第48話 作戦

 監獄の入り口の前、俺たちとヘンリックさんは難しい顔をして顔をつき合わせている。

 聞きたいことは二つある。

 玲奈の状況と、何故ヘンリックさんまでも洗脳されてしまったのかと。

 玲奈もヘンリックさんも相当強い力を持っている。

 そんな二人が簡単に洗脳されてしまうだなんて、相手は余程の力があるのに違いない。


「玲奈だけではなくて、ヘンリックさんたち全員までを洗脳してしまった。

 それほどの使い手が敵なんですね。

 そいつはどれだけ手強いのだろう」

「そうだな。私たちを洗脳した相手は、確かに強力な魔法使いだろう。

 だが、それは洗脳魔法を、絶妙なタイミングで使ってきた。

 そのことも大きいだろうね」


「それはね――」とヘンリックさんは語り出した。

 あの激戦が終わり、騎士団は一度城へと帰還した。

 そこで負傷兵の治療と再編成、武功を挙げた者たちを調べるためだ。

 場内に一度全ての兵士達が集まった。

 その中にはヘンリックさんたちも含まれている。

 そこでテオドールのねぎらいの言葉がかけられた。


 いつもよりも挑戦的な言動のテオドール。

 少し違和感を覚えたが、戦いの高揚感が未だ残っているのだろうと、聞き流していた。

 それよりも強い違和感。

 それは壇上の上がった玲奈の姿を見て感じたという。

 いつもハキハキと明るい玲奈が、真逆の姿で現れたからだ。


「胡乱な目をした聖女様と、彼女に付き従う仮面の男がいたのだ」

「その時、既に玲奈の様子はおかしかったと?」と俺は訊く。

 クルトも玲奈の様子がおかしいと言っていたな。

 ヘンリックさんの言葉で確信した。

 エロ王子。いや、テオドールが黒幕なのだと。

「ああ」ヘンリックさんは強く頷く。

「洗脳の魔法をかけられていたのだろう。

 ただ、レイナ様ほどのお方に、簡単に成功出来る魔法では無い。

 恐らく悪魔を倒した時に、魔力を使い果たしてしまった、その隙にかけられたのだろう。

 魔力量は違うが、私が洗脳の魔法にかけられたのと、同じ理由だ」


「そうなると、怪しいのは――」

「テオドール、ラングヤール。仮面の男の三人だ」

「その中でも、特に仮面の男に注意を払う必要がある。

 あの者から禍々しいオーラを感じ取ったのだ。

 まるで悪魔のような」

「悪魔が未だいるんですか」

「全て斃したのは間違いない。だが、ただ者ではないことは確かだ」

「そうですか……」

 テオドールが主犯、ラングヤールが協力者、仮面の男が切り札、と言うところか。

 その中で、一番の脅威は仮面の男だろう。

 まあ、三人とも真っ黒なのは確かだ。

 三人とも倒せなくてはならないだろう。


 だけど。一つ疑問が浮かぶ。

 何故玲奈を洗脳させるほどの力があるのに、クルトやアーダを確実に「洗脳の魔法をかけておかなかった」のだろう。

 アイツらが洗脳を免れていたから、俺たちは監獄へ向かうことが出来たのだ。


「二人は洗脳されていなかったのか? 

 それは……。おかしいな」首を傾げるヘンリックさん。

「クルトはテオドールに忠誠を誓っているが、考え無しな男ではない。

 テオドールがこんな暴挙に出る前に諌言をするはずだ……。

 だから言い方は悪くなるが、今のテオドールならば、クルトたちを処罰していたはずだ。

 だから、クルトとアーダの『力が欲しい』のならば『強制的』に味方にしなければならないはずなんだ」


「ええ」俺も同感だ。

 弱っていたヘンリックさんと同様、激戦を経てクルトとアーダも相当弱っていたはずなのだ。

 テオドールを慕っていた二人ならば、簡単に、確実な洗脳が出来たのではないだろうか。

 そう。勇者と聖女という強力な手駒が、確実に手に入れられるはずだった。

 なのに洗脳しなかった。その為にクルトとアーダは、俺たちの味方になったのだから。


「洗脳の効果ってどの程度続くのでしょう」

「自分と相手との魔力差により、掛かる強さはまちまちだな。

 だから、自分より格上に洗脳の魔法が成功したとしても、随時かけ直さなくてはならない。

 そうでなければ洗脳の魔法が解けてしまうんだよ」

「なるほど」と俺は頷く。

 アイツらが、玲奈に洗脳の魔法を使っても、それを維持するためには相当量の魔力を使わなくてはならない。

 だから、余分な魔力は残されていないために、ヘンリックさんたちの洗脳の魔法は雑だったのかもしれない。


「……ならば、『敵では無い者』たちに、魔法を使う余裕は無い?」

「その可能性は多いにある。あの場に居た者たち以外にも、王宮の人間も洗脳する必要がある。

 城には大勢の人々が居る。

 その全てに魔法をかけている余裕は無かった。

 だから、『敵対する者を優先的』にかけたのだろう」


「それは、クラウスの親父さんにも当てはまると」

「そうだろうな」

「おっと失礼」ヘンリックさんの胸元が光る。魔法のペンダントが明滅しているのだ。

「今の城内はどうなっているのか。それを教えよう」

 誰かから連絡が来たのだろう。

「密偵みたいなものさ」と彼は言う。やはり教会と王家は裏で色々敵対しているのだろう。


 ヘンリックさんのやり取りを、俺たちは固唾を飲んで見守る。

「そうか。分かった」ヘンリックさんはペンダントを収めた。

「ユウト殿。君と話した状況に近いようだ」

 それととため息を吐く。

「今のテオドールであったとしても、進んで協力する貴族も少なからず居るようだ」

「あんな胡散臭いヤツがいるのにですか」

 欲ぼけのラングヤールと、得体の知れぬ仮面の男。

 そいつらを従えている時点で、碌な事をしそうにないと思うのだけれど……。

「テオドールの味方になれば、美味しい思いが出来る。そういう奴らも多いってことさ」

「うわあ……」俺は言葉を失う。何という危機感の無さだろうか。

「だが、流れはこちらに傾きだしている」

「ラフィーナの救出に成功したからですね」

「そうだ。

 彼女を媒介にして、レイナ様の洗脳魔法を完全にしておきたかったのだろう。

 だがそれは失敗した」

「そうなると、次は……」

「最悪アーダを生け贄にしようと考えるのだろうね」とビアンカ。

「え、そこまで?」彼女は味方だろうに。

「とち狂った連中は、何をしでかすか分からないぜ」とハンス。

「ならば、直ぐに行動に移さなければいけなぞ」

 俺はハンスを見やる。

 いつもの飄々とした態度ではなく、至極真面目な顔で見詰め返してきた。


 今は未だ、ラフィーナが救出されたことがバレていないと思う。

 だがバレるのは時間の問題だ。直ぐに行動しなければならない。


 ヘンリックさんは険しい顔をして言う。

「うむ、その通りだ。だが、いま王宮は厳戒態勢をひいている。

 強力な結界が張られているのだ。

 転送陣を用いた移動は不可能と見て良いだろう」

「クルト殿やアーダ殿のように味方となり得る方で、洗脳の魔法が効いていない方はいないのでしょうか?」とラフィーナ。

「そうだな。……そのような者で、有力者は城には居ないだろうが、確かに居る」

「それは誰ですか?」俺は前のめりになって訊く。

「先代聖女であるマーヤ様だ。あの方ならば、洗脳の解除魔法を心得ておられる」

「その人は今何処に?」

「一時、王家と対立していたために、教会の手の者が安全な場所で保護しておられる。

 隠れ家の場所を知っているが、連絡を取るために少し時間が必要だ。

 どうにか間に合わせよう」

「頼みます」

 

「次はクルトにアーダと連絡が取れれば」俺はハンスを見た。

「そうだな。今アイツらは、ノラリクラリと追求を躱しているだろう。

 監視が付けられているかもしれないが、そうも言っていられないな」

「学園は、敵側の手に落ちている。

 クルトたちが内通していると、王子側に露見すれば二人の立場は危ういぞ」

 とビアンカ。

「二人とも逃げ出すだけなら、それが可能な強さを持っている。それにアーダが生け贄にされたら、もっとヤバいぞ?」

「そ、そうだったな。テオドール王子は、そこまでするかも知れないのだったな」

 ビアンカはテオドールを、心の底ではまだ信用したいと思っているようだ。


 だが、現実はあのクソ王子が欲ぼけ貴族と胡散臭い男と一緒になって、国の有り様を変えようとしているのだ。

 まあ、俺はこの国の政治に疎くて、何も知らないに等しい。

 勝手にやってくれと思うのが正直な所である。

 だが、そのために玲奈やラフィーナまで巻き込むのは業腹だ。


 ラフィーナなんて、生け贄にされかけていた。

 俺たちが救い出さなければ明後日には死体になっていてもおかしくなかったのだ。


(それと玲奈も――)

 勝手に連れてきて、勝手に聖女に祭り上げて、勝手に心を弄くろうとしているのだ。

 到底許せるものではない!

 

「では、オレたちがクルトたちと合流し――」ハンスが言うと

「私たちはマーヤ様と合流して、城を目指す。そして――」ヘンリックさんが続く。

「玲奈を救い出す」俺は、みんなの顔を見回しながら、そう言った。


 俺たちは顔を見合わしあい、同時に強く頷く。

 敵側に、こちらの行動が露見していないこと。

 それが大前提の、かなり応急で稚拙な作戦だ。

 だが既に賽は投げられている。


 これは、テオドールたちが態勢と整える前に仕掛ける強襲作戦だ。

 つまり時間との闘いである。

 もう進むしかない。


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