第22話 パーティー結成

「キミの勝ちだ」

 とクラウスは素直に敗北を認めた。

「僕は魔力も体力も尽きたというのに、キミは自力で立てられるのだから」

 彼は兜を脱ぐと、片手を差し出した。


「いや、俺もギリギリだ」

 俺も兜を脱ぐと、右手を出す。

「事情により、小手を脱げないけれど、気を悪くしないでくれ」


「あれだけ動いて、汗一つかかないとは……。それも事情かい?」

 クラウスは、怪訝そうに訊く。俺の顔が、ただの映像だと気づいたのかもしれない

「そう。厄介な事情さ」


「成るほど。キミのことは、少し小耳に挟んだのだが、相当なのだろうね」

 クラウスは、少しだけ顔をしかめる素振りを見せたが、すぐに相好を崩した。「キミも大変だな」と言った。

 この少年は、融通が利かないみたいだけど、根は良い奴みたいだ。

「ああ。全くだ」

 何せ幽霊勇者なんだからな。


俺たち握手を交わしていると、拍手が鳴る。

「お見事です」声の主はヘンリックだ。

「荒削りですが、素質は十分以上。わたしの想像以上の強さですね」

「俺は勇者と認められたと?」

「ええ。新米勇者としては、ですけどね」と手厳しい。


「ですが、一歩前進ですよ? とても喜ばしいことなのですから」

 いつの間にかラフィーナが、俺の側にいた。彼女も我がことのように喜んでいる。


「あなた方二人ならば、今度行われる大規模な魔物討伐。遊軍として参加してもらいたいところです」

 ヘンリックは、俺とクラウスを見やる。

「それは、テオドール殿下もご参加するという、あの?」

 興奮気味のクラウス。

「そうですよ。騎士団総出となる本格的な討伐軍です」


「本当ですか、是非とも」とラフィーナ。彼女も興奮していて、参戦に前のめりだ。

「魔物がウヨウヨ出るんだろう?」

 二人が興奮していると、隣で見ている俺は、逆に冷静になる。

 騎士団総出の大規模な討伐戦。

 玲奈のパートナーであるテオドール王子も参加するという。

 俺の初陣には規模がデカすぎるじゃないだろうか。

 勝手の分からない異世界で、しかも実戦だ。

 どうなるのか判断できないぞ。


「いや。魔物も多いが味方も多い。

 王太子の出馬を飾る戦だ。準備万端ならば、下手な討伐に参加するよりも安全だろう」とクラウス。

「やけに詳しいな」

「我がブロムベルク家は代々部門の家柄だ。軍事の知識は幼少から叩き込まれているからね」

 成るほど。だからあんなに強かったのか。

 クラウスも初めから本気を出していたのなら、勝っていたのはこいつの方だったろうに。

「クラウスは参加するのか?」

「む」クラウスは言葉を詰まらせた。

「軍人の家系なのだろう? なら親父さんにでも頼んで参加すれば良いんじゃないか」

「それは、そうなのだけど……」と、歯切れが悪い。


「ブロムベルク家のクラウス殿、ではなくて「本物の勇者」としてクラウス殿を見て欲しいのでしょう?

 レイベール学園から登録されたメンバーで参戦すれば、別にポイントが加算されるのです。

 そうなれば、学園からのお墨付きを得て、晴れて勇者と認められるでしょうから」とラフィーナは説明してくれた。


「メンバー? 勇者として認められる?」知らない単語に俺は戸惑う。

「ああ、済みません。わたしの説明不足でしたね」

 ラフィーナは頭を下げると、ペンダントを取り出した。


「ペンダントの機能の一つに、魔物を倒すことより得られる功績値を、記憶するものがあるのです。

 それは人数分によって変化します。

 少人数の方がより多くの功績値を得ることが出来るのです。

 城や街の拠点に置かれている登録機にかざせば、現在得た功績値を知ることができるのです」


「おお、なるほどな」

 俺もペンダントを取り出して見つめる。

 魔物を倒した時の功績を、ポイントとして知ることが出来る。

 つまり少人数で戦ったほうが効率よくポイントを稼げるということだ。

「功績値は、騎士団やレイベール学園の生徒の方が有利に得ることが出来ます。

 そのことも、この学園に皆入りたがる理由の一つなのです」


「勲功を挙げるチャンスだ。クラウスも参加したら良いんじゃないか?」とハンス。

「勇者見習いから、本物になれるチャンスだぜ」

「それは、そうなのだが……」言いよどむクラウス。


「クラウス殿は、決まったパーティーに参加したことが無いのです」とラフィーナがそっと耳打ちしてきた。

「何故? クラウスはかなり強いと思うんだけどな」

 クラウスの能力ならば、仲間に加わって欲しいと、引く手数多だろうに。


「パーティーを組むこと。強い方から、順番に決まっていきます。

 それは実力だけではなくて、政治力や家柄も含まれているのです。

 クラウス殿の強さに見合う方たちは、既に決まっていますから」

「ああ、なるほどね」

 だから、ハンスやカミラみたいな実力はあるのだが、奇矯なヤツしか残ってはいなかったのだろう。

 勇者一人だけ強くても、パーティー全体の強さにはなりにくいのだろうから。


「後は、クラウス殿は「色々と目立つ」のですよ。良くも悪くも」

 クラウスは結構微妙な立ち位置みたいだ。

 実力は有っても玲奈のパートナーになれなかった。

 もしかしたら、王家に目をつけられているのかもしれない。


「ねえ、お願い」とカミラ。

 意外なことに彼女はクラウスの勧誘に熱心だ。


「クラウス殿の強さは確かです。

 頼りになる味方は一人でも多いほうが生き残れますからね」

 ラフィーナは微笑む。


 幽霊勇者を筆頭にはみ出しモノたちの寄せ集めパーティー。

 恐らくラフィーナもその中に入るであろう。

 そうでなければ、こんな幽霊勇者をパートナーに選ばないだろうから。

(類は友を呼ぶ、か)

 些か問題のある面子。

 だが、ここに居る面子は学園でも上位の強さなのだろう。

 ハンスにカミラ。

 二人とももっとちゃらんぽらんかと思っていたが、その辺りのことは考えているようだ。


「ラフィーナは大丈夫なのかい?」

「ええ。もちろんですわ」

 この学園にも、色々と厄介な事情があるみたいだ。

「貴族って大変なんだな」

「はい。それはもう……」苦笑するラフィーナ。

「ですが、それでも魔物と戦うことを厭うことは出来ないのです」


「この学園の生徒は、みんなそんな考えなのか?」

「はい。魔物の脅威はこの国全体に及んでいますから……」

「みんな戦う覚悟が出来ているのか」

「はい」頷くラフィーナ。

 凜とした顔つきだ。怖がっているようにも見えない。

 それと、ただ単純に手柄を立てるために喜んでいるようにも見えない。


「戦えば、誰かが傷つくかもしれないし、怪我だけで済まないかもしれないんだぜ?」

 俺は肉体を持たない幽霊勇者だ。

 換えの甲冑さえ有ればどうとでもなるし、首元の護符が無くなっても地縛霊になるだけだ。

 直ぐにはどうこうなることも無いのだ。

 だが、ラフィーナたちは違う。柔らかい生身の肉体だ。


「それが聖女として。貴族としての務めですから」

「……戦って死ぬこともあり得るのにか? それさえも受け入れていると?」

「はい。それに、ここで頑張ればわたしの野望に一歩近づきますからね」

 ラフィーナは、微笑む。

 俺は「マジかよ」と思い、彼女を凝視した。

 ふと見ると、彼女の指先が少し震えているのが見えた。

 今、軽口を叩いたけれど、やはり実戦は怖いのだろう。


 他の面子を見やる。

 ハンスやカミラも難しそうな顔をしているが、誰も戦いに加わることに意義を唱えない。

 みんな本気なのだ。腹が据わっている。

(いや、覚悟を決めているのか)

 ノブレス・オブリージュ。

 ――仕方ない。俺も覚悟を決めよう。


「クラウス。俺からも頼むよ。

 頼りになる仲間は多いに越したことはないからな」

「ああ。わかったよ」

 クラウスは、一つため息をついたが、その後ニヤリと笑った。


「やった」クラウスの腕にしがみ付くカミラ。

「ちょ、待ってくれカミラ女史」

 照れるクラウス。よく見ると、カミラの豊かな胸がめり込んでいる。


「ふぬぬ。オレも頼む」とハンスが右手を差し出す。

 だがカミラは、人差し指で、ハンスの手の甲を軽く撫でるだけだ。

「異議あり。差がありすぎる」

「キミはそれでちょうど良いよ」と舌を出した。


これで五名のパーティーとなった。

 前衛二人と後衛が三人だ。さっきよりもバランスが良くなったと思う。


「あー」コホンと咳払いをするヘンリック。

「では、君たち五名のパーティー登録をしておきます。

 その上で討伐軍に参戦する、それで構いませんね?」

 俺たちの顔を見やる。誰も異論は出なかった。


「話は前後しますが、今度の討伐軍には、レイベール学園にも出撃要請が来ています。よって学園としての参加が決定しているのです。

 上級生から選ばれた者が三十名です。

 実戦経験を積むという意味が大きいですね。

 最前線に赴くことはありませんので、その辺りは安心してください」

 一同安堵の笑みが浮かぶ。


「参加する三十名の内訳。

 主に補佐に徹してもらうのですが、二組の勇者及び聖女のパーティーは別です。

 貴方たちは、それなりに手強い魔物に狙われるやもしれません。

 特にユウト殿とラフィーナ殿。心してくださいね」

「ああ、了解です」「はい、分かりました」俺とラフィーナは頷いた。


「貴方たちは五名は遊軍として、第二軍に加わってもらいます。

先ほど申した通り、学園にいるもう一組の勇者と聖女。

 彼らと協力して魔物を討伐してもらいます」


「了解です」と緊張気味のカミラ。

 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は、無い。真剣そのものだ。

「騎士団も参戦するのです。そう緊張しないでください。

 貴方たちの役割は、騎士団の補助ですから。

 無理をせずに今まで学んだことを守れば十分に乗り越えられると信じています」

 ヘンリックはカミラを見て、優しそうに微笑む。


「ただし、油断は禁物です。

 獣型の魔物の他にも、人型の魔物がいます。

 彼らは、悪魔と別区分されています。強さは段違いです」

「人型の魔物。出るのでしょうか?」と心細そうなカミラ。

「今のところ目撃例はありません。

 恐らくは獣型だけだと思われますが、亜人型の魔物の報告例は、少なからず有ります。

もし遭遇したのなら、逃げなさい」ヘンリックの表情は厳しいものに変わる。

「初陣で戦うには危険過ぎる相手ですからね」


                 ★

「討伐軍に参加出来る。これは光栄なことでもありますよ」

 ラフィーナは凄く嬉しそうだ。

「……俺は話しが進み過ぎて目眩が起きそうだ」

 まあ、目眩なんて起きないけれど、いきなり大規模な作戦に加わるなんて想像していなかった。

 もう少し雑魚と戦って慣れるのだと思っていたのだから。


「不安ですか? クラウス殿との決闘を拝見しましたが、十分に戦えていたと思いますが」

「まあ、思っていた以上に動かせたかな」

 甲冑の身体に不安はあったのだが、本当の身体よりも動いてくれた。

 そのことは嬉しい誤算だった。

 ああ、甲冑といえば……。

「ああ。ラフィーナ。甲冑の補修はどうなるのかな」

「軍には鍛治職人もいますから、簡単な補修を受けられます。

 不安なら予備の部品も携帯しておきましょう」


 やはり大きな軍隊となれば、色々な裏方の人たちがいるみたいだ。

 修理の心配はなさそうだ。

「鍛冶職人か」本職の人がいれば、色々とカスタマイズしてくれるかもしれない。

「俺の甲冑の色を変えられないのかな」

「色、ですか。どのような色が、お好みなのですか?」

「黒、だな」俺は即答した。


「勇者が黒なのはどうかと思いますよ。

 大抵の方は白を基調とするのですが……」

「フッ違うんだな。黒は俺のパーソナルカラーなのだから」

 俺はニヤリと笑い、腕組みしてラフィーナを見た。

 何故だか彼女の笑顔が強ばる。


「他の色はどうでしょう?」と、ラフィーナの提案。

「紫、だな」と俺は迷わずに言う。

「はあ」

「理想は、黒を基調としていて、差し色が紫かな。

 ああ、太ももだけは明るい灰色でもかまわないよ」

「なんのこだわりなんですか」

 と、あきれ顔のラフィーナ。少しばかりジト目になっている。


「パーソナルカラー。良い響きだ」

 と、頷くハンス。やはりコイツは判る男のようだ。

「ラフィーナ嬢。オレは緑で頼むとしよう。もう少し深い緑がオレには似合う」

 いつの間にか、ハンスはかなりやつれた胸当てを小脇に抱えていた。

 確かにそろそろ新調した方が良さそうだ。

 もしかして誰かさんの懐を当てにしているのだろうか……。


「カミラさん」ラフィーナは低い声で友人を呼ぶ。

「はーい」と元気なカミラ。

「何か緑色の液体はあるでしょうか? それを頭からかけてあげましょう」

「あるよ。とっておきがね」と小走りで何処かへ向かう。


「え。今のは、冗談だ」と弱気になるハンス。

「はーい、お待たせ」

 カミラは満面の笑みを浮かべながら、凄い匂いのする薬品を持ってきた。

「お、おいそれはっ!」

 ハンスは顔を真っ青にして逃げ去ったのだった。


◎読んでみて面白いと思っていただけたなら、フォロワーと応援を宜しくお願いします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る