第50話 光の恩寵
転送陣で転移した場所は、薄暗い石造りの頑丈そうな部屋だった。
そこでは俺たちが来るのを待ち望んでいた人たちがいた。
神官の衣装を着た老婆が、一歩前に出てきた。
「お初にお目にかかります。貴方がユウト様ですね」
と上品そうな老婆が俺に話しかけてきた。
「ええ、そうです」俺は頷く。
「貴女がマーヤさんですか」
「はい」マーヤさんは微笑む。ラフィーナと同じような、気高くて優しい雰囲気だ。
彼女から感じる魔力はラフィーナと同等、いやそれ以上だろう。
部屋には、マーヤさんとヘンリックさん、それと彼の部下たちだ。
ざっと三十名ほどいる。
「現状はどうなっています? 玲奈は無事なんでしょうか」
「城の中央の大広間に、テオドール、ラングヤール、仮面の男がいる。
レイナ様もそこに囚われている」
「場所は何処ですか?」
「大広間。この城の中央に位置し、貴族たちと謁見や舞踏会を行う場所だ」
「そこに玲奈が……」以前来たとき見た馬鹿みたいに広い部屋のことだろう。
「ならば」
玲奈の居場所は既に判明している。
ならば話は早い、早速助けに行かなくては。
「待ちなさい。そこは魔物の巣窟だ」
俺はマジマジとヘンリックさんを見やる。
「まさか、自分の城の中に?」
「そうだ。見た方が早いだろう。
マーヤ様、お願いします」
「ええ」
マーヤさんは水晶玉を取り出して、俺に見せてくれた。
どす黒い瘴気が漏れ出す大広間。
この部屋は、以前玲奈を助けるときにチラリと見たが、大型体育館ほど広かったはずだ。
(中にどれだけ人間がいるんだ?)
恐らく千人以上いるはずなのだが、誰もが長椅子に座り動かない。
既に死んでいるのだろうか。
――いや。違う。
座った人間の腰から下に、蔦のようなモノが絡みついている。
時折動くツタもどき。
これは……。人間から何かを吸い取っているのだ。
「こ、これは……」
(ここは自分の城なんだぞ、エロ王子は何を考えているんだ)
自分の城を魔物の巣にするなんて、信じられない。
自分の拠点でそんなことすれば、政治とか外交はどうするんだろう。
「俺たちに追い詰められて、なりふり構っていられないと?」
「我らに手こずるというより、力を持て余していて、その制御に失敗した。
闇に飲み込まれてしまったのだろう」忌々しそうな顔をするヘンリックさん。
「そもそもの発端。ラングヤール本人が、仮面の男に良いように操れていたのでしょうね」とマーヤさん。
「あの男も、昔はまだ人間味が残っていましたから」
「アルトー王子のことで、心が闇に墜ちたのでしょう」
幾ら王族でも闇を制御出来ないようだ。
「闇の力を増幅させる苗床に、彼らは利用されているのでしょう」
「そ、それじゃ玲奈は! まさか……」
「まだ大丈夫ですよ。レイナ様の魔力は確かに感じ取れます。
闇の冒された気配はありませんから」
「それでも」
「ユウト様」ラフィーナが俺の手を両手で優しく包む。
柔らかくて温かなぬくもりを感じる。
「う、うん」少し落ち着いた気がする。
「ユウト、焦っちゃ駄目だぜ。
こんなヤバい所考え無しに突っ込んじゃ死ぬだけだぞ」とハンス。
「だ、だけどな」
「そうだ。勇気と無謀は違う。
お前はレイナ様を取り返すのだろう。先ずは落ち着いて考えよう」とクラウス。
「……ああ。そうだな」俺は頬を両手でパチンと叩く。
「落ち着いてきたようだね。では作戦を伝えよう」とヘンリックさんが言う。
「はい」
「とは言っても、これもかなり危険な作戦だ。かなりの賭だがね」
「それでも、この方法しかありませんからね」とマーヤさん。
光の恩寵。
それは記録の上にしか存在しない秘術。
相手の結界を強制的に解除する秘法。
だが、あまりに消費する魔力が高いため、実現したことは殆ど無いという魔法。
正真正銘の秘術なのだ。
それをぶっつけ本番でやろうというのだから、確かに博打だ。
しかも失敗すれば、この戦いの主力である勇者と聖女は暫くの間使い物にはならないという。
それでも……。
俺はみんなの顔を見回す。
誰もが決意に満ちた顔つき。
みんなの思いは一つ。
「では、光の恩寵の秘術を執り行います」
マーヤさんは朗々と宣言した。
「人も時間も何もかも不足している」
ヘンリックさんは俺たちの顔を見回しながら話し出す。
「聖職者の幾人かはマーヤ様のお力で正気にもどしたが、この秘術を執り行うに足る人物はいない。
ハンス、クラウス、ヨハネス、クルト。手伝ってくれ」
「「「「はい」」」」
「ラフィーナさん、ビアンカさん、アーダさん。
この秘術を成功させるには、貴女たちの力が必要です。
貴女たちに相当な負担を強いてしまいます」
マーヤさんは、ラフィーナたちの顔をゆっくりと見回しながらそう言う。
「それでもは手伝ってくれますか?」
「「「はい」」」ラフィーナ、ビアンカ、アーダは淀みなく答えた。
これから執り行われる伝説の破邪魔法。光の恩寵。
この隔離された部屋を拠点として、六芒星を描く。
六つの支点には、ラフィーナ、ビアンカ、アーダ、ヨハネス、クルト、そしてマーヤさん。
魔法の詠唱中の、無防備な彼らを護衛するのはヘンリックさんと彼の部下たち。
この部屋に張られた防御結界がどれだけ凄かろうと、強烈な威力を放つ光の恩寵は、事前の準備だけでも莫大な魔力が漏れるという。
そのためテオドールたちに隠しきることは不可能だという。
「どれくらいかかりますか?」
「最低でも一時間は。ですが、発動した瞬間から漏れ出す魔力は誤魔化せません。
直ぐに敵の増援が駆けつけてくるでしょう」
マーヤさんを見詰める俺。
それにヘンリックさんと、部下たち。
彼らの任務も重要だ。
自分の命を捨ててでも、ラフィーナたちを生かさなくてはならないのだから。
そこで、俺は囮を買って出る。
囮というか、正直なところ特攻みたいなものだ。
なにせ一人で大広間で暴れ回るのだからな。
それでも、魔法が成功するためには必要なことなのだ。
「ユウト様、無茶ですよ」とラフィーナが俺を止める。
「でも成功する確率を上げるには仕方ないさ」
「ですが」
「まあ、俺が適任だよ。なにせ俺は幽霊だからな」
俺は意識を集中させると、身体が消え去り、がらんどうの甲冑の中を見せた。
「ユウト。お前」驚くハンス。
「幽霊勇者。まあ正確には生き霊勇者かな?
死ぬことは無いんだよ。
だから、俺のことは心配しないでくれ」
「ユウト様」
言葉に詰まるラフィーナ。彼女は知っている。
俺の首元の護符が無くなればどうなってしまうのかを。
魂がむき出しとなった俺が、悪霊になってもおかしくないことを。
そのまま消滅してしまうかも知れないことを。
俺はラフィーナにウインクして見せた。
彼女は何か言いたそうだったが、黙っていてくれた。
(今は勝てるための努力は全てするだけだ)
俺だけが危険なのではない。ラフィーナやハンスたち全員が等しく危険なのだ。
正に板子一枚下は地獄なのだから。
俺は仲間たちを後にして、大広間に向かうのだった。
★
マーヤさんに教わった道順で、大広間へたどり着いた。
馬鹿みたいに大きな両開きの扉がある。
頑丈そうな扉には見事な彫刻が施されている。
彫刻は封印を兼ねているようで、強い魔力を感じるのだ。
「派手に行くか」
俺はカン助を見やる。
「カー」力強く頷くカン助。
あれ? ふと見るとカン助の足が一本増えていて三本足になっていた。
「なんでお前、足が増えているんだよ」
「カー」フフンと自慢気に俺を見る。
三本足の烏で有名なのは、八咫烏だ。俺もオタの端くれとして知っている。
(カン助が八咫烏? このアホ烏が?)
「ソレは無いな」
「!」ショックを受けるカン助。怒って俺の頭を激しく突く。
「痛っ、何怒ってるんだよ。とにかく行くぞ」
「カー」カン助は不満げな声で鳴くと、渋々と頷いた。
「さあて、仕切り直しの……」
俺は斬馬刀に黄金の魔力を注ぐ。
普段の倍以上の魔力の刃、大きく頭上に振り上げる
「一撃だっ」
目映い黄金の刃が頑丈な扉を切り裂く。
大広間から高濃度の瘴気が溢れ出てきた。
あまりの濃さに視界が効かない。
「クソ、中が見えないぞ」
俺がぼやくと、俺の肩に止まったカン助と目が合う。
ニヤリと笑うカン助。その目は俺の力が必要なのかい、と問うているようだ。
「……悪かったよ。言い過ぎた」
「カー」
「何、旨いモノ喰わせろだと?」
「カー」
「人の足下見やがって。この戦いが終わったら、たらふく喰わせてやるよ」
俺は斬馬刀を手に取り大広間に突っ込んだ。カン助のお陰で視界が広がった。
そして、異様な光景を見て言葉を失う。
「これはまた……」
中に密集する魔物たち。まあソレは良い。想定内のことなのだから。
だが俺が驚いたのはそんなもんじゃない。
長椅子にズラリと座っている連中のことなのだ。
まるで養豚場を見ているみたいだ。
口をあんぐりと開けてヨダレを垂らしている人間たち。各々が高そうな衣服を着ているのがシュールだ。
確かに水晶玉で見た光景だ。だが実際に見るのとでは、気持ち悪さのレベルが違う。
ゲームの綺麗なグラフィックと、現実の光景とは違うのだから。
「あの気味が悪い連中は一先ず放って置いて……」
俺は魔物を睨め付ける。
あの時の森と同じ、いやそれ以上の魔物がドンドン出没している。
真っ黒い闇。穴の奥から魔物が湧いて出てくる。
もう暫くすると、大広間では手狭になるだろう。
現に扉を壊そうとしている魔物もいる。封印のことを知らないようなので、頭のデキは大したことなさそうだ。
だが、強敵の存在も確認できた。
ミノタウロスも一頭出てきている。
恐らく他にもいるだろう。強敵が集まってしまうのは拙い。
俺は手前のミノタウロスに躍りかかる。
斬馬刀に流れる黄金の魔力。その威力が上がっている。
ミノタウロスを容易く唐竹割りに切り捨てた。
「意外だ。拍子抜けだな」
ここに来て、俺は自分の想像以上に強くなっているみたいだ。
だが幾ら強くなったとしても、前回戦った森の時とは違い、俺独りだけでの戦いだ。
つまり継戦能力がその時よりも劣るのだ。
俺という強敵の出現に、周囲の魔物たちは蜂の巣を突いたような騒ぎとなる。
次々と魔物が襲いかかる。
魔物の標的は俺独りだけとなり、前後からの挟み撃ちや不意打ちが続く。
そいつらを斬馬刀で片っ端から切り捨てる。
身体へのダメージなんて気にしていられない。
とにかく斬って斬って斬りまくる。
「良し」大広間の右側の魔物の数を相当減らした。黒い靄もたたっ切る。
周囲の魔物を斃して、試しに苗床にされた人の、ツタを切り裂く。
ピクリと動くのを見て取りあえずは生きているようだ。
「この人たち生きてるのか」無事というよりも、辛うじて生きているって感じだな。
言い方は悪いがエサなので、直ぐには殺さないのだろう。
生かさず殺さずという酷い状況みたいだ。
クソ王子の手伝いを無理矢理させられているのだ。
流石に気の毒に思える、何とか助けたいものだ。
まあ、中には自業自得のヤツもいるのだろうが。
「もう少し待っていてくれ」
今は助け出す時間が無い。囚われの人たちを後に先に進む。
目指すのは大広間の北側だ。
そこが一番玲奈がいる可能性が高いと聞いた。
俺は斬馬刀を振り回し大立ち回りをする。次々と湧いてくる魔物たち。
強敵であるミノタウロスの数が少ないのが幸いだ。
それでも二体同時に仕掛けてくると後手に回ってしまう。
「はあ、はあ」
肺が無いのに苦しく感じてしまう。何だか身体の存在を強く感じてしまうのだ。
空気ではなくて、マナが不足しているのだ。
周囲が濃い瘴気であるために、マナを取り込み魔力に転換することが出来ない。
このままでは魔力切れを起こしてしまう。
「クソ王子の奴ら調子に乗りやがって。馬鹿みたいに魔物がいやがる」
光の恩寵が成功しないと、俺の方が先にやられてしまう。
ただ、マーヤさんたちの居る部屋から、温かい光を感じる。
それがドンドン強くなってくのが分かるのだ。
「あと少し、あと少しなんだ」
秘術の発動までの一時間。
それが恐ろしく長く感じてしまう。
もう既に一日中戦っている様な気分だ。
「うおおおっ」
俺は気力を振り絞り斬馬刀で魔物を倒す。
周囲の魔物を相当切り捨てた。魔物の攻撃が一時だけど収まったようで、どうにか一息つけた。
だがまだまだ魔物の気配が途切れることはない。
カン助の視界が頼りだ。周囲を伺いながら安全なルートを進む。
中央で棒立ちの男。身なりからして大貴族みたいだ。
恐らくラングヤール。テオドールと同じくこの凶事の元凶だ。
そいつの前に、どす黒い繭。
何かが胎動しているようだ。
コイツが孵るとヤバい。
そんな予感がするが、ここからでは距離がある。
俺の魔力量的には、寄り道している余裕は無い。
「玲奈の居る部屋はどこだ?」
「カー」カン助が示す先に、廊下が見える。
その廊下の先、奥から二つ目の部屋があるようだ。
そこから玲奈の気配を感じると告げている。
「良し、でかした」
ここで無茶すれば俺も玲奈もどうなるか分からない。
今は先へ進もう、この苦境が取り除かれることを信じて。
仲間たちが必死になって取り組んでいる切り札。
その効果に一縷の望みを託して。
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