第10話 桜の樹と幽霊と

 鎧は重いから駄目だな。

 機動力を活かすなら、魂だけの方が都合が良い。

 もし、あの黒い影に出くわしたのならば、逃げの一手しかない。

 本当に索敵はカン助頼りだ。

(まあ、コイツは見た目よりも優秀だから、大丈夫さ)

 俺は、何だかんだ言っても、この小さい相棒を気に入っているし、認めているのだ。


 月明かりが、俺とカン助を照らす。

 新月だが妙に明るい。

「兵は神速を尊ぶ。兵法の常道さ」

 俺たちは南東の遺跡目指して、真っ直ぐに飛ぶのだった。



 小一時間ほど飛んだだろうか。

 山や谷を飛び越え、深い森が見えてきた。

 ここまで来ると、大きな街はなくて村がぽつぽつと見える程度だ。

 森に近づくにつれて、空気が澄んできた気がする。

 空気と言うか、雰囲気が玲奈やラフィーナから発する気配に似ているのだ。

「ん?これは……」

 当たりなのかもしれない。どうやら目的の遺跡は近いようだ。


 大きく広がる森。

 俺たちは、そのまま進む。すると森が開け、建物が見えてきた。

「目的の神殿は、アレなのか」

 神殿は、俺が思っていたイメージとは随分とかけ離れたものだった。



「へえ……」建物自体の敷地はかなり有るだろう。

 恐らく東京ドーム三つ分程度だろうか。

 ただ肝心の神殿は、西洋の神殿というよりも、日本の神社仏閣に似た雰囲気がある。

まあ、神社をベースに西洋風建築が混じっているというか……。

 俺たちは、取り敢えず大きな鳥居の前に降りた。


「やっぱり鳥居だよなあ」

 鳥居を潜り、境内に入る。

 境内はそれなりに管理はされているようだ。

 が、庭師がキチンと手入れしたものではないようだ。

 所々雑草や木の苗みたいなものが、生えていて、手入れの頻度は年に一度ぐらいだろうか。

 意識を集中させてみる。だが人の気配は感じられない。

 心配していた結界の類いも無かった。

 お陰でスンナリと境内まで入ることが出来たのだ。

「拍子抜けだな。それほど重要な施設ではないのかもな」

 まあ、警備がユルユルなのは好都合だ。召喚陣さえ動けば良いのだから。


 大きな本殿を見やる。

 やはり日本のお宮に似た造りである。

 この世界の建築物は、基本西洋風だ。

 先ほどまで居た、城郭都市や飛びながら見えた街などもレンガ造りの家々が立ち並んでいた。


 なのに、ここは日本のお宮があるのだ。

 まあ、細かい所を見ると、少し違うのだろうが、外国によくある「なんちゃって日本」風の建物とはレベルが違う。


 次に境内に目を向ける。

 境内には、色々な種類の木が植えられている。

 俺でも分かるのは梅の木と銀杏の木、それから一際大きな桜の樹だ。

 飛んでいて目に付いたのは、この桜の樹だろう。

 俺は桜の樹に向かう。


 樹齢は何百年だろう。見事な枝振りで、満開に咲き誇っている。

 風が舞うと、風にのって桜の花が舞う。桜吹雪だ。

「へえ、綺麗なもんだなあ」俺は暫し見とれていた。

「んん?」

 よく見ると、花は散りゆくのだが、同時に蕾みが芽吹いているのだ。

「まさか、これって……」

 一年中咲いているのだろうか。俺は「こそばゆい物語」を思い出した。

「しまったな。こんなことが起きるなら、ヌーを定期購読しておくべきだったな」

 と、軽口を叩いたのだった。


(まあ、軽口を言えるくらいだ。この場所は、気持ちが妙に落ち着くんだよな)

 寂れた感じはしない。

 静けさ、穏やかさと言うべきだろうか。

 周囲を見回しても、木々以外には特に何も無い。

 

「本殿に向かうか」

 召喚陣がある可能性が一番高いのは、やはり本殿だろう。

「ん?」

 と、俺が一歩前に踏み出すと、何処からともなく霧が立ちこめてきた。


 瞬く間に霧は濃くなる。

 まさに一寸先も見えないほどだ。

 俺が足を止めると、不思議な風が吹き、玲奈から預かったハンカチを飛ばしてしまった。

「あ」

 俺が拾おうとすると、いつの間にか、俺の前に「何者か」がいるのだった。


 古風な模様の着物を着た髪の長い女性だ。

 ただ、顔はボンヤリと揺らいでいてハッキリと見えないのだ。

「……幽霊」

 生まれて初めて見た幽霊。

 だが、不思議と恐怖は感じない。

 むしろ何処かで会ったような懐かしい感じがするのだ。


 幽霊はハンカチを拾う。

 顔はぼやけていて、ハッキリとは見えない。

 だが、ハンカチを見て、喜んでいる。そんな感じがするのだ。


「あの……」俺は試しに声をかけてみた。

「……」女性の幽霊は、俺を見て静かに肯いた。

 俺が一歩前に出ようとすると、彼女は手で制する。

 それからスッと指さすのだ。

 幽霊が指し示す方向。

 俺は、その方を見ると、いつの間にか地下へと降りる階段が現れたのだ。


「隠し階段か……」

 俺は、礼を言おうと振り返る。

 だが、女性の幽霊は現れた時と同じく、忽然と消えていた。

「やっぱ本物だったのか」



長い通路を歩くと、不思議な白い部屋が見えてきた。

「見覚えがあるな」

 確かこちらの世界に飛ばされる前に居た部屋に似ている。

 部屋全体が仄かに明るい。

 違うのは召喚陣が起動していないようで、描かれた文様が輝いていないことだ。


「試してみるか……」

 召喚陣にそっとのる。だが無反応だ。

「やっぱり動かない、か……」

 この神殿自体放置されているのだから、使えなくて当然なのだろうか。


「参ったな……」

 幽霊に行く先を示されるという、いかにもな展開に、「これで元の世界に戻れるぜ」と思っていたが、そんな美味い話は無かったようだ。


「ラフィーナは、俺の力が未熟だと言っていたな……」

 考えられるのは、俺の魔力がサッパリ足りないということだ。

やはり、国を挙げて人手を集めなければいけない代物みたいだ。

「俺と玲奈を召喚するのに、どれだけの魔力を使ったんだか……」

 そんなに簡単に、異世界から人間を召喚は出来やしないようだ。


「カー」

 カン助が、俺からペンダントを咥えて飛び立つ、

「こら」

 今は、カン助の悪戯に付き合っている暇は無い。

 ペンダントを取り返そうと、慌ててカン助の後を追う。


「カー」

 カン助は、俺に「早くこっちへ来い」と言わんばかりに鳴く。

「ん?」

 よくよく見ると、カン助の足下だけ、色が違う。

 床が光っているのではなくて、天井から光が差しているのだ。


 月の力を吸っているのか

「天井は塞がれているし、今は夜のはずだが……」

 月明かりにしては、やけに眩しい。

「どういうことだ?」 

 気になって天井を見上げた。

「石造りの天井が……」

 水族館のアクリルガラスみたいに、透けて見えた。

 新月が、手に取るように見えるのだ。


「何故こんなに明るいんだ?」

 月光が集まっていく。

 その中心にペンダントが浮かんでいる。

 それは玲奈から渡された、ペンダントである。


「玲奈の魔力を、増やしている?」

 誰かの気配。

 ふと見ると、先ほど出会った幽霊が立っている。

 女性の幽霊は、再びスッと指で指し示す。

 そこは動かない召喚陣だったのだが……。


「光っている? いつの間に……」

 いつの間にか召喚陣は輝いていた。

「力が溜まっている?」

 肯く女性の幽霊。


「乗ってみろと、言うことか……」

 俺は慎重に、カン助と共に召喚陣の上に乗る。

 本当に、あの地下と繋がっているのか、そんなことを考えてしまう。

 もし、この召喚陣の魔力が不足しているのならば、俺は何処へ飛ばされるのだろうか。

 残った魂さえも、バラバラに散ってしまうかもしれないのだ。


「本当に日本と繋がっているんだよな?」

 そんな不安が襲いかかる。

「大丈夫ですよ……」と女性の声が聞こえた。

いや、頭の中(?)に聞こえたのだ。

 テレパシーというヤツなのだろうか。

 俺は振り向くと、あのぼやけて顔の無い幽霊と、目が合ったような気がした。

 彼女は微笑んでいる、そんな気がしてならないのだ。


「良し、行こう」

 恐らく、元の世界とこの世界を行き来出来るチャンスは、さほど多くは無い。

 夏祭りが終わるまで。

 それがタイムリミットだと、確信めいた予感が俺にはあるのだ。


 召喚陣の輝きが増した。

 俺の身体は眩い光に包まれた。

 前のときとは違い、異音はしない。

「良し。行ける、行けるぞ。……行ってくれっ」

 俺の視界は、再び光の靄に包まれたのだった。


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