第17話 レイベール学園

 ――馬車の中にて。

 ラフィーナの家の馬車で、レイベール学園まで向かうことになった。

 初めのうちは物珍しい風景を楽しんでいたが、二日もすれば飽きてきた。


 街といっても日本に比べると、大きな地方都市よりも小さな規模の街しかない。

 更に小さな町と多くの村々。

 のどかな田園風景が続くのだが……。それも流石に見飽きた。

 日本の地方の街の方が、特色があって面白いのだ。

 一言で言えば田舎だ。


 だからラフィーナは、俺が退屈しないように、興味を引く情報を教えてくれた。

 魔物のこと、聖女関連の出来事や聖なる力の扱い方の説明などだ。


 やはり俺が強くなることが一番の近道みたいだ。

 異世界人である俺の魔力は大したことはないようだ。

 一般市民より少し多い位で、貴族より相当少ないらしい。


 逆に、俺たち異世界人は、マナの存在を感じやすいと言われている。

 マナとはこの世界に自然と存在する魔力のことだ。

 この世界の人間が、マナを使うには、俺たち異世界人より一手間不意にかかってしまうようだ。

 だから、俺が強くなるには、心を鍛えること。

 この世界の空気、周囲に顕在するマナを使いこなすことが良いとのこと。

 俺には、時折だけど朧気に見える、小さな光の粒子のことのようだ。


 人間の魔力よりも、周囲に在るマナの方が圧倒的に多い。

 だから、マナの小さな光の粒子を集め、黄金の魔力として扱える者。

 ――すなわち勇者や聖女は、それだけ強いと言うことだ。


 ただ、この世界の人間が有している魔力の方が、研究は進んでいる。

 そのため、色々と使い勝手が良い道具を作れるようだ。

 魔物から得られる黒い結晶。

 これは魔力が凝縮したモノで、魔石と呼ばれる宝石だ。

 これを用いて魔道具が作られること。

 この辺りはファンタジーの王道だ。


(これで、身体があれば楽しめるんだけどな)

 普段ではあり得ない経験。

 オタク気質の俺では願ってもない状況なのだが、俺の身体のことや、玲奈が元の世界に帰れないことが引っかかるので、一歩引いた目で見てしまう。


 だけど、真剣に、訥々とこの国の現状を説明するラフィーナを見て、

(まあ、ラフィーナたちも魔物に襲われて大変なのだろう)

 と、少し可哀相だと思ってしまう。

 楽しむ、というのは不謹慎だよな。


「学園の敷地が見えて来ました」とラフィーナの声。

 俺は意識を窓の外へ向けた。

 高さ二メートルほどの塀と、それを取り囲むように堀があって、それが延々と続く。

「これが」

「はい。もうしばらくすれば門です」

 馬車は、がっしりした正面の門を潜る

「学園というよりも要塞?」

「そうですね。地方の重要な拠点ですから」

巨大な敷地。そこに立ち並ぶ住宅地。


「大きいな。街が丸ごと入っているのか」

「はい。周辺の小さな町を学園の区画に組み入れて、防衛力を強化しています。

 民間人の生命財産の保護。それに居住区や耕作地があれば、立て籠もる時に、民間人からの助力を得やすいという利点がありますから」


「へえ」確か戦国時代の城での防衛構造、総構えと同じみたいだ。

 そう考えて見ると、城壁だけでなく、所々の建物は、頑丈そうな造りをしているように見える。

 一際大きな立派な三階建ての建築物。

 派手さは無くて、風格を感じるものだ。

「これがレイベール学園の本舎です」


 ラフィーナに先導されて、本舎に入る。

 「学園長との面会を願います」と彼女は、受付嬢に申しつける。館の奥へと続くであろう入り口の、扉が独りでに開いた。


 俺たちは校舎に入る。

人はまばらだけど、誰もが俺を振り返る。

 やはり甲冑を着た部外者は相当目立つのだろう。


               ★

 一際立派なドアの前に立ち止まる。

「この部屋に、学園長であるオイゲン大司祭様がおられます」

 俺たちの目の前で、光沢のある立派な机。

 そこには学園長であるオイゲン大司祭が座っている。


「ほほう。貴方が噂の勇者殿ですか」

 ラフィーナの説明では、学園長は七十五歳という高齢だ。

 だけど背筋はシャンと伸びていて、口調もはっきりしている。

 そのため、それほど高齢とは思えない。


 オイゲン学園長は、椅子から立ち上がる。

 穏やかな雰囲気を醸し出しているが、眼力は強い。

 俺の前に歩むと、「失礼」と言って

 俺の兜、額の位置に手を添える。


「これはこれは」と少し興奮気味の学園長。

「……」俺は学園長の挙動を見守る。

「確かに、資質としては申し分ないでしょう」


「ラフィーナ殿」とオイゲン学園長はラフィーナを呼ぶ。

「はい」

「この方の存在は、君のお父上はご存じなのかな?」

「はい。ユウト様のことは、父上に報告はしております」

「返答は?」

「ありませんでした」

「そうですか……」

 オイゲン学園長は「フム」と暫し思案する。


「ヘンリック君」

 壁に控えている、聖職者らしき人物に声を掛けた。

「は」若い司祭。

 衣装はどこかの神父様といった感じだ。

 恐らく地位は高くて、質素だけど立派な生地の服。

 この国の教会の紋章をかたどった刺繍が、胸元に大きく描かれている。

 ただ、聖職者というよりも、警察官とか自衛隊員みたいな雰囲気だ。


「この方を勇者と認めるように、教会に打診しておいてください」

「……いえ大司祭様。その様な重要なことを、簡単に決められて良いのですか」と、青年は学園長に言う。

「確かに素質は有りそうですが、どこの誰ともわからぬ者を、勇者に認定なぞ出来ませぬ」大きくかぶりを振る。

「それに、このような重要なことは、議会を通じて聖都におられるフォルクマー教皇猊下のご判断を仰がなくてはなりませんが……」


「構いません。今は非常事態。一刻も早い決断が必要なのです」

「し、しかし……」

「これはレイベール学園、学園長としての決断です」

「は、了解いたしました」と、青年は不承不承頷いた。

 オイゲン学園長は、教会内に相当な発言力があるみたいだ。


「では、ユウト殿」

「はい」

「ラフィーナ殿のパートナーとして。この国の窮地を救う勇者として、お頼みしますぞ」

「分かりました」


「さてと」学園長は相好を崩す。

「ラフィーナ殿から「是非とも己の目で確認して欲しい」と、連絡が届きました。 

 が、正直なところ半信半疑でした。

 まさか、これほどハッキリした魂をしているとは……。いやはや想定外ですな」


「はあ」俺は気の抜けた返事をする。

 この老人も俺のことを褒めている。身体は無いのだが、なんだか背中がむず痒い気がする。

「ですが、姿の見えないままでは、何かと不便でしょう」

オイゲン学園長は、机の引き出しを引き出して、何かを探し出した。

 それを俺の手の平に乗せた。

「首輪?」確かチョーカーとかいうやつだ。


「ん」何だか身が引き締まる気がする。

「小手を外してくれませんか」と学園長。

「あ、はい」

 俺は小手を外してみた。

 透けているのだが、どことなく色が濃くなった気がする。

「チョーカーを右手の平に乗せてください」

「はい」言われるままに手のひらにのせた。

「え」すると、透けなくなった。


「では、チョーカーを首にかけてください」

「はい」

「覗いてみてご覧なさい」

 学園長が作り出した魔法の鏡。そこには俺の姿が見える。


「これって」

 そこには、見慣れた俺の顔が写っていた。

 顔だけだが、透けて見えなくなったのだ。


「そのチョーカーは、魔道具です。ユウト殿の魔力の漏れを防いでくれるのですよ」

「誰かと話すとき、兜を脱がなくてはならぬ時が出てくるでしょう。そういうときに、そのチョーカーがあれば便利でしょう」

「確かに……」

 ある意味生首なのだが、首から下の部分、鎧まで脱がないから十分だろう。

存在の確認できない幽霊よりは、遙かにマシである。

 これで誰かと、最低限のコミュニケーションを取れるだろう。

「ありがとうございます」

「何々。お役に立てて何よりです」


「ですが、学園長。ユウト殿の身柄はどういたしますか」とラフィーナ。

「ラフィーナ殿。ユウト殿の存在を、王家の者は知っているのかな」

「知っていると思います。ですが、何の反応もありません」

「確認の使者もかな?」

「ありませんでした。だから、学園まで来たのです」

「黙認でしょうか。それともユウト殿の存在を真に受けていないのでしょうか……」 

 

 オイゲン学園長は顎髭を撫でる。

「ユウト殿の勇者認定は、こちらの方でどうにかしましょう」

「はい。ありがとうございます」ラフィーナは、深々と頭を下げる。

「何礼には及びませんよ。

 こちらとしても頼もしい味方が増えるのは何よりの朗報ですからね」

 それと、ユウト殿のことは学園の秘蔵っ子。期待の新人としておきます。

 詳しい説明は親しい者だけにしておきなさい」

「はい」

「後で何を言われるか知れたものではありませんからね」

 俺たちは部屋を退出した。


               ★

俺はラフィーナの横顔を見やる。とても嬉しそうである。

 正式に俺とコンビを組むことにより、彼女の野望に一歩近づいたのだろうから。


 俺と初めて出会った時は、俺の存在を隠しておきたかったようだった。

 だが、ラフィーナは、俺とパートナーを組むことが出来たことにより、俺の存在がある程度露見しても問題なくなったのだろう。


(それでも、王家がどうのこうの言っていたよな)

 何故だろう。俺はあのイケメン王子の顔を思い浮かべた。

「俺の立ち位置は、面倒くさい?」

 俺は隣にいるラフィーナを見やる。


「はい。とても」とラフィーナに笑顔で頷かれた。



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