第41話 玲奈視点・壮行会にて

 壮行会の会場。

 何処にそんなお金があるのかよって感じの豪華な会場である。

 国の貧窮は何処へ行ったのだろう。

 やっぱりお金は有るところには有るんだね。


 テオドールは貴族のご令嬢にモテモテで、終始人が途切れることはない。

 アタシはもっと揉みくちゃにされるのかと想像していたが、そんなことはなかった。

 アタシの所にも人が来るのだが、強面の教会騎士さんが護衛してくれているので、かなりの数を防いでくれる。

 アタシとお近づきになりたい人たちから、苦虫をかみつぶしたような目で騎士さんを見ているが、騎士さんは素知らぬ顔して護衛してくれている。


 だが、そんなこと気にもしない人もそれなりにいるので、その人たちの相手をしている。

 その中に件の人物、エッカルト・ラングヤール氏がいる。

「話すのは初めてですな、聖女殿」

「そうですね。お目にかかったことは幾度かありましたが」

「フフッ。こう見えて忙しい身の上なのですよ。貴女のように魅力的な女性と話せなかったのを悔しく思っていましたよ」

 と、女性慣れしている口調。

「それは残念でしたね。ですが今日は時間がありますよ」

 と、アタシも心にも思っていないことを喋る。じんましんの薬を持ってくればよかったよ。

 アタシは、ラングヤール氏と握手を交わす。

 男性だけど華奢な手。貴族の責務である軍事教練なんて、参加したことはないだろう。

 彼と当たり障りの無い話をした。ラングヤール卿の話題は、主に自分の手柄についてだけどね。

 話していて疲れる人である。


 ――それから、気になる人がいる。

 ラングヤール氏の後ろをついて回る初老の男性だ。

 騎士さんに尋ねる。「あの人は?」

「ローマン・ベルゼクト氏です」端的に話す。


「へえ」聖女であるラフィーナさんのお父さんみたいだ。

 若いときは、かなりイケメンだったと思う。

 今も面影が残っているのだ。

 だけど、目の下の隈と、薄くなった頭髪のために老けて見えてしまう。

 傲慢な上司に使われて気苦労が絶えないのだろう。


他の貴族の人たちと、暫く他愛の無い話が続く。

 城付のメイドが、アタシに声をかけてきた。

 そろそろ化粧直しの時間だと。


               ★

 アタシは待って貰っていたサラと供に化粧室へ向かう。

 そこには目移りしそうなほど種類のドレスがある。

 だけどアタシはドレスに対して興味がない。サラにお任せだ。


 着替え終えると、壮行会を行う大広間に続くドアの前、テオドールが待っていた。

 パリッとした軍服。形式張った服装なのにそれを上手に着こなしている。

 さすがはイケメン王子だ。

 テオドールは格好付けているのではなく、ごく自然にアタシの手を取り会場へ入る。


 ワッと歓声。化粧直しを終えたアタシとテオドール王子の登場に会場は湧き上がる。

豪奢な椅子に座る初老の男性と女性。

 この国の国王と王妃。王妃様の顔を見るのは初めてだ。

 アタシたちが向かうのは、この国の国王であるフランク王とそのお妃であるデボラ妃である。

 柔和な雰囲気のフランク王。

 噂ではただのお飾りだと聞くが、本当にただ優しいだけの人みたいだ。

 何せ今までチラリと様子を見ていたが「良きに計らえ」が一番多く聞いたセリフだったのよ。


 デボラ王妃とは初めてお目にかかる。

 一言で言うと「変」である。悪い意味でね。

 顔立ちは子息のテオドールと同様にスッキリと整っているし、この国の正装を自然体で着こなしている。普通に美人さんである。


 ――ただし

(目の焦点が合っていないんだよ)

 それに……。

(何故人形を抱きかかえているのだろう)

 とても大切に抱きかかえるのだから、それは大層大事な人形なのだろう

(だけど、壮行会にそんなもの持ち出すのだろうか)

 ボンヤリとアタシを見詰める眼差しは、とても真面な思考の持ち主とは思えない。

 しかも時折、聞き取れない小声で何かブツブツ呟くのは、かなり怖い。


 王妃が抱いていた人形。

 その瞳が、ぎょろりとアタシを見る。

 「え」人形が動いた? まさかね。だけど、人形から強い力を感じる。それも嫌なチカラを。


 アタシは瞳にチカラを込める。

 聖女になって一番大きいのは、元々あった霊感が更に強くなったことだろう。

 だからその気になれば、人の意思がオーラとなって見える。

 もっともお城の人たちをいちいちのぞき見していれば、アタシがノイローゼになってしまうからやっていないけれど。


(でも、この人形から感じる嫌なチカラ。放っておけない)

ティアラから流れる昏いオーラ。

 ティアラの中央に鈍く輝く黒い宝石、そこから発せられるものだ。

 こんな壮行会で、王妃の衣装に提言することは失礼だとは知りつつ、王妃に一歩歩み出る。


「あの、失礼ですが王妃様、お話があります」

「何でしょう」

「はい、そのティアラから、悪意あるチカラを……」

「待ちたまえレイナ殿。突然の物言い、王妃に対して失礼ではないのかね」

 アタシを制止する声。

 声の主はエッカルト・ラングヤール。あの魔法省のお偉いさんである。


「良いのですよラングヤール卿。私は今とても気分が良いのです」たしなめる王妃。

「病弱なアルトーの妃となる方ですもの。少しくらい情熱的でも問題ありませんわ」

(アルトー様って誰よ)と聞きたいのを我慢しつつ、

「では王妃様。そのティアラから……」

 不意に、アタシと人形との目が合った。

 ギョロリとアタシを見詰めるガラス玉の瞳。

(見間違い、だよね。でも――)

 一瞬金縛りにあったようにアタシは動けなくなる。


「ああ、アルトー。目が覚めたのね。フフッ、貴方も今日はご機嫌なのね」

と王妃は人形の頭を大切そうに撫でる。

「まさか」その人形がアルトーなの?

 人形の口角が上がったような……。

 まるで意思があるような……。

「ひっ」アタシは思わず後ずさる。


 蹌踉めき、倒れそうになるところをテオドールが受け止めてくれた。

「母上は……。その、ご病気なんだ。すまない」

「あ、えっと……。そうみたいだね……」

 そうだ。どう見ても正気ではないよ。

 でも、アタシが気になるのは他にもある。

「ねえテオドール。貴方は感じないの?」

「……どういう意味だろうか」

 困惑するテオドール。彼は何も感じていないみたいだ。

「あの人形から感じる嫌なチカラを」

 そう言いながら、アタシは嫌なチカラに頬を撫でられるような気がしてならない。

 

 アタシの霊感が、何かの予兆を感じる。

――今は、少しだけ不愉快なのだけれど、何時か……。

「それは……」

「レイナ、顔が真っ青だ。何処か具合が悪いんじゃないのか」

「ええ。だけど……」

「部屋に戻って休憩すると良い。後は僕に任せておいて」

 優しく、そう言うテオドール。


 ああ、この人たちは、何も感じ取っていないのね。

 今、この場で彼らを説得することは、無理だよ。

 アタシはその後気分が優れないといって壮行会を抜け出させてもらった。


                  ★

 自分の部屋のベッドの上で、サラに介抱されながら思案する。

 あの異様な王妃。明らかに精神が安定していない。

 なるほど、だから人前に現れなかったのだ。


 ラングヤール卿。感じの悪い野心家のオジさん。

 この国を裏から牛耳っているのはこの人だと、メイドが噂しているのを聞いたことがある。 

 噂では、王妃の腹違いの兄だとか何とか……。

 ドロドロの昼ドラみたいな展開を聞いて苦笑していたのを思い出した。

 誰もこの人のことを止めない所を見ると、噂は本当だったんだ。


 誰も逆らえない権力者、か……。

 魔法、特に聖女関連の知識は博学だ。

 何故ティアラのことを指摘しないのだろう。

 故意に黙っているのだとしたら……。


 それとあの人形。

 魔法で動かせる人形なんてあるのだろうか。

 まあ、異世界なんだから何でもありなのかも知れないけれど……。

 呪いの人形の類いに違いないよ。

 王妃はそれらのことを知っているのだろうか。


「やっぱり食わせ物よね」

 この国の胡散臭い所を立て続けに見てしまった。

 王宮には、誰もラングヤール卿に物言い出来る人間は既にいないのかしら……。

 だけど、アタシに出来ることは何も無い。

 出来ることといえば、テオドールにティアラのことを注意する程度だろう。

 アタシに高度な呪いを解く方法なんて教えてもらってはいないのだから。

「でも、どうすれば信じてくれるのかな」

 アタシの言葉とラングヤール卿の言葉。どちらを信じてくれるのだろうか。

 お飾り聖女では相当厳しいだろう。


(でも、アタシに出来ることだけはしておこう)

 無理矢理召喚されて、この国に来たけれど。

 今度隙を見て、さっさと逃げ出すつもりなんだけれど。

 友人と言えるほど親しい人たちも出来たのだ。

 知らんぷりは出来ないよ。

「やり残すことはないようにしたいよね」

 アタシはロンちゃんの頭を撫でながらそう言った。


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