第14話 玲奈視点・少し振り返ってみようかな
気分が優れない。そう言って部屋に引きこもって二日。
アタシのご機嫌伺いに、教団の偉い人が来たけれど、誰とも会っていない。
この異世界の国、ヴァルベール王国に連れて来られてから、早二週間。
色々なことが有り過ぎて、気持ちが追いつかない。
少し振り返ってみようかな、考えが纏まるはずだから。
無理矢理召喚されて、「貴女は聖女様」と呼ばれても納得なんて出来ない。
不承不承で出席した儀式。煌びやかな衣装を纏った大勢の人たちに囲まれた。
その中に、アタシと同年代の少年少女が五名いる。
それも美少年と美少女ばかりだ。
何のコンテストだと訝しんでいると、その中の一人、金髪碧眼の青年がアタシの前に出てきて、柔和な微笑みを向けたのである。
後で聞いたんだけど、その青年はこの国の王子様。
名前はテオドール。
その彼、テオドールにそっと手を添えられて、輪の中央へ向かう。
そこで卵を手渡されたのよ。
少年少女たちは、キリッと引き締まった顔をして真剣な眼差しでアタシを見ていた。
何が何だか分からない。
卵を持ったまま、しばらくその場に立ちすくんでいた。
ふと、卵が動いた。卵から孵った蛇みたいな生き物。
その子がアタシの精霊獣、ロンちゃんだ。
ロンちゃん。タツノオトシゴみたいな恰好をしているが、恐らくは龍だ。
西洋のドラゴンではなくて、東洋の龍。
蛇みたいにニョロニョロした姿形。
日本ではオロチなのだけど、オロちゃんと言いにくいので、中華風のロンちゃんに決めたのだ。
周囲の人たちの歓声。
ロンちゃんが孵ったことが嬉しいようだ。
だけど、アタシにはそれよりも大変なことが起きた。
離れ離れになったと思っていた優兄が現れたのよ。
しかも幽霊で。
突然のことに、気を失ってしまった。当然よね。
とても豪華な部屋の、ふかふかのベッドの中で、アタシは目覚めた。
そして、意識を取り戻したと同時に部屋の中で大暴れしていた。
優兄が死んでいたのだ。
そりゃ頭に来るわ。
ひとしきり暴れて、泣きじゃくると、それまで溜まっていた疲れと不安も同時に襲いかかって来てしまい、そのまま眠ってしまったみたい。
再びベッドに戻されていた。
寝間着も着替えさせてもらったようで、隣の部屋には監視を兼ねたメイドさんもいる。
どうやって逃げだそうか、と考えながら窓の外を眺めていた。
ふと一羽のカラスと目が合った。
「ん?」と不思議に思い、窓に近寄る。
窓の外に優兄。
幻だって構わないと思ったけれど、実物?の幽霊だった。
アタシは元々霊感がある。
街中や墓地で幽霊を見たことがあるのよ
。悲しげな幽霊たち。現世に留まるのはそれぞれに理由があるのだろう。
内面はともかく、外見に共通したものがある。
それは……。
ぼやけた外見。ほとんど意識がない。ハッキリとは喋れない。理性がない等々。
稀にそれらの条件が当てはまらない幽霊も確かに居る。
だけど、優兄の場合は、それらの幽霊とは別格なのだ。
優兄の場合、外見がハッキリしている。
記憶も欠如しておらず、自我もある魂。
こんな幽霊は見たことがない。
それに、生前同様の優しいオーラ。
もしかしたら「身体が残されているのでは」と考えた。
仮死状態、幽体離脱なのではと推察したのよ。
もしそうならば、早く身体に戻らなくてはならない。
本当に死んでしまったのならば、むき出しの魂はどうなってしまうのか、アタシは見当も付かない。
悪霊になるのか、消滅してしまうのか。
だから「元の世界に身体が残っているのでは」と優兄に伝えた。
もしかしたら、帰還出来るかも知れない場所も教えた。
最悪、優兄だけでも元の世界に戻れるかも知れないから……。
★
優兄と再会して二日が過ぎた。
アタシは大暴れすることを止めて、静かに優兄との再会を待つことにした。
その姿を見て少しは落ち着いたと、周囲の人たちからは思われたようだ。
そりゃ死んだと思っていた優兄が現れたのだ。嬉しくないはずはないでしょう。
だから、端から見ても機嫌が良くなったこと。
それが丸わかりみたいだったのね、アタシが聖女としての役割を為すための説得に、みんな必死だった。
国の存亡がかかっているので、少しは後ろ暗いことをしても構わない。
あの人たちが、そう考えても仕方ないのかもしれない。
だけど、召喚されるこちらからしてもれば、もっと穏便に事を進められたのでは、と勘ぐってしまう。
しばらくは猫を被っていようかな。
アタシはしおらしく過ごすことにした。
次の行動に移すには、情報が欲しいからね。
メイドさんや、アタシのパートナーとか勝手に決めつけた相手、テオドール王子とも和やかに話してみて、ポツポツと状況が分かってきた。
アタシを含めて六名の少年少女。
三組の勇者と聖女のコンビ。
そのうちの一人、ラフィーナという聖女のこと。
幽霊勇者である優兄のパートナーの少女だ。
辺境伯の娘だということしか分からない。
……この子のことは念入りに調べなくてはね。
次に、アタシたちが、元の世界に戻るためには、こちらの世界でお手柄を挙げなくてはならない。
召喚陣の確実な使用方法と、優兄自身のレベルアップのためにも。
でも、それは王子との結婚に近づいてしまう危険な行為なのよ。
なんというジレンマ。枕に八つ当たりしたい衝動をグッと堪える。
心の中に、モヤモヤが広がってしまう。
でも、この世界に来て、一つだけ嬉しいことがある。
それは後遺症の残る足。それが治癒魔法で治ったのよ
。治してくれたのは、とても偉い聖職者の人みたいだ。
「直ぐに貴女様も使えるようになりますよ」と言ってくれた。
確かにこんな凄い魔法を使えるのらば、聖女様を連れて来い、と考えても仕方ないのかもね。
そりゃあ、困ってる人を助けるのはやぶさかじゃ無いし……。
まあ、情報収集もあるし、少しは真面目に聖女様を演じてみせましょうか。
★
ふいに窓ガラスを突く音。カラスの精霊獣がひょっこりと顔を覗かせる。
確かカン助ちゃん。
「優兄居るの」アタシは自分でも分かるくらいに顔を綻ばせた。
「よう、起きてるのか」と、優兄はなんともないように顔を見せたのだ。
優兄から、色々なことを聞かされた。
元の世界の行き来はどうにか出来る。
だけど、優兄の実力が足りないので、暫くは無理だ。
やはり、アタシが考えていた計画と同じようにしないといけないようだ。
それと、元の世界とこちらの世界は、時間の流れが違うようだとのこと。
恐らく三十倍程度。
ただし、次回の帰還した際には、どうなっているか判断はつかないようだ。
そんなにポンポンと元の世界との往来はしない方が良いみたいね。
でも、元の世界での時間が緩やかなのは、両親や友人たちに心配かけないで済むと喜ぶべきなのかな。
まあ、このまま上手いこと事が進められれば、の話なのだけれどね。
親友の由佳には現状を話すつもりみたいだ。
あの子なら信じてくれそうだ。
帰還への手掛かりを探してくれる人が増えるのは、心強くて嬉しいものだから。
「どうにか一息つけたかな」と優兄。
「うん。どうにかね」アタシも同意する。
最悪の未来は回避できたようだ。
アタシと優兄は、二人して大笑いをした。
「それじゃ俺も勇者を頑張ってみようかねえ」と優兄は、冗談めかして言う。
どことなく気の抜けた姿。
大ピンチを抜け出して、優兄の「やる気」が大幅に減ったことに気づいた。
それを見てアタシは、優兄が「そろそろフラフラするに違いない」ことを悟った。
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