第40話 玲奈視点・優兄と再開の後で……
「さて、どうしようかな」
アタシは優兄と別れたあと、暫く窓の外を眺めながらボツリと言った。
優兄は、元の世界に一度戻ったと言っていた。
これは凄い情報である。
女幽霊さんと、カン助ちゃん、それとアタシのチカラが揃ったことで、優兄は元の世界に戻ることが出来た。
ただし、優兄の場合は幽霊であり、元の世界の身体を置いてきている。
つまり「元の世界」との、とっかかりがあるのだ。
だけどアタシには無い。
だから正規の手段で転送陣を起動するしかない。
転送陣を動かすこと自体は可能である。
つまり、深読みせずに考えれば、女幽霊さんとカン助ちゃん。
それと優兄とアタシのチカラが加われば元の世界に戻ることは可能ってことだ。
(まあ、地道に頑張れってことか……。
だけど、チカラを蓄える状況ではないんだよね)
さて、アタシの今の状況を鑑みようか。
聖女サマと敬われ奉られているが、実際は籠の中の鳥。
城の外へ出ることはない。
更に魔物討伐を名目に召喚されたのに、魔物と戦うことは勿論、訓練場に行っても訓練をしたことは殆どない。
お偉いさんたちの閲覧席で、お茶を飲むくらいである。
教えてくれるのは、淑女に必要な礼儀作法や、この国の成り立ちや文化等々。
何の役に立つのか分からないことばかりだ。
肝心要の聖女の魔法は教えてくれない。
「なんでアタシは召喚されたんだろうね」
「クー」
ロンちゃんの頭を撫でながら呟く。
本当召喚され損である。
特に優兄は、ただのとばっちりなのだから。
もし魔物に対して本当に苦労しているんだったら、手伝ってみるのも悪くない。
その場合は優兄を元通りにすることが先決だけどね。
だけど実際は聖女とやらの役割を、何も果たしていない。
――まさか王子と結婚するためだけに召喚されたんじゃないだろうね。
「……とっても嫌な予感がするよ」
アタシの直感は当たるんだから。
「だから、何もしないわけにはいかないんだよね」
お城の人たちからは、大した情報は聞けない。
当たり障りのない話ばかりだ。
色々と手を打ってきた。
聖女のことは聖女に聞くのが一番だ。
幸い聖女と呼ばれる女の子は、アタシ以外にも居る。
だけど、現役の子たちもお城の人たちと同じ反応だ。
だから教えてくれる人をロンちゃんのチカラを使って探し出した。
よく言えば名誉職、悪く言えば置物と揶揄されたお婆ちゃんの聖女様を。
その人はマーヤ・フレーベル。
かなり耳が遠くて、少しとんちんかんなことをいうお婆ちゃんだ。
かつてはこの国随一の聖女として名を馳せたが、今は部屋の片隅でお茶を飲んでいるだけの人だ。
耳が遠いので、喋るよりも筆談の方が早い。
しかもマーヤお婆ちゃんは達筆である。
この国の文字があまり書けないアタシに合わせて、日本語で書いてくれる。
なんと草書体である。
だからアタシはマーヤさんは「ボケたフリをしているだけなのでは?」と思っている。
まあ、大抵はただの世間話(しかも長時間)なのだけど、時折彼女しか知らない秘密の呪文を教えてくれる。
「それって教会の人しか教えちゃいけないんじゃないの?」と言うとウインクして「ここだけの話じゃよ」と微笑む。
だからアタシは老聖女様と会うのが楽しみだ。
碌な呪文を教えてくれない先生たちよりも、遙かに有意義なのだから。
「あの、レイナ様」アタシと年の変わらないメイドの少女。
二人居るメイドの一人である。
名前はサラ。栗毛の眼鏡少女。正にメイドのお手本みたいだ。
この子は少しのんびり屋でアタシの話(主に愚痴)を聞いてくれる。
更に噂好き。一応は、アタシに変な噂話を聞かせないように釘は刺されているのだけど、仲が良くなると「ここだけの話ですよ?」と色々聞かせてくれるのよ。
お陰でサラとマーヤさんとのお喋りは、アタシの暇と失望と不安を和らげてくれる。
それと、この子が部屋にいるときは、マーヤさんに教えてもらった魔法のおさらいが出来るのよ。
この子の他にいる、もう一人のメイドさんは、杓子定規な性格で一言一句口を挟まないと気が済まない人なのよ。
名前はシーラさん。アタシより五つ上のキリッとした人である。
まあ悪い人ではないよ。この城での生活で、アタシが気づかないことに先回りして色々と手伝ってくれるんだから。
「そろそろマーヤ様とお会いになるお時間ですよ」とサラが言う。
「あ、もうそんな時間なんだ。うん、ありがとう」
紙と特殊なインクの入った小瓶を持って、老聖女に会いに行く。
マーヤさんとの筆談の場所は、訓練場の片隅だ。
偉い人たちが見学に来る場所である。
訓練場へ向かう途中で、勇者と聖女コンビと出会った。
クルトとアーダだ。
二人とも礼儀正しくて、アタシにもお辞儀してくれる。
アタシも教えて貰った礼儀作法で対応する。
「もっとざっくばらんな話し方で良いのに」とアタシが言うと、
アーダは「聖女様に畏れ多い」と言うのよ。
出会った頃、アーダに『あなたも聖女なの。仲良くしましょうよ』と言うと
『私は貴女に及ぶところではありません。貴女の助けとなる存在になりたいのです』とアーダは、アタシを尊敬の眼差しで見詰める。
ちょっと買いかぶり過ぎじゃないだろうか。
未だ二人の態度は丁寧だ。
だから少しだけ、アタシのワガママを聞いてくれる。
時折、秘密の訓練や魔法を教えてくれたり、今回みたいに訓練場へ入れるように便宜を図ってくれたりと、色々とね。
「で、クルトはテオドール王子と模擬戦してきたの?」アタシはクルトに言う。
「ええ」頷くクルト。
「結果は?」
「一勝二敗ですね」と苦笑する。
「でも王子から一本取るんだから凄いんじゃないの」
「光栄です」と謙遜するクルト。
「王子は?」
「まだ訓練をしています。素振りを後二百回するそうです」
「へえ、相変わらず訓練の虫ねえ」
アタシは訓練場を見やる。
熱心に素振りをするテオドール。
王子なのに、全ての授業に熱心に取り組む。
生真面目を通り過ぎてくそ真面目と言うほどに。
訓練だけが特別熱心なのではない。
帝王学だけではなくて、他の授業も熱心に受けている。
その上社交界に出ているのだから、何時寝ているのだろうかと思うほどだ。
『頑張るんだねえ』とアタシが聞くと、テオドールは真面目な顔して『振り向いてもらいたい人がいるんだよ』という。
あんなにイケメンで超が付く真面目人間で、女性にも優しい。
勿論モテモテである。
だから、アタシは不思議に思って聞いてみた。『君でも振り向いてもらえない人がいるんだね。それは誰なのよ』
テオドールは少し寂しそうな顔をして『誰だろうね』と、肩をすくめて見せるのだった。
多分アタシでは無いだろう。
テオドールは同年代の女の子を見ても何の感慨も抱かないみたいだから。
(まさか年上キラーなのかしら)
これは少し妄想がはかどるのかもしれない。
この城での楽しみは、こんな噂話だけだから。
後でサラに話してみよう。絶対彼女は食い付いてくる。
「えっと、邪魔するのは悪いわね」
テオドールの邪魔するのは悪い。挨拶はしないでおこう。
「二人とも、それじゃ」アタシは二人に手を振る。
「ええ」「それでは」生真面目にお辞儀する勇者と聖女。
アタシはクルトとアーダと別れ、マーヤさんの所へ向かった。
訓練場の片隅は、マーヤさんの特等席と化している。
常備されたお菓子と、魔法のかけられたポット。
ちょうど良い暖かさの紅茶を飲みつつ、お菓子とお喋り(筆談)を楽しむのがアタシの日課となっている。
マーヤさん専属メイドに紅茶を淹れて貰う。年配のメイドさんで、マーヤさんからの信頼は篤い。
紅茶を一口飲む。お嬢様になった気分だ。
マーヤさんと筆談をしようと思い紙とペンを取り出す。
楽しい一時。城での嫌な気分がスッと溶けていくようだ。
何杯目かの紅茶のお代わりをしていると、そこへテオドールがやって来た。
訓練直後のようだ。汗でビッショリである。
イケメンなので流れる汗でさえ爽やかさを感じさせるほどである。
「練習熱心だね、テオドール。
えっと君も紅茶を飲む? 残念だけど冷たい飲み物は無いんだよ」
アタシは紅茶を勧める。
「いや、良いよ。回復ポーションを飲んだところだから」と微笑むテオドール。
なんと言うことない仕草なのだけど、それが妙にサマになるのだ。
「それよりも、レイナ頼みがあるんだ」真顔になるテオドール。
「なに? 話の内容次第だけど……」
「明日、父上と母上に会って欲しいんだ」
「はあ何の冗談?」露骨に嫌な顔をしてみせる。
「今度、大規模な討伐軍が編成される。
それに僕と君が参加することが決定されんだ」
「討伐軍なんて、初めて聞いたんだけど?」今までは「正式に訓練」したことないのに、いきなり実戦に参加しろなんてムチャクチャだ。
「すまない、議会の決定なんだ。僕も初めて知ったんだ」
テオドールはスッと頭を下げて謝罪する。
「君に断りも無く話を進めてしまい、申し訳なく思う。
許してくれないだろうか」
「ちょ、ちょっと頭を下げてなんて欲しくはいよ。貴方は王子サマなんでしょ?」
「では、謝罪を受け入れてくれるのかい」
「えーい。それはそれで、あっちに置いておいて!」アタシは無理矢理テオドールの頭を上げる。
「兎に角。理由を知りたいの、話を進めてちょうだい!」
「今度行われる大規模な魔物の討伐。
これが成功すれば、北部に蔓延る魔物に対して、致命的な損害を与えることになるだろう。
まさに国の態勢を決める大切な戦となるだろう」
「そう」
「敗北は許されない戦い。万全の準備が必要だ。装備や指揮官、練度。
それと兵士の士気の高さ」
「それでアタシの出番?」
「ああ。君が僕と供に戦場に立てば士気は最高潮になるだろう」
「ふうん」
要は客寄せパンダになれということである。
「そこで、明日壮行会が執り行われるんだ」
「へえ」元の世界で言えば、インターハイ出場した部員に対して学園長からのありがたーいお話と美味しい料理が振る舞われるということだ。
「……この国って議会制民主主義だったよね」
「ああ。そうだ」
貴族が権限を持っているが、絶対では無いと教えてもらった。
まあこの世界の仕組みはさほど興味は無いのだけれど、実際のところテオドールは議会に対して無茶を押し通せるような立場ではないみたい。
アタシの知らない所で勝手に話しが進んでいる。
業腹だが「断る選択肢」なんて、最初から無いのだろう。
(城の外に出られたら、逃げ出すチャンスが増えるかもね)
マーヤさんから「色々」教えて貰っているし、こちらにはロンちゃんという頼もしい味方もいる。
外へ出たほうがワンチャンあるのだよ。
(優兄が見つけた神殿。そこには転送陣がある!)
神殿への道筋はロンちゃんに任せて、その後はトンズラよ!
「それで、その壮行会とやらに出たらどうなるの?」
アタシは何でも無いように聞く。
「君の役割は終わる」
「ホント? じゃあ元の世界に還れるの?」
マジか。ガバッとテオドールを見やる。
「……そこは最大限の努力はするよ」
「なんだ」ぬか喜びじゃん。
「レイナ。申し訳ないが、君が元の世界に還る手段は、相当難しいんだよ」
「呼び出すのは簡単なのに?」
「……すまない。その通りなんだ」
テオドールは再び頭を下げる。
どうもこの王子は自己評価が低いのではないだろうか。
一刻の王子サマなんて、ふんぞり返っているというイメージだったんだけど……。
(どうもこの人を見ていると違うと感じるんだよね)
まあ、悪人でないことは確かだ。
何時までもテオドールに絡んでいても埒が明かない。
「分かったよ。壮行会には出てあげるよ」
「ありがとう」
テオドールは安堵の笑みを浮かべる。
「はいはい」アタシは肩をすくめて見せた。
他の誰かがこの笑顔を見れば、コロッといくのだろうが、アタシには効果はない。
(何処かの捻くれ者も、こんな笑顔を見せてくれれば良いんだけどねえ)
アタシは盛大にため息をついたのだった。
その後、テオドールと明日の打ち合わせをサラッと済ませると、温くなった紅茶に口を付けた。
ふとマーヤさんと目が合う。
何時になく真面目な顔をしたマーヤさん。
サラサラと筆が走る。
『魔法省の役人には、お気を付けなさい』
魔法省? 確かアタシの召喚に関わっていた部署だったはず。
(お偉いさんたちも、明日の壮行会に出席するんだっけ)
確か、その人の名前は……。
『エッカルト・ラングヤール氏』
そう。そんな名前だった。スラッと背が高いイケオジだった。
「その人が要注意人物なんだね」
アタシの問いかけに頷くマーヤさん。更に筆は進む。
「えっと、レイナさんの同輩の聖女と知り合いになってください」
頷くマーヤさん。
『わたしの妹の孫娘です。名前を――』
「ラフィーナ・ベルゼクトさん、ね」
かつて歴代十指に数えられると言われた聖女であるマーヤさん。
彼女の親戚であるラフィーナさんも相当な能力を秘めた人なのだろう。
(もし、アタシたちの味方になってくれるのなら、心強いわね)
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