第34話 パラダイスへのプレミアムチケット
悪魔と魔物達との激戦が終わり、一晩が過ぎた。
みんなやる気が無い。
食堂の壁のシミの数を数えるヤツもいるくらいだ。
それも、朝の報告を聞けば仕方の無いことだ。
俺は今朝のことを思い返すのだった。
ヘンリックさんからの使者が来た。
この先どんな報償をもらえるのだろうかと、期待の眼差しを向ける。
だが、それは裏切られたのだった。
俺たちが必死になって倒した悪魔。
その手柄は全てヨハネスたちのものとされたのだから。
帰り際使者は、「済まない。この埋め合わせは主がすると申していました」残念そうに言う。
「何処から横やりが入ったのですか」とラフィーナ。
「それは言えません」首を振る使者。
「そうですか」一先ず怒りを押さえ込むとぎこちない笑顔を作ってみせた。
★
「王家の横やりかな」とカミラ。
「ああ。恐らくは」苦虫をかみつぶしたよう顔をするクラウス。
「手柄を王子に集中させたいんだろうよ」と吐き捨てるハンス。
ヘンリックさんからの報告だ。とは言え、決定をくだしたのは彼では無い。
軍の上層部もしくは更に上の特権階級だろうか。
だが、ヨハネスだけが大手柄というのも納得出来ない。
俺は正規の勇者として認められていない。
しかしラフィーナは正式に聖女として名を連ねている。
彼女の戦功まで剥奪されたのは業腹だ。
「あの、みなさん」
萎縮し、子犬からネズミのような雰囲気でヨハネスが部屋に入ってきた。
「済みませんでしたっ」
開口一番頭を下げるヨハネス。
「なあ、ヨハネスよ」
俺は、和やかな微笑みを浮かべながら、ヨハネスの隣に立つ。
「おい、ちょっと裏へ行こうぜ」逃げられないようにヨハネスの右肩を掴む。
「ククッ。良い返事を期待しているよ?」
左腕を押さえるクラウス。
「なあに、頭と心臓さえ動いていれば、ラフィーナがどうにかしてくれるさ」
ナイフを舌なめずりするハンス。
「あっと自白剤はご利用ではないですか? とっておきが有りますよ?」
とカミラ。
「それでは後は任せてください、ごゆっくりとね」
微笑むラフィーナ。笑顔が怖い。
「す、済まない」頭を下げるビアンカ。「まさか、こんなことになるなんて」
「ヨハネス君は悪くないの」
取り巻きの少女たちから口々に嘆願される。
ヨハネスへの報償を決めたのは上の連中だ。
ヨハネスはそれに従うだけだろう。
頭ではヨハネスが悪くないと分かっているが、どうも納得出来ない。
「そ、そうだ。ここはわたしたちだけでも祝勝会を開かないか?」ハッとした顔をするビアンカ。
「祝勝会? それは、誰と誰なんだ?」俺はビアンカを見やる。
「ああ。この場に居る全員参加だ」
「ほほう。全員参加、全てか」
ハンスは興味深そうにビアンカを見る。次いで、傍らの少女たちをジックリと見回した。
普段なら嫌がる彼女たちだけど、今回の酷い賞罰に対して同情的に見える。
ぎこちない笑顔で返してくれた。
「共に悪魔を倒した仲間じゃないか。誰一人欠けても為し得なかった偉業だ。
上官たちが認めなくても、公爵令嬢であるわたしが、父上にかけ合ってでも認めさせよう」
「ふむ。伝手はあるのか」とクラウス。
「ああ。みんなの功績は、公爵家の名において認めさせるとここに誓う」
「そう、ですねえ」小首を傾げるラフィーナ。
「だから、今は喜ぼう。大いなる戦果を讃え合おうじゃないか」と必死なビアンカ。
「そのための祝勝会ですか」とカミラ
「食材は、倉庫にある。後は新鮮なお肉だけど、それは狩りで獲れば良い。
だから、多いに食べて親睦を深めて戯れようではないか」
とビアンカは魅力的な提案をしてきた。
親睦会。何とも素敵な響きではないか。
後でメモ帳が無いか探しておかなくてはならなくなったようだ。貴重な情報を得ることがあるだろうから。
「何処で?」俺は何でも無いようなフリをしつつ問う。
「フフ。こんな味気ない倉庫で祝勝会を行うことはないさ。
近くには、わたしの家の別荘がある。そこでしようではないか」
★
「ここは避暑地で有名なラザック湖の近くなんですよ」
とヨハネスが告げる。
「あの貴族連中の御用達のか?」とハンス。
「はい」
「国でも指折りの湿地帯だ。奥に広がるラザック湖は絶景だと聞いている」
補足するクラウス。
「別荘がどうとか言っていたよな」俺が訊く。
「はい。ビアンカさんの別荘が近くにありますよ」と断言した。
「なんでそんなに詳しいんだ」訝しげなハンス。
「以前、連れてきてもらったんですよ」
「……オレは行ったことがないぞ」ハンスはヨハネスの首を絞める力を増やす。
「そ、それは、みなさんと水遊びをしたので……。ハンス君は危険だと判断されたのですよ」
「オレほどの紳士を除外するとは、良い度胸だな」目を血走らせるハンス。
「だから、その態度が駄目なんですよ」
「てめえ一人だけ良い目をするなんざ、虫が良すぎると思わないのか?」
更に目を血走らせるハンス。
「……今回も手柄を横取りしたくせに、間取りぐらい教えても罰は当たらないぜ」
「う、うう。分かった、分かりましたよ」ヨハネスは降参した。
俺はハンスとヨハネスのやり取りを横目で見ながら、これから先のことを考える。
「別荘に招待か」有名な避暑地で、絶景。
美しい湖畔を眺めながらの食事。
共に戦い抜いた戦友との食事に話は弾む。
「湖。
親睦会は水遊びが出来るな。
つまり……」
そして心は開放的になる。ならば――
「水着か」
俺は少し離れて歩くラフィーナと、彼女の横に並ぶカミラ。
服の上からでも分かる豊かな二つの房。
桃とメロンか。合法的に水着姿が見られるチャンスだ。
これは逃す手はない。
「水着、だと」このパワーワードにハンスが食い付いた。
「そ、そんな駄目、駄目ですよ。如何わしい視線で、みんなの肢体を見回すなんて」
ハンスを押さえ込もうと必死なヨハネス。
「だが、「質量的」には釣り合っていると思うのだが?」と真顔のハンス。
「そ、それは」言葉に詰まるヨハネス。
「親睦会。悪くない、な……」独りごちるクラウス。
「……四人とも鼻の下が伸びてるよね」とカミラ。
「ええ」ため息を吐くラフィーナ。
「クラウス君もあっち側に行っちゃったようだけど、ヨハネス君もあっち側に墜ちるのも時間の問題だね」
カミラはヤレヤレと肩をすくめてみせた。
★
昼食は不味いレーションで我慢したハンスたちは、大急ぎで親睦会の準備を終えた。もちろん俺も手伝った。
食料と資材をせっせとカミラの別荘まで運び準備を終わらせたのだ。
女性陣は、一足先に別荘に向かい、準備をすると言う。
俺たちはソワソワしながらそれを待つ。
時間にして一時間ほど経過しただろうか。
「しかし、遅いな」俺は空を見ながら呟いた。
待つのは時間の流れが遅く感じてしまう。
行き帰りの時間を考えるとそれほど経っていないのだろうけれど。
「仕方が無いな」
ハンスが立ち上がる。
「何処へ行く? 連絡なら未だだぞ?」と俺は問う。
「ユウトよ。お前分かっちゃいないな」ヤレヤレ顔のハンス。
「どういう意味だ?」
「彼女たちは聖女。国の宝だぞ? 何かあったらどうするつもりなんだ?」
「それはそうなんだが……」
俺は肩に止まるカン助を見やる。
暢気にあくびをしている。何も感じていないようだ。
例え魔物が現れたとしても、雑魚たちでラフィーナたちの相手になるとは思えないのだが。
「真夏の空の下、色々なハプニングはつきものだろうに」ニヤリと笑うハンス。
「まさか、お前……」
「世の中何が起こるか分からないからな」
「む! そうか」
いわゆるラッキースケベ。
そのチャンスを探しに行くと告げているのだ。
「そうか。分かった。彼女たちの護衛も重要な任務だからな」
「全くだ。聖女に指一本触れさせねえ」
俺とハンスは、クラウスとヨハネスを見やる。
「どうする?」俺とハンスが手を伸ばすと、
「ふっ」広角を上げると力強く手を伸ばすクラウスと
「えっと」躊躇いがちに手を伸ばすヨハネス。
ここに協定は結ばれたのだった。
★
森の南へ進む。街道に出るとここから先は魔物たちの浸食はそれほど進んではいない。ついさっき通った道だ。
だが急に霧が出てきたのだ。
「ん。霧が濃くなってきたな」
「まあ、近くは湿地帯だからな」
歩くのは問題ないが、走るのは厳しい視界になってきた。
小一時間霧の中を歩いただろう。
ふと人の気配を感じるようになった。
「ふふ」少女の声がする。
「ま、まさか」屋外での着替えなのか。何と大胆な……。
コテージに入って着替えていないのか。開放的になっているのか。
夏の魔力と言うヤツだ。
リア充御用達のイベントだとばかり思っていたのだが、こんな所にそんなチャンスが転がっているとは思ってもいなかった。
俺たちは誰一人喋ることもなく、足を早めるのだった。
次第にハッキリと声が聞き取れるようになってきた。
「あら、カミラさん。とても良いスタイルですね」
「えへへそうでもないよ」
声の主は、聞き覚えがある二人だ。
「くっ! まさか、ラフィーナとカミラが……」俺はハンスと顔を見合わせる。
「お前の考えている通りだ」
「木が邪魔で様子が分からないぞ」
ただでさえ霧が出ているのに、更に木々の枝が邪魔をする。
「こっちだ。行こうぜ」と先に進むハンス。
深い霧。水辺。少女たちの黄色い歓声。声の方角へゆっくりと進む。
見てもいないのに、既に鼻血を出すクラウス。
声だけで軽く前屈みになっているヨハネス。
更に躊躇わず進もうとするハンスを必死に止める俺。
これ以上近寄れば俺たちのことがバレてしまう。
「そうだ。魔法だ」俺はふと閃いたのだ。
風の魔法で霧を薄めればよいのだ、と。
「誰か、風の魔法は使えないのか」俺は後ろを振り返る。誰も反応しない。
「くそお……」
あの霧さえ晴れれば。
あの霧の向こう側、パラダイスは目と鼻の先にあるのだ。
何故俺はあのとき風魔法を習得しなかったのだ。
確かに魔法を習得することは、難しかったのかもしれない。
だが、未来への可能性までを捨ててしまったのではないのか。
人間の大いなる可能性。それを俺はドブに捨てたのだ。
希望という儚い幻を乗せた列車、それに乗車するための特別なチケット。
そう、プレミアムチケットだ。
そんな特別なチケットを得るための可能性を、俺は深く考えずに投げ捨ててしまったのだ。
クソッ。自ら可能性を閉ざしてしまうとは。今まで生きてきた中で、一番の後悔である。
だが現実は残酷だ。
これ以上近づくとラフィーナたちに気づかれてしまう。
「仕方ねえ」スクッと立ち上がるハンス。
「なら、先に進めば良いじゃないか」
「おい、よせハンス」
ラフィーナが覗きなんて許してくれるはずはない。
お前殺されるぞ。
それにラフィーナに覗きがバレたのなら、俺も無事では済まないだろう。
俺は幽霊勇者から地縛霊勇者に強制クラスチェンジしてしまうのだ。
「そ、そうですよ」とヨハネス。
「これじゃ只の覗きだぞ」クラウスも止めに来る。
「男なら前のめりだろ?」
ハンスは、これ以上無いほどの爽やかな微笑みを浮かべたのだ。
例え失敗しても悔いは無い。
(コイツは、チャドだ)
今なら買ったばかりのデジカメを奪われても笑って許せるだろう。
その純真な笑顔が、俺たちの頑なな心をほぐしてしまう。
「……行きましょう」とヨハネス。
「そうか。お前もいける口なんだな」ニヤリと笑うハンス。
「お前はどうだ?」
「くっ、仕方ないな」ヤレヤレ顔のクラウス。
「ユウトよ。行こうぜ」
「……判った」俺も覚悟を決めよう。仲間の顔を覗いて見る。
みんな強い光を宿した瞳をしている。
……いい目をしていやがる。
「行こうぜ」
俺たちは大きな一歩を踏み出したのだ。
★
今なら出来る気がする。
魔法。それは神秘の力。奇跡を起こす力。
俺は今、限界を超えるのだ。
「カー」カン助が俺のうなじを突っつく。
「今は忙しいんだ。邪魔しないでくれ」ラフィーナに気づかれてしまうだろう。
俺はユックリと瞳を閉じて精神を集中させる。
身体を流れるマナを感じるようになった。
練習の時では感じ取れなかった魔法の源。
精神が研ぎ澄まされていくのが判る。
霧の向こう側の風景、見覚えのある美少女たち。
薄らと見えるような見えないような……。
「カー!」カツンとうなじにクチバシが当たるのが判る。
「痛っ」
カン助よ、邪魔しないでくれ。今が重要なポイントなんだ。
もう少しで、何かを掴めそうな気がするんだ。
「カー!!」
ゴツッとうなじにクチバシが刺さる。
だが、痛みを感じている暇は無い。
「そうだ。行ける行けるぞ」魔法の力を感じる。感じ取れるのだ。
「行ける……」
霧が晴れていくようだ。もう少し!
「アホー!」
カン助のクチバシが、俺の頭頂部にブスリと突き刺さる。
「ぬああ」俺は思わず頭頂部を押さえてかがみ込んでしまった。
鋼鉄の兜を貫いて、俺の霊体に直接触れる力をコイツは持っている。
「何しやがるこのアホガラス」
恐る恐る触る。良かった穴は空いていなかった。
俺はユックリと瞳を開いた。
「ん?」ヤレヤレ顔のカン助がいる。
カン助の後ろ側の湖が見える。
さっきまでの霧は、いつの間にかすっかり晴れていて、湖がハッキリと見えるのだ。
そして、そこには……。
「なんだ、あれは……」
水浴びを楽しむ半裸の美少女たちはいなかった。
代わりにいたのは、節々に膨れた老婆を思わせる枯れた木。
いや、目玉が付いている。
魔物だ。
「なんでこんな所に魔物が……」
「幻覚だったのか」
あの黄色い声、薄らと見えた白い肌。全ては幻、嘘だったのだ。
「うう。詮索は後回しだ」先ずは魔物の魔法攻撃へ対処しなければ……。
突っ立っているだけの良い的でしかない。
近くにいる仲間。微笑みを浮かべるヨハネス。
揺すっても目を覚まさない。
「なんだ。どんな幻覚を見せられているんだ」
「……ああ、ビアンカさん。そんなはしたない」
「ん?」
「みなさん。慌てないで、ユックリとこちらへ……。うふふ」
イヤラシい微笑み。仲間の少女たちの名前を順番に呼んでいる。
コイツどんなエロい夢を見ているのだろうか。
「クッ、ヨハネスの野郎。コイツやっぱりハーレム野郎じゃないか」
愚かな夢から目覚めさせてやる必要があるみたいだ。
「やれカン助」
「カー」カン助は頷くと、ヨハネスの両目を交互に突いた。
「目が、目がああっ」
何処かの悪党みたいに、地面に落下しそうな勢いでのたうち回る。
「どうだ。目が覚めたか?」
「ゆ、ユウトさん。ここは一体……」
「良し。気づいたみたいだな。俺たちは、幻覚を見せられてていたんだ」
「まさか、あれは幻だったのですか」ガックリと肩を落とすヨハネス。
「他のみんなを元に戻すぞ」
次はクラウスの所へ向かった。
先ほどのヨハネスと同様に、ふやけた笑顔で夢を見ている。
何時ものくそ真面目な雰囲気は欠片も残されていなかった。
やはり男はみんなスケベなヤツばかりなのだ。
俺は同類を見つけて少し安堵した。
「フフッ。ラフィーナよ、良い眺めだ。ああ、カミラも……」
「コイツも節操の無い野郎だ」
俺がカン助に目配せをする。
普段からラフィーナたちからエサを貰っているカン助はかなりご立腹だ。
「カー」
カン助は、クラウスの鼻の下。人中(人間の急所)にクチバシをズブリと深々と一刺し。
「ふぐおおっ」
悶絶するクラウス。
ここは本物の急所だから、真似しちゃ駄目な場所だが、まあ良いだろう。
「ふん。目が覚めたか」
俺とカン助、ヨハネスは冷めた目でクラウスを見下ろした。
「こ、ここは……」
涙目で俺を見詰めるクラウス。説明するのも面倒くさい。
「次はハンスだ。行くぞ」
俺は気を引き締めて、アイツの所へ向かう。
二人がコレなのだから、アイツならどんなエロい夢を見ているのやら。
切り株に腰を下ろし、恍惚の笑みを浮かべるハンスがそこに居た。
もうその顔を見るだけで、どんなドスケベな幻覚を見ているのか容易に想像出来る。
「おお、君たちクリス、アルマ、ケーテ……」どうやらお相手は、ヨハネスの仲間の少女たちみたいだ。
「ちょうどここに毒ガエルが……」ヨハネスは昏い微笑みを浮かべながらカエルを捕まえてきた。
紫色した汁がしたたり落ちている。
見るからに強そうな毒だ。
「ま、まあ待て。少し確認しようぜ」俺はヨハネスを制した。
「ああ、良いぞ君たち。ラフィーナ、カミラ、ビアンカ。玲……」
「おっと、手が滑った」俺は巧みにベルトを外す。
「失礼、手が滑った」ズボンを下ろし、パンツを広げ、
「ああ済みません、手が滑りました」毒ガエルを放り込む。
正に阿吽の呼吸だ。流れるような手際の良さで、逆順に元に戻した。
最後にズボンがずれていないかを確認した。
「!」ハンスはビクンと大きく仰け反る。
「ククッ。効いていますねえ」
昏い笑みを浮かべるヨハネス。
「もっと行こうぜ」
クラウスは棒きれで、カエルの居る場所を押す。
ハンスは泡を吹いている。
激痛に幻覚から目覚めそうだ。
どうもカエルの大きさを考慮しても、ズボンの膨らみが大きすぎるような気がする。
仕方ない、取ってやるか。
武士の情けだ。
毒ガエルを取り除き、怖い物みたさでハンスのナニを見る。
「……ヤバいぞ。二倍、いや三倍になっている」
東洋人と西洋人。異世界人などの、人種的特徴をさっ引いても、俺のモノよりも大きい。いや大きすぎる。
しかも、色も赤を通り越して、紫色になっている。
「使えるのか、コレ」
「……いや、大丈夫だろう。多分」
言葉を詰まらせるクラウス。
「治癒魔法かけておきましょう。……治るかな」
真剣な眼差しで魔法をかけるヨハネス。
「……ラフィーナなら大丈夫! ああ、そうだ。それまでは保たせてやってくれ」
俺はヨハネスを励ます。
もしかしたら、俺はコイツをハンスちゃんと呼ぶ日が訪れるかもしれない。
「だがハンスのヤツ、改名も考えなければならないかも……」
ボソリと呟くクラウス。
「滅多なことは言うな」
俺はキッとクラウスを睨む。
俺の考えを見透かしたような気がしてばつが悪い。
「……カン助」
「カー」
カン助は、アホな人間に触りたくなさそうだ。
だがやるしか選択肢は無いのだ。
カン助は渋々と額をクチバシで小突く。
軽く小突かれただけでハンスは意識を取り戻した。
「……なんだか、恐ろしい悪夢を見ていた気がする」
ハンスは、脂汗で顔が濡れている。
「どうもナニがむず痒い。麻痺している? というか感覚が無いんだが?」
「あれは事故。痛ましい事故だったんだ」
俺は首を横に振る。
「人間知らないことが良いことだってあるんだよ」
とクラウス。
「この先、良いことだって有りますよ。自分を信じてください」
とヨハネス。
「おい、何があったんだ。話せよ。なあ」
酷く狼狽えるハンス。
「誰が、何を、とは問わないでくれ。
お前が、俺たちに疑念を抱くのは仕方が無いことだ。
今の状況なら、誰だってそうなるだろうよ。
……だがな」
俺は優しい眼差しをハンスに向ける。
「ハンスよ。目的をはき違えてはいけない」
そうして、ハンスの肩を優しく叩く。
「俺たちの真の敵は、アイツらだ」
そうして、湖の前に佇む恐るべき七匹の化け物を指さした。
「あの、木の化け物が、オレに何かした、のか……」
「あの幻は。彼女たちのピンチは幻。儚い幻だったんだ」
俺は目を伏せる。
「ああ。アイツはとんでもないヤツだ。僕たちの、純真を。純情を。穢し、踏みにじりやがった」
と歯がみするクラウス。
「もう、あんなことは二度と……」
肩を震わせるヨハネス。
「……まさか。あの悪夢は、アイツらが……」
声を震わせるハンス。
「ああ。ヤツらの仕業に相違ない」
俺は強く頷いた。
クラウスとヨハネスも何度も強く頷いた。
「行こう。俺たちの心を踏みにじったこと。
その償いを、俺たちの思いの強さを分からせてやろうぜ」俺は仲間に振り返る。
「ああ」全員が頷く。
俺たちの心は一つになった。
ラフィーナやビアンカの黄金の魔力が使えない。
カミラたちの援護も無い。
戦力は半減している上、相手は幻術を得意とした魔法タイプ。
相性はかなり悪い。
だが、心を一つにした俺たちの敵ではない。
数時間に及ぶ激戦を制したのは、心を通わせた俺たちだ。
俺たちは勝利したのだ。
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