第33話 救援
俺は、斬馬刀に黄金の魔力を流す。
周囲に漂うマナの吸収に加え、ラフィーナにも魔力を回復をさせてくれたので、万全の状態だ。
ヨハネスたちの救援。
口で言うのは簡単だが、実際は俺たちとは正反対の場所で戦っているのだ。
曲がりくねったけもの道。
ハンスの道案内があったとしても、時間が掛かりすぎる。
一日走っても間に合わないだろう。
ならば
斬馬刀に魔力を流す。刀身が黄金に輝く。
「そらっ」魔力を刃の様に飛ばす。カマイタチだ。
魔力で出来た巨大な鎌は、障害となる森の木々を難なく切り倒す。
目指すはヨハネスたちが戦っている場所。
そこを目指し、邪魔となる大木をなぎ倒して無理矢理道を作る。
「一直線だ。これなら、間に合うさ」
「凄えな」
「まあな」
俺としても、さっさとヨハネスたちを助けて、玲奈の元へ向かいたいのだ。
ヨハネスたちも、俺も、時間が無い。
「さあ行くぞ」
★
一時間ほど経っただろうか、魔物たちの怒声と魔法の炸裂音が、ハッキリと聞こえだした。
これは近い。俺は斬馬刀に魔力を注ぐ。
特大のカマイタチを邪魔な大木目がけて投げつける。
木々がなぎ倒される。視界が広がる。
「見えた」
そこは、文字通り黒山の人だかりだ。
漆黒の魔物どもが、半円形の光る結界の周りに群がっている。
ヨハネスを中心にした陣形。
彼の脇を固めるのはビアンカ。
かなり強固な結界で魔物の侵入を防いでいる。
それに加え、パーティーメンバーを覆う金色の光。
常駐治癒魔法だ。
少々の傷ならば、光の範囲内ならば完治するみたいだ。
防御面に関しては、ビアンカの実力はラフィーナを上回るようだ。
だが、魔物を迎撃する火力が足りないように見える。
ヨハネスの仲間は、主にサポート能力に秀でているようだ。
ヨハネスの剣術の冴えと共に、迫り来る魔物を斬り伏せるのだが、人手が足りない。
ヨハネスを補佐するように、攻撃魔法が放たれるが、圧倒的な魔物の数の前に、焼け石に水である。
それ故ヨハネスだけが前に出るわけにもいかず、その場で迎撃に専念するだけだ。
だが、七体のミノタウロスは反撃を恐れることなく猛攻撃を仕掛ける。
黒いオーラを纏った戦斧は、ヨハネスの黄金の魔力を纏った剣を受けても折れることはない。
こうなると、頭数に勝るミノタウロスに良いように攻撃されるだけだ。
ヨハネスは、完全に後手に回っている。
このままでは長くは保たないだろう。
――しかし、俺たちが到着で状況は一変する。
「間に合ったか」ハンスは、挨拶代わりにミノタウロスの眉間目がけて魔法の矢を放つ。矢は違わず命中する。
よろけるミノタウロス。急所がむき出しだ。
ハンスは黒い矢を放つ。コアを砕かれたミノタウロスは塵と成り掻き消えた。
「まずは一頭」
後ろからの攻撃を、念頭に置いていなかったミノタウロスが一体あっけなく屠られた。
魔物にも知恵も恐怖心はある。動揺する魔物たち。
俺たちは容赦なく攻撃を仕掛ける。
「皆さん、どいてください」
ラフィーナの身体が金色の光に包まれる。
黄金の魔力が収束し前方へ放たれた。
光の刃。一撃で、三割近い魔物を倒した。
俺たちが参戦することで、戦況は大きく傾いた。
魔物の数が見た目にも相当減った。
見渡す限りの魔物ではなくなってきたのだから。
感覚的だけど、六割程度に減ったと思われる。
悪魔による巣が作られて、追加の魔物が現れた気配はない。
「このまま押し切れるか」
「はは。あの野郎俺たちに恐れをなして逃げたに違いねえ」
「やったね」
サポートに徹するハンスやカミラに笑顔が浮かぶ。
屈強なミノタウロスも残り六体。しかも半数はラフィーナの攻撃のお陰で負傷しているみたいだ。
ヨハネスとビアンカを中心にした陣形。かなり強固な陣形だ。
しかし、相当な時間戦っている彼らは、かなり消耗しているはずだ。
ヨハネスたちが力尽きる前に、先ずは……。
「ミノタウロスか仕留めよう」
邪魔になりそうな雑魚は後回し、強敵のミノタウロスから仕留める。
先ずは二体。
クラウスが敵を引きつけると、ハンスの援護射撃。
俺がラフィーナに向かってくる雑魚を片っ端から仕留める。
ラフィーナの詠唱。黄金の魔力がミノタウロスを包む。
「これで四体目!」
残ったミノタウロスは三体。何れもどこかしこ負傷している。
今の攻撃を生き残った魔物たち。明らかに怯えが見て取れる。
俺たちが攻撃に加わったため、ヨハネスたちは息を吹き返した。
カミラは彼らに回復ポーションを配って回っている。
お陰で動きに余裕が生まれてきた。
仲間達の顔に笑顔が浮かび上がる。
だが、ラフィーナ一人だけ顔色が冴えない。
「……森が騒がしいですね」
周囲の喧噪。
魔物の悪意が増えたような気がする。崩壊しかけた闘争心が回復したみたいだ。
「何が起きている」
俺は、西を見る。
確か玲奈とエロ王子たちが戦っている。
いつの間にか、森全体が戦場と化していた。
さほど苦戦しないと思われていたが、激戦になってきた。
「魔物が増えている?」
弱いのだが、数が多い。
「あちらに巣が生まれたのでしょう」
ラフィーナは断言した。
「それってまさか」ポーションを配り歩いていたカミラが、歩みを止める。
エロ王子たちがいる方角から、禍々しいオーラを感じる。
この感覚。間違いない悪魔が現れたのだ。
「こっちじゃなくて、向こうに出たのか」
俺は焦る。玲奈を助けに行かないと。
しかし、今この場を離れるわけには行かない。あのクソッタレな悪魔が、ヨハネスとビアンカを狙っているのだから。
俺が抜けると、苦戦は必至になるだろう。
「嫌な二択をしやがって……」
「このままでは応援が来ないな」とクラウス。
「向こうも自分たちだけで手一杯だろうよ」とハンス。
他からの援軍はアテに出来ない。森全体が魔物の気配で充満しているからだ。
(ラフィーナたちに任せて大丈夫だろうか)
俺が今、この場を離れたならば、それ隙を狙って悪魔が現れるかもしれない。
アイツは陰険だからな。
もしそうなれば、ラフィーナたちだけで戦えるのだろうか……。
『優兄、助けてっ』
「え?」
俺の前に、泣きじゃくる玲奈が現れたのだ。
「こんな所に居るはずないのに」
こんなの幻術に決まっている。陰湿な罠に間違いない。
だが、もしもという考えが捨てきれない。
俺は思わず手を伸ばそうと、玲奈に近寄ろうとする。
「それは幻です」ラフィーナの凜とした声。
玲奈の幻が砕け散る。
ラフィーナが黄金の魔力を放ち、靄を吹き飛ばした。
空間から滲む。
あのときと同じだ。もう少しで、黒いナニカに触れる所だった。
「くっ。お前本当にタチが悪いな!」
肉親や知人の声だけでなく、姿まで使って騙しにかかるとは……。
俺は離れ際に斬馬刀を振り下ろす。ナニカが消滅した。
ナニかは形を作り、あのどす黒い姿となる。
一見紳士然としているが、見ただけで吐き気を催す、強烈な違和感を持つモノ。
悪魔だ。
「フフッ。見かけほど馬鹿じゃなかったようですねえ」
黒いナニカ。悪魔が、傷つき動きの鈍くなったミノタウロスの左肩にへばりついた。
「ぬおおおんん」苦しそうに呻くミノタウロス。
ミノタウロスの身体の色がどす黒い靄に覆われていく。
ミノタウロスは周囲に湧いている雑魚を吸収すると巨大化した。
俺とラフィーナが一瞬の逡巡に動きが鈍ってしまった、その時。
凜とした少女の声がした。
「消えろ下郎!」
ビアンカだ。彼女は、巨大化していくミノタウロス目がけて黄金の魔力を繰り出し、剣と化した。
「失せよ」
ビアンカが繰り出す黄金の剣は、ミノタウロスを襲う。
悪魔が浸食した左肩口に強烈な斬撃。黄金の剣は、深々と胸元まで切り裂く。
だが、コアまで届かなかったようだ。
「邪魔ですねえ」
どす黒いミノタウロスは、右手の戦斧に禍々しい力を加え、刃と化す。
戦斧は黄金の剣を砕いた。
「え」
今の攻撃に、多大な魔力を消費したビアンカは、身動きが取れずにミノタウロスの前で立ち止まってしまった。
「悪いビアンカ、今助けるからっ」
俺は、魔力を消費して動けなくなったビアンカを抱きかかえて、ミノタウロスの前から横っ飛びで逃げる。
戦斧の隙間を縫ってビアンカを助け出した。
続いて、ドスンという重い音。地面に亀裂が入るほどだ。
「やれやれ。聖女様を頼むぞ」
「あ、ああ」
俺はビアンカをハンスに託すと再び巨大ミノタウロスの前に立つ。
側にいたミノタウロスを殴り飛ばして武器を奪った。
巨大な戦斧を片手で持つ。戦斧の二刀流。
巨大化した分、動きが鈍くなったようだ。
だが、攻撃力は更に上がっているようだ。戦いやすくなったのかと言えばどうだろう。
見た目通り更にタフになった気がする。
ビアンカの魔力で出来た剣でも深手ではないようだ。
傷が見る間に塞がっていくからだ。
「鬱陶しい邪魔者が増えた、か。まあ、言い換えれば良いエサが増えたと言いますかねえ」
残る強敵は、二体のミノタウロスと、一際巨大なミノタウロス。
大物は少ない。
だが、魔物の数が尋常じゃ無いほど多い。
雑魚相手でも魔力も体力も消費していく。面倒な展開になってきた。
「ヘンリックさんからの援軍は来ないのか?」
俺はダメ元でラフィーナに訊く。
「いいえ」
ラフィーナは首を横に振る。彼女は既に連絡を入れたようだ。
ヘンリックさんからの応援は来ない。
あちらも大量の魔物と、木の魔物が現れたという。
こちらに現れたのとは違う魔物。
悪魔どもは、本気で俺たちを仕留めるつもりだ。
アイツらの底なしの戦力増強なんか付き合いきれない。
「こりゃ短期決戦だな」
「はい」ラフィーナは頷き、俺を見ると、
「早くレイナ様を助けにいかないと、ですね」ラフィーナは悪戯っぽく微笑む。
「ま、まあな」
「それでは、行きます。援護をお願いします」
「ああ」
ラフィーナは、ここが勝負所と決めて、魔力を収束させる。
悪魔の周辺に湧いている雑魚を一掃して、悪魔を全員で攻撃するためだ。
二度目の戦い。
今回は俺とラフィーナに加えて、ヨハネスとビアンカのコンビも加わっている。
雑魚は多くて厄介だが、ハンスやクラウスたちの敵では無い。
じりじりと雑魚は減っていく。
悪魔はラフィーナとビアンカを優先的に狙うが、俺とヨハネスがそうはさせない。
俺が突撃をすると、ヨハネスは援護に加わる。
黄金の魔力を帯びた剣は、悪魔の攻撃を防ぎつつ俺の足背を守る。
背後を気にせず、前だけに攻撃を集中出来るのは心強い。
俺とヨハネス二人の勇者は、悪魔の猛攻撃からラフィーナを完璧に守っている。
俺とヨハネスが悪魔と対峙している間に、クラウスとハンスが、ミノタウロスに攻撃を仕掛ける。
クラウスの土属性の魔法による防御。
即席の塹壕に身を隠しつつ、ミノタウロスの急所を的確に射貫いていくハンスの弓の冴え。
ビアンカの付与魔法によるサポート。
護衛の少女たちも懸命に魔物を仕留めて行く。
悪魔という強敵の再出現。だが初戦より戦えている。
やはりヨハネスたちが加わったことにより、戦力は単純に二倍に増強されたためだろう。
ラフィーナに集まっていく魔力が黄金に輝いていく。
「行きます」
ラフィーナが光り輝く黄金の魔力を放つ。
白金の刃は周囲の雑魚を一掃し、悪魔を襲う。
「ぬ、ぐお」
必至に耐える悪魔。
だが黄金の魔力は容赦なく悪魔や魔物どもを焼いていく。
悪魔の警護をしていた最後のミノタウロスは蒸発した。
ついに悪魔単独となった。
「はあ、はあ……。ユウト様、今です」
「ああ」
魔力を使い切ったラフィーナが、地面にへたり込む。彼女にここまでお膳立てされたのだ。これはもう勝つしかない。
身動きが取れなくなった悪魔目指し、俺は突貫する。
力が漲る。マナが俺の身体を覆うのが分かる。
「そらっ」
悪魔目がけて、斬馬刀を勢いよく振り下ろした。
悪魔は咄嗟に戦斧で斬馬刀を防ぐ。
だが、黄金の魔力に包まれた剣先は、左腕に握られた戦斧を容易く切断する。
黒い魔力を、黄金の魔力が上回ったのだ。
「ぐ」驚く悪魔。醜い牛頭が、憎悪で更に歪む。
「おのれ、おのれ。まだかっ」
「何を待っているのか知らないが……」
俺は、斬馬刀に更なる魔力を注ぐ。
狙うはコアのある心臓。
「ぬおお」
悪魔は両腕に黒い魔力を集中させて、俺の攻撃を凌ごうとする。
だが、黄金の魔力を纏った斬馬刀は、丸太のように太い左腕を切り飛ばした。
更に心臓目がけて刃は駆け抜ける。
「ちいっ」
だが、必死の悪魔の抵抗の前に、心臓まで刃は届かなかった。触手が俺の腕に絡みついたせいだ。
「ぬおおっ」
切断された面から、幾本の触手が生えてきたのだ。
触手は、動きの止まった俺の首元を狙う。
もう片方の触手は、俺の右腕に絡みつくと、斬馬刀を奪おうと伸びてくる。
「コイツ、気色悪いんだよ」
俺は触手を睨め付ける。先ほど大木を引き抜いた技の応用だ。触手は引きちぎられて、俺は右腕の自由を取り戻した。
「くそ」魔力をかなり消費してしまった。
悪魔のヤツ、往生際が悪い。
なんで必死なんだ。
何故今回は逃げない?
「あのウスノロめ、早くしないか」
悪魔は悔しそうに歯がみする。
さっきまでの余裕綽々の仮面は消え失せて、地の性格が覗きだした。
「コイツは……」何かを待っている。
さっさと止めを刺さなければ駄目な気がする。
しかし。
どうにも気ばかりが焦る。
まるで何処かからか、力を吸い取っているようだ。
(何故だ。どうして力が入らない?)
「カー」と、カン助が鳴いたような気がした。
アイツは玲奈の所にいるはずだ。
何かあったのか。
どうにも嫌な予感がする。
「ふん。ようやっと間に合ったようですねえ」
悪魔の声色が再び変わる。
焦燥感は消え失せて、嫌らしい余裕が戻ったようだ。
「大物ぶっても中身は変わらないぜ」
「ふん。エサがほざいていろ」
その声と同じく、ミノタウロスの顔が歪む。
身体は、半身半獣の魔物ではなくなり、この前同様に人の姿に似たナニかへと変わった。
いつの間にか左腕も元通りになっていた。だが、破壊された戦斧は元には戻っていなかった。
「何だ牛の姿は飽きたのか?
護衛の牛どもは倒した。もうお前しか残っていないぜ」
残っていたミノタウロスは、既に倒されていて大物は目の前の悪魔だけだ。
数が多いだけの魔物どもでは、俺たちの動きを押しとどめることは出来ない。
「私だけ? はん、私ひとりで十分なのですよ」
悪魔は戦斧に黒い魔力を注ぐ。
半壊していた戦斧は、見るからに禍々しい形状をしたハルバードへと形状を変化させた。
長い得物を肩に軽々と担ぎ、悪魔は悠然と俺を見下ろしたのだった。
「格好つけていられるのも、今だけだ!」
俺は再び斬馬刀を構えると、悪魔へと突進する。
そして、渾身の魔力を注ぎ込むと悪魔の胸元目がけて斬りつけた。
悪魔のハルバードと、斬馬刀の刃同士が激しく打つかる。
ハルバードは、俺の斬馬刀を受けきった。
「ぐ」
戦斧を切断した、あの一撃を受け止められた。
(威力は同じはずだ。なのに……)
斬馬刀に宿る魔力の輝きが、少し弱まっているような気がする。
(先ほどより威力が落ちているのか)
「どんなカラクリを使った」
「さてさて。手品のタネを知っては興ざめでしょう」
悪魔は軽口で返す。
「なら、話したくなるようにしてやらあ」
俺と悪魔との一騎打ちが始まった。
魔物たちの雰囲気が変わった。
ついさっきまでは、黄金の魔力を纏った斬馬刀が、擦っただけで消滅していたのに、消滅せず原型を残している。
どういうわけか、雑魚がそれなりに戦えるようになってきた。
何らかのバフが、魔物たちにかかっている。
優勢だった仲間たちが、雑魚に押し込まれ出した。
それは俺も同様で、悪魔の攻撃に対して防戦一方である。
あの時の力を発揮出来ない。
力が出ない。
――いや、
(俺たちの力が削られている?)
先ほどまで感じなかった、不安を増長させるような、薄気味悪い紫色した空。
空をただ見ているだけでも、身体が萎縮しそうになる。
得体の知らない感覚。
(……いや、知っている。諦め。観念。絶望)
全く勉強をせずに受ける試験とか。明らかに勝ち目の無い人数合わせの負ける試合とか。
ただし、幸いなことに俺はまだ絶望を知らない。楽天さが俺の長所なのだから。
誰かの感情。
それが広く、大きく拡散されている。
(よほどの魔力を持つ誰か……)
俺は、仲間を見やる。劣勢の中、誰もが傷つき疲労困憊だ。
だけど、目の輝きだけは失っていないようだ。
この場に居ない、有力な誰か。
「……まさか」
玲奈の恐怖。
それが強烈なデバフとなり、俺たちを包み込んでいるのだ。
どういう魔法なのか知らないが、この森全体を玲奈の恐怖心が拡散して、俺たちは本来の力を発揮出来ないのだろう。
俺と悪魔との目が合う。恍惚の微笑みさえ浮かべている。
「フフッ。これは甘美。今まで味わった中でも最上級の代物ですねえ」
「流石と言うべきなのか。悪趣味な野郎だ」
目の前のゲス野郎は、玲奈の恐怖を味わうのに夢中みたいだ。
悪魔は余裕ぶっているのか。それとも本能が抗えないのだろうか。
俺は一旦悪魔との間合いを取ると、俺は玲奈と連絡を取るのだった。
★
『優兄、怖い怖いよ』
「玲奈。無事なのか」
『うん。アタシは今のところは無事だよ。だけど……。兵士のみんなが……』
玲奈は声を詰まらせる。
涙声、大粒の涙を流しているのが容易に想像出来た。
『アタシを守るため、倒れていくの「聖女様を守るんだってさ」アタシにはそんな特別な力なんて無いよ、一人助けても直ぐに別の誰かが傷つき倒れていくんだ』
玲奈は一息に言い切った。
『力が、力が追いつかないの。みんな死んじゃうよ』
何時もの玲奈とは違う、初めて戦場に出て、パニックに陥っているのだろう。
玲奈の実力がどれほどのものか、俺は知らない。
ラフィーナから、自分より凄いと聞いているので、相当なものだとは推察出来る。
だが、
本物の敵意と殺意を肌で感じてしまい、本来の実力を出せていないのだろう。
玲奈を戦場に連れてきた上の連中。
恐らく楽勝だと思っていたのだろう。
悪魔の出現を、想定していなかったのか。
悪魔のことを、玲奈が知ればアイツが恐怖に陥るのを恐れたか。
それともヘンリックさんたちは嫌われていて、悪魔の報告を問題視しなかったのか。
それは第三者である俺には分からない。考えるだけ意味はない。
兎に角玲奈へ、悪魔の情報は届かなかった。
悪魔の出現に対して油断していた。
慢心か。玲奈の力を過大評価し過ぎたのかも知れない。
何にせよ失策だ。
あの狡猾な悪魔どものことだ。
奴ら最大の標的である聖女たちが、ノコノコと出てくるまで待ち構えていたのだろう。
そうとなれば……。
「勝てないなら逃げちまおうぜ?」
『え、ええ?』
「出来るかどうかもわかんないのに、聖女だ何だと言って、お前を祭り上げた連中が悪い。
ド素人が戦場に突っ立っているんだぞ。普通は何も出来ないだろうよ」
『だ、だけど……』
「俺はな。
大切な誰かと見ず知らずの誰かの命が同等だなんて、思っちゃ居ない。
そこまで人間は出来ていないからな。
そいつらの命より、玲奈の命ほ方がずっと上なんだからな」
『アタシは逃げても良い? だけど……』
「まあ、選択肢の一つとして、「逃げるのは有り」だと、考えておけよ。
生きるか死ぬかの選択を、急に選べなんて言われたら、頭の中が真っ白になっちまうからな」
『……うん。もし、駄目だったら……』
「その時は、カン助の後をついて行けよ。
アイツの目は凄いから、きっと逃げ道を見つけ出してくれるさ」
『うん。そう、だね。駄目ならそうするよ。
でも、優兄はどうするの?』
「悪いな。ちょっと今、手が離せないんだ。
なに、こんなクソッタレなんてさっさと倒して、お前を迎えに行くからな」
『優兄も、助けたい人が居るんだね』
「まあな」
『アタシもね』玲奈は一呼吸おいて――『もうちょっとだけ頑張ってみるよ』
玲奈は腹をくくったようだ。
冷静さを取り戻し、何時もの勝ち気さを取り戻したみたいだ。
ならば兄貴分である俺も、もう一踏ん張りしなきゃな。
不思議と力が湧き出てくるようだ。後ろからみんなの力を感じるからか。
俺たちの立っている場所に、魔力が集まっているようだ。
(場が安定してきた?)
後ろに意識を飛ばす。
必死になってポーションを振りまいているカミラの姿が見えた。
カミラは、ヨハネスの仲間と共にポーションを周囲に振りかけていて、それが虹色に輝く膜を作り出している。
ラフィーナたちが作る結界よりも劣るが、彼女たちの魔力を介しないため、玲奈の恐怖心が影響せずに、本来の効果を発揮出来ているのだろう。
それに伴い、ラフィーナやビアンカの黄金の魔力は輝きを増す。
(ラフィーナやビアンカの想いに応えているのか)
玲奈のいる方角。
アイツがいる場所を基点にして、空の色が元の青さに戻っていく。
悪魔から放たれる邪悪なオーラが、少しずつ浄化されていくのだ。
それに反応するように、俺やクラウス、ハンスにヨハネスの魔力が増大していく。
「カミラ。お手柄だな」
俺は悪魔を見据えると、ヤツに近づいていく。
俺は周囲のマナを吸収し、力に変換する。
斬馬刀に注がれる黄金の魔力は、その輝きを強めていく。
先ほどまでは、悪魔の力が俺を上回っていた。
だが俺の魔力は勢いを増し、悪魔の黒い魔力と拮抗するようになった。
「なんだ。お前の力は、何だ」
押され始めた悪魔。
不愉快なニヤけ面は消え失せて、怯えた顔で俺を見やる。
「さあな、俺も良く知らん。だが、お前にゃ分からん力だ」
背後から、優しいオーラを感じる。温かい光は、周囲一帯を包む。
魔物たちのバフは完全に消滅し、逆に俺たちの魔力を増幅してくれているみたいた。
「玲奈のヤツ持ち直したか」
力が溢れ出るようだ。
空っぽだと思っていた魔力が漲る。周囲から魔力が流れ込んで来る。
「しつこいヤツは嫌われるぜ。俺も結構忙しいんだから、なっ」
黄金の魔力を纏った斬馬刀が、悪魔を頭頂から股下まで一気に切り裂いた。
「ぐああ」
「わ、私は……」
コアがあるはずの胸部を両断されたのに、未だ原型を止めている。
だが、薄らと身体が消滅していく。
「これで、勝ったと……」悪魔はギロリと俺を睨め付ける。しかし、強気な口調とは裏腹に身体は少しずつ薄まっていく。
消滅しているのだろう。
「お前、本当しつこいな」
俺は悪魔の消滅を待たずに、ソイツの首を刎ねた。
悪魔はユックリと姿を消した。
「はあ」
俺は地面に座り込む。
「どうにかなった」
玲奈たちの方角を見やる。黄金の魔力が見える。森に漂う黒いオーラは少しずつ、だが確実に消えていくのが分かる。
「あっちもどうにかなったようだな」
◎読んでみて面白いと思っていただけたなら、フォロワーと応援を宜しくお願いします。
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