第19話 不機嫌な勇者見習い

「それでカミラさんは、ハンス殿に何を飲ませたのですか?」

 と強い調子で詰問するラフィーナ。


「えっとね。ハンス君が、珍しい薬草を採ってきたんだ。

 それで、ピーンときちゃてさ、新薬を作ったんだよ」

「少し調合配分を間違えちゃったけどね」テヘッと片目をつむり、ウインクした。

 思いつきで作った薬品を知人に飲ませてしまう。

 失敗を笑って誤魔化すという、相当質の悪いタイプだ。


「こちらが成功したヤツ。ハンス君、これは自信作なんだ。飲んでみてよ」

 と微笑みながらお願いするカミラ。

「……今、とんでもない目に遭ったばかりなんだが」

 と不審がるハンス。


「お願いだから、ね」

 と、カミラは豊かな胸をハンスの左腕に押しつけた。

 渋い顔をしていた、ハンスの顔つきが、ガラリと変わる。

 鼻の下を伸ばして凄く嬉しそうだ。

「むう。良かろう」

 ハンスは、カミラからポーションを受け取ると、漢らしく一息に飲み干した。


「お前たち、凄いな……」

 流石の俺も呆れながら、ハンスとカミラを見やる。

「失敗するフラグ・前振り」これはお約束の展開にしか見えないのだが……。


「こ、これは力が漲るぞおおおっ」

 ハンスの眼が、カッと見開かれる。

 ただし、焦点は定まってはいないようだ。


「……おい。そいつ、目が逝ってるんだけど」

 俺はカミラを見やると、

「あ、アハハッ」と照れ笑いをするカミラ。

「おかしいな。筋力、俊敏性、動体視力が大幅にアップ!!

 更に更に、滋養強壮効果のオマケつき!

 ボクの自慢の逸品なんだけどな……」カミラは首を傾げる。


「まっ、平たく言えば、一時的に狂戦士になるポーションなんだよ!

 ちょっと想像とは違うみたいだけどね」

 と、胸を張る。

 コイツ開き直りやがった。


「ひひゃひゃ。効くぜ、こいつは効くぜ。

 最高に「ハイ!」ってヤツだアアアアアアハハハハハハハハハハッ」

 ハンスは、どこかの悪役みたいな台詞をのたまう。


「狂戦士と言うよりも、ただの危ないヤツじゃないか」

 俺の見る限り、確かにハンスのオーラは強化されたみたいだ。

 だけど、本能丸出しというか、理性を制御出来ているのだろうか。

「あ。効果は一時的なものだから、安心して良いよ。「試作品」だから、見た目だけなんだ」

「本当かよ」

 効果を抑えてこれならば、確かに凄い効能のあるポーションみたいだ。

 カミラの薬師としての腕前は確かなのかもしれない……。


 喚くハンスを尻目に、ラフィーナとカミラは話し出した。

 もちろんカミラが詰問されているのだけれど……。

 ハンスを心配しているのは、俺だけのようだ。

 どうやらハンスの扱いは、これが平常運転のようだ。


(ん?)俺は疑問に思い、カミラを見やる。

「……お前「試作品」と言っていたが、先ほどのポーションは自慢の逸品なんじゃないのか?」

「アハハまだ、人間での臨床試験は終わっていなかったけどね。

 計算上は凄い効果があるのは間違いないんだよ、キミも見ていたでしょ?」

 と舌を出す。

 「失敗は成功の……グホッ」

と、カミラが言い終わる前に、ラフィーナの鋭い手刀は、カミラの延髄に炸裂した。 

 ラフィーナの堪忍袋の緒が切れたみたいだ。

 目を白黒させて、膝から崩れ落ちるカミラ。


「……おい。延髄は拙い」俺はラフィーナをなだめる。

 そこは人体の急所なんだぞ。下手したら俺と同じになってしまうんだが……。

「大丈夫です。この子にはコレくらいが丁度良いのですよ」

 と、ラフィーナは笑顔で俺を見る。目は笑っていない。

 綺麗で壮言、そして怖い笑顔だ。

 美少女の本気の殺意かもしれない。

「それに――」ラフィーナは可憐な微笑みを浮かべて、

「聖女の回復魔法は万能ですので」と、自分で言い切った。


 ラフィーナは、テキパキと魔法を唱え、カミラを回復させてみせた。

 回復魔法の腕前は確かなようだ。

(だけど……)

 それは、とある有名な物語の主人公のための言葉なんだぜ。

 ラフィーナの場合、もう少し謙虚さを加えても良いのではないだろうか。

(まあ、回復魔法をかけてやるだけマシなのだろうけどさ)


「いてて、ラフィーナちゃん少し手加減してよね」

 カミラは、涙混じりでラフィーナを睨む。

「十分にしていますよ」と、ジト目のラフィーナ。

「医学の発展には、必要な犠牲だったんだよ」

 カミラは、やれやれとばかりに肩をすくめて見せた。

 それを見て、イラッとしたラフィーナは、再び手刀を振り上げようとする。


「安価で効果の高いポーションが量産されれば、魔物に苦しむ人は助かる。

 これはこの国の早急の課題なんだよ?

 一般の人たちが弱い魔物に対抗する力があれば、被害は減る。

 そしてラフィーナちゃんはたちの仕事は激減、ボクはパテントで儲かり、それを元手に更に効果の高いポーションを作れる。

 正に好循環で、三方良しなんだから」

 カミラは胸を張る。


 言っていることは、至極真っ当に聞こえるんだけど、行動がアレだ。

 わざとドジっ子を演じている?

 可愛い見かけとは違い、かなりマッドな性格みたいだ。

 まあコレで、真性のドジっ子よりはマシなのかも知れないけれど……。

 どっちもどっちなのか?


「はああ」と盛大なため息を吐くラフィーナ。美少女が台無しである。

「相変わらずですね、貴女は」

「ははは。それほどでも」と笑って誤魔化すカミラ。


 それと、薬の効果が切れて廃人のようにうな垂れているハンスにも、ラフィーナは回復魔法をかけてあげた。


「おい大丈夫か?」俺は、まだ焦点の定まらないハンスに声をかける。

「大丈夫だ。問題ない」ハンスはニヤリと笑いサムズアップする。

 初対面の鎧男にこのノリ。やはり、アイツを思い出させる。

(こいつとは馬が合いそうだ)

 これで、弓術のスキルが確かならば、頼もしい仲間になるだろう。



 コホンとラフィーナが可愛らしい咳払いをした。

「お二人とも、人格はアレですが、すこぶる腕は立ちます。

 そこはわたしが保証いたしますわ」

 と、ラフィーナは断言した。

「そ、そうだな。確かに個性的だよな……」

 性格は実に個性的だが、先行き不透明な俺とラフィーナの旅路に同行してくれるのだ。ラフィーナがそこまで言うのだから、腕は立つのだろう。


(魔物との戦いを臨むのならば、人手は多いに越したことは無いからな)

 二人とも、ラフィーナには頭が上がらないようだ。

 この際贅沢は言えないのだが……。

(もう少しまともな人格をしたヤツが欲しいぞ)

 戦闘での、フレンドリーファイアは勘弁してほしいのだ。


「ラフィーナ、他に仲間になってくれそうなヤツはいないのか?」

 俺は小声でラフィーナに言う。

「ユウト様の心配はもちろんですが、優秀な人材は引っ張りだこですから……」

 と言いよどむ。


「何だよラフィーナちゃん、ボクとキミとの仲じゃないか。何を心配しているのさ」と不機嫌な声のカミラ。

「そうですね、多すぎて何から話せばよいのか心配になってしまいます」

「うー」

「ユウト殿は、どんな仲間が欲しいのだ」とハンス。

「ユウトで良いぜ。俺もハンスって呼び捨てるからさ」と前置き、

「そうだな、俺と一緒に前衛を張れるヤツが欲しいんだ」

 RPGでは、守備力の高い盾役があれば、パーティーの耐久力は上がるからな。

「まあ、贅沢は言わないよ」

 今の状況では、白い悪魔がどうとか言っていられない。

一緒に戦ってくれるならそれで良い。強いヤツは引っ張りだこみたいだから。


「うーん。なら、クラウス君ならどうだろう?」とカミラ。

「え、アイツをか? 拙いぞ、今は……」と訝しげなハンス。

「今は厳しいのではないでしょうか」と否定的なラフィーナ。


「知り合いにいるのか?」と俺は、ラフィーナに訊く。

「ええ。優秀な生徒ですよ」

「なら、パーティーに加わってくれるか尋ねてくれないか」

「そうですね。頼むのは良いのですが、今は……」と歯切れが悪い。


「訳ありなのか?」ラフィーナは無理だと見た俺は、カミラを見やる。

「そうだね。まあ、訳ありだね」肩をすくめる。

「勇者選抜で、王子様に負けちゃったからね」


「そう。しかも依怙贔屓でな」ウンウンと頷くハンス。

「……ユウト様には言いづらいのですが、レイナ様のパートナーになられた方です」

 と、歯切れの悪い口調のラフィーナ。

「ああ、そうか。そう言えば玲奈も言っていたな」

 俺は玲奈のパートナーが、この国の王子であることを思い出した。


「聖女様を知っているんだ」とカミラ。

「ああ。同じ異世界から召喚されたんだ」

「そっかあ……。

 クラウス君の実力は、テオドール殿下と同等、若しくは上なのではと、生徒たちから言われていたんだよ」

「それなのに、選別も受けずに聖女様のパートナーに選ばれたんだ」

 とヤレヤレと肩をすくめるハンス。彼も納得していないようだ。

「大人の都合ってヤツか」

 そう言えば、聖女ならば、王子の花嫁にするとか言っていたっけ。


「そう。それで、クラウスはふて腐れているんだ。

 勇者見習いのままで、勇者とも認められていない。

 なのに、ユウトは簡単に勇者だと認められた。

 そんなタイミングで、ユウトがノコノコとクラウスの前に、顔を出したら……」

「ああ。気分悪いよな」

 絶対に仲間には加わってくれないだろう。



「勇者とはお前のことか?」と誰かに呼び止められた。

 振り返る。

 そこには無愛想な顔をして、腕組みして、廊下のど真ん中で、仁王立ちしている少年がいる。

「クラウス殿」とラフィーナ。


 そいつが、件の勇者見習いのようだ。


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