第35話 名誉の負傷

 森での戦いの後、俺たちはラフィーナの館へ向かう。


 ビアンカの別荘の一室にて。

 治療中のハンスが見えないように、衝立で仕切りをしている。

 流石にビアンカ側の少女たちに配慮したのだ。


 俺と仲間たちは、ハンスの治療を見届けようと集まっている。

 恐らく大丈夫だという思いと、やっぱり駄目だったという思いがある。

 ハンスの勇姿を見届けなくてはならないからだ。


「一体何があったのですか」とお冠なラフィーナ。

「激戦を制した勇者への言葉とは思えないな」俺はラフィーナをたしなめる。

「で、ですが、その……どうすればハンス殿のソコがそんなことになるのですか?」 

 頬を赤らめるラフィーナ。美少女が恥じらうのを見るのは良いものだ。


 ラフィーナは、ハンスのアレを直視出来ないので、カミラが代わりに診察することになった。

「お前は平気なんだな」平然と施術するカミラを見て、俺は感心する。

「ボクの家は代々医療関係の家柄なんだよ。男の人の裸を見ても何にも思わないよ」

「コイツの馬並みを見ても驚かないのか……」

「ハンス君のは普通だね」

「なに」

 あれが並のサイズだと? 異世界恐るべし。

 敗北感に打ちひしがれてしまう。


 ハンスの@@@を見て恥じらうラフィーナとは裏腹に、カミラはテキパキとポーションを振りかけ、軟膏を塗り、患部にガーゼを添える。

 手慣れた手つきである。

「後は時間経過だね。もし心配なら学園の先生に頼むと良いよ」

「サイズアップねえ」俺が暫し考えていると、カミラは俺の耳元でボソリと呟く。

「後さ、ユウト君のサイズアップも可能かもね」グフフと笑う。

「その時は宜しく!」身体が戻ったらお願いしたいところだ。


「そ、そんなポーションが有るのですか。

 ……それは朗報かも」

 とヨハネス。かなり真剣な顔をしている。

「ヨハネス君が、ハンス達の色に染まってしまう」

「駄目よ、戻ってきて」

「ハンス。責任取りなさいよ。ヨハネス君が穢されたのは、アンタのせいよ」

 ヨハネスの取り巻きたちは、非難囂々だ。ハンスは信用が無いな。

 と、言うかハンスの治療をしている間、ソワソワして遠巻きで観察していた彼女たち。

 エロいことに興味津々なのだろう。お年頃だねえ。

 カーテンが開き、ハンスとカミラが出る。

 晴れやかな笑顔のハンス。どうやら治療は成功したようだ。


 ハンスの治療が終わり、俺たちも部屋を出る。

 廊下ではビアンカもハンスの治療が終わるのを待っていた。

 治療前は憮然とした態度であったが、治療が上手くいったのを知ると、顔を綻ばせた。

 何だかんだ言ってもハンスのことが気になるようだ。


「ハンスがあれだけの怪我をするとはね。一体何があったんだい?」と、ビアンカは訊いてきた。

「強敵が現れたんだ。ミノタウロスに匹敵する。いや、それ以上の強敵だったんだ。

 あれは辛い戦いだった」

「でも、ピンポイントであんな所を負傷するのかい?」

「あれは想定外の事件だった。それしか言えないな」

「事件、ねえ。どうせハンスが何かやらかしたのであろう」とビアンカは、冷めた目をハンスに向ける。流石幼なじみである。大筋では合っている。


「それで完治するのか?」とビアンカ。

「安心して元に戻るから」とカミラ。

「フフッ安心してくれ。オレは前よりも強大になって復活するのさ」と、妙に自信たっぷりなハンス。

「まだ暫く塗り薬は必要だけどね」カミラは釘を刺す。


「そうか、なら良い。キミにはお手数をかけたね」ビアンカはカミラに礼を述べる。それから、ジロリとハンスを睨むと、

「全く。叔父上にはどうご報告しようかな?」

「うう。そこは上手く誤魔化しておいてくれ」

 ガックリとうな垂れるハンス。


 カミラは、チョイチョイとハンスの肩を叩き、手を出す。

「ん? 何だその手は?」訝しげなハンス。

「治療代」

「は。仲間から金取るのかよ」

「勤務外は当然。それに、あのお薬の材料は、結構貴重な品を使っているんだよ」

「あの激闘はだな――」

「薬要らないの? 再発するんじゃない? 後はどうなっても知らないし、まあいいかな」

「済みません。お薬は欲しいです」

 ハンスは、シュバっと頭を下げる。流石に今回はしおらしかった。


 コホンとビアンカが咳払いをする。

「ハンスの治療が上手く終わったのは朗報だ。喜びましょう。

 ただ、今回の想定外の戦いを鑑みると、親睦会の延期は止むなしですね」

「そ、そんな」悲鳴を上げる男連中。

 もちろん俺も含まれる。

「な、何故だ? 納得いかん」

 憤慨するハンス。

 大切なアレを負傷してまで戦ったのに、見返りが無いことに納得出来ないのだろう。


「そうだ、ビアンカよ。

 誇りと生命を賭した勇者たちには、それなりの報酬があっても良いんじゃないのか?」

 俺もハンスに追従する。

「それはそうなのだが……。

 君たちやハンスが苦戦するような相手が出没する場所で、暢気にバーベキュー大会なんて開けないだろう?」

 と、至極真っ当な事を言う。


「ぐ」俺は言葉に詰まる。

 確かにあの色々と危険な魔物が出没する付近で、美少女たちとイチャコラ(希望的観測)は拙いだろう。

 俺たちの想い(妄想)がダダ漏れだと、バレた後が恐ろしい。

「別に親睦会が無くなった訳じゃ無い。日を改めて開こうじゃないか」

ビアンカはそう言うと、優し微笑むのだった。


「し、しかし金の当てなんざオレには無いぞ」ハンスの顔は真っ青だ。

「レイベール学園から報奨金が出るでしょう」とビアンカ。

 その言葉に、一同彼女の顔を食い入るように見詰める。

「わたしたちは、レイベール学園から正式な辞令を受けて参加している。戦いの結果を裁定するのはオイゲン学園長だろう」


「そうだよ。それにボクたちの行動はヘンリックさんも了解のことなんだから、教会も動きやすいはずだよ。

 だからラフィーナちゃん元気だしてよ」とカミラ。

「ええ。そうですね」とラフィーナ。カミラに力なく微笑む。

「そうか。教会か……」何やらブツブツと呟くクラウス。

 コイツも手柄を挙げないと立つ瀬が無いのだろう。


 みんな、今回の論功行賞に納得していない。

 正式な辞令ではないが、恐らく俺たちには何も報償は出ないと悟っている。


 全員が何かしらの思惑があるようで、場は静かに収まっていく。

「それでは、これからの事なのですが……」

 ラフィーナが声を発する、

「わたしとユウト様は、一度王都にある我が家の別邸へ向かいたいと思います」

「ん? どうしてだ。一緒にレイベール学園に向かわないのか?」とハンス

「しっハンス」とビアンカ。

「そっか、ラフィーナちゃんも大変だよねえ」何かを察したカミラ。

「オイゲン学園長に頼めばまだ希望はあるんじゃないか」とクラウス。


「ええ、そうですね」どこか曖昧に微笑むラフィーナ。

 それから彼女は俺の方を向く。

「ユウト様、それで構いませんか?」

「ああ。俺は問題ないけれど」俺は頷いた。

「良かったですわ」ラフィーナは、とても嬉しそうに微笑む。


 ラフィーナもハンスも実家の台所事情が悪いのは知っている。

 戦は金がかかるのはどの世界でも同じなんだな、と妙なことを考えてしまう。

 死なないだけでは駄目で、更に勲功を挙げなければならない貴族というのも大変なのだろう。


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