第13話 段取り二分、残りは気合い。


「ぐ、そりゃそうだけどさ。お前一人で何が出来るんだ」

 と盛久。

「そりゃ分からん」

 俺は首を左右に振る。

「だけど、何もしないと、玲奈は帰ってこないんだ。

 それだけは確かなんだ。

 それと、俺一人だけじゃない。向こうの世界にも頼れるヤツがいるんだ。

 その子が力を貸してくれるから、もう少しマシなアイデアが出るはずなんだよ」

 俺は盛久の顔を、真剣な眼差しで見つめた。


「そして、お前も頼れるヤツなんだよ。頼むから協力してくれないか?

 そうすれば安心して、もう一度あの世界に戻れるんだ。

 きっと、玲奈を連れ戻してくるからさ」

 俺は、そう宣言した。

 俺と玲奈。二人揃って帰還できる方法が、有るのか無いのか見当もつかない。

 だが、こちらの世界で悩んでいても埒が明かないのは明白だからだ。

 

「そうか。そうだよな……」

 盛久の瞳に、次第に力が漲ってきだした。

 盛久も腹をくくったようだ。


「わ、分かった、オレも協力する。

 玲奈ちゃんが戻らないなんて、あの子の親御さんたちに言えるわけがない」

「ああ、そうだ」

「で、具体的にゃどうするつもりなんだ?」

「今話した通り、向こうにも頼れるヤツがいるんだ。そいつに頼んでみる」


「信じられるのか?

 お前らを、勝手に召喚した連中の一味なんだろう?」

「分からん。でも、信じるしか方法はない」

 ちょっと俗物聖女なのだが、現時点で一番頼りになる味方なのだ。

 ペンダントを通じて触れた彼女の性根の優しさを、今は信じるしかない。

 それに、胡散臭かろうと何だろうと、魔法については、ラフィーナに頼るしか方法はないのだ。


「そうか。オレに出来ることは?」

「そうだな……」俺は、しばし思案する。

「先ずは、俺の身体を時折確認して欲しい。

 こっちじゃ無防備だからな。好き勝手されるのは困る。

 飲み水と携帯食でも置いておいてくれ」

 知らない間に脱水症状を起こして、ポックリ逝ったらしょうが無い。

 誰か守っていてくれる人が欲しい。

 幸いこの部屋はヒンヤリしている。

 この秘密の部屋に、外から入ってくるようなヤツもいないだろう。

 偶にポカリでも飲ましてくれたら大丈夫だと思う。


「この場所から連れ出さないで良いのか?」

「時間の流れが、あっちの世界と、俺たちのいる世界とで、全く違うんだ」

「??具体的に言ってくれ」

「つまり、時間の流れが二十倍とか三十倍とか違うみたいなんだ」

「もしかして、この世界での一日が、あっちの世界では一ヶ月とか?」

 盛久は少し考え込むが、直ぐに答えに辿り着いたようだ。

「ああ。そういうことだ」

 盛久もそれなりにオタク知識がある。

 突拍子も無いファンタジーの要素を、柔軟に吸収出来る下地があるのだ。

 良かった、話は通じたみたいだ。


「そうだ。だから、この世界で一週間とか二週間経過するならば、あちらの世界では一年とか二年とかになるんだ。

 そうなったらもう詰みだからな」

「……お前と玲奈ちゃんに『何か』が起きたってことか……。

 最悪の場合は……」

「死んでるかも知れない」

 俺は大げさに肩をすくめて見せた。


「おい。何をふざけて……」

「まあ、聞けよ。

 あちらの世界じゃ、玲奈は聖女サマと崇められているんだぜ?

 アイツの護衛は凄いぞ。

 何せ王子サマも護衛として、一緒にいるくらいだからな」

 俺は鷹揚に肯きながら、そう言った。

「ははっ、そりゃ恋敵がいて心配だろうな」

 と、苦笑する盛久。

「しょうも無い冗談は止せ。

 まあ、早々簡単には大事にはならないだろう」


 俺は、盛久を安心させるためにそう言った。

 玲奈は特に厳重に護られているのは間違いないはずだ。


 だが、俺の場合はどうなるんだろう?

 身体の無い幽霊勇者だ。

 そんな簡単に死ぬことはないだろうけれど……。

 まあ、向こうに行かなきゃ分からない。

 ここで頭を使うだけ無駄な話なのだから。


「んで、だから短期決戦なんだ。

 今は、時間が惜しいんだよ」

「警察は……。通報しても無駄だよなあ」

「ああ。悪戯電話で終わるだろうな」

「そうだよな。警察は置いておくとして、親父にはどう言っておこう。

 お前らに、大変な事が起きた。それこそ親父が言っていた、夢のお告げのことじゃないのか?」

「そうだろうな。正夢だったんだろうな」

 玲奈が、盛久の親父さんから聞いたのは、正夢だったのだ。

 俺と玲奈は近づいちゃ駄目だったんだ……。

 防げたはずの事件。俺は悔しくて唇を噛みしめる。


「まあ、そんなに気にすんなよ」

 と、盛久は努めて明るく言う。

「親父も気になる程度で、こんな大事になるとは思っちゃいなかっただろうさ。

 でなきゃ出張で家を留守になんかしてないぜ」

「そう、かな」

 盛久の言葉に、俺は少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。


「お前の親父さんは、何時帰ってくる?」

「三日後。本祭りの当日までに帰ってくるとさ」

 盛久の親父さん。神代神社の神主は、今留守だ。

 神社に関連する何らかの伝承を訊いていてもおかしくない。

 一番この召喚の儀式を知っているかも知れない人物だ。


 会議なんて辞めて直ぐに戻って来て欲しい、と言っても証拠が無ければ信じてはくれないだろう。

 それに、今電話したとしても、盛久の日頃の態度がいただけない。

 コイツは神社の跡取りの癖に修行をすっぽかして、友人たちと遊んでばかりいるヤツなのだ。

 盛久の親父さんは、オカルトじみた話に寛容な人だけど、信じちゃくれないだろう。

 誰だって『玲奈ちゃんが異世界に連れて行かれて、優斗は幽体離脱が出来ます』って、息子から電話で伝えられても「馬鹿にしているのか」と怒鳴られるのがオチだろう。

 流石に異世界召喚なんて代物は、眉唾ものだから。


「判った。他には?」

「これが一番重要な頼みなんだ、良く聞いてくれよ?

 お前の実家、神代神社についてだ。

 過去に聖女召喚が行われたんだ。

 恐らく、お前の先祖に関連した話になるだろう。

 その経緯と結果の記録なんか残っていないのか? 

 それをお前には調べてもらいたいんだ」


「そうだな。蔵を漁ってみるよ。大昔の文献なんかが残っているはずだから」

「文献の他には……」

 ああ、そうだ。あの桜の大樹だ。

 あの樹の下で、女性の幽霊と出会ったのだ。

 神代神社と何らかの関係があっても不思議ではない。


「お前の神社に、桜の樹は無いのか」

 俺は、神代神社に桜が有ったのは知らない。

 だけど、盛久なら知っているはずなのだ。


「桜か……」盛久は小首をかしげて思案する。

「そう言えば、昔はあったみたいだ」


「何処に在ったんだ?」

「神社の外れだ。そこに植えられていたそうだ。

 ただ、親父がガキの頃に枯れたそうだから、俺も場所は知らないな」

「なら、その生えていた跡だけでも調べてくれないか」

「ああ、分かった。

 だけど、何故今更桜なんだ? 何の関係が有るんだ?」

「ただの勘だ。

 だけど、きっと意味があるはずなんだ。

 だから調べておいたほうが良い気がするんだ」

 もし、異世界と同じく神社に桜の木があるのなら、必ず意味があるはずだ。


「桜の件と一緒に訊いておくよ。それと……」

 盛久は言いにくそうに渋い顔をする。

「お前の親や、玲奈ちゃんの親にはどう伝える? 

 正直に言っても信じちゃくれないだろう」


「やっぱり悪質な冗談で終わるだろうな。

 話は戻るが、例え警察が介入したとしても、こんな事解決出来る訳ないしな」

 懸命な捜査が行われても、結局は行方不明で終わるだろう。

 何せ、玲奈が連れ去られた場所は、異世界なのだから。


「そうだよなあ」俺たち二人は、押し黙ってしまう。

 考えても仕方ない。

 今出来るのは、玲奈の消息を誤魔化すことだけだろう。


「俺の親には、適当に誤魔化しておいてくれ」

 と、俺は盛久に頼んだ。

「良いのか?」

「心配させるだけ悪いからな」

「そうか……。だよなあ。

 で、オレの誰か他に協力者はいないのか?」


「玲奈の友だち、由佳ちゃんはどうだろう?」

「こんな話、信じてくれるか?」

「判らん。だけど、この部屋を見せれば信じてくれるかもしれない」

「……そうか。そうだな、これを見りゃ嫌でも分かるか」

 頭の固い大人を説得するよりも、同年代の子の方が説得しやすいかもしれない。

 もし味方になってくれるのならば、友だちの家で二日ほど過ごす、そんなアリバイ作りが出来るだろう。

「駄目もとで頼んでみてくれないか。

 味方は一人でも多いほうが心強いからな」

 三十倍の時間の流れの開き。これが良い方に傾くことを信じよう。


「お前は、もう行くのか?」と、心配げな盛久。

「ああ」俺はゆっくりと肯いた。

 これで、こちらの世界での段取りは終わった。

 後は向こうの世界で動くしかない。

「取り敢えず、俺は向こうに戻ってみるよ。

 もしこの世界で五日経って、俺が戻らなかったら警察でも何でも通報してくれ」

 その頃には、こちらの世界でも大騒ぎになっているだろう。

 そうなれば既に警察が動いているかもしれないけれど……。


「ふう」

 俺は大きく深呼吸をすると、身体から魂だけを抜く。

 スルッと魂だけが抜けて、眼下に俺の身体が見えた。

「カン助」

 俺は精霊獣を呼び出す。

「カー」

 カン助は勢いよく現れた。

「これから、異世界に行く。協力してくれよ」

「カー」

 俺はカン助を通じてペンダントに触れる。

 流れ込む玲奈の魔力。

 魔方陣が発動した。


「良し、行ってくる。留守番を頼むぞ」

 俺は、盛久を見やる。

「ああ。任せとけ、それと玲奈ちゃんを頼むぞ」

 盛久はニカッと笑う。


 転送陣に描かれた文様が輝きを増した。

 再び俺の身体は眩い光に包まれていく。

 俺の魂とカン助は、再び異世界へと旅立つのだった。


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