第24話 転送陣

 仲間たちとの連携の確認。

 魔法生物であるゴーレム相手にして、来るべき日まで過ごしていた。

 今日で五日目。本番まで後十日。


 今日の夕刻に、転送陣を使って作戦の目的地まで飛ぶそうだ。

 いかにもファンタジーという名前は心躍るものがある。

 まあ、召喚陣を使ったのだからアレと同じようなものだとは推察出来るけれど。


 そういうわけで、午前の訓練は軽い仕上げで終わり、今は昼休憩の時間である。

 俺以外の仲間たちは昼食を取っている。(俺は偏食で、小食だと思われているようだ)

 特に食事を摂らなくともマナの取り込む力が増えたことで、体調はすこぶる良い。

今は外で日向ぼっこをしながら、これからのことを思案している最中だ。


「本当は、元の世界に一度戻りたかったんだけどなあ……」

 情報収集それは大切なことだ。手がかりは有るに越したことは無いのだから。


 だがそれは今回は見送った。

 俺自身のレベルアップは絶対に必要だと感じたからだ。


 俺の力が上がれば、もしかしたら玲奈も一緒に召喚陣を潜れるかもしれない。

 だが当事者でない俺は、どれだけこの世界に来た時に、どれほどの魔力が使われたのか想像も出来ない。


「もし、足りなかったのなら……」

 玲奈も幽霊聖女になるのではないだろうか。

 身体が何処に飛んでいくかも不明ならば、俺よりも酷い目に遭うのかもしれない。

 更に悪く考えれば、二人揃って身体や魂はズタズタに引き裂かれ、塵と化すのではないだろうか。

「……あり得るな。

 やはり力業で行くのは止めたほうが無難だよな」

 こんな博打はやらないに限る。

 だが、確実に還れる方法が見つかったなら、一番スンナリと元の世界に戻れるだろう。


 だから、帰還の方法が見つかるまでは、地道な訓練をしている。

 急がば回れというヤツだ。

 

 クラウスと決闘。その後から仲間たちと訓練と連携を深めて、少しはマナの扱いに慣れてきた。

 斬馬刀に宿す黄金の魔力の量が少しずつ増えてきた。「着実に強くなっている」という実感がある。

 目標の一つである「俺自身のレベルアップ」は、概ね順調だ。


「次は、情報収集なんだが……」

何時までも目標が漠然としているのは、どうも不安だ。

以前見つけた古代遺跡。この国には似合わない建物と鳥居。

「古の巫女と聖女」は、間違いなく関係性があるだろう。

一刻も早く元の世界に戻ってみて、盛久に情報収集の成果を確認してみたい。


 だが、今戻ってみても無駄足になる可能性が高いだろう。

 理由の一つ。元の世界での情報収集は、苦戦しているだろうから。

 前回は、三十倍の時間差があった。

 だけど、「今戻ってみても」どうなっているかは判らない。

 三十倍の理屈がどうなっているのか、俺には判らないからだ。


 まあ「三十倍の差」だと仮定しよう。

 ならば、元の世界は真夜中だ。

 スマホは洞窟を抜けるまで使えない。幽霊ではスマホを扱えないので、生身の身体で動かなくてはならないのだ。

 行き来を考えると、結構な手間がかかる。

 盛久との連絡は取るのは難しいのではないだろうか。


 それに――。

 アイツが頑張っているとしても、蔵の中を整理して、めぼしい記録を見つけ出しているくらいだろうか。

 大して情報収集は出来ていないと思われる。

「何せ、昔の言葉だからなあ」

 パッと見て、ミミズがのたうち回っているようにしか、俺には見えないだろう。

 盛久の「神社の跡取り能力」に期待するしかない。

 だから、元の世界に戻ってもぬか喜びになる可能性が高いと判断したのだ。


 二つ目は、こちらの世界でも三十倍の時間差が広がっていること。

 当たり前の話だが、俺が元の世界に戻っている間に、色々な話が俺の知らない間に進んでしまうのだ。


 例えば今度の討伐軍の参加。

 これを見送らなくてはならないだろう。

 この世界で話しを通すのには、ラフィーナの力を借りなければならない。

 ラフィーナの発言力を高めるためにも、彼女に手を貸すのは悪くないと思う。

(まあ、未だラフィーナに助けて貰わないと拙いからな)

 一度に身体の魔力を大量に喪失してしまうと、マナの吸収だけでは追いつかない。だからラフィーナの手助けは必要なのだ。

(まあ、ラフィーナには色々と助けてもらっているからな)

 彼女に対する手助けは必要だと考えている。

 美少女の笑顔は実に良いのだ。


「後、この場所で出来ることと言えば……」

 玲奈と連絡を取ってみたい。お互いの情報交換をしておきたいのだ。

 まあ、あいつの顔を見て少しからかってやろうかと思うのだ。


「だが、俺から会いに行くのか。一回でなくて、二回目も……」

 何だか負けたようで、どうにも悔しいのだ。

 これは、かなり高いハードルなのだ。

 だから「なんとなく会ってやろうかな」とは思っているのだが、未だ行っていないのだ。


 玲奈は王城にいる。

 俺と違って正式に聖女として認められているのだから、きっと大切に扱われているはずだ。

 とはいえ、幾ら豪華な部屋で暮らしていても所詮籠の中の鳥なのだ。

 息が詰まってくるだろうから、まあ様子を見るのは構わないんだけど……。


「会おうと思えば会えるんだけど……」

 未だ少し時間に余裕がある。少しくらい学園から離れても問題ないだろう。

「しゃーない。行ってやろうかな……。

 ん?待てよ」

 俺は立ち上がろうとするのを止めた。


 玲奈も今度の討伐軍に参加するとヘンリックさんは言っていたような……。

 だから玲奈たちは、既に現地に向かっている可能性もあるのだ。

 

「そう言えば、王子と共に討伐軍に参加するとか言っていたよな」

 そうなのだ。確かあのエロ王子のヤツは、王族の職権乱用で、聖女と結婚するのが目的だったのだ。


「ま、まさか」

 俺は思わず想像してしまう。


 壁ドンして玲奈に迫るエロ王子。

 空いた手で玲奈の顎をクイッと上げるのを。

 そして、頬をホンノリと染める玲奈。

 二人は見つめ合い……。


「ば、馬鹿な。玲奈はそんな女の子じゃない!」

 いくら王子に迫られても、金と権力を持っていたとしても!

「そ、そうだ。考えすぎだ」

 俺は何度も頭を振る。

「動揺するな。するんじゃないぞ」と自分に強く言い聞かせる。

 俺は玲奈の兄貴分だ。妹を心配するのは兄貴として当然のこと!


 すると、

「カー」と、突然背後からの鳴き声。

「うおっ」

 俺は思わずビクッと身体を震わせてしまった。

 そこには暢気な顔をしたカン助がいたのだ。

「ったく。驚かせるなよな」

 幾ら心臓が無くても身体に悪いぞ。俺はカン助をジロッと睨む。


 平然とした顔をするカン助。コイツは大物なのかもしれない。

「全く。ん? 待てよ」俺は小首を傾げて思案する。

「そうだ。カン助ならば……」

姿を自在に消したり出来るカン助ならば、メッセンジャーとして適任ではないか。

 俺は幽体離脱して、魂だけとなれる。

 だが、玲奈が囲われている王城は、偉いさん達が大勢いるだけあって、警戒厳重なのだ。


 しかも作戦前なので、以前よりも警備は厳重なのではないだろうか。

「見つかれば、ラフィーナにも迷惑をかけてしまうだろうし……」

 今の俺の立ち位置は、どうも微妙みたいだから。

 だがカン助は違う。

 コイツならば見つかる可能性は低いんじゃないだろうか。

 しかも俺の成長に伴い長い間顕現出来るみたいだし。

 カン助に頼めば、玲奈とのやり取りはかなり楽になるだろう。


「そうそう。玲奈もタツノオトシゴみたいなヤツを持っていたよな」

 カン助ならば、そいつのことを見つけ出すことも出来るのではないだろうか。

 糸電話ではなくて精霊獣通信。

玲奈も討伐軍に参加するのだから、アイツの精霊とも連絡を取りやすいだろう。

「やれやれ。これで当面の問題は片付いたな」

 エロ王子の魔の手から、玲奈を防ぐ「鈴」の目処は付いたみたいだ。


俺は一息ついた。

 まあ、肺が無いのだから意味は無いのだが、気持ちの問題である。


「ん」よく見ると、カン助は嘴をモゴモゴと動かしている。

 虫でも食べているのだろうか。

 更に注意して見ると、カン助の嘴の端は、何かの粉が付いている。

 パンか何かみたいだ。

「パンくず? いやビスケットかな」

 カン助は、ソレをゴクリと飲み込むと、「カー」と鳴いた。

「まだ、腹が空いている?」

 カン助は大きく頷くと再び鳴いた。

 何かを催促しているみたいだ。

「いや、俺は腹が減っていないから、何も食べちゃいないんだけどな……」

 精霊獣にくせに飯を食べるのか。俺よりも生き物くさいヤツだな。


「カン助ちゃん、いらっしゃい」とラフィーナの声。

「カー」カン助は喜んでラフィーナの右肩に乗る。

 彼女は、ポシェットから小袋を取り出した。ビスケットみたいだ。

 それを細かく砕いて、カン助の嘴でもついばみ易くしてやる。

 嬉しそうについばむカン助。「カー」と鳴いて更に催促した。


「ビスケットならもう無いの。しょうがないですね」

 ラフィーナがカン助の頭に手を添える。

 淡い金色の光が、カン助に注がれている。

「カー」と、カン助は嬉しそうに鳴く。

 どうやらカン助のヤツは、ラフィーナに餌付けされているようで、完全に彼女に懐いているみたいだ。


 それと、ラフィーナの隣で興味深そうにカン助を見つめるカミラ。

「ビスケットなら、まだあるよ?」

 新たにビスケットをラフィーナに手渡している。

 どうやらビスケットを作ったのはカミラのようだ。

 カン助は、カミラにも甘えた声で鳴いている。


「……餌をくれるのなら、誰でも良いのかよ」

 俺は自分の精霊獣を、生暖かい眼差しで見た。

 どうやらカン助のヤツは、餌を与えてくれる可愛い子ならば、誰にでも愛想を振りまく節操の無いヤツみたいだ。

 一体誰に似たんだか。


 しかし、ここで何もしない訳にはいかない。

 それでは主としての面目が立たないのだ。

 俺も金色の光を出そうとするが、壊れた蛇口みたいでチョロチョロとしか出ない。  

 それでもカン助は食いついてくれた。

「フフフ。どうやら俺に一番懐いているようだ」そう言って胸を張る。

主の面目は保たれたのだ。


「カン助をどうするのですか?」とラフィーナ。

「ああ。コイツに玲奈との連絡を取って貰うんだ」カン助の意識が大体判る。

 簡単な連絡を取れるだろう。

「玲奈は未だ城にいるのかな?」

「恐らくは。作戦現場に近いのは、向こうです。

 それにテオドール殿下やレイナ様に不自由をおかけしないように、直前まで城に滞在すると思われます」

「そうか。なら――」

 俺は手帳を破り、書き出した。内容は、これからはカン助とロンとを連絡係にすることだ。


「なんて書いてあるの?」とカミラ。

「秘密の暗号だ」と、俺は何でも無いように言った。

 やはり、この国の人間は日本語が読めないみたいだ。

それなら城の人間に見つかっても問題ないだろう。

 誰も読めやしないのだから。

 メモ書きを手渡すと、カン助は宙に消えた。

 メモも消えたのだから不思議だ。

(まあ、直前まで食べていたビスケットも消えたのだから、そんな理屈なんだろう)

 深く考えるのは意味は無いみたいだ。



                ★

 夕方。俺たちは校庭で待機している。ラフィーナの前に使いの少年が来て報告をした。

「ユウト様、出発の準備が整いました」

「ああ、行くよ」

「もう一組の勇者たちは?」

「既にあちら側に居ます」

 転送陣のある塔へ向かった。厳重な鍵がかけられている。重要な施設なのだろう。

 この学園の教師らしき男性が、転送陣を起動してくれた。

 目映く輝く魔方陣。

 俺たちはその上に乗った。

 ゆっくりと景色が流れていく。

 次第に暗転して、次の瞬間には、違う部屋に出たことを理解した。

 厳めしい甲冑を着込んだ兵士たち。

 俺たちは、彼らに案内されて部屋を出たのだった。



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