第9話 招かれざる客






 青紫色のサルビアの花を刺繍したハンカチが完成した。

 花言葉は「尊敬」だ。


 よーし、私がいかにヒューイット様のお役に立ちたいかを書き綴った手紙と共にハンカチを贈るぞ!


 うきうきと便箋を用意していたところへ、招かれざる客がやってきた。


「お嬢様。ブライム伯爵家のコリン様がおいでです」

「うげ」


 正直に「うげ」と言ってしまった。


「私は体調が悪いと言って追い返して」

「そうしたら『見舞いをする』とか言い出しそうですねどね」


 うぐぅ。

 そうなのよね。ブライム伯爵夫人は私のお母様の姉なのだけれど、いつも我が物顔で公爵家へ遊びに来るのよね。その息子もしかり。


 今にして思うと、コリンが養子になったのだって伯母様がかなり強引にねじ込んできた記憶があるし。

 コリンはグリーンヒル家の血を引いていないので、先々代グリーンヒル公爵の次男だった祖父を持つエリーナを婚約者に据えてまでして。


 将来的にふたりの間に生まれた子供と、私が生んだ子供を結婚させて公爵家を継がせればいいという主張だったような……今思うととんでもない内容の養子縁組みだわ。伯母様、貪欲だなあ。

 私のお父様がひとりっ子で、他に適当な血筋がいなかったからごり押しで通ったんでしょうね。

 まあ、私が殿下に嫁ぐ場合は確かに悪い話じゃない。王位を継がない子供の婿入り先嫁入り先が確保できていれば王家としても安心だからだ。

 今回は伯母様の思い通りにはいかないけどね!


 しぶしぶ応接間へ向かうと、コリンがちょこんと座っていた。

 一つ年下のコリンは亜麻色の髪に薄茶の瞳で、幼い頃から「天使みたい」と周りから可愛がられている。そのせいか、ちょっと甘ったれたところのある従弟だ。前回はそれなりに仲良くしていたが、今回はそのつもりはない。お前は敵だ。


「なにかご用?」


 冷たい声で尋ねると、コリンはぷくっと頬をふくらませた。


「母様が言うんだ。『ステラが王子様と結婚しちゃうかもしれない』って。そんなの嘘だよね? 王子様と結婚なんかしないよね」

「しないわよ」


 私が答えると、コリンがぱっと顔を輝かせた。


 なんで喜ぶのかしら? 私がどこかへ嫁入りしないとお前は公爵家の後継になれなわけだけど。


「そうだよね。ステラが王子様と結婚するわけないよね。よかったー」

「話はそれだけ? なら、帰ってちょうだい。私は忙しいの」


 ヒューイット様に手紙を書かなきゃいけないんだから。コリンの相手なんぞしている暇はないのよ。


 だけど、コリンはなかなか帰ろうとせず、だらだらとくだらない話をして私を苛立たせた。どついたろか。


 こみ上げる怒りを抑え、紅茶のカップを投げつけてやりたい衝動を抑え、苦行のつもりでコリンの相手をした。いずれド外道に成り下がるとはいえ、現在は九歳の子供だ。泣かせたらこっちが悪者にされる。

 これはヒューイット様をお支えするための試練だと思おう。

 鋼の忍耐を手に入れろという神の思し召しかもしれない。


 自分にそう言い聞かせてひたすら耐えた。なにが言いたかったのか知らないが、ほぼ一方的に喋っていたコリンは満足そうに帰っていった。


 やっと帰ったか。やれやれ。

 ようやくヒューイット様に手紙を書けるわ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る