第51話 玲奈救出
廊下へ続く大広間の北側、一段上の個別の椅子が見えてきた。
そこに三つの人影を確認した。
立派な衣装の男性らしき者がいる。この角度では顔まで確認出来ないが若そうだ。
青年は跪き、長椅子に座る二人に話しかけている。
「話し声が聞こえてくる。まだ無事な人間がいるのか」
ここからではよく聞き取れない。例え無事な人間であったとしても、碌なヤツではないだろう。
俺は慎重に相手の様子を伺う。
「アイツは……」
青年はテオドールであった。
クソ王子はかがみ込み、椅子に座っている女性らしきヒトの手を握っている。
クソ王子の相手がどんな人なのかは分からない。
(まあ、間違いなく敵だろうよ)
俺は油断なく斬馬刀を身構える。
「これが、望みだったのですか」泣き出しそうな声。
クソ王子は自慢の甲冑ではなくて、高そうなスーツを着ている。タキシードか?
「父上、母上。これが、お二人が望まれたことなのですか……」
クソ王子は目の前に座る男女を見て涙を流しているようだ。
どうも『何処か』おかしい。
『動かない』人影。どんな状態なのか、見てしまった。
(うっ)
かなりのスプラッターだ。
ホラー映画で見かけるシチュエーションだが、実際に見るのはご免だ。
テオドールは、ヒトからナニかに変わり果てた遺体の前で涙を流しているのだ。
「う、くっ」
堪えきれずにすすり泣くテオドール。
今、コイツは無防備な背中をさらしている!
(今なら簡単に殺せるが……)
斬馬刀の切っ先が揺れる。
「チッ、こんなヤツ後回しだ」
俺はクソ王子を後にして、玲奈のいる部屋へ向かった。
★
玲奈がいる部屋。
そのドアにも禍々しい文様が彫り込まれている。
しかも――
「このドアから、嫌な気配を感じる」
ドアに施された封印。
それは、この大広間の扉よりも厳重な封印なのだ。
「ええい」
俺は渾身の力を振り絞る。右腕に黄金の魔力が宿る。
「これで」
ドアの封印を無理矢理引きちぎろうとする。
だが、バチチッと強烈な反発を喰らう。
封印に弾かれる。
「む、ぐぐ」
俺は構わずドアを回そうとする。
右腕に走る強烈な痛み……。
右腕がもぎ取られそうだ。
カランと音がして、小手が床に落ちた。
「カー!」
カン助が、俺に体当たりを喰らわせる。
俺は蹌踉けて尻餅をついた。
「カン助、何するんだよ」
俺はカン助を怒鳴りつける。
「カー」
カン助は真摯な眼差しで俺を見詰める。
その瞳は「止めてくれ」と俺に語りかけてくる。
「うぐぐ」
俺も分かっているさ。
力を使い過ぎた今の俺では、この扉の封印を解けないってことくらい。
「でもな」
ここまで来て引き下がれる訳にはいかない。
俺は再びドアノブに手を延ばす、
『止めてくださいユウト様』
ラフィーナの声が聞こえたような気がした。
俺は彼女を探そうと周囲を見回した。
と一拍遅れてラフィーナの、いや彼女たちの温かいチカラを感じるのだ。
「これは――」
俺とカン助を、いやこの大広間全体を包み込む温かいぬくもり。
柔らかな光が俺たちを包み込む。
「これが光の恩寵、なのか……」
暖かい光が照らす大広間。
光を浴びた魔物たちは次々と消滅していく。
無数の雑魚たちはもちろんのこと、ミノタウロスやあの木の化け物までもが、
消えていく。
そして、光が収まり静寂が訪れる。
大広間の魔物たちは跡形もなく消滅していたのだった。
「凄え。戦況がひっくり返った」
俺はクソ王子の方を見やる。
残されたのは、テオドールと二つの黒いシミ。
大広間の中央で、馬鹿面を晒して、燻った繭を見詰めるラングヤール。
生き残ったのは、この二人だけだ。
「ならばあの繭の中身は……」
恐らく仮面の男が、ナニかに変化しようとしているのだろう。
だが、それは失敗に終わったようだ。
繭から感じる魔力の強さは激減している。
魔力の強さは、森で戦った悪魔より弱い。
せいぜいミノタウロスと同程度だろうか。
「焦って戦うほどの相手でもないな」
既にあの三人は脅威ではない。
ラフィーナたちと合流したら、余裕で勝てる相手だ。
俺は小手を拾ってつなぎ直す。右手を交互に開け広げして確認。
「良し」問題なく動く。
「さて、囚われのお姫様を助けに行きますかねえ」
俺は再びドアノブに手をかけた。
簡単に回るとドアが開いた。
★
何処かの高級ホテルみたいな調度品、足首まで沈む絨毯。
セミダブルのベッドの上に玲奈は腰掛けている。
ウエディングドレスを着た姿は、綺麗な抜け殻、蝋人形を思わせる。
玲奈の世話をかいがいしくしているのは二人のメイドさん。
ただ二人とも目の焦点は合っていない。洗脳の魔法をかけられているのだろう。
手際の良さは身に染みついているからなのだろうか。
俺は、玲奈が腰掛けるベッドに向かう。
玲奈の精霊獣であるロンは、主が心配なのだろう玲奈の周りをひっきりなしに飛び回っている。
何も喋らないメイドさん。俺に何かを仕掛ける素振りは見せない。
ユックリとした動作で玲奈の衣装を仕付けている。
彼女たちは俺に敵意を抱いていない、というか気にもかけていないようだ。
「ちょっとどいてもらって……」
俺は意識を集中させて、二人をどかす。
二人は、何もない空中で作業の続きをしている。
夢遊病患者みたいだ。
「さてと」
早速玲奈の首に付けた忌まわしいペンダントを手にする。
黄金の魔力を注ぐ。黒い宝石が砕け散る。
――だが、玲奈に変化は見られない。
かなり強力な魔法をかけられているようだ。
「ならば……」
俺は、あの櫛を取り出して、優しく玲奈の黒髪を、そっと優しく櫛ですいて見せた。
櫛ですくと、髪の毛がボウッと光るのが見えた。
櫛が邪気を払っていると思うのだが……。
玲奈は目を開ける。
上手くいったのか?
だが、胡乱な眼差しは俺を見詰めるのではなくて、ただ虚空を見詰めるだけだ。
「もっとなのか……」
俺は玲奈の髪を、ユックリと何度もすいてみた。
だが、玲奈の意識が目覚めない。
何故だ? 玲奈からは嫌な気配は感じられない。
既に呪いの類いは全て排除したはずなのだが。
俺はあたふたと周囲を見回す。
えーっと、呪いのペンダントは潰したし、櫛は使ったし……。
何故意識を取り戻さない?
玲奈はラフィーナよりも聖女の力は高いはずなのに……。
まさか手遅れだったのか?
「畜生。目を覚ましてくれよ、玲奈」
暫くの間、玲奈を抱きしめて動けなかった。
ホンノリと玲奈の温もりが甲冑を通して伝わってきた。
「あー、優兄」と、少しだけ掠れて聞きにくい。
だけど良く知っている声だ。
「ん、え、玲奈?」
俺はマジマジと玲奈の顔を見詰めた。
以前会った時よりも長く伸びた髪の毛は背中まであり、潤んだ瞳で俺を見詰め返して来た。
「痛いよ。もう」
「あ、悪い」
慌てて力を緩める。
「それと」
玲奈は、俺の額にデコピンを喰らわせた。
「遅いよ、もう」
玲奈は優しく微笑む。眩しいくらいの笑顔だ。
その笑顔を見ると、俺の緊張感は全て解けて無くなった。
「よ、良かった」
ホッとすると、急に力が抜けて、俺は床にへたり込む。
「フフ。泣いてた?」
「ば、馬鹿、アホ。誰がだ」
「へへーん」玲奈は妙に嬉しそうだ。
「優兄、感動の再会をちょっと待ってね」
玲奈が手をかざすと二人のメイドさんは正気に戻った。
「れ、レイナ様」
「二人とも巻き込んじゃってゴメンね」
「いいのです、いいのですよぉ」
「サラ、泣きすぎ」
玲奈は二人のメイドさんをそっと抱きしめた。城で仲の良い関係だったのだろう。
俺は、そんな三人を見て「良かった」と安堵のため息を吐く。
それと鼻をすする。
どうもこういう所だけ身体が戻ったような感覚なのだ。
「さあ、さっきの続きだよ」
「は? 何言ってんだ」
「フフ。今ので力使っちゃったよ。おんぶして」
「な、ななな……」
「映画ではよく有るでしょ? 囚われのお姫様を救った勇者の役目だよ」
玲奈は茶目っ気たっぷりな目で俺を見る。
玲奈のヤツ子供みたいなことを言う。
今まで囚われていたから、俺を見て安心したんだろうけど……。
「……まあ、しょうがない」
俺はユックリと玲奈を抱きかかえる。羽のような軽さだ。
メイドさんは二人して「おやおや」という顔をして笑っている。
それを見て玲奈もニマニマ笑っている。
「ケッ。行くぞ」
「フフッ。ありがと」
俺と玲奈、メイドさんたちは部屋を出る。
まあ、ある意味花嫁泥棒かもな。
★
「おーい、ユウト無事なのかあ」とハンスの声が聞こえてきた。
「ユウト様、お返事を」とラフィーナの声もする。
どうやら仲間達も大広間に来たようだ。
「玲奈行くぞ」
「優兄、テオドールのことなのだけど……」
玲奈はおずおずと話し出した。
「……あのクソ王子のことか」
「うん」
「俺はこの世界の人間じゃない、だからクソ王子を殺すとか許すのはこの世界の人間が決めることだ。
俺はアイツらの意見に従うよ」
玲奈は俺と違って、クソ王子の真面な一面を見知っているのだろう。
だが、
クソ王子たちが引き起こした今回の大事件。
奴らの思惑がどうだったのかなんて、関係ない。
先ほどまでの惨状を見れば、許すとか許されるレベルは超えてしまっている。
(――ラフィーナの親父さん、あの人も生け贄にされたんだろうな)
これ程までに他人を巻き込み、不幸にしてしまったのだ。
エロ王子たちは討ち取られて終わりだろう。
「俺は、こんな碌でもないことをしでかした連中を見逃すつもりは無いぜ」
「……そうだね」
「……まずはラフィーナたちと合流しよう。
クソ王子のことは、俺よりもアイツらの方が腸が煮えくりかえっているんだから」
「うん。アタシも一つ、提案があるんだ」
「何だよ」
「とても分が悪い勝負かな?」
「……俺たちはついさっき大博打を打った所なんだがな」
「でも、でもね」
玲奈は強い眼差しで俺を見詰める。
「やってみる価値はあると思うよ」
と玲奈は毅然と言い切ったのだった。
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