第47話 ラフィーナ救出作戦(2)
先ず、ハンスが弓を放つ。俺の後ろから放たれた矢は、ヘンリックさんにとっては死角からの攻撃である。鋭い風切り音。それが二つ。
一本は剣で切り落としたが、二本目はクゥイス(鎧の名称、もも当て)に命中、貫通する。
ハンス自慢の特別製の弓矢だ。クゥイスから、血がしたたり落ちる。
だが、大腿動脈まで傷つけてはいないようで、命に別状はないだろう。
だが、足の負傷は機動力に影響を与える。
ヘンリックさんの動きが鈍り、隙が生じた。
俺たちはその隙を見逃さない。
「うおおおっ」雄叫びを上げて、クラウスとヨハネスが斬りかかる。
静かに構えるヘンリックさん。
落ち着いてクラウスのサーベルを受け流し、ヨハネスのレイピアを受けきる。
俺は、ヘンリックさんの次の行動を見極める。
「今だっ」
黄金の魔力を纏った斬馬刀が走る。
壁を切り裂きながら、ヘンリックさんの頭上を狙う。
俺は斬馬刀を勢いよく振り下ろす。
「……!」
怪我のせいで後ろに躱せない。堪らず、斬馬刀を受け止めるヘンリックさん。
力は俺の方が上だ。受け止めるだけで精一杯。
だが、怪我のせいで蹌踉めき踏ん張れない。
俺とヘンリックさん双方を、レンガの塊が降り注ぐ。
派手に壁を砕いたからな。
俺もヘンリックさんも受け身が取れない状況だ。
五月雨のようにレンガの欠片が降り注ぎ、兜をガンガン叩く。
「くっ」
肉体は実体化しているが、ホンモノではない。
痛みは感じるが、脳しんとうを起こして気絶まではしない。
だから、精神を集中させてレンガの欠片を操る。
欠片をヘンリックさんの方へ誘導するのだ。
レンガの石つぶてがヘンリックさんを襲う。
逃げ場を失った彼の頭部、兜越しに次々と命中する。
幾ら魔法の加護がある鎧を身に纏っていても、生身の肉体を持つヘンリックさんでは、脳しんとう確実なのだが……。
動きは多少鈍くなったが、ヘンリックさんは立ったままだ。
再び剣を身構えて、俺に斬りかかろうとしている。
「気絶しない」俺は目を見張る。
「洗脳されてるからだ。痛覚が無いんだ」歯がみするクラウス。
――やはり殺すしか方法は無いのか。
だが、それは最後の手段だ。
ラフィーナを救うためとはいえ、躊躇なく殺人なんて出来やしない。
「何か手は……」
――ラフィーナ、そうか。彼女の魔力なら……。
彼女は、ヴェールに着替えされられ、些末なベッドの上に寝かされている。
先ほどからカン助が、クチバシで突っついて起こそうとするが、ラフィーナが起きる気配は無い。
ラフィーナ救出死んではいない。
生け贄にされるのだから、殺すことはないはずだ。
呼吸の度に胸元が上下している。だから生きているのま間違いない。
だが、呼吸の間隔が長い。仮死状態なのだろう。
(もしかしたら意識を封じ込められているだけかもしれない)
ラフィーナの首元。真っ黒い宝石がいかにも怪しい。
「うおおおっ」
俺は、更に精神を集中。
壁を引き剥がして、ヘンリックさんの所へ倒れさせる。
流石に塊では殺してしまうので、細かく砕いてからだけど。
ヘンリックが動けなくなったのをみて、彼を避けて直接ラフィーナの元へ向かった。
「ラフィーナ」
俺は彼女を揺り起こすが目覚めない。
「やはりこのペンダントか」
俺は、いかにも怪しいペンダントを掴もうとする。
だが、バチッと何かの結界が邪魔をする。上手くペンダントに触れない。
「クッ。チンタラしている暇は無いんだ」
俺は意識を集中し、右手に黄金の魔力を宿す。
黒い宝石を触ると激痛が走る。だが、そんなこと気にしていられない。
俺はラフィーナのペンダントを無理矢理引きちぎると、黒い宝石を握りしめて砕く。
砕けた宝石から、黒い靄が漏れる。
「今だ、カン助」「カー」
カン助が小突くと、ラフィーナは意識を取り戻した。
「ラフィーナ」
「ユウト様」
「寝起きに悪いけど一仕事頼む」
「え……分かりました」
意識がハッキリとすると、即座に状況を把握したラフィーナ。強く頷き返す。
「ラフィーナちゃん、これを」カミラがポーションを、下から投げてくれた。
「ええ」
ラフィーナは、ポーションを上手につかみ取ると中身を一息に飲み干した。
ラフィーナから放たれる黄金の魔力。
ゾンビのように相手を求めて動くンリックさんを、黄金のヴェールが優しく包み込む。
ヘンリックさんの胡乱な眼差しが見開き、色を取り戻す。
彼はまどろみから覚醒したようだ。
「こ、ここは……」
ヘンリックさんは戸惑いがちに尋ねる。
「お気づきになりましたね」
とラフィーナ。
「ああ。どうやら悪い夢を見ていたみたいだ。
……本当に済まない」
俺たちに、頭を下げるヘンリックさん。
良かった洗脳は完全に解けたみたいだ。
その後、ラフィーナはヘンリックさんの傷の手当てを行い、牢獄に配置された兵士たちの洗脳も解いていった。
★
俺たちは、監獄の中ほどにある警備兵のための広間に集まった。
広間と言っても、偉いさんが居る場所ではない。
その部屋は先ほどの戦いで崩れ落ちてしまった。
俺たちがいるのは、恐らく特殊な使われ方をしていたであろう部屋だ。
厨二病をくすぐる本で見た内容、『特殊な器具』が色々と置かれているのだ。
それに広間の床には、奇妙なシミが至る所にあるのだ。
絶対に碌な使われ方はしていないだろう。
それに加え、監獄の警護をしていた兵士たちは、かなり疲労しているようだ。
洗脳の後遺症もあるだろう。
なにせ休憩はないし、禄に食事は取っていなかったようなのだ。この洗脳って強力だが、かなり雑みたいだな。
カミラ特性のポーションでも兵士たちは完全回復までしていないようだ。
まあ、詳しいことは後でヘンリックさんから聞こう。
こんな所に長居は無用、さっさと外へ出ることに決まった。
疲れている兵士たちを先行させて、俺たちは彼らの後に続くことになった。
俺はラフィーナを抱きかかえる。
ラフィーナは素足だし、兵士たちの治療で疲労しているみたいだからだ。
まあ、パートナーとしての役得と言うヤツである。
広間は、監獄の中ほどにある。もう少しだけ階段を降りることになる。
(次は玲奈の番だ)
俺は再び決意した。
俺は意図せず足が速くなっていたようだ。
「あのユウト様」とラフィーナが話しかけてきた。
「ユウト様、あまり勢いよく階段を降りると……。その、ヴェールが……」
「ん? よく聞こえないな、もっと大きな声で言ってくれないか」
「その、このベヴェールの下は、何も……」めくれそうな胸元と足下を押さえるラフィーナ。
頬は桃色に染まっている。
(むむ?)
ラフィーナの今の状況。
彼女は薄いヴェールを一枚身に纏っているだけだ。
言うなれば胃カメラを飲む前、下着だけで、あの頭から被るレインコートを着ているようなものだ。
つまり、何が言いたいのかというと、ラフィーナは下着だけを着用している、もしくは産まれたままの格好だと言うことなのだ。
まあ、心臓をくり抜かれるために、こんなモノを着せられたのだろう。
俺が思案していると、ハンスは何か弾かれたように素早く行動に移す。
「そいつは大変だ。敵がいないか確認してくる」
ラフィーナの先へと大急ぎで進むハンス。が、暫くすると歩みを止める。
ラフィーナからさほど離れない所で。
丁度階段の三段ほど下まで進み、止まったのだ。
「……おい。下から覗こうとしてるんじゃねえよ」
「ラフィーナが心配なんだ」
苦悩の表情を浮かべるハンス。だが、視線はラフィーナの足下に釘付けである。
「全くどうしようも無いヤツだ」俺は大きなため息を吐いた。
頑丈な外壁を睨み付ける。
クソ、不埒な風が舞い上がらないじゃないか。
戦いの後この緊張感を和らげる一陣の涼風、それが今の俺には必要なのに……。
(やはり風魔法の習得は必須だったか)
俺は悔しさに歯がみする。
噛みしめる感覚……。
(ん? そう言えば俺は感覚を取り戻したんだっけ)
「……ふむ」
今の俺は、先を急ぐ身だ。
だけど、ラフィーナを無下に扱う訳にもいくまい。
こんな無骨な甲冑を身につけていては、ラフィーナの柔肌を傷つける恐れがある。
せめて手甲だけでも外しておかなければならないだろう。
不覚。手甲が邪魔だ! これでは肌の感触が分からない!
どこで手甲を外そうかと周囲を見ていると、
「ユウトよ」と、隣にはいつのまにかクラウスが居る。
「疲れたのなら、僕が代わろう。なに礼には及ばない」
真剣な眼差しでそう言う。
「ラフィーナに選ばれなかったのにしつこいな」
俺は軽蔑の眼差しでヤツを見やる。
「ググッ。人が気にしていることを……。この煩悩勇者め」
「フフン、負け惜しみだな」
俺はヤレヤレとクラウスを見やる。弱い犬ほどよく吠えるということだ。
「仲間内でいざこざを起こすのはよせ。問題ならば、オレが手を貸すぜ?」
急に湧いて出たハンスがそう言った。
既に右手はラフィーナの手を握ろうとしている。
「オメーが一番問題だよ」
俺はハンスから、ラフィーナを引き剥がす。
「そうだハンスよ。全く油断のならない男だな」
食い下がるクラウス。
「ムッツリスケベめが。その台詞、そっくりお返しするぜ」とハンス。
俺たちが、各々牽制しあっていると、フワリとラフィーナの身体が浮かび上がり、俺の手の中から離れて行く。
「「「あ」」」俺たち三人の視線は、ラフィーナに向けられる。
宙を浮かぶラフィーナ。
彼女は優雅に空を舞い、ビアンカの腕の中に収まる。
「ラフィーナ嬢。さあ行こうか」微笑むビアンカ。宝塚の主演男優みたいである。
「はい」頷くラフィーナ。満更でもないようみ見える。
ラフィーナをお姫様抱っこするビアンカ、颯爽とラフィーナを抱きかかえて連れて行く。
毅然とした後ろ姿は、男装の麗人を思わせる。
「あ、あのビアンカ」つつっとビアンカの横に並ぶヨハネス。
「可憐な女性を守るのは男の役目、ここはボクが……」
「ヨハネスは黙っていなさい」
ビアンカは冷たい眼差しでヨハネスを見やる。
「はい」スゴスゴと引き下がるヨハネス。
後ろ姿が哀愁を誘う。
「ああ、ヨハネス君が……」
「ハンスの奴に毒されているわ」
「そんな、しっかりして!」
そんなヨハネスを励ます、ヨハネス応援団。
「いやあ、素質は有ったと思うよ?」
と始終を見ていたカミラは、バッサリと切り捨てた。
「……君たちは、いつもこうなのか」
と困惑気味なヘンリックさん。
「ええ。概ねそうだと思いますよ」
カミラはしたり顔で頷いた。
そんなやり取りを尻目に、ラフィーナたち二人の前を颯爽と飛ぶカン助。
気分はラフィーナのナイトだ。
「……行こうぜ」俺はボソリと言う。
何だろう、この敗北感は。
ラフィーナ救出の立役者は俺なのに……。
「「ああ」」うな垂れるハンスとクラウス。
コイツらも同じ気持ちのようだ。
同じ想いを共有したことにより、何だか強い連帯感が産まれた気がする。
俺たちより、少し遅れて続くヨハネス。
コイツも照れくさそうに微笑む。そうか、お前も同じなのか。
誰からともなく手が伸ばされた。
俺たちは堅い握手を交わしたのだった。
まあ、兎にも角にもラフィーナを救出した。次は玲奈の番だ。
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