第49話 学園から城へ
再びレイベール学園へ。到着したのは夕方、日が暮れ始める頃だった。
街道の警備が厳重になっているので手間取ったのだ。
噂ではヴィルヘルム城に賊が出たとか言われている。
監獄も騒がしいとの噂話。色々な情報が錯綜しているようだ。
まだ俺たちのことはバレていないようだが、それも時間の問題だろう。
「学園の警備も強化されているな」
門の上から昇る光の膜。
それがドーム状になってレイベール学園全体を覆っている。
唯一の出入り口は正門のみ。
学園に入るために人々が列を並んでいる。
結構な人数。生徒だけではなくて、業者の人たち等一般人も多いようだ。
「いつもの俺たちなら、問題なく通れるんだろうけど」
俺たちはレイベール学園の学園手帳を持っている。
これが身元証明書だ。
だから素通り出来るのだが、俺たちはラフィーナを助けるために監獄へと向かった。
既に学園はテオドール陣営側だ。
クルトたちが芝居を打ってくれたが、どうだろう。
そんな不安とは裏腹にアッサリと通過できた。
「何だ、拍子抜けだな」とハンス。
「全くだ」と俺も独りごちる。
「みなさんはこちらへ」と俺たちを先導する守衛さん。
いつもの温厚な顔つきなので、疑問も抱かず付いていくのだが……。
「ん? 初めて通るな」とクラウス。
「そうなのか?」俺は学園の構内は知らない。
だが、俺たちが通された通路、その順路は普段とは違ったものだった。
「拙いな」とハンス。
「この先は……」「行き止まりだ」
案内された先は、行き止まりの広場だった。
そこにはズラリと兵士たちが並ぶ。
学園の制服、生徒も数十名いるが、兵士たちと同じように胡乱な目。
洗脳魔法に掛かっている。
今、出てきた扉が勢いよく閉まる。
「閉じ込められた」
胡乱な目をした兵士たちと生徒たちがにじり寄ってくる。
奥佇む複数の男性。その中には見知った顔がいる。
「オイゲン学園長」
好々爺を思わせる笑顔の老人と、いつの間にか学園長の隣には守衛さんがいた。
「初めからグルだった」
兵士たちが並ぶ。奥には老人。学園長だ。
「ユウト殿、押さえて」とアーダ。
いつの間にかクルトとアーダが側に居た。
「え」俺は斬馬刀を振り上げるのを止めた。
隣のラフィーナも随分と余裕がある。
兵士達が俺たちを取り囲む。
偉そうにふんぞり返る男、身なりから察するに貴族だろう。
「さて、引っ捕らえろ。手柄は俺のものだ」
貴族とその側近。
生徒達も何も知らされていない。俺たちを洗脳された兵士たちが取り囲む。
「気絶しないんだったよな」ハンスが問う。
「そうだ仕方ない。少し手荒な扱いになるが」クラウスは剣の柄に手を添える。
「待って。学園長は、何か考えがあるみたいです」とビアンカ。
「は、何だって」ハンスは学園長を睨み付けた。
俺も訝しげにオイゲン学園長を見やる。
ウインクして茶目っ気を見せる学園長。それを見て毒気が抜ける。
あの爺さん、何か考えがあるのか?
「エラン殿の言ったとおりですね」とオイゲン学園長。
「ご協力感謝しますぞ」
「では、貴方たちは、これで全員でしたね?」
「ええ。そうですが?」少し戸惑う太った貴族。
「それは良かった」
オイゲン学園長が魔法を唱える。
視界が歪む。
一瞬だけ聞こえる高周波。例えるならば、
黒板を引っかく音を、何十倍も大きくしたようなものだ。
あまりに不快な音に、思わず手で押さえてしまう。
ただ、その高周波もどきの魔法は、洗脳された兵士たちに絶大な効果を発揮した。
兵士たちと生徒たちは意識を刈り取られるようにバタバタと倒れていく。
次にふんぞり返った貴族の男たちも。
「さて、これで良いでしょう」とオイゲン学園長。
隣の守衛さんも平気な顔していたので、恐らく結界でも張っていたのだろう。
ズルいぞ。
だが、俺たちを狙っていた兵士たちは一掃された。
倒れた生徒たちもラフィーナが魔法を唱えて意識を取り戻させた。
クルトはあらかじめロープを用意していたようで、元に戻った生徒たちを指示して兵士たちを縛っていく。
「さて、みなさんご機嫌よう」
とオイゲン学園長何事も無かったかのように喋りだした。
この爺さん相当な狸だな。俺たちを釣り餌にして、エロ王子に味方する連中を一まとめにしやがった。
「ヘンリック君から連絡は来ているよ」
「クソ、たちの悪い爺さんだぜ」とハンス。
「前は掛かったフリをしていたんだよな」とジト目のクラウス。
「ラフィーナの居る監獄へ邪魔しないからおかしいとは思っていたけれど」
「ふふ。敵を欺くには先ず味方からというでしょう」
と済まなそうな顔のアーダ。
つまりクルトとアーダも一芝居打っていたのだ。
まあ、裏切っていなかったのは嬉しいことだけれど。
「フフ。機嫌を直してください。お礼に取っておきの秘密の場所を教えましょう」
笑顔を浮かべる学園長。
俺たちは顔を見合わす。まだ何か企んでいるのかもしれないが、取りあえずは敵では無い。
「そこはどんな所です?」
「ユウト殿が一番行きたい所ですよ」
★
「さあ、こちらへ」学園長の後を付いていく。
薄暗い地下通路。その先には転送陣がある。
鈍い光を放つ転送陣。これは生きているようだ。
「この転送陣を使って、城内へ一息に行けるでしょう」と学園長。
「え、何故、貴方が知っているんですか?」俺は学園長を見やる。
「限られた王族と、歴代の聖女の中でも一握りの選ばれた者ならば、知っていますよ?」
「……そうか、マーヤ様か」とビアンカ。
「えっと、確か先代の聖女様だったっけ」俺は隣のラフィーナに訊く。
「そうです。マーヤ様は、歴代の聖女の中でも指折りの力を持つお方です。
あの方ならば、秘密の一つや二つ存じていてもおかしくないでしょう」
「なるほど」俺は大きく頷く。
先代の聖女は頼もしい人らしい。
「あれ? でも限られた王族って……」
それならば、何故エロ王子は知らないんだろう?
「ああ、それなら話は簡単ですよ。
テオドール『王子』は知らされていないのです。
正当後継者では無いですからね」とオイゲン学園長。
「それは『王太子』しか知らない場所と言うことですね」とラフィーナ。
「はい」満足そうに頷く学園長。
「テオドール王子は王位継承権を持っていないのですよ」
「どういう意味なんだ? エロ王子は世継ぎじゃなかったのか」
俺は首をかしげる。
「それじゃ誰が正当後継者なんだろう」
だが、その問いかけには誰も答えない。
……いや、アーダがスッと挙手した。
「王妃が心を病んでいるのは聞いたことがありませんか?」
「それは、まあ知っていますが」
ビアンカは、凄く言いにくそうに話す、
「弟であるアルトー王子が亡くなり 兄であるテオドール王子が生き残ったことを恨んでいる」と。
「ええ、存じています。ですが宮中の噂話に過ぎません」
アーダは、声音を少し落とし、囁くように言った。
「アルトー王子復活のために、悪魔と取引したのですよ?」
「な、流石に突拍子もない話でしょう」
大きくかぶりを振るビアンカ。
「……それならば、全ての話が通じますね」とラフィーナ。
「そうです。だからあの森に悪魔が顕現したのですよ。
とある人物を生け贄にしてね」
アーダは無念そうに言う。
「――それが。お父様……」ラフィーナの顔色が真っ青になる。
「ええ。お気の毒に」
「ちょっとアーダ。キミは推測で話を進めないでもらおうか。
まさか、形だけとはいえ国のトップが、そんな……」
ビアンカは必死に否定しようとしているが、真っ青な顔色は、それが本当の事だと悟っているからなのか。
「みなさん」オイゲン学園長は凜とした声で話し出す。
「転送陣を使えば、ひとっ飛びにヴィルヘルム城へたどり着けるでしょう。
真実は己の眼で見てきてください。
そして、その場には聖女マーヤ様とヘンリック殿がいるでしょう。
二人の力を借りて、必ずや王国の未来を取り戻せることを切に願います」
山高帽を取り頭を下げるオイゲン学園長。
「これから先、辛いことが起こるでしょう。みなさんは覚悟を持ってこの国難に取りかかってください」
「えっと学園長、ここに残るのですか? それは少し危険なのでは……」
おずおずと切り出すビアンカ。
「何故だい?」
「この付近の貴族は全て敵なのよ。
そのど真ん中に居座るなんて……。
幾らレイベール学園の防御が堅いといっても限度があるのよ」
「はは。それは腕の見せ所でしょうね」カラカラと笑う学園長。
「学園長」
「このレイベール学園は不落の要塞、わたしたちは大丈夫ですよ。
さあお行きなさい」
「……」全員が押し黙る。
学園が敵の手に落ちたなら、この転送陣が見つかるかも知れない。
そして転送陣を使って敵の増援が送り出されるだろう。
そうなれば俺たちには逃げ場が無いのだ。
本当に片道切符の強行突破なのだ。
だが、みんな勇者や聖女と呼ばれるが、この国の一員でもある。
俺はラフィーナを見やる。
「行こう。何が起こっているのか、行ってみなきゃ分からない」
まあ、アーダが言っていたのは真実なのだろう。
悪魔召喚のために、今回の討伐軍が編成された。
全ては茶番なのだと。
もしかしたら、いや。玲奈と俺が召喚されたのも、全ては予定通りだったのだろう。
俺はラフィーナを見やる。
消沈したラフィーナ。
この茶番の一番の犠牲者は彼女なのかも知れない。
(チッ、胸くそ悪い)
あのクソ王子は、何を考えていやがる。
顔面を五六発ぶん殴らなきゃ気が済まねえ。
視界が一瞬光に包まれると、次に暗転する。
宙に浮かぶような感覚。
そして、再び目映い光に包まれる。
目を開くと、品の良さそうな老婆が和やかな微笑みを浮かべて、俺たちを待っていたのだ。
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