第38話 月の光

 ベルゼクト家の別邸から直接神殿に向かうことにした。

 何だか話しが勝手に進んでいる気がしてならないのだ。

 しかも、悪い方へ。

「今は兎に角元の世界に戻る方法を見つけなきゃな」

 早く方法を見つけないと、エロ王子と玲奈の結婚は確定するだろう。


 それと、更に悪いの予想。

 ラフィーナも何か起こるようは気がするのだ。

(ただの思い過ごしなら良いんだけどな)

 ラフィーナも連れて、この世界から逃げなきゃならないかも……。


 俺の知らない所で勝手に話が進んでいる。

 知らない誰かの言いなりになるのは真っ平ご免だ。

 俺は大急ぎで神殿に向かうのだった。


                 ★

 この世界に似つかわしくない鳥居と和風の神殿、というか神社。

 空には新月の輝き。

 ここが異世界ではなくて、日本ではないかと錯覚させる。

 まあ、神社の造りはなんちゃって日本なのだけれど。

 赤い鳥居をくぐり、神殿の奥の転送陣を目指す。

 あの不思議な白い部屋だ。


 白い部屋の扉の前。そこには、あの女幽霊さんが立っている。

 俺が扉を開くのを妨害している。

 いや、俺を待っていたのだろう。

 悪霊などの邪悪な気配は感じない。

 それどころか優しげな温かい気配を感じる。

 まあ、幽霊なので、おかしな話なんだけど。

 それに、以前も助けてくれたのだ。この幽霊は悪い人ではないだろう。


 女幽霊さんの唇は動いているが、ナニを喋っているか分からない。

 だが雰囲気から察するに、助言を言っているみたいだ。

「カー」カン助が鳴く。

 すると、女幽霊さんが、何を喋っているか少しだけ理解できた。

 恐らく「待っていましたよ」と喋ったのだろう。


「カン助の力添えか……。一体何をやったんだ」

 俺は自分の精霊獣を見やる。

 誇らしく胸を張るカン助。薄らと輝く光の膜。マナの流れ。

(マナ? 一体何処から……)

 俺は天井を見やる。

 透き通った天井、新月の輝きが見える。

 カン助は月の光をマナに変換しているのだ。


「……お前、やるな」

「カー」

 カン助はドヤ顔で俺を見やる。

 クッ。これでは主の面目が立たない。

 よし、俺も試してみよう。

「あのときは確か……」

 感覚を研ぎ澄ます。

 大気中に存在するチカラ。マナ。それを扱うことが上手くなってきた。


(流石にあれだけ使えばな)

 悪魔との激戦で身をもってコツを掴んだのだ。

「悪魔のお陰でレベルアップしたのかよ」

 思わず苦笑してしまう。正に命懸けの修行だった。

 まあ、あのクソ悪魔に礼を言うつもりは微塵もないけれど。


 俺は再び女幽霊さんを見る。

 以前よりもハッキリと彼女の存在を感じ取れる。

「貴女は、あのときの方ですか?」

 今回は素顔が見えた。黒髪の若い女性で、多分三十歳前後だろう。

「はい」と女幽霊さんは頷いた。

少し聞きづらいが、声が聞こえるようになった。

「貴女は、異世界に召喚された巫女なんですか?」

「……はい」

 やはり召喚された巫女だった。

 恐らく盛久と玲奈の先祖にあたる人だ。


(あれ?)

 そうなると、俺たちの世界に還ってきた巫女は誰なんだろう? 

 その人が玲奈たちの先祖じゃなかったんだろうか?

 何処から尋ねれば良いんだろう。

 この人は玲奈を知らないし、俺もアイツの家系も詳しくしらない。

 貴女の子孫も巻き込まれて困っています、でいいのか。


「わた……子孫と……巻き込まれ……方ですね」と、女幽霊さんは言う。

「あ、はい」おお、何故分かるんだろう? 

 ああ、玲奈のハンカチを見ていたっけ。

「懐かしい……チカラ……感じました」

 チカラ……。玲奈の霊力か。

 やはり、この人は凄い霊能力者だったんだろう。

 数百年経っても悪霊化しないのは伊達では無い。

 以前は感じなかったけれど、今の俺ならマナを感じられる。

 彼女のマナは綺麗に澄んで見えるのだから。


「俺と玲奈……。えっと貴女の子孫が異世界召喚に巻き込まれて困っているんです。

 元の世界に戻れる方法を教えてもらえますか?」

 この巫女さんの幽霊は、元の世界に戻れる方法を知っている。

 そうでなければ玲奈たちは産まれていないのだ。

 この女幽霊さんの家族か誰かが、元の世界に戻ったはずだ。


「あちらの……。世界にある……。しを……。持ってきて……」

「くし。櫛ですか?」

 俺の問いかけに女幽霊さんは満足そうに頷き、

「それか……。……がみも」

 櫛の他にも何か必要みたいだ。

 そう言えば秘密の隠し部屋があったはずだ。

 そこに何かがあるのだろう。必ず探し出さなきゃな。


「分かりました。きっと見つけ出して持ってきますよ」

「その二つが……。元の世界に……です」

「済みません。助かりました」

 俺は女幽霊さんに頭を下げる。

 俺と玲奈が戻れる大きな鍵が、元の世界にあるのだ。

 よし、俄然やる気が出てきたぞ。


「さて、お次は」

 俺は転送陣を見やる。元の世界に通じる入り口だ。

不思議な幾何学模様が描かれている。

 俺とカン助は転送陣の中央へと進む。

 中央まで進むと、転送陣の輝きは更に増した。

 再び転送陣の文様が浮かび上がる。以前よりもスムーズに起動したみたいだ。


 玲奈の補助が無いのに、起動できた。

これも俺の実力が上がったからだろうか。

「フフ。どうやら俺の隠された力が目覚めたようだな」

 厨二心をくすぐる展開だ。

「カー」空を見上げるカン助。

「なんだ」

 俺も釣られて空を見上げる。

 新月の光が、俺たちを照らしている。

「月の影響?」

「カー」

 ヤレヤレ顔のカン助。

「コイツ……」ダメ出ししやがって。

 元の世界に戻ったら、カン助の目の前でフライドチキンを食べてやろうか。

 あ、カラスはそんなの気にしないのだったっけ。


 見送りにいる女幽霊さんに会釈する。

「では」

 俺とカン助は目映い光に包まれて行く。

 目指すは元の世界だ。


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