第26話 勝負をしよう

 ヘンリックさんが立ち去ると、俺たちは雑談を再開した。

 みんな同世代の学生なのだ。

 元の世界と同様で、お喋りしたり騒ぎたい年頃だ。

 これから戦うことへの不安と緊張。高揚感を分かち合いたいのだ。

 同じ目的を持つ同士として、先ほど会ったばかりとは違い、少し砕けた雰囲気となる。


「さてと」

 俺はハンスを見やる。コイツはさっきと同じくビアンカを見ている。

 そして彼女も同じくハンスを無視している。


「君はハンスの幼なじみだったのか」

 俺はビアンカに話しかける。

「ユウト殿。それは失礼ではありませんか。

 このような破廉恥極まりない男と、知り合いというだけでも居たたまれないのに、そんな……おさ、幼なじみとは……」

 ビアンカは悔しそうに肩をふるわせている。

 よっぽどハンスのことが嫌いなようだ。

 まあ、絶対ハンスが何かやらかしたのであろう。

 幼なじみならば、俺たちが知らないハンスの黒歴史をいくつも知っていてもおかしくはない。

 だが、これから先共に戦うことになるので、仲を取り直してやりたいのだが……。


「どうも難しい間柄みたいですね」

 とヨハネス。見た目と同じ柔らかい物腰。コイツは、絶対女生徒にモテるだろう。

 俺はヨハネス魔力の流れを見やる。

 訓練を積むことにより、相手の魔力の流れが見えるようになってきたのだ。

 ヨハネスは、子犬を思わせる小柄な少年だが、身体を覆う魔力の強さは流石勇者と認められるだけあって強いものがある。

 外見とは裏腹に優秀なのだろう。


「ああ、そうだな……」

 俺はヨハネスに同意する。

 そして、彼の後ろの三人組に目を向けた。


「ん」俺は、何か違和感を感じる。

それぞれ甲冑を着ているが、どことなく華奢で優雅な仕草だ。

「ああ、仲間たちのことですか。「彼女たち」をご紹介しますね」

 ヨハネスは三人の仲間を呼ぶ。


……何ぃ。「彼女たち」だと? 

 俺は違和感の正体に気づいた。

 ヨハネスの仲間たちは、全員少女、しかも美少女たちなのだ。


 三人は兜を脱いだ。ショートカットで動きやすい髪型をしている。ただ、全員どこかの令嬢のようで何となく気品があるのだ。

 ビアンカの凜とした華やかさに一歩負けてしまうが、それでも可愛い女の子ばかりだ。

 クラウス率いるパーティーは、パートナーであるビアンカを筆頭に、全員がスポーツ系の美少女たちで構成されているのだ。


美少女ばかりのパーティーメンバー。

 これは偶然ではない!

 俺は驚愕の事実を知ってしまい、身動き取れなくなってしまった。


 それを見たラフィーナは不振に思ったのだろう。「ああ彼女たちですか」と独りごちる。

「三人ともブランシュ家の寄子の出。

 従者としてビアンカ様に仕えているのです。

 彼女と気心が知れた三人は、ともに優秀なのですよ」

と、説明してくれた。


 なるほど、気心しれた従者たちが仲間に加わるのならば、ビアンカは安心出来るのだろう。

 だが、そんなことは結果論に過ぎない。

 四人の仲間のうち、四人が美少女なんて、偶然では起こり得ないのだ。

 ヨハネスは、狙ってこの状況を作り出したのだ。


 異世界転生のお約束。

 主人公は召喚された勇者でチートスキル持ち。相方はもちろん美少女。

 パーティーメンバーは美少女ばかり。

 そして主人公は、女性になんて感心ないという素振りのヤレヤレ野郎なのに、何故だか女性たちからモテまくるのだ。

 「勝手に俺に惚れていやがる」誰もが憧れるシチュエーション。

 俺もいつかそう言ってやりたい。


 しかも、コイツは勇者であると共に貴族の生まれだ。

 選ばれし勇者。その特権を存分に使い、大それたことをしていやがる。

 これだから貴族たちは横柄だと陰口をたたかれるのだ。

 なんて野郎だ。人畜無害な可愛い顔して、心の底にはケダモノを飼っていやがる。


「なんて、なんて羨ましい野郎だ」

「……ユウト様。心の声が漏れていますよ?」とラフィーナ。


「もしかしたらユウト君って、ハンス君と同類?」

 カミラは、ボソボソ声でラフィーナに話しかける。

「そ、そんなことはありませんっ」

「ホントかなあ? あの眼、あの雰囲気は、確かにハンス君から漏れるモノと同じだけどなあ」

「ユウト様の秘めた力は……」

「……そう、ウソ」

「だから……」

 俺の後ろで、何やら女性陣二人で盛り上がっているようだ。


 だがそんな話題は、今の俺にとっては些末なことだ。

 一番重要なことは、目の前で、美少女に庇われているハーレム野郎をどうにかしてやらねばならなくなったのだ。

「ククッ。とんだハーレム野郎がいたもんだ」俺は昏い声で嗤う。

異世界転生の理想を体現したヤツが、目の前にいる。

 どうやらエロ王子の前に、判らせなければならないヤツが出てきたようだ。


 俺のただならぬ雰囲気を察したのだろうか、ビアンカと共に後ろの三人がヨハネスの前に歩み出ると、見事な連携でコイツを守るように陣取る。

 狼狽して萎縮した子犬の様に。

 しかもコイツは、四人の美少女に囲まれ、ギュッと左右の腕に抱きつかれている。

 彼女たちの胸が、ヨハネスの肩や肘を覆っているのだ。

 甲冑越しとはいえ、何というラブコメ展開!


「ぬおお」

 頭をバットでぶん殴られたような強い衝撃。

 俺は思わず膝から崩れ落ちてしまった。

 何という敗北感なのだろう。


 そんな俺の肩を、そっと優しく叩く漢が現れた。

「しっかりしろ。お前はそんな程度で参るヤツじゃないだろう」

「は、ハンス」

いつの間にか隣にハンスが立っていた。

「ユウトよ、お前も気づいただろう。コイツの脅威に」

「ああ」

俺も今なら判る。

 ヨハネス。コイツはあまりにも危険だ。

 モテない男たち全員の敵であると言っても過言ではないだろう。


「許せねえ。許せねえよなあ」

 ハンスは親の敵を見るみたいに、ヨハネスを睨み付けている。

 ビアンカのこともあり、更に敵意を抱いているのだろう。

 ……まあその辺りのことは、完全に逆恨みなのだろうが、心強い(?)味方が出来たのだ。水を差すことはあるまい。


「……お前たち。男の嫉妬は見苦しいぞ」

 颯爽と現れたクラウスは、俺とヨハネスたちの間に割って入る。

 そして彼女たちに軽く会釈した。


 きゃあっと言う女の子たち。

 彼女たちはクラウスには羨望の眼差しを向け、俺とハンスには侮蔑の眼差しを向けてきた。


 俺はクラウスを睨み付ける。

 初対面の俺にに絡んできたのは、何処のどいつだよ

「……俺がラフィーナのパートナーと判ったら、嫌がらせに絡みに来たくせに」

 俺はジト眼でクラウスを見やる。


「あ、あのときは、その……悪かった」しどろもどろのクラウス。

「ラフィーナに選ばれなかったくせに」俺は強烈な一撃を見舞ってやる。

「うっ。だ、だがな」蹌踉めくクラウス。どうにかその場に踏みとどまる。

「お、お前たちの女性陣に対する物言いは、紳士として有るまじき行為だ。

 見逃すことは出来ぬぞ」

 と俺たち二人を指さす。


「なにカッコつけていやがる」ヤレヤレと肩をすくめて見せるハンス。

「お前もビアンカに選ばれなかったじゃねえか。だから勇者に認められなかったんだぜ?」とダメ押し。

「ぐっ」胸を押さえるクラウス。

 今の言葉は、クラウスを深く傷つけたようだ。

「どういう意味なんだろう」

 今の言葉の意味を取るならば、ビアンカならば、「勇者」を簡単に選出出来る、そうなってしまう。

 この国の王侯貴族の力関係はまるで判らない。


 俺が首を傾げていると、

「ブランシュ家は大貴族で、北方の諸侯を取りまとめる名家の出自なのです。

 ブランシュ家の言葉は、王家も無視出来ないのです」

 少しこめかみを押さえながら、ラフィーナが説明してくれた。

「へえ」

 それでクラウスは動揺したのだろう。

 ビアンカの父親は相当な有力貴族みたいだ。

 確かに、あの子と彼女の父親が推薦すれば、もしかしたらクラウスは勇者に選ばれたかもしれない。


「うぐぐ。考えないようにしていたのに……」ガックリとうな垂れるクラウス。

「ククッ。お前もこちら側(ダークサイド)へ来るがいい」

 と、ハンスはそう言ってクラウスの肩に手を回した。

「実力さえ有れば、返り咲けるぜ?」と悪魔のささやきを、クラウスに耳打ちする。

「な」ハッと顔を上げるクラウス。

「ああ」妙な自信を見せるハンス。

「ぼ、僕は……」

 反論しないクラウス。

 俺たちに向けた人差し指を、シオシオと降ろすとその場から離れて行く。

 どうやらコイツも俺たちの側に回るみたいだ。


 静寂と緊張感に包まれた俺たち。

 さて、どうやって白黒付けようか。

 「決闘が一番手っ取り早いのだが……」と考えていると、

「あの」という可愛らしい声がした。声の主はラフィーナだ。

「我らの愚か者が粗相をしてしまい。済みませんでした」

 と深々と頭を下げるラフィーナ。


「いくらラフィーナ殿の謝罪でも、許せるものと許せないものがある」と憮然とした態度を見せるビアンカ。

「ククッ。そうだ、俺たちは引けない所にいるんだぜ」

 それから、ビアンカを挑発しようとするハンス。


「はい。アーンして」

 カミラが何やら黒い錠剤を、ハンスに飲ませる。

 真後ろに倒れるハンス。

「はい。お休みなさい」バイバイと手を振るカミラ。


「わたしの謝罪だけでは、皆様納得出来ないでしょう。

 ですので、ここは一つ勝負をしたいと思います」とラフィーナ。

「ふむ。勝負ね」

 形の良い顎に手を添えるビアンカ。実に男前な仕草である。

「はい。内容は簡単です。

 今回の討伐戦。どちらが多くの魔物を倒したかで競うのです」

 ラフィーナはペンダントを手に取って見せた。

 確か倒した魔物の数をカウント出来るんだったっけ。

「成るほど。それで良いでしょう」

 頷くビアンカ。ラフィーナの申し出により場は収まり、静まりつつある。


 俺は結構冷静に、今の状況を観察出来ている。

 魂だけで、脳みそが無い分。頭に血が上らないでいるためだろうか。

(決闘で白黒付ける、そうしないんだな。まあ、それはそれで後が面倒くさいか)

 もしヨハネスが負傷することになれば、ビアンカは怒り狂い、将来禍根を残すことになるだろう。


 だから、魔物の討伐スコアを競争するのは悪くない。

 俺としては、ハーレム野郎の鼻っ柱を折れればそれで良いのだ。


 ハンスが暴走し過ぎるようならば、ラフィーナが黙ってはいないだろう。

ビアンカは、意識が朦朧としているハンスだけではなくて、俺も睨み付けてきた。

 怒っていても気品を感じさせるのは良いところの令嬢だからだろうか、それほど怖いとは思えなかった。

 ただ、このまま大人しくなるのも面白くなかったので、

「やれやれ」俺は大げさに肩をすくめて見せた。

 どうやら俺たち三人は、ヒールサイドみたいだ。

 ならばヒールに徹してみるのも面白い。

「どちらが手柄を立てるか勝負ですね」とビアンカ。言うほど怒ってはいないみたいだ。

「フッ。俺は本番には強いぜ?」とハンス。先ほどまでの大人げない態度ではなくて、嫌みの無い茶目っ気を覗かせる。

 ついさっきまではいがみ合っていたくせに、二人は妙に仲が良いみたいだ。

 きっと昔からこんな間柄だったのだろう。


「みんな盛り上がってきたねえ。ヨハネス君は、とんだ災難だけど」

 そう、しみじみと言うカミラ。

「そうですね。ですが、ユウト様が本気になってくれるのはとても良いことです。

 これは恩賞に期待できそうですからね」

 上機嫌のラフィーナ。

「ラフィーナちゃんも現金だからねえ」

 これはラフィーナが描いた図のようだ。

どうやら彼女が、一番の策士のようだ。



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