第45話 状況は甚だ悪し
怒鳴り声「何だと」俺は思わず怒鳴り声をあげてしまった。
と、同時に柱を殴りつける。大人でも一抱えあるような石柱がポッキリと折れる。
バルコニーが傾く。
「落ち着けよ。まあ、納得なんて出来やしないだろうけどな」とクラウス
「当たり前だ。それよりもお前冷静でいられるな」
「冷静でいないと困るだろう。僕だって同じさ。
だけどな、お前みたいに頭に血が上ったままあじゃ、なにも良いアイデアは浮かばないぜ」
と、クラウスがなだめる。
「まあ、二週間前はみんなで怒り狂ったけどね」
俺が元の世界に戻っていた間、この世界とは時間の流れが違っていた。
二週間過ぎていたのだ。
ハンスやクラウスから教えてもらったこと。
エロ王子が悪魔を倒して凱旋したこと。
近日中に国王から重大な知らせがあること。
それは王位継承についてらしい。
だが、俺が怒っているのはそんなことではない。
なんとラフィーナが悪魔崇拝の罪で聖女の称号を剥奪されて監禁されていると言うのだ。
その上、近日中に処刑されると言うのだ。
俺たちは死に物狂いで悪魔を倒した。
なのに、こんな理不尽な話は無い!
「悪魔崇拝だと? 逆だろうに、俺たちが悪魔を倒したんだぞ」
あのクソ王子は、悪魔を倒した手柄もかすめ取ったのだ。とんだゲス野郎だ。
「落ち着いて聞け!」ハンスが、一喝する。
「悪魔はもう一体あったんだ。
それをテオドール王子が倒したそうだ」
「そして、その悪魔を召喚したのは、ラフィーナの父親であるローマン氏だ」
クラウスがラフィーナへの疑惑を述べる。
「だから、それ自体がでっち上げなんだろうっ」俺は二人を睨み付ける。
「ああ。そうだろうな」と、ハンスは大きく頷く。
「オレたちも監視されている。
オマエが戻ってくるまで泳がされているようだ」
「だから一芝居打つんだ。ここから逃げ出すために」とクラウス。
「誰か手助けしてくれる人がいるのか?
そうだ、ヘンリックさんなら……」
「残念ながらヘンリックさんは敵側だ」
「な」そう言えば兵士を大勢みた。彼らは教会の兵士なのだろう。
「だが、頼れる相手は他にもいるんだ」とハンスは言う。
「それは?」
「オレたちの同期で、クルトとアーダというヤツがいるんだ。
正式な勇者であり聖女だ。
アイツらならば顔が利く。何せ王子の側近だからな」
「そんなヤツ信用できるのか」
「ああ」
クラウスが何かを取り出した。
それは玲奈のブレスレットだ。見覚えがある。
「聖女様を救いたいと言っていた」ボソリと呟くクラウス。
「彼女は今、王宮にいる。そこでテオドール王子と結婚式を挙げると聞く」
「な……」
やはりエロ王子は、玲奈との結婚を企んでいたのだ。
「クソッ、玲奈に王宮から逃げ出すように連絡しないと……」
俺はカン助を見やる。
強く頷くカン助。コイツならばきっと玲奈との橋渡し役を上手くこなしてくれるだろう。
「待てユウト。聖女様は未だ大丈夫だ。
テオドール王子も彼女には手出しできない」
「そんなもん、誰が分かるっていうんだよ」
「それだけレイナ様の力は強いということだ。
だから、『彼女を完全に意のままに操るために、ラフィーナは生け贄にされるのだ』とクルトから訊いた」
「クルトが?」ついさっき言っていたエロ王子側の勇者のことだ。
「そんな話を信じるのか?」
「信用出来る。あいつは洗脳されてはいなかった。
嘘をつけるような器用なヤツじゃない」
「たかがブレスレット一つだけで……」
身の証明の一つには成るだろうが、信用を得るほどのものでもないだろうに。
「ん?」
薄らとだが、見覚えのある妙ちくりんな生き物が見える。
タツノオトシゴ、いや龍か。
「お前は……」
玲奈の精霊獣だ。確か名前はロンだったっけ。
「玲奈のブレスレットと一緒に、付いてきたのか」
ロンの姿が透けて見える。
玲奈の精神状態に影響を受けているのだろう。
何か喋っているのだけれど、良く聞き取れない。
でも、玲奈からのメッセンジャーなのは確かだろう。
玲奈の今の状態を知りたい。
嘘か本当か分からないが、何も知らないよりはマシだろう。
「……分かった。クルトを信じよう」
「そうか。ならば話を進めよう」
王宮に立ちこめる黒い霧。
そいつが王宮にいる人々の思考を支配しているという。
「父上の様子もおかしいんだ。
洗脳とまでは行っていないが、それでもたちの悪い噂を否定しないし、部分的に同意さえしているんだ」
確かクラウスの親父さんは軍部でも顔が利くんだっけ。
「さっきも言ったが、聖女様も様子がおかしいと。
例えカン助が行っても言うことを聞いてくれるかどうかは疑問だね」
「……そうか。そうだろうな」
ロンの今の状態がそれを表している。
精霊獣は主の状態に左右されるのだろう。
「その事も知らせてくれたのはクルトだ。アイツも危ない橋を渡っているんだよ」
「……それで、玲奈を助ける方法はあるのか?」
「今の僕たちだけでは厳しいだろう。
もっと聖なる魔法を使える人を増やしたい」
「ビアンカも手助けしてくれているが、アイツ一人だけでは荷が重いようだ。
やはりラフィーナの力が必要なんだ」とハンス。
「そう、か……」玲奈を助け出すのは後回しになるのか。
「先ずはラフィーナを助けだすこと。聖女の力を集めること――」
「俺と同じく勇者との力を集結させる必要がある、か……」
「そうでないと、城に張られた強力な結界は破れないぜ」
急がば回れか……。
玲奈も相当悪いが、ラフィーナは更に悪い。
(ラフィーナはいつ生け贄にされてもおかしくないみたいだ。
これは急がないと拙いな)
これはラフィーナの救出を優先しなければならないだろう。
――それでも
「それで玲奈は何処にいるんだ?」
肝心の居場所が分からなければ、どうしようもない。
「これらのことは、事前にアーダが予言していたんだよ」
「どういうことだ?」
「アーダは、お前が帰ってくる日を夢のお告げで知ったんだ。
何でも枕元に初代聖女様が現れたとか」
「初代聖女様? ああそうか」
恐らく女幽霊さんのことだろう。
彼女は生前は聖女としてこの国で崇められていたのだから。
彼女なら俺たちの事情にも詳しい。頼れる人が味方で良かった。
「だから、そろそろクルトたちがやって来るんだ」
何の為に、と聞こうとすると
「表向きは、オレたちを城へと連れて行く」と代わりにハンスが答えてくれた。
「だが、実際の所は時間稼ぎだ。
その間にオレたちは、ラフィーナが軟禁されている監獄へ向かうんだ」
「なるほど。そこまで話は進んでいるのか」俺は独りごちる。
クルトたちも自分たちのことを顧みず、危険な役目を負ってくれている。
これはエロ王子に対する重大な裏切りである。
彼らの覚悟は生半可ではない。
「では、俺たちも覚悟を決めよう」
俺は仲間を見やる。
みんな真剣な顔で頷いてくれた。
「ああ、他の場所で待機しているビアンカとヨハネスも拾っていくからな」とハンス。
「そうか。アイツらも手を貸してくれるのか」
俺たち四人に加え、頼れる五人が加わってくれるという。
頼れる仲間は多いに越したことは無い。
少しずつ希望が見え始めた。
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