第25話 スフェルト城砦


 俺たちが、転送陣から飛ばされた先。そこは殺風景な部屋であった。

 転送陣の置かれた場所だけは石造りだけど、後は簡素な土間だ。

 壁も土壁である。

 ただし、表面は綺麗に磨かれたみたいに光っていてモルタルみたいだった。


 部屋を出ると、コンクリート造りの城壁に囲まれた城砦だった。

 そこは、スフェルト城砦と呼ばれている。

 車千ぐらいの駐車場をもつ、中規模スーパーマーケットくらいあるのではないだろうか。

 城門や尖塔、指揮詰め所などの要所は、魔力を帯びた文様が浮かんでいる。


「勇者様、聖女様、お待ちしていました」

レイベール学園の制服を着た少女だ。

「彼女は、この城砦で補給物資の管理を補佐しているのです」

「俺たち以外にも居るんだな」

「はい。彼女たちは戦闘には参加しませんが、裏方としての役割を担っています」

「勇者様たちには、これを」

 女生徒はそう言うと、ペンダントを俺たちに手渡した。


「これは?」

「軍の正規の品ですね。学園から支給されるペンダントよりも上質なものです。

 高級将校が所有しているものと同じですね」

 そうラフィーナが説明してくれる。

「俺のとは違う?」

「扱い方が違うのです。

 こちらはペンダント同士を使った連絡と、討伐した魔物の数の記録することが出来ます。

 他にも様々な加護を有しているみたいです。

 ですが、加護の面に関してはユウト様のペンダントより劣ると思います」

「ふうん」

 お互いの連絡や戦功を記録するなど、軍用みたいだ。


「では、勇者様、聖女様、こちらへ」

 どうやら女生徒が案内してくれるようだ。

 彼女の後に付いていくことになった。


 二百名ほどの兵士が隊列を組めるほどの広さの中庭。四方の尖塔。木造の宿舎とおぼしき施設が四棟。

「ここは」俺はラフィーナを見やる。

「この作戦の拠点となるべく、建築されたスフェルト城砦ですね。

 わたしも見るのは初めてですが、大したものだと感心します」

「確か、完成まで三ヶ月もかかっていないんでしょ。何しろこの作戦決定されたのは、半年前だと聞いているんだから」とカミラ。


「そんなに早く建てられるのか」

「はい。土木技術と魔法を組み合わせれば可能かと思います」

「魔法世界って凄いな」

 そう言えば王城も馬鹿みたいな広さだった。

 一見中世ヨーロッパ風なのだが、魔法を使って色々なモノを生み出して使役しているので、俺の知識では測れない技術があるのだろう。



 俺と似たような年の兵隊もいる。

「彼らも、女生徒たちと同じくレイベール学園の生徒です。

 この城砦で予備兵として雑務をこなしています」

「やはり俺たち以外にも生徒がいるのか」

「はい。彼らは戦闘に参加しませんが、補給物資の積み下ろしや、城砦の警備をこなしています」

 俺はラフィーナを見ると

「それだけ人手が足りていないのです」

 彼女はまなじりを下げた。



 俺たちが案内された先には、五名の少年たちがいた。

「では、わたしはこれで」

 女生徒は一礼し、去って行った。


「手前の少年が勇者であるヨハネスと、傍らの少女が聖女ビアンカです」

 ラフィーナが前列の二人を紹介してくれる。


 勇者と紹介されて小柄な少年、ヨハネス。

 彼が勇者である。

 淡いグレイのボブカットで人懐っこそうな微笑みのため、周囲の人間を穏やかな気持ちにさせる不思議な雰囲気を醸し出している。

他のパーティーメンバーよりも頭一つ分背が低い。

 勇者として先頭に立って道を切り開くという感じはしない。

 だが、逆に守ってやりたくなるような気にさせる。


 ヨハネスの傍らの少女。

 彼女が聖女であるビアンカだ。

 気品ある凜とした出で立ち。

 銀髪のショートカットをしているため、中性的な雰囲気だ。

 聖女だと紹介されたのだが、ラフィーナのようなスカートを履いていない。

 頭髪と同じく銀の胸当て、すね当てを身につけている。

 聖女というよりは彼女の方が勇者に見えてしまう。


俺は兜を脱いで会釈すると、ラフィーナが二人に紹介してくれる。

「今回共に戦うことになった勇者であるユウト殿。

 そして聖女と認定されたわたしラフィーナ

 ユウト殿と共に戦うパーティーメンバー、クラウス・ブロムベルク。ハンス・ドンケル。カミラ・ブルックナーです」


「今紹介された優斗だ。新参者だが精一杯戦わせてもらう」

「貴方が噂の方ですね。ボクは、ヨハネス・クレンゲルです」

 少年は子犬を連想させる柔らかい笑みを浮かべる。だが、見た目とは違う。

 かなり大きな魔力を秘めているようだ。

 俺はヨハネスと握手を交わした。


 次に、ヨハネスの隣の少女を見やる。

「ビアンカ・ブランシュだ」

 銀髪を短く刈った。スラリとした肢体、胸当て。

 やはり聖女というよりも、勇者だと言われた方がしっくりとくる。

 俺とビアンカは、お互い手を差し伸べ握手した。


「僕たちのパーティーは先んじて、森の警戒任務についています。

 貴方たちにも指示が下されると思います」とヨハネス。

「ああ。その時は宜しく頼むよ」

 俺は軽く会釈した。



(ふむ)

 俺は、もう少し二人と語りたいのだが、

 後ろのハンスの様子がどうもおかしい。

 ビアンカをジッと見つめているのだが、彼女は素知らぬ振りをしている。


 その事を気にしていると、ラフィーナが俺に耳打ちする。

「二人は古い顔なじみのですよ。

 ただ、名家のご令嬢と、没落した旧家なので、交流はさほどないみたいですが」

 ハンスとビアンカ。二人はいわゆる幼なじみというヤツだ。

 だが、見る限りではさほど親しい間柄ではないと見える。



 向こうから見慣れた青年がやって来た。ヘンリックさんだ。

 ヨハネスとビアンカは、サッと姿勢を正した。

 他のみんなが姿勢を改めたので、俺もそれに習う。

「上官に敬礼」凜とした声。

 声の主は、もう一人の聖女であるビアンカだ。

 俺も慌ててヘンリックさんに敬礼する。

 

「皆さんようこそスフェルト城砦へ」ヘンリックさんは会釈した。

 レイベール学園での服装ではなくて、甲冑を着ている。

 細緻な文様が彫刻されていて、何らかの魔力が込められているのが、俺でもよく分かる。

「これで二組の有力なパーティーが揃ったわけですね」

 そう言うと、俺たちの顔をゆっくりと見回した。

「みんな良い顔つきをしていますね、期待していますよ。

 では、早速ですが貴方たちの任務を言い渡します」

 俺たちは顔を引き締める。


「貴方たちが戦うのは、主力部隊が討ち漏らした魔物たちです。

 数はさほど多くはないと考えられていますが、油断は禁物です。

 功を焦らずに、確実に仕留めていってください。

 それから、手渡されたペンダントに収められた地図。

 そこにも載っていますが、簡易拠点を兼ねた塹壕が四カ所あります。

 戦うのが厳しいと感じたら、そこで魔物から身を隠したり、怪我の手当や疲労回復をとっておきなさい。

 何度も言いますが、貴方たちの一番の任務は、ここでの経験を生かして次の戦いに臨むことです。

 無茶は禁物ですから」


「最後に。もしも、悪魔を見たら真っ先に逃げなさい」

 ヘンリックさんは真顔で俺たちに語り出す。

「皆さんも知っての通り、悪魔は上位魔物を指揮する強敵です。 

 主力部隊は、こちらへ向かってきた悪魔や上位魔物を優先して討伐してきました。

 森周囲の強敵は、ほぼ壊滅させているでしょう。

 よって貴方たちが強敵と遭遇する可能性は相当低いはずです。

 ですが、ゼロではない。

 戦場では、何が起こるか判りませんからね」


 俺たちは、真剣な顔で頷いた。

これから行くのは、戦場だ。

 人間相手ではなく魔物であるために、かなり気分は楽である。

 だが、戦うことには変わりない。

 怪我を負うこともあるだろうし、下手をすれば死ぬことになるかもしれない。


(俺が死ぬことは無いだろうが、他の仲間たちは……)

 訓練を通じてかなり仲良くなった連中だ。

 今では友人だと思っている。

 そんな彼らが怪我をしたり、下手すれば死ぬことになるのかもしれないのだ。


 俺はつばを飲みたい気持ちになり、鳴らない喉を鳴らしてみる。

 今の俺の顔は偽物の、ただの映像なので何も起こらない。

「ユウト様大丈夫ですから」ラフィーナがそっと俺の肩に手を添えた。

「わたしたち全員、既に魔物たちとの戦いを経験しています。

 これほど大規模な戦に参加するのは初めてです。

 ですが、わたしたちは弱くありません」


「ユウト様も含めてね」と微笑んでくれる。

「そうか。そうだよな」

 レイベール学園の生徒は、貴族としての務めを果たしている。

 小規模な戦いならば、それなりの経験を積んでいるのだ。

 楽観視するのは危険だけれど、緊張し過ぎるのも違うだろう。



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