第20話 八つ当たり
仏頂面の少年が、俺の行く手を塞いでいる。
名前はクラウス。
勇者見習いで、本来ならば玲奈のパートナーに選ばれるはずだったのだが、政治的な理由で除外されたと噂されている。
彼の背丈は、本来の俺よりも少し高い程度だろう。
引き締まった体つきは、相当鍛錬を積んでいる。
そのことは、制服を着ていても推察できるのだから。
しかも、少し童顔のイケメンだ。
これは女生徒が放ってはおかないだろう。
(ハンスといい、コイツといい、この学園の男子生徒は顔の良い連中が多いよな)
俺は妙な感心を抱いてしまう。
そんな二枚目には似つかわしくない顔で、クラウスは俺を睨み付けてくる。
相当頭に来ているのだろう。
「いきなり勇者候補だと言われて、はいそうですか、と簡単に納得出来ない」
クラウスは、苦虫をかみつぶしたような顔で言う。
「我らの苦しい特訓は、一体何だったのだ」
「推薦状ならば、ここに」とラフィーナは封書を見せた。
直ぐに中身を確認するクラウス。
「学園長のサインも書かれている。ふん、本物か」
クラウスは、ブツブツ言いながら、紹介状を穴が開くほど凝視している。
何処かが破綻していないか入念に調べているようだ。
「やけに突っかかるな」俺は隣にいるラフィーナに話しかける。
「レイナ様のパートナーに選ばれなかったのが、不服なのでしょう」
「でも、相手は王子だったろ」
「クラウス殿の実力は、テオドール王子と同等……。
いえ、もしかしたらそれ以上の実力者です」
なるほど。実力は確かなのか。
「それが、政治的な思惑ってヤツなのか」
「はい」
「へえー。ま、相手は王子様だからねえ」
ただ、比較される相手が王子では、玲奈のパートナーに選ばれるはずはない。
そして、今回も何処の馬の骨だか判らないヤツが、自分よりも格上の勇者だと認められて、完全に頭に来ているのだろう。
コイツの境遇には同情するが、俺に絡んで来るのは、完全に八つ当たりである。
――だけど。
(俺や玲奈の意思なんて関係なく勝手に話しが進んでいく、この国のやり方が気に食わない)
俺たちだって無理矢理召喚されて、勇者や聖女なんて柄にも無いことをやらされているのだ。
コイツが俺に八つ当たりするのなら、俺もコイツに八つ当たりしてやろうか。
「なあ、ラフィーナ」
「はい、何でしょう」
「クラウスと、試合をしたいのだけど、出来るかな?」
「え、試合ですか。場所はありますが」
「コイツは、自分が納得するまで、俺に言いがかりをつけるぞ」
「ですが、クラウス殿の実力は確かですよ? 勝算はかなり低いと思います」
(低いか。無いとは言わないんだな)
ラフィーナの口ぶりだと、俺がクラウスに勝つことは、不可能ではなさそうだ。
「そうか。なら試してみようか」
「なあ、クラウスよ」俺は話しかける。
「……何か用か」思考を中断されて、更に機嫌が悪くなっている。
「お前は、俺の実力が無いから頭に来ているのだろう?」
「ああ、そうだ」クラウスは大きく頷いた。
「ならば、確かめて見れば良い。俺が勇者に相応しいかどうかをな」
「ほう。それは良い考えだ」
「クラウス殿。闘技場での一騎打ちは如何でしょうか」とラフィーナ。
「一騎打ち、決闘か。
……ふむ。良いだろう」
クラウスも同意した。
ラフィーナが闘技場の使用許可を貰ってきた。
立会人兼付き添いの教師は、先ほど学園長室にいた若い男だ。
名前はヘンリック。
聖堂騎士で、レイベール学園では教官を務めている。
「クラウス君が相手ですか。
ユウト殿から言い出したならば、彼に勝つ自信があるのですかな?」
ヘンリックは興味深そうに訊いてきた。
「まあ、少しは」
「良いでしょう。わたしも、君の実力を見てみたいと思っていたのですよ」
ヘンリックはニンマリと微笑む。彼も俺の実力を確かめたいのだろう。
闘技場。ここでは、魔物に見立てた獣と戦ったり、生徒同士での一騎打ちや集団戦闘を学ぶ場所である。
強固な支援魔法をかけることにより、生徒たちの安全性を高めている。
俺とラフィーナは、生徒たちの控え室へ向かった。
そこには武器や防具が並べられている。
俺は既に甲冑を着ているので、鎧は必要ない。要るとすれば盾だろうか。
「まずは武器を選んでからだな」
弓は使ったことがない。
クロスボウや短弓もあるのだけれど、使ったことのない武器を選ぶのは得策ではないだろう。
「それじゃあ、剣にするかな」
武器は西洋式の物ばかりで、刀は無い。
ロングソードや槍が一通り並べられている。
その中に、興味をそそられる武器が立てかけられている。
「これは良いかも」
俺は大剣の前で立ち止まる。いわゆる斬馬刀だ。
イメージとしては、もっと大振りの方が良い。
例えるならば、「それは剣というにはあまりにも大きすぎた」というヤツだ。
だけど、そんな誰もが扱えない武器は、ここには置かれていないようだ。
「ラフィーナ、俺はこれを使ってみるよ」
俺は大剣の柄に手を添えて、ヒョイッと持ち上げて見せた。
それから軽く振ってみる。ヒュンという風切り音。
「ふむ」
思った通り「重さ」を感じない。
この身体、甲冑に憑依して判ったこと。
それは重量を感じないことだ。
本来の俺は、こんな重装備を着込んで自由に動けるほどの、筋力も体力もない。
元の身体では到底着こなせない重さなのに、魔力が続く限り動かせるのは、非常に有利な点である。
盾も片手で軽々と持てる。
リーチの長い斬馬刀と大盾。この二つがあれば、どうにか戦えそうだ。
ラフィーナも驚いた素振りを見せない。
彼女は、俺の身体の秘密を知っていたのだろう、満足そうに頷く。
「ユウト様は、剣術の心得があるのですね」
「囓った程度だけどね」
「参考までに、召喚獣を使いこなすことが、クラウス殿に勝利する鍵となります」
「ああ、あのとき魔物を倒した一撃か」あれは偶々というか、マグレと言うか……。
期待に満ちた目で俺を見るラフィーナ。彼女はどうも俺を過大評価しているみたいだ。
「まあ、どうにかしてくるよ」
俺は斬馬刀を肩に担ぐと、決闘となる舞台に上がるのだった。
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