第37話 ベルゼクト家にて(2)

「ラフィーナ。君が武功を得るのに必死な理由なのかな」

「そう、ですね」

「そのことを教えてくれないか? 俺に話したところで、俺がどうにか出来る問題じゃないかもしれない。

 だけど、少しは気が晴れるかもしれないぜ」

 以前に聞こうとしてはぐらかされた質問。

 今は、あのときよりも気を許せる仲になったはずだ。

 もちろん、話を聞いたところでラフィーナを手助け出来るかは分からない。

 恐らく、ただの気休めにしかならないだろう。

 それでも、溜め込んだ思いを誰かにぶちまけることで、心が落ち着くかもしれない。


 ラフィーナは暫し逡巡するが、ため息を吐いてこう言った。

「あのときと同じ、大した理由ではありませんよ。

 それと……言いにくいことなのですが、これは我が家の恥となるものです……」

 まだ駄目なのか……。

「ですが……」ラフィーナは逡巡して「そうですね、ユウト様には愚痴を聞いてもらいましょうか。今はそんな気分なのです」ラフィーナは儚げに微笑む。

「ああ、良いよ」

「ありふれたお話です」ラフィーナはぽつぽつと語り出してくれた。

ラフィーナの家ベルゼクト辺境伯は、南部では名家で裕福であったという。

 だが、ここ十年は魔物の襲来が重なり、その対応に追われていたという。

 魔物に襲われても何も利益はない。

 魔物が出没するだけで付近の山や森、畑は汚染されてしまい、元に戻すのに多大な労力を必要とするからだ。

 大規模な戦ともなれば、王国から騎士団を派遣してもらえるのだろうが、それでも規模と人員に限りがあるため、優先順位が生じる。

 後回しにされた貴族たちは単独で領地を守り抜かなくてはならないのだ。

 魔物を倒すための兵士。彼らにも賃金を支払う必要が出てくる。

 自分の土地を守るための戦いなので、法外な値段ではない。

 だが、人を動かすにはやはりお金がかかってしまう。

 多数の魔物を相手すれば、それだけ負傷者と死傷者が出てくる。

 魔物を倒しても金にならない。ただただ損害が出るだけだ。

 魔石の収入は、被害の規模に比べれば気休め程度の額だという。

 雪だるま式に借金が増えていったという。


「昨年、魔物との大規模な戦となりました。戦には勝利しましたが、その時の傷が元で兄が亡くなりました」

 ラフィーナには年の離れた弟がいる。

 マティアスだ。彼が後継者である。

 だが、当主となるには若すぎる。

 初老の父親も王都と領地との問題に対処仕切れていない。

 無駄な債務に対処仕切れず効率は悪い。


 魔物に荒らされた耕作地を復興させる資金不足と、借金の利払い期日。

 苦しい資金繰り。

 苦肉の策として、ラフィーナも高齢の貴族と婚姻の話が進められていく。

 悪く言えば借金の形に後妻に迎えられるのだ。


 ラフィーナの唯一の希望。

 それは聖女と認められ、魔物討伐での勲功を稼ぐこと。

 そうなれば国からの高額の恩賞は期待出来る。

 ラフィーナが聖女として張り切るのも使命感だけではなく切実な事情があったのだ。


 お家存続のための婚姻。

 戦国時代ではよくある話だ。こちらの世界観では近しいものなのだろう。

(ラフィーナの結婚か)

 金持ちの老人の後妻。祖父と孫ほど年の離れた婚姻。

 家の存続のためとはいえ、相当キツい。

 予想していたが、やはり俺の手に負える問題ではなさそうだ。


 だけど、余計に引っかかる。

 戦国時代の価値観ならば、論功行賞は明確にしなければならない。

 そうしなければ家臣が付いてこないからだ。

 あからさまな依怙贔屓すれば、家臣たちから反発されて謀反を起こされる可能性が出てくるはずだ。そのことは理解していると思うのだけれど……。


 何故国の上層部はラフィーナの手柄を奪ったのだろう。

 俺が白眼視されているのは、薄々感じていたのだが、彼女まで冷遇する必要が分からない。


「あのラフィーナ」

「はい」

「気を悪くしないでほしいのだけど、ここで君が言っていたエッカルト公爵ってアテになるのかい?」

 この国の内情に詳しくはないが、公爵家は相当身分の高い貴族だ。

 そんな家と懇意な家なのに、何故冷遇されるのだろう。

 ベルゼクト家の存続が邪魔なのか。ラフィーナが出世することで、不利益となる何者かがいるのだろうか。


「ユウト様。納得出来ないというお顔をしていますね」

「ああ。何故君の家が冷遇されるのか分からない」

「そうですね。わたしも納得出来ません。

 ユウト様……」

 ラフィーナは俺の隣に腰掛ける。息がかかるのを感じ取れるほどの近さだ。

「この家にも、誰かが忍び込んでいる。そんな気配を感じるのです」

ラフィーナは周囲を伺うように視線を動かした。

 何かを気にしているようだ。誰かが聞いている? 


 使用人の中にスパイでもいるのだろうか。それとも……

(もしかして盗聴器でも仕掛けられているのかも)


「カン助」

「カー」俺はカン助を呼び出す。ひょっこりと顔を覗かせる。

 盗聴器みたいな道具が、何処かに隠されているはずだ。

 この世界は、見た目中世ヨーロッパだけど侮れない魔法技術があるからな。

 転送陣なんて、ワープだぞ。SFの世界だ。


「お前の眼と俺の感覚を合わせるぞ」

「カー」

 森の時と同じく、魔力を発生する様々ものが浮かび上がる。

 生命体、魔力を帯びた宝石及び道具。その中で、目立たない地味なモノを探す。

 この部屋からは、見た目通りの道具があるだけだ。

 隠して相手を欺こうとか擬態した道具は見当たらない。

「ラフィーナ。この部屋は大丈夫みたいだ」

「そうですか」ホッと安堵するラフィーナ。


「でも」俺は甲冑から魂を抜け出して、廊下に出る。

 廊下に置かれた大きな花瓶。その前で立ち止まる。

 何かが反響している感じがする。

 花瓶を置く台座、その裏側の窪みに、テントウ虫ほどの大きさの宝石を見つけた。


 俺は部屋へもどる。

「怪しい宝石を見つけた。

 俺とカン助、君との視界を同調させるぞ」

 カン助の視界をラフィーナにも共有させた。

「これがカン助ちゃんが見ている世界」

 カン助の魔力探知能力に驚いている。

「ラフィーナはちょっと待っていてくれよ」


 俺は再び甲冑に魂を入れる。

 それから部屋を出ると、件の花瓶の前に立ち止まりわざとクシャミをしてみる。

 予想通り宝石は小さく明滅した。

 ラフィーナにもそのことが理解出来るはずだ。


 部屋に戻ると、彼女は神妙な顔で俺を出迎える。

「間違いなく盗聴器ですね。それもスパイ用の高性能な盗聴器でしょう。

 わたしも初めて見ました」

「ならば、誰でも簡単に手に入る品物じゃないと」

「はい」ラフィーナは真剣な顔で頷いた。

「だけど凄いですね。我が家の魔法道具でも探知出来なかったのですよ。

 それを見つけるなんて」

「まあ、カン助の眼は優れものだよ」

「カー」カン助は誇らしげに胸を張る。


「今見つけた廊下と、玄関にもあるようだ。

 詳しく探せば他の部屋にもいくつかあるんじゃないかな」

「では、これから教える部屋を見てきてくれませんか?」

「ああ、わかった」

 俺は甲冑から魂を抜け出す。


 幽霊となった俺は、ラフィーナが指示した部屋へ向かう。

 高そうな絨毯と何百冊もある大きな本棚。

 これも高そうな机のある部屋だ。

 立派な部屋で、男性の上着がかけられている。

 誰かからの贈り物。その端っこ。ペン立てから感じる。


 部屋の特徴を告げると、

「そこはお父様のお部屋です。やはり」ラフィーナは強く頷いた。

「心当たりがあるんだな」

「贈り物の中に、ペン立てがあったのを記憶しています。

 送り主はエッカルト・ラングヤール公爵。魔法省の大臣で、お父様の上役です」そこで一拍おく。

「とても優秀な方なのですが、よからぬ噂も多い方ですね」

 と、言い切った。

「敵の多い人物なんだ」

「そのようですね。かなり良くしてもらっていますが信用出来ない方です。

 フフ、貴族はそういうお方が多いでしょうけれど」

 盗聴器を仕掛けられ、公爵への疑惑は更に深まったようだ。

 何らかの策略に巻き込まれている可能性が大いにあるのだから。

 ラフィーナは静かに怒っている。

 エッカルト公爵は、ラフィーナの親父さんの秘密を探り、何をしようと考えているのだろうか。


「ここでわたしたちが思案しても埒が明かないですね。

 お父様が戻ってきてから相談しますわ」

「その、ラフィーナの親父さんは、エッカルト公爵を信じているのかい?」

「公爵にはお世話になっていますが、本心から信じてはいないでしょう。

 盗聴などのことも薄々は気づいていると思いますよ。

 お父様も貴族の考え方を十分心得ていますから」

 狐と狸の化かし合い。なんとも世知辛い世界みたいだ。


「そうか。こちらから連絡を取ろうとしても、盗聴されるに違いないだろう。

 今は気づかないふりをしておくのか」

「ええ」頷くラフィーナ。

「近々わたしが直接お父様とお会いし、事のあらましを説明します」

「そうか。それしか方法は無いのか……」

 何とももどかしい。

「フフッ。お父様も、あれで中々の策士なのです。大丈夫ですよ、きっと……」

 ラフィーナは自分を鼓舞するように強く頷いてみせた。

 まあ、上司が何を考えているのか知れたモノではない。心配のタネは尽きないことだろう。

「ではユウト様。

 新しい身体に移し替えましょう」

 ラフィーナの兄貴の甲冑に護符を移し替えることになった。

 作業は呆れるほど簡単に終わった。本当に護符を張り替えただけだったのだ。


 部屋を出て、再びこの別邸の主たちの肖像画の前を通る。

 一番最後の肖像画。恰幅の良い初老の男性。優しい目元はラフィーナに似ている。

「ユウト様も、実際にお父様に会えば驚くと思いますよ」

「肖像画よりも格好いいから?」俺は茶化すように言う。


 ラフィーナは「いいえ」と首を横に振る。

「あの肖像画は、「どの位前」に書かれたものなのだろうと、考えるでしょうから」

「え。それって……」

「大丈夫です。老けていますが、死ぬほどではありませんよ」

「そう、なのか」少しだけ安堵する。

「ただ、目のクマが酷いとは思うでしょう。

 お父様は仕事の虫ですから……」

「相当忙しいんだ」

心労と働き過ぎだろう。

 今回の件も加わり、ラフィーナの親父さんの苦労は途切れることはなさそうだ。


「はい」ラフィーナは遠くを見るような眼差しで、父親の肖像画を見詰める。

 玄関のドアの前まで来た。

「これからユウト様は、元の世界に戻られるのですね」

「ああ。早いとこ元の世界に戻る方法を見つけないとな。そうでないとエロ王子と玲奈が結婚しちまうんでな」

「フフ。それは大変ですね」

「笑い事じゃないぜ」

「レイナ様が心配なのですね」

「ああ」


 この世界の貴族とは、権力に物を言わせて何でもする連中なんだと、ラフィーナの家のことを聞いて理解した。

 ハンスやクラウスの方が例外なのかも知れない。

 まあ、ラフィーナも貴族なんだけれど。どうなんだろう。

 そんなことを考えていると、

「もし……」ラフィーナは俺に何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「ん? どうしたの」

「お二人が揃って元の世界に戻られる方法。見つかると良いですね」

「きっと見つけてくるよ」俺は大きく頷く。「あと、この甲冑は何処かに隠しておいてくれ」

「ああ、魂だけで行くのですか。ならハンス殿に言付けておきましょう。レイベール学園の宿舎に置いておきますから」

「頼んだよ。それから、ラフィーナ」

「はい。何でしょう」

「もしもの時は、神殿まで逃げて来たらいい。俺がどうにかするから」

「……はい」

 ラフィーナは、曖昧に微笑み返した。

「行くぞカン助」

「カー」

 俺はむき出しの魂だけとなると、カン助を連れ立って再びあの神殿を目指すことにした。


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