第30話 ミノタウロス

 現状。俺とクラウスの前に、二体のミノタウロスが立ち塞がる。

 後方のラフィーナを狙うように、二体のミノタウロスが威嚇している。

 どす黒い靄と共に突然現れたミノタウロスと大量の魔物たち。

 此奴らは、俺たちを囲み、隙をうかがっている。


 先ずは、 後ろのラフィーナたちと合流しなくてはならない。

 ハンスがいるとはいえ、ラフィーナとカミラは接近戦を得意としない。

 ミノタウロスに挟撃されたら、防ぎきるのは難しいだろう。


「グモモッ」ミノタウロスの咆哮。

 一番手前のミノタウロスは、人間の背丈ほどもある巨大な戦斧を軽々と振り回して、俺とクラウスを睨みすえる。


「行くぞ」俺はクラウスを見やる。

「ああ」と頷くクラウス。

 俺とクラウスは、ミノタウロスを迎撃するために前に出る。

 だが、ミノタウロスに先んじて突っ込んでくる小さな魔物たち。


「む」俺は斬馬刀でなぎ払う。

 大量に湧く雑魚の魔物が鬱陶しい。

 ウサギに似た黒い魔物が、俺たちの足下に纏わり付き、動きを止めに来るのだ。

 俺は斬馬刀で、クラウスは剣で、魔物どもを切り裂く。

 だが、敵の数は多い。次第に俺たちの動きは鈍っていく。


 俺たち動きが止まった所をオオカミの魔物が襲いかかる。

 鋭い牙が俺の首元を狙う。

 流石に護符のある首元は拙い。

 身体を捻り、斬馬刀を扇風機の様に振り回し雑魚もろとも切り裂く。


 俺がオオカミの魔物を仕留めた時、眼前を戦斧が掠める。

「グオオオッ」ミノタウロスの咆哮。

 更に襲い来る戦斧。

「ぐ」俺はそれを斬馬刀で防ぐ。

 カキーンと甲高い金属音。

 斬馬刀と戦斧がぶつかり鳴り響く。


「ちっ。切れない」

 相手の戦斧は、どす黒い靄で覆われていて、俺の黄金の魔力に抗っている。


「ええい」

 俺は力を込めて、戦斧を押し込む。

 蹌踉めくミノタウロス。土手っ腹を思い切り蹴り飛ばした。

 たまらず後退するミノタウロス。


「クラウス、先ずはコイツを倒すぞ」俺はクラウスを見やる。

 岩の盾で踏ん張るクラウス。

 魔物の手数の多さに押し込まれてしまっている。

「ああ」

 それでも、俺に気づいたクラウスは、ミノタウロスの足下目がけて魔法を放つ。

 魔法はトラバサミの様にミノタウロスの自由を奪う。


「良し」

 動きの止まったミノタウロスを背後から斬りつけた。

 勇者らしからぬ戦い方だが、命の取り合いだ。文句を言うなよな。


 クラウスと合流。お互い背中合わせに魔物たちと戦う。

 ここに残る強敵はミノタウロスが一体。

 ラフィーナたちには、二体のミノタウロスと多数の魔物たち。


 ラフィーナたちは防戦一方だ。

 ハンスは雑魚相手に奮戦しているが、ラフィーナを助けるまでには至っていない。 

 カミラも自分の身を守るだけで手一杯。


 ラフィーナは、自分が展開する防御結界により、魔物たちの攻撃を凌いでいる。

 だが、破られるのは時間の問題だろう。

 ミノタウロスは、防御結界が破られるのを待っているようで、今は雑魚たちの攻撃を見守っている。


「狙いはラフィーナか」

 ラフィーナを執拗に狙う魔物たち。

 大量のウサギの魔物とオオカミの魔物だ。

 その数目視出来るだけでも二十体以上。

 実際は倍以上いるだろう。


(何故カン助の眼でも発見出来なかったのだろうか……)

 まるで降って湧いたように大量の魔物の群れ。

 そして四体の強敵。

 カン助が見落とすはずはないのに……。


「カー」

 カン助はクチバシを向ける。

 その先には、いつの間にか渦のような闇の塊が現れていたのだ。

「空間に裂け目? いやトンネル。そこから湧いて来るのか? 

 もしかしてあれが巣なのか」


「ユウト。詮索してる時間は無いぞ」クラウスは雑魚を捌きながら、指さす。

「先ずはアイツを倒すとしよう」

「そうだな。さっさとデカ物を倒そうか」

 どちらにせよ俺たち連携は分断されてしまった。

 早急に合流しなくてはならない。


                   ★

俺とクラウスは、後衛のラフィーナたちの負担を軽減するべく、手前のミノタウロス目がけて突貫する。

 防御に長けたクラウスは中継となる場に楔を打たんと、留まる。

 雑魚へのヘイト。

 雑魚たちの意識がクラウスに向けられる。


「斬馬刀は受け止められたが……」

 俺は意識を集中させる。周囲の木々が中程でへし折れて宙を舞う。

「おおっ」

 意識を、先ほどへし折った木々に集中させる。葉っぱがむしり取られ枝だけとなる。

 太い幹は槍となり、次々とミノタウロスを襲う。

 気分はファンネルだ。

 まあ、いわゆるポルターガイストなのだけれど、ミノタウロスの意識を逸らすには十分だ。


「グモモッ」驚くミノタウロス。

 俺は一気に間合いを詰めると、斬馬刀を閃かす。

 黄金の魔力に包まれた斬馬刀は、ミノタウロスの首を刎ねた。


「う……」身体から、大量のマナが失われるのを感じる。

 使い慣れていない放出系は厳しいみたいだ。燃費が悪すぎるようだ。

 だが、強敵は仕留めた。

 ミノタウロスは黒い靄と化す。


 俺はそれを見届けると、クラウスを見やる。

「クラウス。俺はラフィーナを助けに行く。残りはいけるか?」

「ああ。雑魚は任せてくれ」クラウスは、ニヤリと不敵に笑う。

「頼んだぞ」

 俺は急いでラフィーナたちの元へ向かうのだった。


                  ★

 俺は魔物の群れに突っ込む。

 先ずはハンスとカミラ合流して、二人を自由にしたい。

 雑魚がいると、こちらの動きがままならないからだ。


 ただ問題はカミラだ。

 彼女はミノタウロスたちの標的から外れているから、今暫くはどうにかなると思う。

「カミラは戦闘向きではない。急がないと拙いぞ」

 彼女はサポーターで戦いには向いていない。

 俺はカミラのオーラを探り、彼女を見つけ出した。


(カミラ……)

 意外なことに、カミラはそれなりに戦っている。

 魔物たちからの集中攻撃は受けておらず、ウサギの魔物が足下に纏わり付いている程度だ。

 だが弱いと言っても相手は魔物だ。

 鋭い爪と牙があるので、噛まれると指なんて食いちぎられるのだけれど……。

 それと、カミラ自慢のポーションによる身体強化が利いているようだ。

 かなり俊敏に戦えている。

 だが、それも長くは保たないだろう。数の暴力は強いのだ。


「邪魔だお前らっ」

 斬馬刀がうなりを上げると、数体の魔物が黒い靄と化す。

「カン助っ」

「カー」

 俺はカン助を呼び出し、カミラの元へ向かわせた。

 カン助は一瞬白いオーラに包まれて、魔物を消し飛ばした。


「あ、ありがとう」

 カミラは、雑魚をダガーで切り飛ばして慌てて俺の所に向かってきた。

 俺も周囲の雑魚を一掃してカミラの元に向かい、どうにか合流に成功した。

「次はハンスだ」


                   ★

 雑魚掃討に奮戦するハンス。

 遠距離の敵はクロスボウ、接近戦では剣。

 二つの武器を使い分け、少しずつだが確実に魔物の数を減らしている。


 だがここでミノタウロスが二体、同時に動き出す。

 巨大な戦斧にどす黒い靄を纏い、ラフィーナの結界目がけて勢いよく振り下ろす。

 ガッ、ガッ。ラフィーナの防御結界を削ぎ落とす鈍い音。

 このままでは!


再びポルターガイスト。取りあえずハンスの手前の魔物を押しつぶす。

 これでハンスの動きはマシになったはずだ。

「く」足が絡まりそうになる。思わず尻餅をついてしまう。

「カー」心配げなカン助。

「すまん。魔力が足りなくなってきた」

 俺はカン助の頭を撫でる。


「ユウト君大丈夫?」

 カミラは心配そうに俺を見ると、そっとポーションを差し出してくれる。

「ああ。大丈夫だ」

 俺はポーションを受け取ると、飲み干すフリをした。

 彼女の好意は嬉しいのだが、魂だけの幽霊勇者には、効果が無い。

 身体や魔力の回復方法は、ラフィーナに頼むか、周囲のマナを取り込むしかない。

 だが、周囲のマナを取り込もうにも、これだけの数の魔物。

 ソイツらの悪意と瘴気があると、十分にはまかないきれない。

 マナの吸収率が悪くなったようだ。


「拙いな……」

 俺はハンスを見やる。

 ハンスは、二体のミノタウロスを食い止めるべく果敢に立ち向かう。

 クロスボウから放たれる鋭い矢。

 ハンスは巧みにクロスボウを操り、次の矢を装填し放つ。

 黒い鏃の矢は、魔力が込められたプレートアーマーさえ貫く威力だ。


 が、ミノタウロスは矢を幾本も喰らっても動きを止めない。

 魔物の心臓であるコアを完全には射貫いていないからだろう。

 致命傷を避けるべくミノタウロスは左腕で急所を防いでいるのだ。


「ちいっ」ハンスは、クロスボウを背負い、剣を抜く。

 手負いのミノタウロスに斬りかかる。

 得意の距離戦から、それなりに得意な接近戦へ。

 ハンスも手練れだが、ミノタウロス相手では厳しいものがある。

 お互いの力量は拮抗し、決めてに欠ける。


 その間にも、無傷のミノタウロスは、ラフィーナへの攻撃を加速させるている。

 耐え忍ぶラフィーナ。


「そうはいかないよ」カミラはポーションを飲む。

「はああ」カッと目を開く。

 大振りのダガーを取り出して構え、果然とミノタウロスへ立ち向かう。


「カミラさん。無茶はしないで」

 ラフィーナは防御結界を展開しながらも、黄金の魔力を蓄えている。

 反撃のチャンスを伺っているのだ。

 しかし、攻撃と防御。二つ同時では魔力を蓄えるのが遅い。

「大丈夫。時間稼ぎだけ」カミラは果敢にミノタウロスに攻撃を仕掛ける。



「カン助。俺はいいから、カミラの手助けをしてくれ」

「カー」

 カン助の援護。

 俺の精霊獣は白い光を宿して、ミノタウロスの顔面に突撃。

「グムモモオッ」たまらず仰け反るミノタウロス。


「今っ」

 ミノタウロスがたまらず怯む。その隙に攻撃を仕掛けるカミラ。


「拙い。下がれっ」俺は思わず声を上げる。

「駄目だよ。今しかチャンスは無いんだから!」

 カミラは大きく深呼吸。

 巧みなナイフ捌きでミノタウロスの右腕を執拗に攻撃。

 ミノタウロスは戦斧を落とした。

「やった」喜ぶカミラ。

 だが、それも……。

 ミノタウロスは、無事な左手でカミラに強烈なボディーブローを放つ。


「ぐうっ」吹っ飛ばされるカミラ。

 彼女の身体は、ボールの様に跳ね飛ばされる。

 うずくまるカミラに止めを刺そうとするミノタウロス。


「カー!」カン助の体当たり。

 ミノタウロスの左目にクチバシが突き刺さり、穿つ。

「グオオオゥ」

 眼を押さえてうなり声を上げるミノタウロス。

 カン助は、ミノタウロスに追撃を仕掛ける。

 小さなナイトは、カミラへの追撃を許さない。


「お願いっ間に合って!」

 ラフィーナは結界を解くと。

 直ぐさま黄金の魔力を放つ。

 周囲が目映い輝きに覆われる。

 クラウスやハンスをしつこく狙っていた魔物たちは黄金の魔力に抗う術もなく四散していく。


 だが、デカ物であるミノタウロスたちは残っている。

 淡い黄金の魔力では、ミノタウロスを仕留めきれなかった。

 今の攻撃は威力が不十分だったのだ。

 しかし、俺たちは五人いる。


「後は任せてくれ」とクラウス。

 ミノタウロスは倒せなかったが、雑魚は一掃された。

 ミノタウロスたちだけに攻撃を集中させることが可能になったからだ。


 クラウスは、ハンスと戦っているミノタウロスを狙う。

 土魔法。岩石が降り注ぐ。

「悪いクラウス」とハンス。

 ミノタウロスの動きが止まると、ハンスはすかさず胸元目がけて剣を突き刺す。

 切っ先は違わずコアを貫く。

 ミノタウロスは黒い靄と化す。


  残るミノタウロスは一体。

 手負いの獣は手強い。

 滅多矢鱈に戦斧を振り回し、俺たちを近づけようとはさせない。


 魔力の付きかけたクラウスは荒い息を吐く。

 ハンスもミノタウロスの隙をうかがっているのだが、普段よりも動きに精彩に欠ける。


 それは俺も同様だ。甲冑の身体はただの鉄の塊と感じている。

 これではただの重りでしかない。

「もう少し……」

 早くカミラを助けなければ……。

 俺は周囲からマナを取り込む。少しずつ力が戻っていく。


「うう」カミラの胸が浅く上下に動き、指先が微かに動く。

 まだ息はあるようだが、重傷なのは間違いないだろう。


「カミラさん」

 ラフィーナは、カミラに回復魔法をかけるべく、駆け寄ろうとする。

 ――ラフィーナと、ミノタウロスとの目が合う。

 ミノタウロスは、巨大な戦斧を高々と振り上げる。



「クソッ」

 俺は斬馬刀に手をかけると、黄金の魔力を注ぐ。

 微弱な魔力。

「もっと、もっとだ」

 俺は意識を研ぎ澄ます。周囲のマナをかき寄せる。

 光が集まっていくのを感じ取れる。

 ふっと周囲の動きが止まったかのように感じる。

 何か、強い力が湧き上がるのを感じとれた。


「よし、これなら!」

 俺は残りの力を、斬馬刀に注ぎ込む。

 黄金の魔力が光り輝く。

「ラフィーナ、伏せろっ!」


「は、はい」ラフィーナは咄嗟にしゃがみ込む。

「間に合えっ」渾身の力でミノタウロス目がけて放つ。

 斬馬刀は、一筋の黄金の矢となり、ミノタウロスのみぞおちに命中! 

 巨躯を貫き、上半身を消し飛ばす。

 大木を幾本も貫き、やっと斬馬刀は止まったのだ。


「間に合った」

 今の攻撃は、ラフィーナに当たらなくて良かった。

 角度を調整していたので、ラフィーナには当たらないのだが、これほどの威力とは思わなかった。

俺は土煙が収まり始めるのと見届けると、膝を突く。


 流石に力を使いすぎた。身体がバラバラになりそうだ。

 バラバラになるというよりも、魂は甲冑から抜けるのだろうか。

 そうなればどうなるのだろうか。

 魂は何処へ向かうのだろうか。

 そんな妙なことを考えているとラフィーナと目が合う。

 彼女はフッと柔らかい笑顔を見せた。

(まあ、生きてるから良しとしようか)俺は独りごちる。


ラフィーナは蹌踉めきながらもカミラの元へ向かう。

 気丈に装うが、顔面蒼白である。

 明らかに魔法の使いすぎだ。

 それでもポーションを飲み、魔力を回復させる。

 カミラの患部に手を添えると、回復魔法を唱えた。

 青白かったカミラの顔に朱色が戻る。


 カミラは息を吹き返す。

 どうにか一命は取り留めたようだ。「あれ? お花畑は」と縁起でも無いことを言っていたけれど。


「はあ、やれやれだ」どうにか強敵を倒した。

(とは言え、まだ次があるんだがな)

 次は、ヨハネスたちを助けに向かわなければならない。

(また苦戦するんだろうな。まあ、仕方ないか)

 先ずは魔力の回復を専念しなければならないだろう。今の俺たちが行っても足手まといにしかならない。


「それにしても……」

 一つ、疑問が残る。

 それは大きなモノだ。


 何故誰もが『巣を見落としていた』のだろうかと。

 ヘンリックさんたちが、そんな間抜けとは思えない。

 みんな歴戦の騎士たちなのだ。素人ではない。


 ならば、別働隊は巣を見落としていないのか?

 ――どうして、『巣が突然、湧いて出た』のか?

 ――何が起きた。『誰か』が仕掛けたのか?


 そんなことを考えていると、背後から、強烈な殺意と悪意を感じ取るのだった。


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