第2話

 少し考えれば分かる事だった。

 ケンは「彼女は作らねぇ」と断言している男だ。「色んな女と遊びたいんだ」が口癖だった。「お高く止まった女にゃあ、一円だって使いたくネェ」とも言ってた。

 かと言って、僕と一緒で外見が良い訳じゃない。まじめに働いてはいたが、金だってそんなにない。

 有り金で効率良く遊ぶなら、フーゾク通いは最善の選択だったのだろう。

「今日も二人で行ってさ、オレはこのコ、ユージにミユちゃんが付いた訳よ。一発抜いてもらった後にこれからどうするか聞いたら、早番で上りだからミユちゃんと宅配ピザを頼んでみるって……」

 ケンがそこまで言うと、巨乳のコが続けた。

「でもね、私とミユちゃん、家が逆方向なの。どっちの家でやるかで迷ってたら、ケン君が部屋を貸してくれるって。ホント助かったわぁ」

 ケンがヘラヘラ笑いながら言った。

「いやいや、こちらこそゴチでしたわ。なあ」

 ケンが僕に振ったので答えた。

「本当だ。ご馳走さま」

 僕は声が震えないようにするので必死だった。


 それから先の事は、少し記憶が曖昧だ。

 ミユちゃんは流しでコップや皿を洗っていたように思うが、自分が何をやって何を話したのか、よく憶えていない。

 ただ、帰り際に巨乳のコが名刺をくれたのは憶えている。

「こんど遊びに来てよ。これを出したら指名料タダだから。サービスして、あ、げ、る」

 そう言って、僕に向かって誘うように唇を尖らせた。

 僕はミユちゃんに「君のもくれないか」と言った。彼女がフーゾク嬢だって、まだ信じられなかった。

 だけど、彼女は渋々名刺を取り出すと僕にくれた。

 確かに『この名刺で指名料無料』と書いてあった。


 ミユちゃんと巨乳のコが帰った後、僕はワザとらしく二人の名刺をちゃぶ台の上に並べた。

「フーゾクは初めてなんだ。どっちのコがいいかな」

 ミユちゃんに恋心を抱いたことを、ケンとユージに悟られたくなかった。

 ユージは通ぶって答える。

「二人共、同じくらいテクニシャンすよ。ただ、パイズリはミユちゃんじゃ無理っすね。小さいから」

 その言葉に、ケンは意味ありげにニヤニヤしながら言った。

「でもホラ、ミユちゃんはアレだから」

 ユージもニヤニヤしながら応じる。

「へへへ、ミユちゃんはアレっすもんね」

 僕はイラッときた。

「アレって何だよ」

 ケンは、ちゃぶ台の向こうから身を乗り出す。

「いいか、ミユちゃんと遊ぶ時は、五千円余計に持っていけ。最後までヤラせてくれるから」


 目の前が、グニャ、っときた。


「でも、ファッションヘルスに本番は無いだろ」

「建前はな。だけど、店に内緒で、こっそりオプションでヤッてるコは結構いる。規則の事なんて言い出したら、ホントは今日みたいに客と飲み食いするのだって禁止だぜ」

 この話題はこれで終わりとばかりに、ケンとユージは車の話を始めた。スズキから出た軽のツインカムターボがどれくらい速いか、なんて他愛ない話だった。


 後で知るのだが、僕の表情が一変したので慌てて話題を変えたそうだ。僕の恋心なんて、長い付き合いの二人には簡単に見透かされていたんだ。

 僕が帰った後、ケンとユージは、僕を誘った事をとても後悔したという。

 二十代の僕は小せぇ男だったし、そんな僕ではこの恋に向き合えないだろうと心配してくれてた訳だ。

 友達ってのは、本当にありがたいもんだ。

 今も二人には感謝しかない。



 次の日は日曜だったので、朝からイジイジ悩む時間があった。

 ミユちゃんがいる店に行くかどうかについてだ。今日も出勤日である事は確認済みだった。

 日が暮れる頃にようやく決心し、家を出たが、店の前まで来るとまた気持ちが揺らぐ。更に一時間ほどウロウロした。

 正直、自分が何を望んでいるのか分からない。

 スケベ心は確かにあった。だけど、店でミユちゃんに会えば、それ以上に傷付く事も直感していた。

 事実を自分の眼で確認したい。いや、そんなもの確認してどうする……そんな思いが堂々巡りしていたんだ。

 人通りが途絶えた所で、僕は意を決して細い階段を上る。二階に、カチカチに固めたリーゼント頭の恐い顔の店員がいた。

 顔は恐いが、物腰は柔らかい。

「いらっしゃいませ。ご指名はございますか?」

 壁に、その日出勤している女のコのパネルが掛けてあった。その中に、ブラジャーとショーツだけの色っぽいミユちゃんの写真もあった。

 昨日のボーイッシュな格好とのギャップに、思考が追い付かない。

 巨乳のコの写真もあった筈だが、視界に入ってこなかった。

 僕は、昨日貰ったミユちゃんの名刺を差し出す。

「ミユさんですね。すぐにご案内できますので」

 正確な金額は覚えていないが、一万円札一枚と千円札を数枚出した気がする。

 三階へ続く細い階段を更に上がった。そのまま細い廊下を進み、幾つか並んでいるドアの一つをリーゼントが開けた。

「ミユさんです。ごゆっくりどうぞ」

 そこには、セクシーなベビードールを着たミユちゃんが立っていた。赤い口紅が、昨日はあどけなさを残していた彼女を、成熟した大人の女に見せる。

 後でドアが閉まり、狭い部屋で僕はミユちゃんと二人きりになった。

「さっそく来てくれたんだ……ありがと」

 少し困った様な彼女の笑顔の意味を、僕みたいなアホな男が読み取れる筈もなかった。

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