第42話 玲奈視点・討伐軍へ参加
明日討伐軍の本隊が出陣する。
テオドールが大将である。
彼のパートナーとなっているアタシも一緒に出陣だ。
(これはある意味大きなチャンスだよね)
大勢の兵隊さんと護衛もいるが、城から出られるのだ。
(テオドールには悪いけれど、アタシは一生籠の中の鳥はゴメンだよ)
お城での生活は、言ってみれば豪華な牢獄で暮らす囚人だ。
アタシの意思はまるで意味を成さない。勝手に物事が進んで行くのよ。
勝手にアタシの人生を決められたらかなわない。
さっさと優兄と合流して、元の世界に戻るんだ。
明日が待ち遠しい。
だけど、仲良くしてくれた人たちと別れの挨拶もしないで逃げ出すのも心苦しいものだ。
(そうだ)
お世話になったサラにプレゼントをあげたい。
アタシに贈られた数々の装飾品。元の世界には持って帰られないだろう。
今までお世話になったサラにほんの気持ちとしてプレゼントしよう。
「ええ、そんな貰えませんよ」
見るからに上質な生地のドレス。サラとアタシの背丈はほぼ同じだ。
きっと彼女も着られるだろう。
そう思い、ドレスを何着かサラに選んでもらおうと手に取る。
「良いのよ。アタシには必要がないから」
「でも、レイナ様」
「それに最後だから必要ない……」
(あ、しまった本音が漏れた)
「そんなことはありません。レイナ様は必ず生きてお戻りになられますから」
サラは大きく首を振る。目には薄らと涙が滲んでいる。
(ん? サラは勘違いしている?)
サラはアタシが戦いで亡くなると思っていると、思い違いをしたようだ。
参ったな。どうやって誤魔化そう、そう考えていると悪いアイデアが浮かんでしまった。
(でも、これはチャンスかも)
気の良いサラには悪いけれど、聞きたいことがあるのだ。
それはテオドールの弟、アルトーのことだ。
彼のことは、お喋りなサラでも教えてくれないのだ。
この城でのタブーなのだとは理解出来る。
だからこそ知りたいのよ。
今なら教えてくれるかもしれない。ヨシッ。
「あのね、サラ。最後にお願いがあるんだ」
「また、そんな縁起の悪いことは言わないでください」
「でもね――」
サラからアルトーのことを教えてもらった。
アルトー。
テオドールの双子の弟。
狩りをしていてテオドールを庇って命を落としてしまった、可愛そうな少年。
母親であるデボラ王妃は、アルトーの方が好きであった。
そのため王位を奪われると思ったテオドールに殺されたのだと怒鳴る。
もう一人の息子の目の前で。
アルトーの死で心が病んでしまったデボラ王妃は、兄であるラングヤール卿に言うことばかり聞いてしまうようになっていく。
次第に彼女はラングヤール卿の言いなりになっていく。
頼りにならない国王。
最愛の息子を奪ったもう一人の愚息。
野心を心に潜め、善意の仮面をかぶった兄。
サラから聞いた噂なので、その信憑性はどの程度あるのか分からない。
ある程度はさっ引いて聞く必要はあるだろう。
だけど、
(うわっ、ラングヤール卿ってやっぱり悪党じゃん)
絵に描いたような野心家だ。この国を乗っ取るつもりだ。
(嫌なこと聞いたかも……)
でも、アタシに何が出来るというのだろう。
出来ることといえば、「しっかりしなさい」と、テオドールの背中を蹴っ飛ばすことぐらいだよ。
それか――
テオドールと結婚して、この国を取り仕切るか、だ。
(それも御免被るわ)
ただの女子高生には荷が勝ちすぎる問題だった。
★
ついに出陣の時が来た。
お飾りの国王サマの激励の言葉の後、キッチリと編隊を組んだ騎士団が出陣する。
先鋒の騎士たちと、続々と城の門をくぐる。
アタシはテオドールと同じ馬車に乗ることになった。
強力な魔法の加護をかけられた特別な四頭立ての馬車だ。
客室に乗ろうとすると、「レイナさん」アタシを呼び止める声。
マーヤさんだ。
押しとどめようとする護衛の騎士。
それを「静まりなさい」とピシャリと言う。
毅然とした態度のマーヤさん。
何時もの何処か抜けたような雰囲気とまるで違う。
やはりボケた振りをしていだだけだった。
テオドールが客室のドアを潜ったので、アタシも続こうとする。
それをマーヤさんの手が伸び止める。
強い力。普段のマーヤさんとは違う雰囲気。
アタシはマーヤさんの声に耳を傾ける。
真剣な眼差しのマーヤさん。
「月が動き出しました。必ず何かが起こります。
それが良いことか悪いことかは分かりませんが……」
「ええ。気を引き締めて行ってきます」
「分かりました」アタシは強く頷いた。
「別れは済んだのかい?」テオドールが訊いてきた。
「ええ」短く頷く。
「そう、良かった」テオドールは瞑目する。
アタシたちの乗った馬車が出る。
マーヤさんは警護の兵士に一括するのが見えた。
彼女は教会騎士たちに守られて何処かへ行ったようだ。
(良かった)
マーヤさんは無事みたいだ。
アタシは安堵のため息を吐くと、これからのことを考える。
恐らく新月がキーワードだ。
その日までにどうにかして神殿に行かなくてはならない。
「ロンちゃん、忙しくなるよ」とアタシの精霊獣にしか聞こえない声で喋りかける。
「クー」ロンちゃんは頼もしく頷いたのだった。
★
馬車に揺られて二日。途中で街で休憩をとる。
次第に木々が鬱蒼と生い茂るようになってきた。
街道の幅も次第に狭くなる。
目的の地に到着したようだ。
魔物の巣があるという「静寂の森」に到着した。
兵隊さんたちが拠点を設営していく。手慣れた感じで、見る間にコテージが組み上がっていく。
アタシたちが寝泊まりするコテージ。
簡易式だと言うが、コテージの中は高級ホテルと遜色ない。
夕飯も豪華である。
これでは魔物討伐に来たのではなくて、何処かでキャンプをしている感じだ。
魔物討伐が始まっても、「キャンプをしている感じ」は拭えない。
だってアタシは立派な聖女の衣装を着て、椅子に座っているだけなのだから。
伝えられる情報は、味方の優勢という景気の良い話だ。
戦闘に加わる気配はない。城と同様にアタシはただのお飾りなのだ。
とは言え――。
(護衛のレギーナさんがぴったりとアタシに付き添っているのよ)
短い髪の女性の騎士さんだ。生真面目そうな雰囲気で、油断はしていないみたい。
話しかけても短い返事。
(こりゃ逃げ出すのは難しそうね)
ロンちゃんを呼ぶ。
この子に周囲の偵察を頼む。アタシだけにしか見えない。
先ずはこの場所が何処で、逃げ出す方角を知りたい。
(本格的な戦いになったときが、勝負ね)
逃げ出すのはその時だ。今は体力と精神力の温存だ。無駄な行動はしてはいけない。
「あれ?」
ふとコテージの入り口を見やる。元気の無いテオドールを見つけた。
元気だけではない。魔力がかなり減っているようだ。
「ねえテオドール。顔色悪いよ、大丈夫なの?」
「……ああ、問題ないよ」
見るからにやせ我慢をしている。
怪我をしている? 何かと戦ったのだろうか
「でも――」
「見回りに行ってくる」
テオドールはアタシの言葉に耳を貸さずに、護衛の騎士と一緒に出て行ってしまった。
★
次の日のお昼。暇なのでテオドールとお喋り。アタシが喋ると彼は頷く。
「見回りに行ってくる」昨日と同じく立ち去る。
どうもおかしい。何をしているのかしら……。
(訊いても何も喋らないんだよね)
多分魔法省の人たちと何処かへ行ったみたいなんだけれど……。
ロンちゃん一人では、全てを調べるのは難しい。
(知りたいのは神殿の方なんだけれど……)
せっかく逃げ出しても、直ぐに捕まるのでは意味が無い。
だけど……。
この森のことも知りたい。恐らく「順調」なのは表向きだけだろう。
さて、どちらを優先するべきなのだろう。
唐突にペンダントが輝く。アタシのペンダント。
「やれやれ。やっとか」
ペンダントをジロリと睨む。遅いんだよ。
「もしもーし」とアタシは戯けた声で返事する。
連絡をくれた人は――
『ああ、俺だ優斗だ。そっちは何か起きていないか?』
久しぶりの優兄の声だ。
まあ、かけてきただけでも良しとしようか。
それから他愛の無い話の後。
『ちょっとヤバい敵が現れたんだ。まあ、悪魔なんだけどな』
「悪魔? え、それって強敵なんじゃないの?
かなり拙いんじゃないの?」
『まあ、そうかもな……』
「勝てるの?」
『まあ、強敵だとはいっても、俺たち全員でたこ殴りにすれば勝てる相手だ。問題ない』
「……本当?」
『ああ』
「嘘ついてない?」
『ああ。大丈夫だ。それじゃあな』
優兄は、大したことない相手、そんな風に言っていたが――。
悪魔。
その名前からして嫌な予感がしてならない。
「あっちでは大変なことが起きているんじゃ……」
やっぱりこの森を調べることが先決みたいだ。
わあっと言う怒声混じりの声。
「怪物だっ、怪物が出たぞっ!」
「まさか悪魔が」
声の方を見やる。
兵隊さんから漏れ聞こえる情報。
出たのはミノタウロスという怪物だ。
悪魔ではない。
だけど強敵には違いない。しかも複数体いるので、精鋭でも手を焼いているという。
更に驚いたのは、
「アタシには隠していたけれど、昨日もミノタウロスは出現したみたいなんだよね
アタシに心配させまいと気を遣ってくれたのだろうけれど……。
(それとも知られたく無かった?)
どうも魔物討伐ってやはり一筋縄ではいかないみたいだ。
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