ、俺も行くよ!今の力って魔法なんでしょう?俺の固有スキルなら、もし魔力切れが起こったとしてもサヤさんに俺の魔力を流せるし!」


通常、魔力を人から人へ移すことは難しい。しかし中にはそれを可能にする固有スキルを持ち合わせている人も一定数存在する。

ヒロはウチの会社で唯一、そのスキルを持っている人間だ。

私としては魔力補充は嬉しい話だが…



「…良いんですか?中は危険ですよ?」

「大丈夫。一応攻撃用の魔具も持ってきたし、いざという時はサヤさんに守ってもらうよ」


情けない事をサラリと言ったヒロ。

でも危険を承知で着いて来てくれる彼には感謝しかない。



「…わかりました。ではお願いします」

「了解!」

「なら俺も行きます!ラスボスを倒すのは流石にサヤさん一人では無理でしょうから、俺の最新の魔具で片付けますね!」


心配していた魔力枯渇もどうにかなりそうだと思い安堵したのも束の間、傍から聞こえなくてよい元気な声が聞こえてイラッとした。

本人に悪気はないのだろうが、さりげなく私をイラつかせる言葉選びをするのはもはや才能だろう。



「…そうですかっ!さぞ簡単に倒せるのでしょうね!楽しみです!」


引き攣りそうになりながら笑うと、レンは気づく様子もなく得意げな笑みを浮かべた。

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