第32話 連絡

 俺たちは、ヨハネスたちへの援護を決意した。

 まずは強敵が狙っていることをヨハネスに知らせなければならない。

 ペンダントを取り出してヨハネスを呼び出す。


「こちら優斗、ヨハネス聞こえるか」

『――ええ、聞こえてますよ』

 ヨハネスの返事と一緒に怒鳴り声と戦闘音が聞こえてきた。

 あちらも激闘を繰り広げているようだ。

「俺たちはどうにか戦闘を終わらせた。そちらはどうなっている?」

『凄い数の魔物と……。強敵がいます』

「悪魔か」

『い、いえ。それほどのものではありませんよ。

 ミノタウロスが七体です』

「そうか」

 悪魔はまだ居ないと判って、少し安堵する。

 だが、ミノタウロスの数が多い。

 これは厳しい戦いになっているだろう。

「まだ持ちこたえられるか?」

『厳しいですね。そう長くは保たないでしょう』

「俺たちも、準備を整え次第そちらの救援に向かう。頑張れるか」

『はい』ヨハネスの力強い返事。


「ビアンカはまだ大丈夫か」

 とハンスが割って入ってきた。

『ええ。当然よ』

 ヨハネスの代わりにビアンカが出た。

「そうか」

 胸をなで下ろすハンス。

『ええ』元気そうな声のビアンカ。

 連絡を終えると、ハンスはカミラ特性ポーションをがぶ飲みした。

「さっさと行こうぜ」

力強く宣言した。


                 ★

 仲間たちも各々怪我の治療と魔力回復をポーションなどで治している。

 俺もマナを吸収して、回復に努めている。

「うーん」

 俺たちの所に悪魔が現れた。

 そして、ヨハネスたちの所にも悪魔が向かっているという。

 ならば、玲奈たちの所に悪魔が現れてもおかしくない。

 玲奈とエロ王子のコンビ、それと残る一組の勇者と聖女。

 玲奈たちを守る王国の精鋭達。

 戦う条件は俺たちよりも数段良いだろう。

 だけど……。

「気になるよなあ」

「カー」と、気の抜けた声、カン助も同意したのか。

「ん?」

 よくよく見ると、カン助は何も無い虚空をジッと凝視しているのだ。


「どうしたカン助?」

 カン助は南東の方角をジッと見ている。

 確かそこは……。

「あの神殿がある場所か」

 カン助は「見えない誰か」を見ている、感じているようだ。

コイツの目には、何かが見えているのかも知れない。

 フッと一陣の風。一瞬、桜の花びらが舞うように見えた。

 ぼんやりと何かが見える。

 もしかして、あのときの女幽霊か。


「もしかして、貴女は……」

 俺の声に、ボンヤリと滲む半透明の影が頷いた。

「……」

 彼女は俺に話しかけているのだが、聞き取れない。

 俺の魔力が低下しているためだろうか。なんとももどかしい。

 だが、彼女とカン助が同じ方角を見ている、それは判った。

「そこは……」

 俺もその方角を見やる。

 確か、玲奈たちがいる方角だ。

 やっぱり何かが起きているのかもしれない。

(こりゃ先に連絡するのがどうだと言ってる場合じゃないな)


 先ずは玲奈と連絡を取ろう。

 勝ち負けの問題(?)は保留だとして、他にもエロ王子に俺のことがバレるだとかどうだと、詰まらない言ってる場合じゃないだろう。

 一番の問題は、悪魔という強敵が出現したことを、玲奈が知らないことなのだから。

(まあ、ヘンリックさんから、王子たちに報告を終えているだろうが……)

 強敵への対応なんて、現職の軍人たちがやらないとは思えない。

 別に連絡なんてしなくても、問題はないはずなのだが……。


「いや、言い訳だな」俺はかぶりを振る。

 言い訳は色々と思いつく。

 だが実際の所は、何だか玲奈の声が聞きたくなってしまったのだ。

(どうも嫌な予感がするんだよな)

 何かが起こる。

 こういう時の俺の予感は当たるのだ。



 俺はペンダントを取り出して連絡を取る。

『もしもーし』と、玲奈の少し戯けた声が聞こえてきた。

「ああ、俺だ優斗だ。そっちは何か起きていないか?」

『うーん。何もない、かなあ』

 なんとも間の抜けた声だ。

 この調子じゃ何ともないようだ。

『何もない、は言い過ぎかな。

 騎士の皆さんは、アタシたちの代わりに戦ってくれているんだから』

「そちらは苦戦していない?」

『ううん。楽勝みたいだよ。

 苦戦とか、そんな報告は聞いていないからね。

 だから、今暇なんだよねえ』

「へえ」

『だから、さっきまで王子サマとお喋りしてた所だよ』

「ふうん。ソイツも暇なんだな。

 大したご身分だな」

『まあ、王子様だからねえ。偉いんだよ』

「へえ」

『あれ? 優兄ったら不機嫌になっちゃった?』

「アホ。馬鹿なこと言ってんな」

 俺は盛大にため息を吐いた。まあ、肺は無いのだけどな。

 何だ、取り越し苦労だったみたいだ。

 玲奈は無事。みんながやってくれるので手持ち無沙汰。

 アイツは本当に、只のお飾りなのだ。


 しかし、妙なことでもある。

(俺はヘンリックさんに、確かに報告したぞ)

 ヘンリックさんとは、向こうの偉いさんたちの態度が違うんじゃないか。

 ヘンリックさんは、悪魔の危険性を十二分に警戒していた。

 ならば未確認とはいえ、危険性を考慮して、玲奈とエロ王子を一旦隔離させるとか対応するんじゃないのか。


(玲奈は悪魔のことを「知らされていない」のか?

 ――何故だろう)

俺が考え込んでいると

『優兄どうしたのよ?

 ……何かあった?』

「あー、そうだな」

 玲奈は、俺たちに「何か」があったと、感づいたみたいだ。

 これから起こる戦いは、玲奈にも関係するだろう。

 悪魔のことを、誤魔化しても意味はない。


「ちょっとヤバい敵が現れたんだ。まあ、悪魔なんだけどな」

 と、強敵の出現を単刀直入に告げた。

『悪魔? え、それって強敵なんじゃないの?

 かなり拙いんじゃないの?』

 悪魔のことは、玲奈も流石に知っていたようだ。声音が変化する。

「ああ。そうかもな……」

『勝てるの?』

「まあ、強敵だとはいっても、俺たち全員でたこ殴りにすれば勝てる相手だ。

 問題ない」

『……本当?』

「ああ」

『嘘ついてない?』

「ああ。大丈夫だ。

だから玲奈は心配すんな。お前の所に悪魔は出ないからさ。

 もし、出ても俺がさっさと倒してやるからな」

 玲奈が疑っているので、返事を聞く前に連絡を終える。

 取りあえず心配は、あの悪魔をどうにかすることだ。


「玲奈と約束しちまった。

 さっさと悪魔を倒すとするか」

 俺はカン助を見やる。

 カン助の隣に居るであろう女幽霊。

 ここへ現れたのは偶然じゃないだろう。

(俺に用があるんじゃないならば、玲奈かな?)

 恐らく、彼女に関わりがあるのは、異世界人である俺たち二人のはずだから。


「お前は、玲奈の所へ行ってくれ。

 道案内だ、得意だろう?

 女幽霊さんと玲奈を会わせてやりたいんだ」

「カー」

 カン助は、どことなく心配そうな声で鳴いた。

「何。大丈夫さ」

 ヨハネスやビアンカたちも心配だけど、それ以上に玲奈のことも気になるのだ。

 心配事の種は、さっさと潰すに限る。

 カン助の力を借りられないのは痛いが、そんなこと言っていられる状況ではない。

「頼んだぞ」

「カー」

 カン助は力強く鳴いたのだった。



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