第21話 決闘

既に舞台上には、クラウスがいた。

 淡いブルーの甲冑を着ている。

 小手、膝当て等々を一式着用していて、右手にはロングソード、左手にはカイトシールドという出で立ちだ。


 対する俺の装備は、右手には斬馬刀、背中にラージシールドを背負っている。

 俺の剣術のベースは剣道なので、両手剣の方がやりやすい。

 盾はいざという時の保険みたいなものだ。

(決闘か、少し緊張するな)

 幽霊なので、心臓はない。だけど不思議なことに脈が速くなった気がするのだ。


 気持ちを落ち着かせために、俺は目をつむる。

 「幽霊に目なんてあるのか」と自分でも不思議に思うのだけれど、「ある」としか言えない。

 目があるというイメージ。身体があったときの名残なのだろう。

 感覚としては、俺には身体があり、動かしているのだ。


 まあ、本来の身体とは「サイズの違う」甲冑を動かせるのだから、結構いい加減だ。

 魂とはむき出しの心や意志の固まりみたいなものだと、こんな状態になったことで悟った。


 映画によく出るゴーストみたいに、簡単に憑依出来ればトリッキーな戦い方が出来るだろう。

 その場合は、襟元にある護符をどうにか付け替えればならない。

 護符が無ければ地縛霊に逆戻りだ。

 甲冑以外に憑依するのはリスクが高くなりそうだ。


 それに甲冑のままの方がメリットが多いだろう。

 人型の方が何かと身体を動かし易いし、剣術もそれなりに扱える。

 甲冑のままの方が、俺にとってはメリットが多いだろう。



「決闘の儀式、仮面を脱いだらどうだ」

 と、クラウスは忌々しそうに俺を見てそう言った。


「ああ、悪い」

 俺は兜を脱いで「顔」を見せた。

 早速チョーカーが役に立った。


「流石、大貴族様の後ろ盾があると、横柄なものだね」と、クラウスは嫌みを言う。 

 不機嫌なことに加えて、結構根に持つ性格みたいだな。

 だけど、俺が幽霊だとは、バレてはいないようだ。

 俺は再び兜をかぶる。


「決闘のルールを説明しましょう。

 二人にはプロテクトの魔法を、頭部と胸部にかけています。 

 致命傷は防げますが、手足の負傷等、完全に防ぐものではありません。

 また、闘技場に張られている結界により、魔法はレベル三までしか発動しません。 

 ですが、魔法の連続使用及び重ね掛けは可能となっています。


 決闘の決着は、相手の失神か降参のみ。

 不慮の事故も、相手側の敗北となります。

 さあ二人とも、準備はよろしいですかな」

ヘンリックの説明が終わると、彼は俺とクラウスの顔を見やる。


「ああ」「了解しました」俺たちは同意する。

「では、始めましょう」

 一騎打ちの立会人を請け負ったヘンリックが、高く手を挙げて、それを合図とした。



「さて、やってやろうか」

 俺は斬馬刀を勢いよく振り回して、構えた直した。

 剣道でいうところの上段の構えだ。

 俺は試合では補欠だった。

 神代学園の剣道部は、それなりの強豪なので部員は多い。だから補欠でもそこそこはやれると思う。

 偶にサボるけれど、それなりに真面目には、剣道に取り組んできたつもりである。


 クラウスの強さはどの程度なのか判らない。

(この学園でも上位の強さか)

 異世界の剣術、それと魔法も組み合わさった攻撃である。

 油断は禁物だ。俺は慎重に間合いを測る。


「ふん。構えぐらいは出来るのか」

 とクラウスは不敵に笑う。自分の力量に自信があるのだろう。

 クラウスは身構えると、魔法を詠唱して自分の周囲に握りこぶしほどの石を集めた。

 それらはクラウスを守るように縦横無尽に動く。

 石のバリアみたいだ。


 収縮したり広がる石が、俺の視界を妨げる。

 俺がそれに気を取られているうちに、クラウスは一気に間合いを詰めてきた。


「右だ。防ぐといい」とクラウス。

「くっ」俺はとっさに斬馬刀を構える。

 鋭い一撃。

 防ぐのがやっとだ。そんな攻撃が、二度、三度と続く。

 不慣れな甲冑の身体に加えて、扱い慣れていない得物。

 どうにも防ぎきれない。

(コイツ、口先だけではないようだ)


 甲高い金属音が闘技場に鳴り響く。

 このままではジリ貧だ。俺は反撃を試みる。

 斬馬刀を大きく振りかぶり、一息に振り下ろした。


 ヒュンという風切り音。

 鋭い一撃なのだが、斬馬刀故に如何せん大振りである。

 クラウスは苦も無く避けるのだった。

 それでも、威嚇にはなったようで、クラウスは、俺の前には決して立たずに死角から攻撃を仕掛けてくる。


 ロングソードによる鋭い突き。それが首元に命中する。

 喉仏だ。

(クラウスの野郎容赦しないな)

 少しは手加減しているのだろうが、下手すれば死んでいたんじゃないか。

 喉周りには鎖帷子が守っているし、プロテクトの魔法も効いていたようだ。

 ロングソードは鎖帷子を貫通しなかったようだ。

 生身の身体ならば、悶絶する一撃なのは間違いない。


「ぐっ」俺はたまらずに、大きく後ろへ仰け反った。

 甲冑に憑依している俺には、生身の身体が無い。

 だが、それでも動きが止まってしまうのだ。

 喉元のダメージは、単なる気のせいだ。過去に練習試合で喰らった時のイメージをなぞっているだけに過ぎない。


(落ち着け、落ち着けよ。

 痛みなんて、まやかしだ。意識をもっと鋭く持て)

 時間稼ぎのために、ラージシールドを左手に持ち直し、身を守ることに専念する。

 甲冑越しに伝わる「痛み」が減り、動揺が収まる。

 少しずつ心に余裕が生まれる。

 意識を集中させる。

 周囲の音が消えていく。雑念が消えるのと同じく、痛みも引いていく。


「む」訝しむクラウス。彼は用心して間合いを取った。


 俺はどうにか体勢を整え直す。

 剣の腕前は、明らかにクラウスの方が上である。

(流石に学園でも上位の腕前だな)

 扱う得物は違うけれど、インターハイ経験者である先輩と同等以上の強さだろう。

 試合では、決して勝てない相手である。


(そう。試合ならな)

 先に身体の部位に当てて、ポイントを取り合う試合ではなくて、負傷しても戦いが続くのであれば「相打ち」でもかまわない。

 「避ける」という行動を無視すれば、クラウスの攻撃に合わせられることも可能だろう。


 先ほどの攻撃を喰らって確信した。

 俺には「肉体的」なダメージは与えられない。

 恐らくダメージを与えられるのは、俺より強力な聖属性の魔力のみだ。


 クラウスのヤツは、俺の身体のカラクリに気づいてはいないようだ。

「よし幽霊勇者の戦い方を見せてやろう」

 ラージシールドを再び背中に収めると、両手で斬馬刀を握り直した。


「ふん。そんなへっぴり腰で!」

 クラウスの猛攻が再開された。

 クラウスの鋭い攻撃が、俺の左側面を襲う。

 弾かれる手甲。変な方向に曲がってしまう。

 だけど、俺は右腕一本で斬馬刀を握りしめ、クラウスめがけて勢いよく振り下ろした。


「くっ」

 クラウスはとっさに石のバリアを収束させて、回避を心がける。

一撃目を辛うじて回避した。


 だが、俺は返す刃で逆袈裟で振り上げる。

 俺の斬馬刀は、クラウスの右脇腹目がけて思い切り振り上げた。

 強烈な一撃は、クラウスが展開させる石のバリアを難なく消し飛ばす。


 ゴキン。

 車が、何処かにぶつかったような鈍い音。

 クラウスは、ボールのように吹っ飛ぶ。

 鎧を着た人間が、優に十メートルは飛んでいったのだ。


「あ、おい」

 俺は思わず声をかける。

 補助魔法とやらは、効いているよな。想像以上に吹き飛んだからだ。

 まあ、大質量の斬馬刀を、高速でぶち当てたのだから、無事では済まないのだろうけれど……。

 想像以上の威力だ。

 斬りつけた俺自身も驚いてしまった。


「大丈夫かよ」

 俺は動かないクラウスに駆け寄る。

 流石に殺したり、再起不能に追い込むほど憎んではいないのだ。

 俺はクラウスを起こそうと右手を差し出した。


「ぐ、ううう」

 呻くクラウス。どうにか生きているようだ。

「くっ、この馬鹿力め」

 俺の助け出した手を払い、蹌踉めきながら起き上がるクラウス。


「まだやるのか?」そう俺が訊くと、

「当たり前だ」言い切るクラウス。

 まだ少しふらついているが、大きな怪我は負っていないようだ。

 右手から緑色の光り。

 恐らく治癒魔法だろう、クラウスの顔色が良くなっていく。


「君が実力不足だと思い、侮った言動について謝罪しよう」

 クラウスは律儀に頭を下げた。

「だけど――」クラウスは大きな深呼吸を吐く。

「僕も全力を出していないからね。これからは本気でいくぞ」


 気を取り直したクラウスの立ち回りは、至って慎重である。

 必要以上の接近戦は不利だと悟ったようだ。中距離からの魔法を使ってきた。

 散弾銃のように回避できない数の、石つぶて。それらが次々と、俺の身体に命中していく。

 石つぶては、絶える気配が見えない。


プロテクトの魔法越しに、少しずつダメージが蓄積していく。

 やはり、痛みは全く感じない。

 借り物の身体なので、神経なんて通っていないからだ。

 意識を遮断することで、痛みに怯むことなく身体である鎧を動かすことが出来るからだ。

 俺は、五月雨のように降り注ぐ石つぶてに怯むことなく、クラウス目がけて駆ける。


「こ、こいつは」

 焦るクラウス。俺の動きを止められないと判ると、今度は石を収束させて、岩の盾へと変化させる。

 六枚の盾は不規則に浮かびつつ、俺の動きを邪魔する。

 視界が妨げられて、クラウスが何処にいるのか判らない。


「くそっ、邪魔だ」

 俺は岩の盾を斬馬刀で切り裂く。ドロリと溶け落ちる。

 岩は崩れ、砂に変化した。

 砂が青白く光る。

「う」

 砂は俺の身体に纏わり付き、動きを鈍らせる。

 魔法が加わっているためだろうか、憑依して得た馬鹿力では振りほどけない。


 俺の動きを止めている間に、クラウスは次の行動に移っていた。

 俺の頭上に岩が集まる。巨大なハンマー。

 周囲の魔力がクラウスに集まっていくのが、俺にも判る。


「僕のとっておきだ。降参するなら今のうちだよ」

 クラウスは不敵な笑みを浮かべる。この魔法に相当な自信があるのだろう。


「誰が」

 俺も言い返す。

 だが、身体の自由を奪われてしまい、かなり不利な状態だ。

 そこへ――

「カー」

 ひょっこりとカン助が姿を現したのだ。


「ん? お前今まで何処にいたんだよ」

「カー」カン助は暢気な声で鳴く。

「コイツ、主人のピンチに緊張感の無い声出しやがって……」


(あれ?)

 俺は唐突に、周囲の視野が広がるのを感じた。

 別に今までの戦いも「目」だけに頼っていたわけではない。

 だが、甲冑の構造に縛られてはいた。

 兜のスリットが「視界」を妨げていたのだ。


 だけど、カン助の能力が加わることで、見ることの「幅」が広がったのだ。

 少し一歩引いた映像。ゲームで例えるならば、三人称視点のFPSという感じだろう。

 俺たちの周囲にある薄い靄。これがマナなのだろう。

 カン助が顕現したおかげで、マナの動きが見えるようになった。

 あのとき、黒い魔物に対して無我夢中で放った一撃。

 その大元となる力の流れが、少しだけだけど、ハッキリと見えるようになったのだ。


(この力を使えれば……)

 俺は意識を集中させて、マナを斬馬刀に集められるか試してみた。

 ボンヤリと輝く斬馬刀。あのときとは比べるまでもないほど弱い力。

 だけど、自分の意思で扱える。


「これならば……」

 俺はクラウスを見やる。

 ヤツも俺のマナの扱い方が上手くなったことを理解しているようで、先ほどまでの余裕は見られない。

 勝機が訪れた。

 対するクラウスは、まだ魔力を収束させるのに手間取っているようだ。

 クラウスも強力な魔法を放つだけの魔力は不足しているのだろう。

 マナを魔力に変換させることに手間取っているみたいで、魔法のハンマーに魔力が集まる速度は遅いみたいだ。


 マナの扱い方。この辺りは俺の方があいつよりも上手みたいだ。

 斬馬刀に薄らと黄金の輝きが宿る。

 砂の束縛を切り裂く。


「くっ。束縛魔法を強制解除しただと?」焦るクラウス。


「おい、クラウスよ」俺は斬馬刀を振りかぶる。

「全力で防げよ?」


「う」クラウスは大慌てで、岩の盾を自分の前に展開させる。


「そらっ」

 俺は淡い金色に輝く大剣を振り下ろす。

 五枚の岩の盾を容易く切り裂き、最後の盾の半分以上を切り裂いた所で、大剣は動きを止めた。


「むぐぐ」

 必死に食いしばるクラウス。

 だが、力なく石畳に倒れ込む。魔力を使いすぎたせいだろう。


 俺も力の殆どを使ってしまい。片膝をついた。

 双方ともに動きが止まってしまう。


 俺は蹌踉めきながらも立ち上がる。クラウスはまだ起き上がれない。

 俺はクラウスを見下ろした。


 クラウスは力なく首を振ると、

「参った。降参だ」兜を脱いで敗北を認めた。


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