第28話 ハンスの策略

 ハンスの奴は、「得物が食い付いた」などと、自信ありげに言ったが、何処までアテになるのやら……。

 俺はジッとハンスを見やる。

 俺の視線に気づいたハンスは、

「まあ、任せておけ」とばかりにサムズアップしてみせた。

 いかにも余裕綽々という態度だ。

 ……まあ、何らかの作戦でもあるのだろう。


 俺たちは、戦いに赴く準備に取りかかるため、三カ所ある倉庫へ向かった。

その道すがら俺とクラウスは、ハンスの顔をのぞき見してやる。

 自信ありげで、すまし顔のハンス。

「何か作戦でもあるのか?」俺はその秘策を打ち明けるように催促する。

「ああ」大きく頷くハンス。

「では、さっさと話せ」とクラウス。

「そうだな」ハンスは自信たっぷりに頷いた。


「さっきのどちらのルートを選ぶかの勝負、あれは芝居だ。

 有利なのは東側ルートだ」

「え? そちら側は、王子たちが倒した後じゃないのか?

 ほとんど魔物は残っていないように思えるのだが……」

「いや、未だそれなりの数、魔物は残っているはずだ。

 雑魚は強い相手に勝負は挑まないからな。

 王子たちの圧力に押し出されて、恐れを成して逃げていった魔物たちが、東側に留まっている可能性は高い」

「魔物にも、そんな知恵があるのか」

「あるさ。動物から変化したヤツも多いんだよ。

 野生の獣たちが、闇に巻き込まれて、魔物に「変化した」ヤツも多い。

 だから、理性はぶっ飛んだが、残った本能に従う個体も多いのさ」

 と、ハンスが説明してくれる。

 なるほど、だから倒した時、一瞬だけ白い骨が見えるんだな。


「まあ、純粋に闇から生まれ出た「闇の塊」ってヤツも存在するが、それが全てではない。

 だから、敵意と殺意に凝り固まったヤツが多いけれど、まるっきりの馬鹿じゃない。

 勝てない相手にゃとっとと逃げるさ」

「魔物ってのは、殺意の塊みたいなもんだと思っていたよ」

「殺意というよりも、本能の塊ってのが近いかな」


「闇ってのは、そんな簡単に湧くのか」

「場所による。そうとしか言えないな」

「出る所は、年に二度三度とよく湧く。

 まあ、大体古戦場とか風のながれとか原因は様々だけどな。

 だから、東側の王子たち主力と、西側のヘンリックさんたちの別働隊。

 双方から挟まれた魔物たちが、生き残っている可能性はかなり高いんだ」


「なるほどな」確かに相当数の魔物がいる信憑性は高いだろう。

 だが……。

「魔物が逃げ延びたならば、さほど被害の少ない西側の方が多いんじゃないのか」

「事前の情報と地形から、さほど逃げたとは思えない。っと」

 とハンスは支給品を展開して、地図を見る。

 軍の情報が共有されていて便利だ。

 進軍していない空白地帯。割合は西側のほうが多い。


「だから、期日を区切ったのさ」

「へえ」俺はハンスをまじまじと見やる。

 コイツ意外と策士みたいだ。

「だが、闇ってのが有ると、幾らでも魔物は出てくるんじゃないのか」

「いや。闇から出て来られる数は、それほど多くはない。

 ある程度で打ち止めになるのさ。

 ただし、闇が厄介なのが……」


「闇同士が、同時に近くに発現する場合です。

 闇の数が相当数になると、闇が集合してしまい、「巣」と呼ばれる大きな「闇のトンネル」になるのです」とラフィーナ。


「ああ。巣は厄介だね。

 ボクは実際に見たことは無いけれど、大量の魔物を討伐するのはとんでもなく大変だって、聞いたことはあるよ」とカミラ。


「はい。とても大変なのです」ラフィーナはしみじみと言う。

 彼女は経験したみたいだ。

 ラフィーナの故郷は、出現する魔物の数が非常に多いのだろう。


「なるほど。闇の集合体が、巣なのか。

 ……それはこの森にあるのか?」

もし有るのならば、対応しなければいけない。

 俺たちだけで手に負えない場合も想定する必要があるだろうから。


「いや、それは無いだろう。

 もし、巣が有ったのならば、ヘンリックさんが最初に言っていただろうからな。

 本職の魔道士たちが巣を見落とすとは思えない。

 あのお嬢さんたちが見つける可能性は、宝くじに当たるくらいだ」

 ハンスは心配するなというように、明るく言った。


「もっとも、余程の馬鹿ではない限り、少人数で対応はしない」

「そうなると……」

「討伐軍が討ち漏らした強敵を倒すことだな。

 ただし、その可能性も相当に低いだろうぜ」

 ハンスはニヤリと悪い笑みを浮かべる。

「オレたちの勝利はほぼ確定しているぜ」

 悪代官のような笑顔でそう言った。


 俺たちは準備に取りかかる。

 武器防具の点検。剣の研ぎの再確認。弓矢の補充。携帯食。医薬品。魔法関連の品々、その中には魔力回復のポーションも含まれる。

 本格的な野営道具はかさばるので、携帯しない。

 小休止はマントを重ねることにして、夜を過ごすのは避けること。

 夜は塹壕に戻り眠ることに決めた。

 これらの知識は、ハンスの意見を元にしたものだ。居るのかどうかは判断出来ない「強敵」に対して過剰な反応だが、ハンス曰く「手に負えないリスクは避けるのが鉄則だ」と言われると納得するしかなかった。

 こうして森での探索が始まったのだ。


                ★

「索敵か」

 俺は精霊獣のカン助を呼ぶ。

 つまみ食いを終えて、俺の肩に乗るカン助。


「さて、お前の眼には何が映るんだ」

 俺はカン助の視界と同調した。

「うお。これは凄い……」

 無数の光点。色の強弱で、相手の大きさが識別出来るようだ。

 幽霊勇者なので、脳みそは無いのだが、基準となるのは本体の認識力だ。

 それを基本にバフやデバフが掛かっているのだが……。

「俺には判らん」情報量が多すぎる。

「カー」と呆れるように顔を傾けた。くっ主を馬鹿にしやがって。


「取りあえずは、基準となる誰かが欲しい」

 そうなると、索敵を得意とするハンスを模範にするべきだろう。

 先頭を進むハンス。

 何が危険で、何が危ないのかを的確に判断しながら進む。

 ハンスに追随していく俺たち。

 険しい森のけもの道でも危なげなく進めるのは、ハンスのお陰である。

普段は、ぼろくそ言っているカミラが、ハンスの意見に口だししなかったのには、理由があったのだ。


(なるほど、なるほど)俺は独りごちる。

 ハンスが進む方角、その先にある驚異となるモノの判断。

 その結果とカン助の視界とのすり合わせを行う。

 ハンスの索敵範囲は二百メートルと頼りになる。

 だが、死角も多い森の中では、確かな情報は、半分も無いと言っていた。

 だが、俺なら全方位百五十メートルの、正確な位置が判る。

 カン助の力を借りると倍の三百メートルだ。


 そのことによって、この辺りの魔物の数が少しずつ判ってきたのだ。

(ハンスの作戦通りだな)

 暗闇に身を潜める魔物たち。だが、俺とカン助の眼の前では丸見えである。

 やはりエロ王子たちの攻撃から逃れてきた奴らだろう。


「まだ結構な数が残っているな」

「アイツらは本能で動いているからな。

 纏まって行動した方が有利になると本能が理解しているんだ」とクラウス

「へえ、成るほどな」小さな魚が群れをなして行動するのと同じ理屈のようだ。


「まあ、こちらへ逃げ込んだんだろうぜ。俺たちの勝ちだな」

 と上機嫌のハンス。

「では……」

 俺は仲間たちを見回す。一同頷く。

「始めよう」


 

 俺たちは陣形を整える。

 ラフィーナを中心とし、彼女の脇をカミラ。

 二人を守る役割が俺とクラウス。

 遊軍として相手を攪乱するハンスだ。


 闇から生まれ出た魔物。

 相手は黒い陽炎を纏ったオオカミの魔物だ。

 以前俺を襲った魔物と同程度の大きさである。

 そいつが八頭いる。

 機動力を活かして一斉に飛びかかれると厄介な相手である。


 ハンスは威嚇を兼ねて、弓を射る。

 一番手前の魔物の頭部に違わず命中する。

 黒い靄と化す魔物。一瞬だけ白い骨が見える程度で、その骨も粉々に砕け散る。


 味方を倒されて、躊躇する魔物。一瞬だけ動きが止まる。

「俺は右を狙う、クラウスは左を頼む」俺はクラウスに目配せする。

「了解した」頷くクラウス。


 俺は以前のことを思い出す。

 あの鋭い牙と敵意。

 もしかしたら殺されていたのかもという恐怖心。

 だが、再び相まみえると「大したことないな」という感じもする。


(クラウスと決闘したり、鍛えたりしたからな)

 あの時とは違う余裕が生まれている。

 だが、油断は禁物だ。本気で行こう。


 周囲のマナを身体に取り込み、力を蓄える。

 斬馬刀を覆う黄金の魔力。

 俺は魔物との間合いを詰めると、斬馬刀で斬りつける。

 刀身に纏った黄金の煌めき。

 紙を切るように容易く魔物を両断した。


 隣のクラウスも同様に、岩石の塊を槍の様に変化させ、魔物を貫いた。

 二頭をあっさりと倒した。

 簡単に三頭を倒された魔物たち。明らかに怯んでいる。


 相手が逃げようとする、その直前。

「いきますよ」身体全体を、黄金の魔力で覆われるラフィーナが、凜とした声を上げる。

 ラフィーナが放つ黄金の魔力の波動。

 それがオオカミの魔物目がけて放たれた。

 目映い光が薄れ、周囲が見えるようになると。

 そこには黒い靄だけが残されていた。

 五頭の魔物を一瞬でかき消したのだ。


「やったねラフィーナちゃん」

 カミラは道具袋から、ポーションを取り出してラフィーナに手渡した。

「はい。上手くいきました」顔を綻ばすラフィーナ。


「上手いこと先手を取れたのはラッキーだったな」

 俺はバイザーを上げて顔を覗かせる。

 自然と笑顔がこぼれていた。

 オオカミの魔物は、少しトラウマ気味だったのだが、それは無くなったようだ。

 幽霊勇者は実物の顔は無い。

 だから無意味な行為なのだが、気分的にそうしたかったのだ。


 訓練通りの手はずで、戦いは終わった。

 誰も怪我を負わなかったことが一番嬉しい。

「俺たちって、実は強い?」俺は戯けて見せると、

 ハンスは「当たり前だぜ」と偉そうに言うと、ニヤリと笑うのだった。


                ★ 

こうして俺たちは、戦い続けた。敵はオオカミや、イノシシといった雑魚ばかりで、手強い魔物と遭遇しなかった。

 それでも午前中だけでも四十体以上の魔物を倒した。


 俺たちは休息を取ることにした。

(これは勝ったな)

 余裕が生まれてくると、ヨハネスたちの動向が気になってきた。

「カン助、頼めるか」俺はカン助を見やる。

「カー」コクリと頷くカン助。スッと姿を消して立ち去る。

「さて、どうなったかな?」

 俺はカン助の視界を借りる。

 ヨハネスたちを偵察するためだ。

 勝負は何が起こるか判らないからな。


 一時間ほど観察した結果、ヨハネスたちは魔物たちとの戦闘回数。明らかに俺たちよりも少ない。

 八頭や十頭みたいな数での戦闘は無い。二、三頭の魔物との遭遇戦がポツポツとあるだけだ。

 ハンスの作戦は当たったようである。


(……だがな)

 ヨハネスは、常に女の子たちに囲まれているのだ。

 ヨハネスを前面に押し出した陣形で、ビアンカとヨハネスが前衛で、残りの女の子たちは補助に徹している。

 子犬を連想させる華奢なヤツだが、実力は本物のようだ。


 確かにヨハネスは勇者として彼女たちを守っているのだが、黄色い歓声がヨハネスを後押しするのが気に食わない。

 ヨハネスが魔物を倒すと「きゃあ」と喜び、ヨハネスが魔物に押されると「ああ」と悲しむ。

 そして、ヨハネスに助けられると熱い視線を送るのだ。

 それはビアンカも同様だ。

 彼女の立ち回りは、聖女というよりも勇者に近い。

 ヨハネスと共に前で戦い、時折彼を強化、サポートすることにより敵を粉砕していく。

 要はヨハネスの実力を最大に引き出させるワンマンチームなのだ。

 頼りになり、心強い勇者。

 正になろう系の典型的な勇者像である。


 これは、強くトレードを要求したい所である。

 俺も背中合わせで美少女と戦いたい。

 そう、ラフィーナも一緒なら両手に花……。


(くっ。お前の天下は三日ともたないぜ)

 今のペースで戦えば、俺たちの勝ちは動かない。

 後は、勝負の対価を頂戴するだけである。

「そうだな。先ずは友達から始めようか……」

 勇者として余裕のある態度を見せなくてはならないだろう。

「次は……」

 俺が真剣に考えている(妄想している)と、隣のカン助は「カー」と、ため息交じりに鳴いたのだった。


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