第36話 ベルゼクト家にて(1)


 ベルゼクト家王都別邸へ向かう馬車の中、俺とラフィーナの二人だけだ。

 普通なら、こんな美少女と二人きりならば、心ときめく展開なのだけれど、

 肝心のラフィーナはボンヤリと窓の外を眺めている。

 何か考えているみたいで話しかけづらい。


 偶に俺とラフィーナの目が合う。その時は彼女は微笑む。

 無理しているように見える笑顔で、

「想定外の出来事も多々起こりました。ユウト様もご苦労様です」

 そう切り出した。

「ああ、思っていたより大変だったよ」

「それで、俺がラフィーナの家に寄る理由ってのは……」

 何だろう? 遂に告白でもされるのだろうか、と妄想をしていたら、カン助に首筋を突っつかれた。

「コイツ」捕まえようとするがヒョイッと避けられる。

 カン助は馬車の屋根なんて素通り出来るのだ。

 ラフィーナの肩にとまるとエサをねだっている。

 もしかしたら、俺よりもラフィーナに懐いているのかもしれない。

 俺とカン助のやり取りを見て、ラフィーナはクスクス笑いをする。

 少しは気分が晴れたのかもしれない。


「ユウト様に新しい甲冑をお贈りしたいと思うのですよ」

「へえ、甲冑ねえ」

 確かに激戦をくぐり抜けてきたので、相当くたびれてきている。

 動くことは動くのだが、少々軋む音がする。

「まあ突っ立っているだけなら大丈夫だと思うけれど」

 もう大きな戦いは終わり、平和な世界に近づいているようだ。

 俺の役割も減っていくだろうし、普通にしていれば別に問題は無いと思われる。


 アクシデントに見舞われて、ぽろっと甲冑が外れてしまい、空っぽの中身が観られてしまうのは流石に拙いだろうな。

 そうなったらバレると面倒くさい。

 まあ、戦いも終わりが見えたようだし、心機一転新しい甲冑に取り替えるのも良いだろうな。


「あれ? 魂の移し替えなんて、簡単に出来るのかい?」

「はい。護符を張り替えるだけですからね」

「ああ、そうだったな」

 甲冑に護符で魂を定着しているだけだった。

「ユウト様もお気に入ると思いますよ」

「そうか。それは楽しみだな」

「はい」

 ラフィーナそれっきり唇を引き締める。


 どうも話が続かない。

「ええと、ラフィーナの親父さんは何処に務めているんだい?」

「魔法省です」

「ほう」流石に魔法が十歳にある世界だ。

 外務省とか財務省と同じような組織があるのだから。


「あれ? でも自分の領地を治めるのは誰がしているんだい」

「『今は』叔父様と二人で治めています」

「魔法省にも務めているし、大変だなあ」

 領主と役人の二つのわらじを履いている。

 領地と王都の二つの職場で采配しているなんて、聞いただけでも大変そうだ。


(それだけ働いても収入的には厳しいのか)

 平和な日本で暮らしていると実感出来ないが、魔物との戦いなんて百害あって一利なしなのだろう。

「そうですね」苦笑するラフィーナ。

 ボンヤリと窓の外を眺めている。何か考えているみたいで話しかけづらい。


やはり今日の彼女は元気がない。報奨金のことを引きずっているのだろうか。

 ラフィーナはキッチリしているが、守銭奴ではない。

 何か他に理由があるのかもな。


                 ★

 目的地であるベルゼクト家の別邸に到着した。

 古い外観だけど手は行き届いているようだ。

「大きな屋敷だね。まるで学校だ」

 素直な感想。近くで見ると、庭の広さも考慮すると百人規模の小さな小学校ぐらいの大きさだ。

 貴族の別邸とはこれほど大きいのだろうか。

「そうですね。貴族は見栄っ張りですから」とラフィーナは苦笑する。

 出迎えてくれたのは別邸の使用人だ。

 十名いるが、この館の大きさを維持すると考えるならば、それほど多くはないような気がする。


 俺たちは、馬車から降りる。

 ラフィーナを出迎える少年。彼は元気にラフィーナに駆け寄ってきた。


「弟のマティアスです」弟を紹介するラフィーナ。

「そうなんだ。宜しくな」俺はマティアスに会釈した。

「……はい」マティアスは軽く頭を下げると、ラフィーナの後ろに隠れてしまった。

「少し人見知りなところがあるのですよ」と苦笑する。


「お嬢様、ご無事にお戻りになられてようございました」

 使用人さんたちを代表して、老執事は目尻に薄らと涙を溜めて、ラフィーナを出迎える。

「ありがとう。爺も元気で何よりです」

「はい」大きく頷く。

「ユウト様も、ラフィーナお嬢様をお守りくださり、誠にありがとうございました」

 執事さんは、俺の手を取り何度も握手をする。


 俺は少したじろぎ、ラフィーナを見る。

「大体の事情は、爺にも伝えてありますからね」

「ああ」

 まあ悪魔なんて大物が出たのだ。

 しかも悪魔を打ち倒したのだ。

 大金星である。


「しかし、お嬢様たちのお手柄が、お上に認められぬのは、至極無念でございます」

 と、今度は悔し泣き。感情豊かな老人だ。

「爺。もういいのです」

 ラフィーナは執事さんを慰める。

「は、はい」執事さんは顔を何度か振り、背筋をピンと伸ばす。

「お父様は今、どちらへ?」

「エッカルト公爵様の館です」頭を垂れる執事。

「またあのお方の所ですか……」ラフィーナの顔が、一瞬だけあからさまに不機嫌になった。

「連絡は先日言いましたが」

「主様もご多忙なのです。ご理解ください」

「そう。分かったわ」

ラフィーナの顔が曇る。

 だが何時もの毅然とした顔に戻ると、

「さあ、ユウト様。我がベルゼクト家の別邸にようこそ。お入りくださいませ」

 俺はラフィーナにエスコートされて、別邸の大きなドアをくぐるのだった。


「さあ、館に入りましょう」

 ラフィーナに促されて、俺は館に入ることにした。王都の別邸だと聞いたが、中も外観と同様に立派なものだ。古いが手入れの行き届いた高価そうな調度品が並んでいる。

 肖像画が並べられている。

「歴代の当主の肖像画です」

「へえ」

 一番端の肖像画。これが現当主なのだろう。

「父です」

「そうなのか」

 目元がラフィーナに似ている。

「やはり親子だね。君に似ているよ」

「そうですか。色々な方から言われますが、わたしはピンときませんね」と微笑む。父親と似ていると言われて満更でもなさそうだ。


「さあ、ユウト様こちらへ」

 ラフィーナは、目的の部屋の前まで迷うことなく進み、ドアノブに手を添える。しかしドアは開かない。鍵が掛かっているようだ。

「お嬢様、ラフィーナお嬢様」俺たちの後を追ってきた執事さんが、ラフィーナを呼ぶ。

「爺、この部屋の鍵を取ってきてちょうだい」

「ですが、この部屋はクルト様の……」

「早くしてください」

「はい」毅然と言うラフィーナに、執事さんは言い返せなかった。


 鍵の掛かった部屋の前で、俺とラフィーナの二人が残された。

 いつものすまし顔の美少女が、暗い面持ちでドアを凝視している。

 場の雰囲気に絶えられなくなって話しかけてみる。

「えっと、誰の部屋なんだい」

「兄の部屋ですよ」

「ここに目当ての甲冑があるんだ」

「はい。兄の所有物ですが」

「え、勝手に持ち出しちゃ駄目なんじゃないか」

「良いのです。兄はもうこの世にはいませんからね」少し顔を曇らせた。

 それを見て悟る。


「……もしかして、今は……」

「はい。昨年亡くなりました」

「それって思い出の品じゃないのかい?」

「ユウト様に着て貰いたいのです」

「でも、君の家族の誰かが引き継ぐんじゃないのか」

「もしもの時、持ち出したておきたいのです。

 あの様な輩に指一本触れさせたくはありませんから」


「お嬢様」と執事さんが鍵をラフィーナに渡した。

「ありがとう。さあユウト様、中に入りましょう」

 綺麗に整頓された部屋。

 殺風景というか質素というか。

 ただ、一際目立つのは立派な甲冑だ。


「この甲冑が……」

「はい。兄の甲冑です」

 かなり使い込まれた甲冑だ。

 だが手入れは行き届いていて、細かい傷はあるが、所々に宝石が埋め込まれていてかなりの値打ちモノだと思われる。


 ラフィーナの家の家紋、ベルゼクト家の家紋はどことなく他とは違って見える。

(なんだか和風みたいだ。他の貴族とは違うようだ)

ハンスやクラウスの家の家紋とは明らかにデザインの方向性が違うのだ。

似たようなデザインを「何処か」で見た気がするのだけれど……。


「ユウト様。この甲冑を身に纏っていただけますか」

 ラフィーナがそっと家紋を触る。兄貴の形見である大切な甲冑を俺に託そうとしている。

「ああ。喜んで」

 ラフィーナの覚悟を見て、そう言うしか出来なかった。

(俺のことをそれだけ高く評価してくれているのか……)

 彼女の想いを受け取って、ありがたく頂くことにしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る