第43話 玲奈視点・ローマンさんが……

 ミノタウロスとかいう魔物は、相当な強敵のようだ。

 明らかに本陣に運ばれてくる負傷兵の数が増えてきたのよ。

 治癒魔法の使い手も忙しくなってきて、治療も追いつかなくなってしまった。


 アタシは初級の治癒魔法なら使えるようになった。

 何もしないでボサッとしているお客さんなんて性に合わない。

「アタシも手伝います」腕まくりをして、怪我をした兵隊さんの手当に参加する。

「レイナ様」

 それまで黙って警護していたレギーナさんも、アタシが手伝うことに黙認するようになった。

 だって怪我人に対して治療する人の数が不足しているのは明白なのだから。


 彼女の黙認を、手伝うことへの了承と勝手に思い、治癒魔法を使う。

 最初はただ患部に手を添えるだけだったけれど、次第にコツを掴みだした。


 それは回復魔法の質を上げる方法ね。

 ただ漠然と使うだけではなくて、その対象となる知識が有るのと無いのとでは、怪我の治癒の差が大きいことが分かった。

成る程ね。この世界にはレントゲンが無いから。


 アタシは元の世界、子供の頃の事故で、足がしばらく麻痺していた。

 だから将来はお医者さんになろうと思い、色々と本を読んでいた。

 まあ図書館とユーチューブの知識なんだけどね。

 だから、同年代の子よりは知識はあると思う。

 身体の内部をイメージする。

 それが役立つことが分かってきた。


 科学よりも魔法学の発展した異世界。

 パッと見て十五世紀くらい?

(元の世界では、レオナルドダビンチが、解剖学の本を書いていたんだよね)

 まあ、その人は超がつく天才なんだけどさ。

 恐らくこの世界でも解剖学が有ると思う。

 だけど、その知識を得ている人が少ないようだ。


 神様の奇跡である魔法があるからね。その辺りはタブーっぽい。

 座学を思い返して独りごちる。

 知識の共有が上手く出来ていないようだ。

 ベテランの救護班の人は感覚で知っているみたいだけれど、新人はそうではないようね。

 アタシの使う治癒魔法は初級だけれど、明らかに中級の治癒魔法と同等の回復を見せた。


 驚く兵隊さんたち。

 アタシは慌てて、種明かし。他の治癒魔法を使う救護班の人にもやり方を教えた。でも納得してくれた人は半々だろう。

 スマホが使えないのが痛い。写真や動画があれば便利なんだけどね。

 バッテリーは既に切れているのよ。


 テントを張っただけの野戦病院。運ばれてくる負傷兵の数が見る間に増えていく。

 それだけミノタウロスとかいう魔物が手強いということだろう。


アタシの護衛兼監視役であるレギーナさんも、色々と仕事が増えてきたようで、チョイチョイ居なくなる。

 ――チャンス到来。今なら逃げ出せるかも知れない。

 だけど……。

「ああ、もうっ」

 でも、目の前で苦しんでいる人をほったらかしにして逃げ出すのは嫌なのだ。

 偽善だよ。と自分に毒づくのだけど。

(今、逃げ出したら絶対に目覚めが悪いヤツだよ、コレは……)

 細かいことを考えるのは後回しだ。

 今はアタシに出来ることをしよう。


「どいてくれっ」

 重傷者が運ばれてきた。

 血まみれの騎士だ。見事な甲冑は破損して真面な箇所は無い。

 外は激戦なのだと悟る。


(あれ、この人は……)

 見覚えがある。壮行会でアタシの警護をしてくれた騎士さんだ。

 確かギードさん。無口で無骨な騎士さんだ。

治療班の人たちも匙を投げるほどの傷だ。

 今までで一番の大怪我。

 視たくないけれど、腹部からピンク色のアレがはみ出ている。

「う」

 嘔吐しそうになるのを堪える。

 治療のイメージ。これがあると回復魔法の効果が上がるのが分かった。

 しっかりと精神を統一。今まで視た医療知識。それを総動員させる。

 誰かが囁きかけてくる感覚。

 ボウッと光る両手。今まで感じたことのな力。

 黄金の魔力が、手から溢れる。

「これならば……」

 DVDの逆回し。欠けた部位の超再生。

真っ青だったギードさんの顔に、赤みが戻ってきた。

 良かった。峠は越したみたいだ。



 お日様が頭上に位置するお昼頃。

 どうにか外での戦いも峠は越したようだ。

 運ばれてくる負傷兵の数が激減。

 伝え来る話では、魔物の撃退に成功したようだ。

 兵隊さんたちの顔色も良い。負傷者の割に死者が出ていない。

 これは聖女様のご加護だとアタシを持ち上げる人も出てきた。

アタシは大したことはしていない。むず痒い。

 魔力回復のポーションを手にして、医療テントを抜け出した。


  激戦をくぐり抜けた騎士団の人たちも、拠点で休憩している。

 その中には見知った顔、テオドールもいた。

 どうも何時もとは雰囲気が違う。

 戦いに勝利した高揚感が視られない。覇気が無い。

 いいえ。やる気が無い。


 そう言えば、さっきあの嫌なヒトを見かけたな。

 テオドールがいたコテージから出ていったのだ。

 その人は、ラングヤール卿。

 恐らく彼と話してからテオドールの様子がおかしい。

(どんな話をしたのだろう)

 浮かない顔のテオドール。

 何処か後ろめたい。碌でもない話の内容なのは、理解出来る。

 でもテオドールからは何も話してくれない。


 些細な内容でも知りたい。

 アタシは小休憩している男性に話しかける。

 ラングヤール卿の部下であるローマン氏だ。

「あの、ローマンさん」

「……何でしょうレイナ様」

 ゲッソリとやつれた顔のローマンさん。

 魔物の攻勢が強まった頃から、テオドールに同行して戦い続けていると聞く。

 誰が見ても疲労困憊。

 それでも戦うのは根が生真面目なのだろう。


「休憩されてはどうですか」

 好奇心からの噂話なんてとても聞けない。

 先ずは彼の体調を戻すのが先決だ。

 アタシも回復魔法に扱いにそこそこ慣れてきた。

 ローマンさんに即興で魔法をかける。

 ローマンさんの身体が光る。これで疲労も大分軽減したハズよ。


 でも、彼の顔色は大して良くなったようには見えない。

(あれ? 失敗した?)

 少しは回復しただろうが、手応えが薄い。

「ハハ。ご心配をかけて申し訳ありません。何のこれしき」

 と礼を述べるローマンさん。

「でも、今にも倒れそうなお顔をしていますよ?」

「疲れたなど言っていられませんよ」首を振る。

「でも」


「レイナ様。無理をしてでもしなければならない時があるのです。

 我が家は武功を立てねば……。いえ、何でもありません」

 ローマンさんはアタシの手を振り払って立ち上がる。

「ぐっ」心臓を押さえる。服が破れそうなほどの強い力で。


「そんな、まさか」

 ローマンさんの、手首のブレスレットが砕け散る。

 そして、彼から強烈な黒い闇の力を感じる。

「ローマンさん、ローマンさんしっかりして!」

 アタシは直ぐさま回復魔法をかける。光がローマンさんを覆うのだけど……・


「ああ、ラフィーナよ。許してくれ」

 ローマンさんは、アタシの手を取り力強く握りしめる。

 アタシを娘さんと勘違いしているようだ。

「うっ」

 ローマンさんは、胸をかきむしる。

 服が破れ、その下から何かの異様な文様が浮かび上がる。

 心臓のある場所から黒いシミが広がりだした。


「ローマンさんっ」

「ラフィーナよ。離れ、て……」

 と、ローマンの身体が変わる。換わる。替わる……。


 ローマンさんの身体はドロリと溶けて、虫を連想させる異形の形へ。

 個体から液体へ――

 黒いシミへ変わり、再びスーツを着た男となる。

「ククッ。見かけ以上にチカラの有る男でしたね」

 嫌な感じの男が、済ました顔で立っていた。


「あ、アンタは誰?」

「ククッ。中々具合の良さそうな贄だね」

 男は、アタシの言葉を無視してそう言った。

 その言葉を聞いて、背中が泡立つような気がした。


「おっと、今はまだ客人か。これは残念だ」

 男はニタリと嗤う。視ただけで怖気が走る笑顔で。

 ローマンさんでは、ない。

 姿形は勿論、性格だって違う。正に豹変だ。

「では、ご機嫌よう」

 男は、再び黒いシミとなりかき消えた。

「な、なにこれ。ローマンさんは……」

 アタシの目の前で、ナニかに換わったローマンさんは、煙のように消えたのだ。


 アタシは状況が飲み込めず、その場にへたり込む。

「消えた。亡くなってしまった……の?」


「魔物だ。ミノタウロスだっ!」

 兵士の絶叫。いつの間にかこの本陣に魔物が侵入していたようだ。

「え、え」アタシは外を見ようと立ち上がる。


「レイナ。来るんだ」とテオドールの声。

 あまりのことに、頭が回らない。

 茫然自失で突っ立っているだけのアタシ。手を引くのはテオドール。

「テオドール。何が、どうなったの?」

「クッ、済まないレイナ。説明は後回しだ」

 アタシとテオドールの周囲を、護衛の騎士たちが囲う。

 激戦が今始まった。



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