第46話 ラフィーナ救出作戦(1)

 俺たちはラフィーナが囚われた監獄へ到着した。

 既に日は暮れて月が頭上を照らしている。


 クルトの情報によると、この監獄の警備は相当厳しいようで、見回りの兵士だけでなく魔法の結界が張られているそうだ。

 特に厄介なのは、魔法禁止の結界だ。魔法を使わずに侵入するのはどうするのか、俺たちは議論する。

 

「――魔法を使わなければ問題ないのか」俺が質問する。

「ええ、そうです」頷くヨハネス。

「魔力は?」

「それはこの世界の生き物全てが持っている。多すぎて逆に分からないぞ」

 とクラウス。

「だから、魔力を呪文で増幅させて、『魔法』にするんだよ」


「この結界は『呪文』に反応するのか。ならば呪文を使わなければ問題ないな」

「どうやって?」ハンスは、訝しげな目を向ける。

「これだ」俺は右手を交互に開け開いて見せた。

「は? 素手で何が出来るんだ」

 だから苦労しているのだろうと、苦虫をかみつぶしたよう顔をする。


「まあ見ていろよ」

 俺は無造作に、外壁の隙間に指先を突っ込む。

 目的のモノの周囲を、モノがくり貫ける位に砕く。

 堅さはビスケット程度だ。サクサク砕ける。

 隙間に指先を無理矢理入れて、ソイツを掴む。

 ズズズと重量物を引きずる重い音。

 スーパーで売っている三十キロ入りの袋入りのお米、それを二つ程度の大きさだろうか。

 だが、俺は片手で引っこ抜いた。

 重さはせいぜい座布団程度なのだから。

 実際のところ、この質量ならば何百キロあるのだろうか。

 まあ、一トンも無いとは思う。


「さてと」俺は黙々と、今の作業を繰り返す。

 穴はどんどん大きくなり、大人が屈めば通り抜ける程度の大きさとなった。

 これなら甲冑を着ていても通れるだろう。

「どれどれ」

 俺は中を覗く。兵士は見当たらなかった。

 俺は念のためにカン助を呼び出し、中を確認してもらう。

「カー」異常は無いと言っている。

「よし」

 これで監獄に入れるようになった。


 まさかこんな力業で脱獄出来るとは誰も考えていなかっただろう。

 俺が仲間たちの方を見やると、みんな口をあんぐりと開けて呆然となっていた。

「……魔法は使えなくても、腕力さえあれば脱獄出来るとはな」

 とあきれ顔のハンス

「いや、お前これ重いんだぜ」

「そんなデカいレンガの塊を持って、そんなこと言うヤツはお前しかいねえよ。

 普通はペシャンコになるんだけどよ」

「ユウトさんは人間なのでしょうか」少し顔を強ばらせるヨハネス。

「こんな人間がいるかよ」と暗黒クラウス。

「お前らなあ。あれ? そうだな」

 いつもよりも『重さ』を感じ取れる。まあ、座布団程度の重さしか感じない。

 だが、普段なら重さ自体も殆ど感じないのだが……。


(そう言えば……)

 再びこちらの世界に来た時に外の空気を感じたのだ。

 俺は兜の頬面を取る。

 頬を風の流れを感じ取る。

「これは……」俺は兜を脱いだ。髪の毛が風に揉まれる感覚。

 外の空気をハッキリと感じ取れるのだ。

 ペタペタと髪の毛を触る。「触れらるのか」冷たい手甲の感触。

 いつのまにか身体を取り戻しているのだ。

 いや、取り戻したのではなくて、幽霊の身体が実体化したと言うべきだろうか?

 何せ俺の意思で、他の物体も通過出来るのだ。

 試しにレンガに手を突っ込むとすり抜けることも出来た。

「幽霊の力も残っているのか。これは中々便利だな」

 新月の恩恵、だろうか。

 それで力が漲っているのだろう。

 これなら、玲奈もラフィーナも簡単に取り戻せるだろう。



 監獄の中、俺たちは螺旋階段を駆け上がる。

 時折見回りの兵士がいるのだが、洗脳状態にあるためだろうか、索敵能力にばらつきがある。

 俺の姿を見なくても、気配だけで気づく兵士もいれば、直ぐ近くまで寄らないと気づかない兵士もいる。


 だから、カン助が大活躍だ。

 カン助ならば、相手が見ることも、気配を感じることもなく近づき、クチバシで昏倒させることが出来るのだ。

 コイツ、意外と出来るヤツなのか。

 俺はカン助をマジマジと見詰めると、フフンと胸を張り、エサをねだる。

 高い干し肉をご所望だ。


 さて、順調にラフィーナが囚われた独房に向かっている。

 俺とカン助はラフィーナの気配が近づいているのが分かるのだ。

 だが、彼女がいる独房へと続く階段。

 途中の踊り場で、重装備の騎士が立ち塞がる。

 ヘンリックさんだ。


「ヘンリックさん」

 俺が呼びかけても返事はない。

 やはり洗脳されているようだ。

「ならば……」

 俺はカン助に目配せする。

 頷くカン助。

「カー」

 カン助がヘンリックさんの首筋を狙おうと突っ込む。

 だが、ヘンリックさんはカン助を難なく剣で弾く。


「あ、カン助!」

 幸いカン助はギリギリで避けたようだ。

 羽が何枚か抜けたが傷はなさそうだ。

 俺は安堵のため行きを漏らす。

 少し生意気だが俺の大切な相棒だ。

 最後に来て死なれるのは嫌だ。


「どうする?」

 クラウスが困惑気味に聞いてきた。

「やるしか、ないだろう」

「ですが、ヘンリック殿はこの国でも指折りの剣の使い手です。

 手加減出来る相手ではありませんよ」とヨハネス。

「ならば、三人がかりで仕掛けよう。剣の背で叩くんだ」


「三人がかりとは……」だが、クラウスは納得出来ない様子だ。

「格好つけてる場合かよ」

「お、お前な」

「俺にはそんな糞の役にもならんプライドは無いからな」

 俺はヘンリックさんに突っ込む。

「くっ」クラウスとヨハネスも俺に続く。


 俺の斬馬刀が唸りをあげる。

 俺の馬鹿力では峰打ちも何もないので、頭部を掠めるかどうかの距離で振り下ろす。風圧でも気絶ぐらいしそうな勢いで。


 だが、ヘンリックさんは苦も無く俺との間合いを潰して、眼前に迫る。

「……」

 鋭く、重い突き。

 俺は咄嗟に斬馬刀で受け止める。

 甲高い金属音。俺が言うのもなんだが、人間離れした力強さ。

 俺でなければ受け止められなかっただろう。


「今だ」その間に距離を詰めたクラウスが、サーベルを振り下ろす。

 ヘンリックさんは身をよじらせて、サーベルを躱す。

 更にヨハネスの追撃。レイピアでの刺突だ。鋭い突きを、ヘンリックさんは剣で弾く。

 宙を舞うレイピア。

 ヘンリックさんは、逆にヨハネスを追い詰める。振り下ろされる剣。

 俺は咄嗟に斬馬刀でなぎ払う。

 ヘンリックさんは、斬馬刀の軌道を見切り後ろに跳んで避けたのだ。


「これは……」

 マジで手加減出来る相手ではない。

 俺たちとヘンリックさんとの間には、剣の技量に格段の差がある。

「お前よく勇者に選ばれたな」

 俺はヨハネスを見てそう言った。

「ボクは聖なる魔法が使えたから選ばれたのですよ」

 つまり言いかえれば剣では勝てない相手なのだ。


「なら、ヘンリックさんは魔法が苦手なのか」

「いいえ。風の魔法の使い手です」

 でも使う素振りは見せない。

 洗脳されると魔法を使えないのかもしれない。

「使わない。使えないのかもな」

 後先考えないで、仕掛けてくるのならとっくに使っているだろう。


「なら、僕たちは魔法で攻めるか」

「こんな狭い場所ではな」と残念そうなクラウス。

 クラウスの土魔法は確かに強力だ。

 だが、こんな狭い場所で使うと階段が壊れてしまうぞ。


 正攻法で戦うのは厳しい。

 流石に知人を殺したくはないのだ。

「手加減は……。やはり難しいのか」

「こちらは手加減しても、あちらは本気で来ますよ」

 真剣な眼差しのヨハネス。

 コイツは俺に覚悟を問うてくる。


 正面突破は難しい。

 ならば奇策を仕掛けるしかないだろう。

「ハンス」俺は後ろに控えるハンスを呼ぶ。

「……覚悟を決めたのか」神妙な面持ちのハンス。

「ああ」

「そうか」と短く頷くハンス。

「ハンスは左右の太ももを狙ってくれ。

 その後、俺が先に仕掛けるから、クラウスとヨハネスは左右から続いてくれ」

 頷くクラウスとヨハネス。


「頭と心臓だけは狙うなよ」

「「ああ」」

「俺は斬馬刀で斬りかかる」

 俺は斬馬刀を正眼に構えた。

 こうなってはある程度の怪我は致し方ない。ラフィーナを助ければ魔法で治してくれるだろう。

「行こう」

 俺たちは強敵に挑むのだった。

 



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