第39話 還れるのだが……

 転送陣が輝く。元の世界へ

 あの部屋。真っ暗闇。ボンヤリ光るカン助が目印だ。

「よし。戻ってこられた」

 さっそく生身の身体に魂を入れてみる。久しぶりに感じる重力。懐かしい感覚だ。

 スマホを取り出して時間を確認。午後四時。

 三十倍の時間差と、向こうの世界で経過した日数は六日と半日。

 だが、元の世界では二日経っている。

 予想では六時間程度だと考えていたのだけれど……。

 三十倍の時間差は、全くアテにならなかったのだ。


「そんな上手いこと進まないか」

 想像以上に時間が経っている。

 向こうの世界ではどれくらいの時間が過ぎているのだろう。

 心配だけど、今は出来ることだけをやるだけだ。


「さて、櫛は何処にあるんだろう」

 この洞窟か、それとも盛久の家に隠されているのだろうか。

「どの道盛久に会って色々聞かなきゃいけない。先ずはアイツに会いにいくか」

マゴマゴしている暇はない。早速洞窟を抜ける。


 洞窟の外は明るい。久しぶりの日の光。まぶたを瞬かせる。

「盛久、頼むから何か発見していてくれよ」 

 今は兎に角情報が欲しい。過去の文献の内容が知りたい。

 友人である盛久の家へ向かう。


                ★

盛久の実家である神社に到着した。

境内にも祭りの準備が進められている。

 明後日の晩には本祭りが始まるだろう。

 神社のご神体である鏡の描写。色々祭りで見られる山車。鏡と太鼓と櫛。

 各々の地区でデザインは違う。

 天女や弁天など女性がモチーフの山車も多い。

「天女か」櫛のデザインが目を引く。

「早いとこ盛久に会って確認しなきゃ」

 俺は大急ぎで友人の部屋へ向かう。


 俺は盛久の部屋に着いた。

 ドアの向こうから話し声が聞こえる。

「それでね」「ああ」盛久の声と、少女の声だ。何だか盛り上がっているようだ。

 その子の声に聞き覚えがある。

「盛久、俺だ。入るぞ」

 俺はドアをノックせずに開ける。

 サッと文献取り出して、それを睨めっする盛久。

 盛久の隣には、セミロングの小柄な少女がいる。

 確か玲奈の友人である由佳ちゃんだっけ。


「おお優斗じゃないか。無事だったんだな」と嬉しそうな盛久。

 少しわざとらしいが、喜んでくれているのは本当だろう。

「ああ、どうにか生きているよ」俺も微笑む。

「今回で二度目。向こうの世界と往き来は完全に出来るようになったんだな」

「まあ、俺だけはな……」


「優斗さん、それで玲奈は無事なんですか」由佳ちゃんが会話に割って入る。

「ああ。あいつは無事だよ」

「良かった」安堵のため息をつく由佳ちゃん。

 彼女も俺たちが拙い状況に陥っているのは聞いているようだ。


「それで、玲奈は今何をしているんですか?」

「良い部屋で旨いご飯は食べているぞ。

 俺と違って好待遇だから、その辺りは心配しないで良いよ」

「そう、ですか。大丈夫なんですね」

「ああ」

 玲奈の置かれた状況。

 正確には、あのタツノオトシゴみたいな精霊獣から聞いた話なんだ。

 魔物討伐の後、あれから城の警戒が厳重となり、魂だけの俺でさえ迂闊に近づけなくなってしまったのだ。

(あまり踏み込んだ事は言わないでおこう)

 二人に心配かけるだけだ。


 誰か城の設計図でも持っていないのだろうか。

 まあ、それは極秘事項だから誰も知らないだろうけれど。

 最悪、俺が玲奈の部屋に忍び込むのが見つかったとしても、カン助とロンの手引きでどうにかなるだろう。

 後のことを考えなければ、強行突破するつもりだ。

 ラフィーナに迷惑をかけないように、上手いことタイミングだけは見計らう必要はあるだろうけど。


「盛久よ、新情報は見つかったのか」俺は盛久を見やる。

「ああ。色々と分かったことがある」頷く盛久。

「一つは、こちらの世界に戻ってきたのは巫女本人ではなくて、彼女の娘だということ」

「ほう」

 ならばあの女幽霊さんが巫女本人なのだろう。

(二人揃って逃げられなかった、ということなのだろうか)

もしくは、女幽霊さんが残って、何か作業をする必要があった。

 例えば向こう側の転送陣を閉じたとか。

 これはかなり重要な情報だ。

 二人戻れないのは、何らかの制限があるのか。

 魔力、マナの強さ? 素質?


「二つ目は、こちらの世界と異世界とが繋がるのには、時期があること」

「時期とは?」時間制限があるのだろう。厄介な話だ。

「こちらの世界と異世界とが繋がりやすい時期だ」

「何らかの条件があるのか」

 新月。月の魔力? あの時、俺独りだけで転送陣を扱えたのも、月の魔力が影響しているのだろう。 

「それが、本祭りの日。その日が月が力を増すと書かれている」

 つまり、こちらの世界では明後日の夜だ。

「それがタイムリミットか」

「新月。月の光か」

 時間的には後一回、どうにか往復出来るはずだ。

 こちらの世界とあちらの世界の「差」は縮まる一方だが、まだ余裕はある。

 次に戻るときが、玲奈を連れ戻せるラストチャンスだ。


――ただ。

「本来の巫女さんが帰ってこなかった理由が気になるな。

 それ次第では、俺と玲奈二人揃って戻れない可能性がある」

「そこは分からない。もしかしたら、娘の方が能力は低かったのかもしれない。

 召喚されたのは母親の方だったみたいだ」

 聖女と呼ばれた巫女は元の世界に戻れずに、彼女の娘だけが戻ったのだ。

 二人が召喚された、もしくは娘は巻き込まれたのかもしれない。


「本命は母さんで、娘さんは巻き添えを食らったのか……」

 娘さん一人では、魔力が不足していた。

 だから転送陣を起動できなかった。

 それで母親の方は向こう側に居残ることで、転送陣を起動させる必要が生じてしまった。

 これは考えられることだ。

 俺の魔力が不足していたら、転送陣を起動できないだろう。


 月の魔力が有るのならば、カン助のチカラを借りずに単独で往き来出来る。

(玲奈の魔力は高い。恐らく転送陣は動かせるはずだ)

 とは言え、これは根拠の無い楽観論だ。

 玲奈は月の魔力を扱えるとは限らない。

 玲奈の力を「目の前で見たことはない」からだ。

 不安定な転送陣を確実に起動させなくては意味が無い。

 失敗して消滅なんて笑い話にもならないからだ。

 

 やはり鍵となるアイテムを確保する必要がある。

 女幽霊さんが言っていた櫛ともう一つのアイテムの存在。

 それが有れば二人揃って還れるのだ。


「よし」これで希望が出た。

 この後、あの隠し部屋を探し回ってみよう。

「……なあ、盛久よ。巫女関連の道具は知らないか?

 例えば櫛とか、他に何か……」

 探すにも、目安となるものは必要だ。


「ええっと……」頭をかく盛久。

 その隣で一緒になって書物を読む由佳ちゃん。

 ……どうも近いような気がする。顔に吐息がかかる距離だ。

 何だか「友だち」の近さではない気がする。

「……まあ良い」今は余計な詮索は後回しだ。

 俺は首を大きく振る。


「喜べ優斗、有ったぞ」と盛久。

「ホントか」

「お前が言っていた櫛はな、これだろう」伝承を見せる。

 そう言えば、隠し部屋に、色々箱が有った気がする。

「後、女幽霊さんが言っていた宝物。多分山車(だし)の中にあるはずだ」

「それは?」

「櫛と手鏡。それと横笛だ」

「そう言えば、モチーフの有った気がするな」飾り人形に、それらの見覚えがある。


 櫛と手鏡が必要なのだ。


「お前の家には無いのか」

「残念ながら。ただ、伝承には有ったと記録されているんだけど……」

 言葉を濁す盛久。

 だが、俺は「本人」から聞いたのだ。

 それらは、こちらの世界に有るのだと。

「お前の家に無いのなら、あの洞窟の中だな。隠し部屋に何か色々残されていたはずだ」

 女幽霊さんが言っていた櫛と手鏡は、隠し部屋に有るのだろう。


「そうか。これで玲奈ちゃんを連れて戻って来られるな」

「ああ。助かったよ」

「はは。まあ良いよ。僕も良いことがあったからな」と盛久はニンマリと笑う。

 隣の由佳ちゃんも微笑む。


「……」あれ? あの二人、何だか良い感じだぞ。

「盛久さん。これなんてどうですか?」と由佳ちゃん。

「うん? どれどれ」ニヤける盛久。

「そう、そうなんですよ」

「ここはそういう意味が……」

 あれ? 確かに、俺が聞きたいことはことは終わった。

 だけど俺をそっちのけで、二人だけの時間は続いている。

 こちらの世界で、たったの一日半でどうして親密になれるのだろう。

(さてはコイツ抜け駆けしていやがったな)

 そう言えば思うことは多々有る。

 盛久の抜け駆けに文句を言いたいが、ここは堪える。

 それよりも気になるのは……。

(盛久の奴。

 もう、何もかも無事に終わったような気になっているのかよ)

 俺の方は、未だ残っている問題が「色々」あるのに


 そりゃさ。俺が盛久に文献を調べてくれとは頼んだけどさ。

 クーラーの効いた部屋で、女の子と二人きり。

 同じ目的が二人の距離を縮めていく。

 おい。俺が死にかけていたのに、大した身分じゃねえか


「優斗よ」と盛久。

「ああん」俺はジロリと盛久を睨む。

「何故けんか腰なんだよ」

「さてな。お前の胸に聞いてみるんだな」

「それよりさ。今度の祭りのことなんだけど」

「はあ? まだ何も終わっちゃいないぞ」

「まあまあ。お前と玲奈ちゃんが大変なのは分かってるよ、だからそう邪険にするなよ。

 でも、還れる目処はついたんだろう」

 と、暢気なことを言う。


「目処はな。まだ確定した訳じゃ無いからな」

 俺は憮然と言う。

 ――だけど……。

 俺と玲奈は、元の世界に戻れるだろう。

 さっき盛久も言っていたが、俺だけなら確実に戻ってこれる。

 そして、玲奈の魔力の強さ。

 あのとき、悪魔との激戦で放たれた一撃は、俺の魔力量を完全に上回っていたのだ。あれだけの力があれば、転送陣を起動出来るだろう。


 それと、女幽霊さんが言っていたキーアイテム。それらの存在を裏付ける情報。

 俺と玲奈は確実にこちらの世界に還ってこれる。

 そんな予感めいたものを感じ取っているのだ。


「向こう側で、何かやり残したことでもあるのか?」

「いや、まあ……」

 俺は言葉に詰まる。

 一番の問題であった魔物の討伐。それは終わったはずだ。

 もちろん残務処理があるだろうけれど、国の偉いさんたちが考えることだ。

 俺の知ったことではない。


 だけど、今回の論功行賞でとばっちりを食らった人たちがいる。

 あのボンクラ王家がやることだ。

 何かとんでもないことを平然としそうで、怖い。

 盛久の奴は、俺の心残り、心配事の核心を突いてきたのだ。


「ある、な。

 とても困っている女の子がいるんだよな……」

 ラフィーナの寂しそうな笑顔が、チラリと脳裏に浮かぶ。

「女の子? お前らしいと言えばらしいよな。

 だけどさ。困っているって言っても、お前たちを「勝手に召喚した側」の人間なんだろう?」

「なっ、俺が言っているのはだな!」

俺は思わず声を荒げる。

 あちらの世界の事に、無関心な盛久の態度に苛ついたからだ。


 ビクッと肩をすくめる由佳ちゃん。

「あ、ごめん」

 俺は彼女の怯える顔を見て、少し冷静に戻る。

 盛久があちらの世界の事に無関心なこと。

 確かに、それも当然だと思う。

 顔も見たことの無い人間が、困っていたとしても自分は困らないからだ。


 俺だって地球の裏側の人たちが困っていたとしても少し同情する程度で、何もしないだろう。

 精々赤十字に募金する程度だ。


 盛久にとって、ラフィーナたちは顔を見たことも無い赤の他人である。

 地球から更に遠い異世界。むしろ俺と玲奈を連れ去った側の人間たちだ。

 そんな奴らが困っているとしても、盛久にとってはどうでも良いことなのだ。


「僕も少し軽率だったよ。お前も向こうの世界で知り合いが増えたのだろうから。

 だけどな。今お前がやるべき事は、玲奈ちゃんを無事に連れて還ることだろう?」

「……そりゃ、な」

 玲奈を連れて還るのは、俺の最大の目的だ。

(だけどな、あちらの世界でも気に掛かることが出来ちまったんだよな)


 ラフィーナ。向こうでは俺のパートナーになった女の子だ。

 あの子が居なければ、俺は幽霊勇者どころか地縛霊となってしまい、遂には悪霊に成り果てて、狂った魂となり異世界で彷徨うことになったかもしれないのだ。


 これからのことなんて、ただの杞憂。俺の取り越し苦労なのかも知れない。

 しかし、どうも悪いことが起こるような気がしてならないのだ。

 ラフィーナを救うこと、頼みの綱はビアンカだけだ。

 もし、それが失敗したのならば……。

 ラフィーナが祖父と孫ほど年の離れた爺さんと結婚することになるのだ。

 ……流石に、それはな。


「どうした。優斗」

「いや、何でも無い」

 俺は大きくかぶりを振る。盛久の言うことは正論だ。

 ラフィーナが大変なことになるかどうかなんて、今は未だ分からない。

 ビアンカが上手く取りなしてくれる可能性だって大いにあるのだから。

(そうなると、俺は……)

 大きく深呼吸。

 冷静に。目的を見失ってはいけない。

 俺の最優先は、玲奈を元の世界に戻すことなんだから。

 次が最後のチャンスなんだから……。

「悪い。盛久言い過ぎた」俺は盛久に頭を下げる。

「優斗さん、すみません。私も浮かれてしまいました。

 玲奈も未だ戻ってきていないのに……」由佳ちゃんも謝る。

「いいよ。僕も少し無神経だったよ」俺は二人の謝罪を受け入れる。


 俺は盛久の家を出る。玄関前で俺を見送る二人。

「次は玲奈ちゃんも一緒だぞ」

「……ああ。もちろんだ」

「みんなでお祭りに行きましょうね」無邪気に笑う由佳ちゃん。

「……なんで玲奈と組むのが前提なんだ」

 俺が何故、盛久たちがイチャつくのを見なきゃならんのだ。

「え」と盛久。

「え」と由佳ちゃん。

「まあ、お礼にバイト代でご飯くらいは奢るぞ」

 こうして俺は再び洞窟に向かったのだ。


                   ★

「ここだろうな」

 転送陣のある部屋から少し離れた場所。

 何の変哲もないただの壁。

 俺はそっと壁を触る。

 手が壁にめり込む。アタリだ。

 迷うこと無く足を踏み出す。暗闇を突き抜けると天井がボウッと光る部屋に出た。

 隠し部屋だ。


 そこに置かれた品々。巫女が残した品は、彼女の高い霊力を宿しているだろう。

「櫛はどこだろうな」

 そいつが帰るための切符になるだろう。

「女の人の部屋を漁るのはちょいと気が引けるが……」 

 まあムフフな品は出てこまい。

化粧道具に目をとめる。それらは巫女の品と思われる。

 その中でも一際目を引く金箔の模様。漆塗り。

「この箱高そうだよな」

 女性の身だしなみを整える品。幾つか櫛がある。

「ん」

 その中の一つが、ホンノリと光ったような気がした。

「この櫛だな」

 後一つ手鏡は……。

「この手鏡か」

 俺は埃一つ付いていない手鏡を手に取る。

 綺麗な鏡面。綺麗過ぎて怖いほどだ。

「これは絶対値打ちモノだぜ」

 俺でも不思議なチカラを感じ取れるほどだ。


「この二つで間違いないはずだ」

 これで、玲奈を連れて元の世界に帰ってこれる。

「よおし。待ってろよ玲奈」

「カン助」

「カー」

 俺はカン助を呼び出すと転送陣の上に乗る。

 輝く転送陣。

 俺は再び異世界へと旅立つのだった。


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