第33話 救援

 俺は、斬馬刀に黄金の魔力を流す。

 周囲に漂うマナの吸収に加え、ラフィーナにも魔力を回復をさせてくれたので、万全の状態だ。


 ヨハネスたちの救援。

 口で言うのは簡単だが、実際は俺たちとは正反対の場所で戦っているのだ。

 曲がりくねったけもの道。

 ハンスの道案内があったとしても、時間が掛かりすぎる。

 一日走っても間に合わないだろう。


 ならば

 斬馬刀に魔力を流す。刀身が黄金に輝く。

「そらっ」魔力を刃の様に飛ばす。カマイタチだ。

 魔力で出来た巨大な鎌は、障害となる森の木々を難なく切り倒す。

 目指すはヨハネスたちが戦っている場所。

 そこを目指し、邪魔となる大木をなぎ倒して無理矢理道を作る。

「一直線だ。これなら、間に合うさ」

「凄えな」

「まあな」

 俺としても、さっさとヨハネスたちを助けて、玲奈の元へ向かいたいのだ。

 ヨハネスたちも、俺も、時間が無い。

「さあ行くぞ」

 


 一時間ほど経っただろうか、魔物たちの怒声と魔法の炸裂音が、ハッキリと聞こえだした。

 これは近い。俺は斬馬刀に魔力を注ぐ。

 特大のカマイタチを邪魔な大木目がけて投げつける。

 木々がなぎ倒される。視界が広がる。

「見えた」


 そこは、文字通り黒山の人だかりだ。

 漆黒の魔物どもが、半円形の光る結界の周りに群がっている。

 ヨハネスを中心にした陣形。

 彼の脇を固めるのはビアンカ。

 かなり強固な結界で魔物の侵入を防いでいる。

 それに加え、パーティーメンバーを覆う金色の光。

 常駐治癒魔法だ。

 少々の傷ならば、光の範囲内ならば完治するみたいだ。

 防御面に関しては、ビアンカの実力はラフィーナを上回るようだ。


 だが、魔物を迎撃する火力が足りないように見える。

 ヨハネスの仲間は、主にサポート能力に秀でているようだ。

 ヨハネスの剣術の冴えと共に、迫り来る魔物を斬り伏せるのだが、人手が足りない。

 ヨハネスを補佐するように、攻撃魔法が放たれるが、圧倒的な魔物の数の前に、焼け石に水である。

 それ故ヨハネスだけが前に出るわけにもいかず、その場で迎撃に専念するだけだ。

 だが、七体のミノタウロスは反撃を恐れることなく猛攻撃を仕掛ける。

 黒いオーラを纏った戦斧は、ヨハネスの黄金の魔力を纏った剣を受けても折れることはない。

 こうなると、頭数に勝るミノタウロスに良いように攻撃されるだけだ。

 ヨハネスは、完全に後手に回っている。

 このままでは長くは保たないだろう。


――しかし、俺たちが到着で状況は一変する。

「間に合ったか」ハンスは、挨拶代わりにミノタウロスの眉間目がけて魔法の矢を放つ。矢は違わず命中する。

 よろけるミノタウロス。急所がむき出しだ。

 ハンスは黒い矢を放つ。コアを砕かれたミノタウロスは塵と成り掻き消えた。

「まずは一頭」

後ろからの攻撃を、念頭に置いていなかったミノタウロスが一体あっけなく屠られた。

 魔物にも知恵も恐怖心はある。動揺する魔物たち。

 俺たちは容赦なく攻撃を仕掛ける。


「皆さん、どいてください」

 ラフィーナの身体が金色の光に包まれる。

 黄金の魔力が収束し前方へ放たれた。

 光の刃。一撃で、三割近い魔物を倒した。


 俺たちが参戦することで、戦況は大きく傾いた。

 魔物の数が見た目にも相当減った。

 見渡す限りの魔物ではなくなってきたのだから。

 感覚的だけど、六割程度に減ったと思われる。

 悪魔による巣が作られて、追加の魔物が現れた気配はない。


「このまま押し切れるか」

「はは。あの野郎俺たちに恐れをなして逃げたに違いねえ」

「やったね」

 サポートに徹するハンスやカミラに笑顔が浮かぶ。

 屈強なミノタウロスも残り六体。しかも半数はラフィーナの攻撃のお陰で負傷しているみたいだ。


 ヨハネスとビアンカを中心にした陣形。かなり強固な陣形だ。

 しかし、相当な時間戦っている彼らは、かなり消耗しているはずだ。

 ヨハネスたちが力尽きる前に、先ずは……。

「ミノタウロスか仕留めよう」

 邪魔になりそうな雑魚は後回し、強敵のミノタウロスから仕留める。

 先ずは二体。


 クラウスが敵を引きつけると、ハンスの援護射撃。

 俺がラフィーナに向かってくる雑魚を片っ端から仕留める。

 ラフィーナの詠唱。黄金の魔力がミノタウロスを包む。

「これで四体目!」

 残ったミノタウロスは三体。何れもどこかしこ負傷している。

 今の攻撃を生き残った魔物たち。明らかに怯えが見て取れる。


 俺たちが攻撃に加わったため、ヨハネスたちは息を吹き返した。

 カミラは彼らに回復ポーションを配って回っている。

 お陰で動きに余裕が生まれてきた。

 仲間達の顔に笑顔が浮かび上がる。


 だが、ラフィーナ一人だけ顔色が冴えない。

「……森が騒がしいですね」

 周囲の喧噪。

 魔物の悪意が増えたような気がする。崩壊しかけた闘争心が回復したみたいだ。

「何が起きている」

 俺は、西を見る。

 確か玲奈とエロ王子たちが戦っている。

 いつの間にか、森全体が戦場と化していた。

 さほど苦戦しないと思われていたが、激戦になってきた。


「魔物が増えている?」

 弱いのだが、数が多い。

「あちらに巣が生まれたのでしょう」

 ラフィーナは断言した。

「それってまさか」ポーションを配り歩いていたカミラが、歩みを止める。

 エロ王子たちがいる方角から、禍々しいオーラを感じる。


 この感覚。間違いない悪魔が現れたのだ。

「こっちじゃなくて、向こうに出たのか」

 俺は焦る。玲奈を助けに行かないと。

 しかし、今この場を離れるわけには行かない。あのクソッタレな悪魔が、ヨハネスとビアンカを狙っているのだから。

 俺が抜けると、苦戦は必至になるだろう。

「嫌な二択をしやがって……」



「このままでは応援が来ないな」とクラウス。

「向こうも自分たちだけで手一杯だろうよ」とハンス。

 他からの援軍はアテに出来ない。森全体が魔物の気配で充満しているからだ。

(ラフィーナたちに任せて大丈夫だろうか)

 俺が今、この場を離れたならば、それ隙を狙って悪魔が現れるかもしれない。

 アイツは陰険だからな。

もしそうなれば、ラフィーナたちだけで戦えるのだろうか……。


『優兄、助けてっ』

「え?」

 俺の前に、泣きじゃくる玲奈が現れたのだ。

「こんな所に居るはずないのに」

 こんなの幻術に決まっている。陰湿な罠に間違いない。

 だが、もしもという考えが捨てきれない。

 俺は思わず手を伸ばそうと、玲奈に近寄ろうとする。


「それは幻です」ラフィーナの凜とした声。

 玲奈の幻が砕け散る。

 ラフィーナが黄金の魔力を放ち、靄を吹き飛ばした。

 空間から滲む。

 あのときと同じだ。もう少しで、黒いナニカに触れる所だった。

「くっ。お前本当にタチが悪いな!」

 肉親や知人の声だけでなく、姿まで使って騙しにかかるとは……。

 俺は離れ際に斬馬刀を振り下ろす。ナニカが消滅した。


 ナニかは形を作り、あのどす黒い姿となる。

 一見紳士然としているが、見ただけで吐き気を催す、強烈な違和感を持つモノ。

 悪魔だ。

「フフッ。見かけほど馬鹿じゃなかったようですねえ」

黒いナニカ。悪魔が、傷つき動きの鈍くなったミノタウロスの左肩にへばりついた。

「ぬおおおんん」苦しそうに呻くミノタウロス。

 ミノタウロスの身体の色がどす黒い靄に覆われていく。

 ミノタウロスは周囲に湧いている雑魚を吸収すると巨大化した。


 俺とラフィーナが一瞬の逡巡に動きが鈍ってしまった、その時。

 凜とした少女の声がした。

「消えろ下郎!」

 ビアンカだ。彼女は、巨大化していくミノタウロス目がけて黄金の魔力を繰り出し、剣と化した。

「失せよ」

 ビアンカが繰り出す黄金の剣は、ミノタウロスを襲う。

 悪魔が浸食した左肩口に強烈な斬撃。黄金の剣は、深々と胸元まで切り裂く。

 だが、コアまで届かなかったようだ。

「邪魔ですねえ」

 どす黒いミノタウロスは、右手の戦斧に禍々しい力を加え、刃と化す。

 戦斧は黄金の剣を砕いた。


「え」

 今の攻撃に、多大な魔力を消費したビアンカは、身動きが取れずにミノタウロスの前で立ち止まってしまった。

「悪いビアンカ、今助けるからっ」

 俺は、魔力を消費して動けなくなったビアンカを抱きかかえて、ミノタウロスの前から横っ飛びで逃げる。

 戦斧の隙間を縫ってビアンカを助け出した。

 続いて、ドスンという重い音。地面に亀裂が入るほどだ。 


「やれやれ。聖女様を頼むぞ」

「あ、ああ」

 俺はビアンカをハンスに託すと再び巨大ミノタウロスの前に立つ。

側にいたミノタウロスを殴り飛ばして武器を奪った。

 巨大な戦斧を片手で持つ。戦斧の二刀流。

 巨大化した分、動きが鈍くなったようだ。

 だが、攻撃力は更に上がっているようだ。戦いやすくなったのかと言えばどうだろう。

 見た目通り更にタフになった気がする。

 ビアンカの魔力で出来た剣でも深手ではないようだ。

 傷が見る間に塞がっていくからだ。

「鬱陶しい邪魔者が増えた、か。まあ、言い換えれば良いエサが増えたと言いますかねえ」


 残る強敵は、二体のミノタウロスと、一際巨大なミノタウロス。

 大物は少ない。

 だが、魔物の数が尋常じゃ無いほど多い。

 雑魚相手でも魔力も体力も消費していく。面倒な展開になってきた。

「ヘンリックさんからの援軍は来ないのか?」

 俺はダメ元でラフィーナに訊く。

「いいえ」

 ラフィーナは首を横に振る。彼女は既に連絡を入れたようだ。

 ヘンリックさんからの応援は来ない。

 あちらも大量の魔物と、木の魔物が現れたという。

 こちらに現れたのとは違う魔物。

 悪魔どもは、本気で俺たちを仕留めるつもりだ。



アイツらの底なしの戦力増強なんか付き合いきれない。

「こりゃ短期決戦だな」

「はい」ラフィーナは頷き、俺を見ると、

「早くレイナ様を助けにいかないと、ですね」ラフィーナは悪戯っぽく微笑む。

「ま、まあな」

「それでは、行きます。援護をお願いします」

「ああ」

 ラフィーナは、ここが勝負所と決めて、魔力を収束させる。

 悪魔の周辺に湧いている雑魚を一掃して、悪魔を全員で攻撃するためだ。


 二度目の戦い。

 今回は俺とラフィーナに加えて、ヨハネスとビアンカのコンビも加わっている。

 雑魚は多くて厄介だが、ハンスやクラウスたちの敵では無い。

 じりじりと雑魚は減っていく。


 悪魔はラフィーナとビアンカを優先的に狙うが、俺とヨハネスがそうはさせない。

 俺が突撃をすると、ヨハネスは援護に加わる。

 黄金の魔力を帯びた剣は、悪魔の攻撃を防ぎつつ俺の足背を守る。

 背後を気にせず、前だけに攻撃を集中出来るのは心強い。

 俺とヨハネス二人の勇者は、悪魔の猛攻撃からラフィーナを完璧に守っている。


 俺とヨハネスが悪魔と対峙している間に、クラウスとハンスが、ミノタウロスに攻撃を仕掛ける。

 クラウスの土属性の魔法による防御。

 即席の塹壕に身を隠しつつ、ミノタウロスの急所を的確に射貫いていくハンスの弓の冴え。

 ビアンカの付与魔法によるサポート。

 護衛の少女たちも懸命に魔物を仕留めて行く。


 悪魔という強敵の再出現。だが初戦より戦えている。

 やはりヨハネスたちが加わったことにより、戦力は単純に二倍に増強されたためだろう。

ラフィーナに集まっていく魔力が黄金に輝いていく。

「行きます」

 ラフィーナが光り輝く黄金の魔力を放つ。

 白金の刃は周囲の雑魚を一掃し、悪魔を襲う。


「ぬ、ぐお」

 必至に耐える悪魔。

 だが黄金の魔力は容赦なく悪魔や魔物どもを焼いていく。

 悪魔の警護をしていた最後のミノタウロスは蒸発した。

 ついに悪魔単独となった。


「はあ、はあ……。ユウト様、今です」

「ああ」

 魔力を使い切ったラフィーナが、地面にへたり込む。彼女にここまでお膳立てされたのだ。これはもう勝つしかない。

 身動きが取れなくなった悪魔目指し、俺は突貫する。

 力が漲る。マナが俺の身体を覆うのが分かる。

「そらっ」

 悪魔目がけて、斬馬刀を勢いよく振り下ろした。

 悪魔は咄嗟に戦斧で斬馬刀を防ぐ。

 だが、黄金の魔力に包まれた剣先は、左腕に握られた戦斧を容易く切断する。

 黒い魔力を、黄金の魔力が上回ったのだ。


「ぐ」驚く悪魔。醜い牛頭が、憎悪で更に歪む。

「おのれ、おのれ。まだかっ」

「何を待っているのか知らないが……」

 俺は、斬馬刀に更なる魔力を注ぐ。

 狙うはコアのある心臓。

「ぬおお」

 悪魔は両腕に黒い魔力を集中させて、俺の攻撃を凌ごうとする。

 だが、黄金の魔力を纏った斬馬刀は、丸太のように太い左腕を切り飛ばした。

 更に心臓目がけて刃は駆け抜ける。


「ちいっ」

 だが、必死の悪魔の抵抗の前に、心臓まで刃は届かなかった。触手が俺の腕に絡みついたせいだ。

「ぬおおっ」

 切断された面から、幾本の触手が生えてきたのだ。

 触手は、動きの止まった俺の首元を狙う。

 もう片方の触手は、俺の右腕に絡みつくと、斬馬刀を奪おうと伸びてくる。

「コイツ、気色悪いんだよ」

 俺は触手を睨め付ける。先ほど大木を引き抜いた技の応用だ。触手は引きちぎられて、俺は右腕の自由を取り戻した。

「くそ」魔力をかなり消費してしまった。


 悪魔のヤツ、往生際が悪い。

 なんで必死なんだ。

 何故今回は逃げない? 


「あのウスノロめ、早くしないか」

 悪魔は悔しそうに歯がみする。

 さっきまでの余裕綽々の仮面は消え失せて、地の性格が覗きだした。

「コイツは……」何かを待っている。

 さっさと止めを刺さなければ駄目な気がする。


しかし。

 どうにも気ばかりが焦る。

 まるで何処かからか、力を吸い取っているようだ。

(何故だ。どうして力が入らない?)


「カー」と、カン助が鳴いたような気がした。

 アイツは玲奈の所にいるはずだ。

 何かあったのか。

 どうにも嫌な予感がする。


「ふん。ようやっと間に合ったようですねえ」

 悪魔の声色が再び変わる。

 焦燥感は消え失せて、嫌らしい余裕が戻ったようだ。

「大物ぶっても中身は変わらないぜ」

「ふん。エサがほざいていろ」


 その声と同じく、ミノタウロスの顔が歪む。

 身体は、半身半獣の魔物ではなくなり、この前同様に人の姿に似たナニかへと変わった。

 いつの間にか左腕も元通りになっていた。だが、破壊された戦斧は元には戻っていなかった。


「何だ牛の姿は飽きたのか? 

 護衛の牛どもは倒した。もうお前しか残っていないぜ」

 残っていたミノタウロスは、既に倒されていて大物は目の前の悪魔だけだ。

 数が多いだけの魔物どもでは、俺たちの動きを押しとどめることは出来ない。


「私だけ? はん、私ひとりで十分なのですよ」

 悪魔は戦斧に黒い魔力を注ぐ。

 半壊していた戦斧は、見るからに禍々しい形状をしたハルバードへと形状を変化させた。

 長い得物を肩に軽々と担ぎ、悪魔は悠然と俺を見下ろしたのだった。


「格好つけていられるのも、今だけだ!」

 俺は再び斬馬刀を構えると、悪魔へと突進する。

 そして、渾身の魔力を注ぎ込むと悪魔の胸元目がけて斬りつけた。

 悪魔のハルバードと、斬馬刀の刃同士が激しく打つかる。

 ハルバードは、俺の斬馬刀を受けきった。


「ぐ」

 戦斧を切断した、あの一撃を受け止められた。

(威力は同じはずだ。なのに……)

 斬馬刀に宿る魔力の輝きが、少し弱まっているような気がする。

(先ほどより威力が落ちているのか)

「どんなカラクリを使った」

「さてさて。手品のタネを知っては興ざめでしょう」

 悪魔は軽口で返す。

「なら、話したくなるようにしてやらあ」

 俺と悪魔との一騎打ちが始まった。



 魔物たちの雰囲気が変わった。

 ついさっきまでは、黄金の魔力を纏った斬馬刀が、擦っただけで消滅していたのに、消滅せず原型を残している。

 どういうわけか、雑魚がそれなりに戦えるようになってきた。

 何らかのバフが、魔物たちにかかっている。

 優勢だった仲間たちが、雑魚に押し込まれ出した。

 それは俺も同様で、悪魔の攻撃に対して防戦一方である。

 あの時の力を発揮出来ない。

 力が出ない。


 ――いや、

(俺たちの力が削られている?)

 先ほどまで感じなかった、不安を増長させるような、薄気味悪い紫色した空。

 空をただ見ているだけでも、身体が萎縮しそうになる。

 得体の知らない感覚。

(……いや、知っている。諦め。観念。絶望)

 全く勉強をせずに受ける試験とか。明らかに勝ち目の無い人数合わせの負ける試合とか。

 ただし、幸いなことに俺はまだ絶望を知らない。楽天さが俺の長所なのだから。

 誰かの感情。

 それが広く、大きく拡散されている。

(よほどの魔力を持つ誰か……)

 俺は、仲間を見やる。劣勢の中、誰もが傷つき疲労困憊だ。

 だけど、目の輝きだけは失っていないようだ。

 この場に居ない、有力な誰か。


「……まさか」

 玲奈の恐怖。

 それが強烈なデバフとなり、俺たちを包み込んでいるのだ。

 どういう魔法なのか知らないが、この森全体を玲奈の恐怖心が拡散して、俺たちは本来の力を発揮出来ないのだろう。


 俺と悪魔との目が合う。恍惚の微笑みさえ浮かべている。

「フフッ。これは甘美。今まで味わった中でも最上級の代物ですねえ」

「流石と言うべきなのか。悪趣味な野郎だ」

 目の前のゲス野郎は、玲奈の恐怖を味わうのに夢中みたいだ。

 悪魔は余裕ぶっているのか。それとも本能が抗えないのだろうか。

 俺は一旦悪魔との間合いを取ると、俺は玲奈と連絡を取るのだった。


                ★

『優兄、怖い怖いよ』

「玲奈。無事なのか」

『うん。アタシは今のところは無事だよ。だけど……。兵士のみんなが……』

 玲奈は声を詰まらせる。

 涙声、大粒の涙を流しているのが容易に想像出来た。

『アタシを守るため、倒れていくの「聖女様を守るんだってさ」アタシにはそんな特別な力なんて無いよ、一人助けても直ぐに別の誰かが傷つき倒れていくんだ』

 玲奈は一息に言い切った。

『力が、力が追いつかないの。みんな死んじゃうよ』

 何時もの玲奈とは違う、初めて戦場に出て、パニックに陥っているのだろう。

 玲奈の実力がどれほどのものか、俺は知らない。

 ラフィーナから、自分より凄いと聞いているので、相当なものだとは推察出来る。 

 だが、

 本物の敵意と殺意を肌で感じてしまい、本来の実力を出せていないのだろう。


 玲奈を戦場に連れてきた上の連中。

 恐らく楽勝だと思っていたのだろう。

 悪魔の出現を、想定していなかったのか。

 悪魔のことを、玲奈が知ればアイツが恐怖に陥るのを恐れたか。

 それともヘンリックさんたちは嫌われていて、悪魔の報告を問題視しなかったのか。

 それは第三者である俺には分からない。考えるだけ意味はない。

 兎に角玲奈へ、悪魔の情報は届かなかった。

 悪魔の出現に対して油断していた。

 慢心か。玲奈の力を過大評価し過ぎたのかも知れない。


 何にせよ失策だ。

 あの狡猾な悪魔どものことだ。

 奴ら最大の標的である聖女たちが、ノコノコと出てくるまで待ち構えていたのだろう。


 そうとなれば……。

「勝てないなら逃げちまおうぜ?」

『え、ええ?』

「出来るかどうかもわかんないのに、聖女だ何だと言って、お前を祭り上げた連中が悪い。

 ド素人が戦場に突っ立っているんだぞ。普通は何も出来ないだろうよ」

『だ、だけど……』

「俺はな。

 大切な誰かと見ず知らずの誰かの命が同等だなんて、思っちゃ居ない。

 そこまで人間は出来ていないからな。

 そいつらの命より、玲奈の命ほ方がずっと上なんだからな」


『アタシは逃げても良い? だけど……』

「まあ、選択肢の一つとして、「逃げるのは有り」だと、考えておけよ。

 生きるか死ぬかの選択を、急に選べなんて言われたら、頭の中が真っ白になっちまうからな」

『……うん。もし、駄目だったら……』

「その時は、カン助の後をついて行けよ。

 アイツの目は凄いから、きっと逃げ道を見つけ出してくれるさ」

『うん。そう、だね。駄目ならそうするよ。 

 でも、優兄はどうするの?』


「悪いな。ちょっと今、手が離せないんだ。

 なに、こんなクソッタレなんてさっさと倒して、お前を迎えに行くからな」

『優兄も、助けたい人が居るんだね』

「まあな」

『アタシもね』玲奈は一呼吸おいて――『もうちょっとだけ頑張ってみるよ』

 玲奈は腹をくくったようだ。

 冷静さを取り戻し、何時もの勝ち気さを取り戻したみたいだ。


 ならば兄貴分である俺も、もう一踏ん張りしなきゃな。

 不思議と力が湧き出てくるようだ。後ろからみんなの力を感じるからか。

 俺たちの立っている場所に、魔力が集まっているようだ。

(場が安定してきた?)

 後ろに意識を飛ばす。

 必死になってポーションを振りまいているカミラの姿が見えた。

 カミラは、ヨハネスの仲間と共にポーションを周囲に振りかけていて、それが虹色に輝く膜を作り出している。

ラフィーナたちが作る結界よりも劣るが、彼女たちの魔力を介しないため、玲奈の恐怖心が影響せずに、本来の効果を発揮出来ているのだろう。

それに伴い、ラフィーナやビアンカの黄金の魔力は輝きを増す。


(ラフィーナやビアンカの想いに応えているのか)

 玲奈のいる方角。

 アイツがいる場所を基点にして、空の色が元の青さに戻っていく。

 悪魔から放たれる邪悪なオーラが、少しずつ浄化されていくのだ。

 それに反応するように、俺やクラウス、ハンスにヨハネスの魔力が増大していく。


「カミラ。お手柄だな」

 俺は悪魔を見据えると、ヤツに近づいていく。

 俺は周囲のマナを吸収し、力に変換する。

 斬馬刀に注がれる黄金の魔力は、その輝きを強めていく。


 先ほどまでは、悪魔の力が俺を上回っていた。

 だが俺の魔力は勢いを増し、悪魔の黒い魔力と拮抗するようになった。


「なんだ。お前の力は、何だ」

 押され始めた悪魔。

 不愉快なニヤけ面は消え失せて、怯えた顔で俺を見やる。

「さあな、俺も良く知らん。だが、お前にゃ分からん力だ」

 背後から、優しいオーラを感じる。温かい光は、周囲一帯を包む。

 魔物たちのバフは完全に消滅し、逆に俺たちの魔力を増幅してくれているみたいた。


「玲奈のヤツ持ち直したか」

 力が溢れ出るようだ。

 空っぽだと思っていた魔力が漲る。周囲から魔力が流れ込んで来る。

「しつこいヤツは嫌われるぜ。俺も結構忙しいんだから、なっ」

 黄金の魔力を纏った斬馬刀が、悪魔を頭頂から股下まで一気に切り裂いた。


「ぐああ」

「わ、私は……」

コアがあるはずの胸部を両断されたのに、未だ原型を止めている。

 だが、薄らと身体が消滅していく。


「これで、勝ったと……」悪魔はギロリと俺を睨め付ける。しかし、強気な口調とは裏腹に身体は少しずつ薄まっていく。

 消滅しているのだろう。


「お前、本当しつこいな」

 俺は悪魔の消滅を待たずに、ソイツの首を刎ねた。

 悪魔はユックリと姿を消した。


「はあ」

 俺は地面に座り込む。

「どうにかなった」

 玲奈たちの方角を見やる。黄金の魔力が見える。森に漂う黒いオーラは少しずつ、だが確実に消えていくのが分かる。

「あっちもどうにかなったようだな」



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