第29話 違和感

 日が傾いてきた。見通しの悪い森の中、日没まで討伐するのは危険である。

 早めに近くの塹壕へ向かった。


 塹壕は、まだ人が居た気配が残っていて倉庫には食料は医薬品が備蓄されている。

 厨房の薪コンロに火を入れる。

 仲間たちは、休憩時に食べたレーションはビスケットと缶詰だった。

 温かいスープとハムが食べられてみんなの顔が綻ぶ。


 全員の人心地がついたところで俺は、

「さて、どれだけの魔物を倒したんだろう」

 と、隣で腰掛けるラフィーナに話しかけた。

 彼女は微笑みながら、

「七十二体ですね」と答えた。

「そんなにか」

 予想以上に倒したものだ。


「ああ。まず間違いなくオレたちが勝ったな」

 俺の向かい側に腰掛けるハンスは、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「ああ。これは勝ったな」

 俺とハンスは顔を見合わせてニヤリと笑う。

「さて、ヨハネスたちはどんなものだろう」

 俺はペンダントを取り出して、ヨハネスに連絡を入れたのだった。



「――ふむ。そうか」俺は努めて冷静に、何でも無いような声で言う。

『……ええ』消え入りそうな声で、返事するヨハネス。

 ヨハネスの声は、まさに意気消沈だ。

 スコアは俺たちが七十二体なのに対して、ヨハネスたちは二十四体。

 ざっと三倍の開きがあるのだ。

 俺が調べた後でも、戦況は変わらなかったみたいだ。


 ヨハネスとしては、自分たちの方が有利な戦場に向かっていたはずなのに、戦果に大きな開きが出ているのだ。

 これは、自分たちの戦闘能力が大幅に劣っていると感じているのだろう。

『……流石、ですね』

 ヨハネスは声を絞り出すように言う。

 ヨハネスとしても想定外の開きであったのだろう。

 結果を受け入れるのは難しいのかもしれない。


 だが、俺たちにとっては想定内のことであった。

 俺とハンスは顔を見合わせてニタリと嗤う。

 正に作戦通りの結果なのだ。

 声音から察するに、ヨハネス自信を打ち砕くこと。

 それは達成したと見て良いんじゃないだろうか。


「ククッ。その程度の腕前で、よくもオレたちに喧嘩を吹っかけてこれたものだなあ」

 と高飛車な態度のハンス。

 まだまだ言い足りないみたいだ。 

(ビアンカに対して抱いている淡い恋心。恋敵に対する敵愾心。

 コイツの気持ちも分かるのだが……。

 あれ? 喧嘩を吹っかけたのは俺たちだったような気がするんだが……)

 まあいい。勝負あったと見て間違いないだろう。


 初日でこれだけ差が付いたのだ。

 二日目は魔物の数が減るはずだから、差は開く一方になるだろう。

「えーっと」

 俺は咳払いを一つする。喉は無いのだが雰囲気作りは必要だ。

「勝負はついた。そう判断しても良いんじゃないか」

 できるだけ優しそうに言う。

 喧嘩した後の仲直りは難しいのだ。

 これから先のことを見据えなくてはいけない。

 俺たちとヨハネスたちは、魔物たちと共に戦う仲になることだろうからな。

 そして、何よりも合コン……。もとい、親睦を深めるための、お食事会を開かなくてはならないのだから。

 そう。融和への道筋は難しいのだよ。


『……ええ。そうですね……』

 ヨハネスは言葉を詰まらせる。

「さあ、ヨハネスよ。敗北を受け入れるんだなあ」

 と高圧的なハンス。

(おい、余計なことを言うな)

 俺はハンスを睨み付ける。

 そんなこと言ったら、認めるものも認められなくなるだろうに。

 

 だが、ハンスは嫌らしい笑みを浮かべているだけだ。

 コイツは無駄に二枚目だから、こんな顔をすると凄いシュールだ。


『キーッハンスの癖に生意気よ』

 と、ビアンカが話に割って入ってくる。

「でも事実だぜ?」

 ヤレヤレと言わんばか肩をすくめるハンス。

『そんなことないわ! ヨハネスが本気を出すのはこれからよ!』

「本気ってのは、そんな簡単に出した引っ込めたり出来るのか?

 出せるならさっさと出せば良かったんじゃねえのか?」と正論を吐く。

『だ、出せるわ。よ、ヨハネスなら、きっと……』

』いいんですよビアンカさん。

 だが、ボクにも意地がありますから。

 ですが、明日こそきっと……』

 どうやら決意を固めたヨハネス。


 ……何だか嫌な方向へ話が進んで行くような気がする。


「カカカッ。なら、さっさと本気を出すんだな。

 でないと、差は更に広がっていくだけだぞ? んん?」

『そうよ。ヨハネス君なら、必ずあんた達に勝てるわ』

『そうよ。ハンスの馬鹿の言う通りになんて、ならないんだから!』

『ええ。あんな馬鹿な連中見返してやりましょう』

 と、次々と女の子たちは、ヨハネスを励まし寄り添っているようだ。


 あ、あれ? 何だか結束が深まったような……。

「えっと。勝負はついたのでは……」

 俺が、恐る恐る言うと、

『さあ。明日は頑張るわよ!』『ええ!』『そうよ!』『勿論!』

 女の子たちの強い決意の言葉が聞こえてきた。


『……ありがとう。

 わかりました。みなさんの為にも明日は必ず勝ちましょう』

『『『『きゃー』』』』

 ……効果は完全に裏目に出た。ヨハネスの立場は完全に固まったようだ。

 その声を聞いた俺たちは、肩を落として地面を見つめるのであった。


「馬鹿だねえ」と、カミラ。

「ええ」と、ため息交じりのラフィーナ。

 二人の盛大なため息声が聞こえてきたのだった。


                  ★

 次の日も魔物の討伐は続く。

 木々が生い茂る深い森。

 昨日と変わらぬ風景。

 もう見飽きた風景は、昨日の繰り返しに見える。

 ――だが、

 昨日と違うのは、俺たち男性陣の士気が低いことだ。

 昨日のショックが尾を引いている。

 いやいや、もう消化試合である。俺たちの勝利は動かない。そう思っていたのだ。


 ――初めのうちは……。

「おかしいぞ。なんで魔物の数が減らないんだ?」

 俺は首を傾げる。

 カン助の力を借りての索敵。

 昨日と同程度の魔物の気配を感じ取れるのだ。

 あれだけの魔物を狩ったのだ。数は昨日より減っていないとおかしいのだ。


「ああ同感だ」

 隣で一緒に偵察ハンスが真顔でそう言った。

 普段のおちゃらけな雰囲気は微塵も無い真面目モードである。

 これは想定外の異変のようだ。


「魔物狩りは中止して、付近を調べるか? 

 何か異変が起きているのかもしれないし」

 深追いしなければ危なくないと思う。


「いいえ。ここは動かずにヘンリック様からの指示を仰ぐべきでしょう」

 後ろから追いついたラフィーナは、首を左右に振る。

「そうだ。一度塹壕まで戻ろう」ハンスも否定した。

 ラフィーナとハンスは慎重な意見だ。


「そうか。なら一度撤退するか」

 魔物との戦闘経験が豊富な、二人の意見は貴重だ。

 ここは従おう。

「そうなると、勝負はお預けにするか……」

 昨日とは状況が一変した。

 勝負は次回に持ち越しで構わないだろう。

「ああ。それで構わない」ハンスも同意する。

「なら、ヨハネスたちと連絡を取ろう」

 俺はラフィーナの方を向くと、彼女は頷いた。


 ラフィーナがペンダントを取り出し、ヨハネスを呼び出す。

『……ああ、その声はラフィーナ嬢。

 こちらは今大変なことが……』

 返答するヨハネスの声からは、緊張感が伝わってくる。


「くっ」ハンスもペンダントを取り出す。

「おい、ビアンカ。どうなっている?」

『ああ、ハンス。こちらに魔物の大軍が現れたんだ』

 緊迫した声のビアンカ。

「何だと」

『幸い弱い魔物ばかりだけど、これだけ数が多いと流石に厳しい』

 漏れ聞こえる魔物のうなり声と何かを弾き飛ばす戦闘音。

 向こうでは激しい戦いが始まっているようだ。

「待ってろ。オレたちが助けに行く」

『すまない』

 ここで一旦連絡を終える。ハンスは真剣な眼差しで、ペンダントを見詰めている。

 

「一刻も早くヨハネスたちと合流しよう。その後塹壕に籠もり援軍を待つ」

 俺は仲間たちを見回す。

 みんな頷いてくれた。

「よし。先ずはヘンリックさんに報告と、援軍の要請を頼もう」

「はい」ラフィーナはペンダントを使い報告をする。


「カー」カン助が一際大きな声で鳴く。

「む? 黒い霧?」

「こちらも面倒くさくなってきたぞ」とクラウス。

 クラウスの眼前には、黒い霧が立ちこめている。

 しばらくすると、黒い霧は収まり、ヒトのシルエットが見えてきた。


 いつの間にか大柄な魔物が現れていた。

「……ミノタウロスだ。此奴らは手強いぞ」

 クラウスは大振りの盾を身構える。

 カン助の索敵にも引っかかることはなかった。

 本当に湧いて出てきたのだ。


「アイツの情報は?」俺はクラウスに訊く。

「オオカミの魔物なんて歯牙にもかけない強敵だ。

 その強さは正規軍でも苦戦するだろう」

 クラウスは苦虫をかみつぶしたよう顔をする。

 クラウスでも躊躇するほどの強敵。

 これは苦戦になることは必至だろう。


 突然現れた強敵。クラウスたちの救援に向かう出鼻をくじかれてしまった。

 不穏な空気が流れ出す。


 ――こういう場合はな。

「コイツらを倒せば、ヨハネスの鼻を明かせてやれるぜ」

 俺はニヤリと笑って見せた。

「向こうの女の子の、俺らを見る目が違ってくるぜ?」

 空元気でも良い。しけた顔していては、出せる力も出せないからな。


「ふふ。お前ってヤツは」クラウスは、一瞬呆れた顔を見せるけれど……。

「違いない」

 笑顔で同意したのだった。


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