第9話 玲奈との再会
目指す王宮には結界が張られていると聞いた。
目をこらす(幽霊なので、意味はないかもしれないけれど)と、薄い膜の様なモノが見えた。恐る恐る結界に触れる。
あのゴムの様な感触。やはり王宮の警護は、相当厳しいのだろう。
指輪の承認も、無理そうだ。
指輪とは別の証人システムなのだろうか。
「……俺だけでは駄目か」
だが、俺には頼もしい相棒がいるのだ。
「おい、カン助」
と俺の精霊獣を呼び出した。
「カー」
姿を現したカン助は、俺の肩に停まる。
「もう一度……」
俺はゆっくりと結界に手を触れる。
スルリと結界を通り抜けた。
「やはりカン助と一緒なら通れるのか」
「カー」
「その辺の石ころを投げつけてくれ」
「カー」
カン助は石ころを加えて、結界に落とした。
バシッと音がして、石は弾かれてしまった。
「なるほど。今度は鎧を着ては入れないのか……」
先ほどラフィーナに、鎧につけられた護符へ、力を籠めてもらったばかりだ。
だが、鎧を着ては入れない。
あの黒い影が現れたのなら……。
「今度こそ拙いよな」
危険はあるのだが、玲奈のことが気になってしまう。
(どっちみち、俺がスンナリと玲奈に会えることは無いだろう)
何となくだがそう思えて仕方ない。
「このチャンスを逃す手は無いよな」
俺はカン助を見やる。
あの黒い影への索敵は、カン助頼りだ。
「頼むぞ」
「カー」
カン助は力強く鳴いた。
「えーっと玲奈の部屋は確か……」
必死に見取り図の位置を思い返す。
玲奈の寝室は、王宮でも最奥にあるようだ。
王国にとって、聖女とは相当重要な人間なのだろう。
ゆっくりと確認しながら王宮の廊下を進んで行く。
目指すは居住区画。来賓用の客室がある場所だ。
★
「夜中なのに、兵士が結構いるな」
警邏の兵士が多い。ここまで来るのに、十名以上と遭遇した。
だが、俺の姿を見ることが出来る兵士はいなかった。
「問題は聖職者か……」
これだけ警戒厳重なのだ。
高位の聖職者が在中していてもおかしくない。
周囲に警戒しながら先へと進む。
王宮の奥まで進んできた。
そろそろ玲奈が居る部屋が、あるはずだ。
感覚を研ぎ澄ます。懐かしい気配を感じ取れる。
(恐らく玲奈だろう。よし)
幼なじみの気配がする方へひたすら進む。
分厚くて、いかにも警戒厳重なドア。
ドアノブへそっと手を伸ばす。
(あれ?)
またもやゴムの壁にぶつかるような感覚。
(ドアから入れないのか)
玲奈の部屋には、更に強力な結界が張られているようだ。
(此処まで来て手詰まりなのか。他に方法は……)
隣のカン助と目が合う。
(そうか。俺が駄目でも、カン助一羽だけならば……)
「行けるか」
「カー」
カン助はドアを目指して突っ込む。
スルリと抜けると、再び俺の前に現れた。
これなら、何とかなるかも知れない。
「お前、玲奈のこと知っているか」
「カー」カン助は強く肯く。
「玲奈を、窓の外が見える場所まで、誘導してくれ」
カン助に命令すると、俺も窓際へ進む。
暫くして、カン助と合流し、城の外壁を通り抜ける。
そして、玲奈が居る部屋の窓、そこへ向かう。
★
窓際に玲奈がいる。
かなりソワソワしていて、落ち着きが無いように見える。
「よう」俺は窓の外から、声を掛けた。
「優兄だよね。やっぱり幽霊なんだね」
「まあ、似たようなもんだな」
「……意志はあるのね」と、再度確認するように訊く。
「優兄は、召喚に失敗して消えちゃったって聞かされていたから……」
「でも、会いにこられるのなら、何故もっと早く来なかったのよ。
『何日も』待ったんだから」
「そりゃ、俺にだって都合があったからな」
特に地縛霊になるかどうかの瀬戸際だったのだ、仕方ない。
(ん?)少し気になることを言ったようだが、涙目の玲奈を見て、あたふたしてしまった。
「幽霊でも、また会えるだけで嬉しいよ」
玲奈は涙を拭う。
「俺も、まあな……」
玲奈は、そっと手を伸ばす。
俺も、ガラス面にそっと手を合わせる。
素通りする彼女の手。
触れられないのだが、何となく嬉しい。
面と向かって嬉しいというのは照れくさいのだ。
「あ、それとな。俺は完全には死んでいないみたいなんだ」
「……本当?」
玲奈は瞳を凝らした。
「うん、うん! 優兄の、命の光が見える、見えるよ」
「だろう?」
俺は胸を反らした。
だが、魂だけの存在ならば、いずれ悪霊になるのかも知れない。
それが一番恐ろしい。
まあ、そのためにラフィーナの助けが必要なのだ。
玲奈も、ラフィーナと同じ力を持っているハズだ。
(二人で逃げ出す、それもアリかもしれない。だけどなあ……)
玲奈の警備は厳重だ。
そう簡単には逃げ切れないだろう。
仮に城から逃げ出しても、それから先の見当もつかない。
この世界のことを何も知らない女の子と、幽霊の組み合わせ。
早晩二人とも幽霊になってしまうんじゃないだろうか……。
(昔の聖女の記録。それをタダで教えてはくれないだろうしな……)
「ボケッとして、どうしたの?」
「ああ、これからどうなるのかな、って考えたんだよ」
「優兄、身体が無いもんね」とションボリする玲奈。少しの間、下を向いている。
だが、いきなり、ガバッと顔を上げる。
「あ。もしかして、優兄は、身体を元の世界に置いてきたのかも」
「どう言う意味だ」
「本当に死んでいるのなら、もう魂は汚れていると思うんだ。
でも優兄からはそんな気配は感じないんだよ」
「それは、あの子も言っていた」ラフィーナと同じ考えか。
「もしかしたら、元の世界の身体と繋がっているんじゃないかな」
「うーん」
そうなのかも知れない。もしそうならば、問題は一つ減るのだが……。
「でも、元の世界に帰る方法が判らないんだぞ?」
それが一番の問題だろう。
二人揃って帰れなければ意味は無い。
それに、俺の身体があるのなら、そこに置いてきたのだろうから。
「「……」」俺と玲奈も黙ってしまう。
肝心の帰り方を知らないからだ。
(やはりラフィーナの世話になるしかない、か……)
「ダメ元でさ、わたしたちを運んできた出口、召喚陣を探してみると良いよ」
「でもこの城のヤツは動かせるのか」
「ううん。駄目みたい。
だけど、召喚陣はもう一つあるから」
「何故そんなこと分かるんだ?」
「この子が教えてくれたんだ」
スッとタツノオトシゴが現れた。
「この子が言うには、そっちの方がお城にある召喚陣よりも性能が良いみたいなんだって」
「……そんなことまで分かるのか。うちのより賢い……」と、俺が言い終わる前に、カン助に頭を突っつかれた。
「分かった、悪かった突っつくな」
「アハハ」玲奈は朗らかに笑う。ここに来て、初めて本当に笑ったように見えた。
まあ、これなら突かれても良かったかな。
「近くまで行けば、優兄なら感じられるよ」
「そう。優兄の魂が、身体と繋がっているのならば、魂は引っ張られる形で、元の世界に帰れるかもしれない」
「そうなのかな」
「この世界と、元の世界が未だ繋がっているのならば、アタシたちは、帰れるかもしれないよ」
「良し、判った。確かめてくるよ」
元の世界に戻れる可能性が欠片でもあれば、試してみないと分からない。
やってみる価値は十分にある。
「転送陣の場所は判るか」
「このお城から南東にある神殿。そこに転送陣があるよ」
「分かった。行ってみる。
それと……」
「あ、そうだ」ハンカチを手渡そうと前に出した。
「これ、落とし物」
「あ、これは」
「お前のだろ」
「うん」と肯く玲奈、「じゃあ、お返し」
と、玲奈はペンダントを首から外して、俺の前に差し出す。
「国から貰ったの。アタシの霊力を溜めておけるんだって。
きっと何かの役に立つから」
蒼い宝石。それはラフィーナから手渡されたペンダントに似ていた。
いや、玲奈のペンダントの方が、更に深みのある蒼さだ。
俺は、宝石について詳しくない。
確か誕生月に送る宝石よりも、色が濃い。
カン助を仲介して、俺に手渡された。
やはりカン助には、結界は意味をなさないようだ。
俺は受け取ったペンダントを首に掛けた。
「さっきは言い過ぎたな。カン助、お前やるじゃないか」
カン助は、フフンと鼻を鳴らし、「カー」と一声鳴いた。
俺が玲奈にハンカチを渡そうとするが、彼女は手で制した。
「あれ、ハンカチは」
「優兄が持っててよ。そのハンカチ汚れてるじゃない?
次に会いに来る時は洗って返してよね」
「ああ。分かったよ」
今度来る時に渡すとしよう。
(そうなると、無事で帰ってこなくてはな)
俺はそんなことを考えていると、
「聖女殿。他に誰かいるのか」と若い男の声が、部屋の外から聞こえてきた。
「誰もいませんよぉ」
と、玲奈は生返事をする。
「そ、そうなのか」
「そうですよぉ。今、着替え中なんです。
見たいんですかぁ」
ゴンッと鈍い音。
それから「し、失礼しました」と、若い男の声は、足音を残して立ち去ったようだ。
「……上手い言い訳だな」
俺は苦笑いを浮かべる。
何だか身に覚えがあるのだけれど……。
「誰なんだ?」
「二つ隣の部屋。
この国の王子様、勇者なんだってさ」
「ああ」玲奈をお姫様抱っこしたヤツだ。「なんでそいつが夜中に訪ねて来るんだ」
「アタシ、聖女サマみたいだから、護衛のメイドさんが二人いるんだよ。
その人が報告したんじゃない?」
「護衛? 監視じゃないのか? そいつがお前のこと気になってるんだか」
「妬いてる?」
「は、誰が」俺は少しだけ、つっけんどんに答えた。
「ふふっ」と可笑しそうに笑う。
「ま、悪い人じゃないみたい。嫌な気配はしなかったからね」
「ああ。指輪か」
と俺も指輪を取りだして見せた。
「確か、パートナーの気持ちを感じられるんだよな」
「……その指輪、誰の?」
「まあ幽霊の恩人、かな? ホント助かった」
ラフィーナには頭が上がらない。
彼女がいなければ地縛霊か悪霊かのどちらかになっていただろう。
「ふうん」
あからさまに玲奈の機嫌が悪くなった。
こうなると、妙な言いがかりを付けられる可能性が非常に高い。
「ま、まああれだ。俺は取り敢えずは元気だから、心配しないでくれ」
「そうみたいだね。アタシも元気だからさ」
「そうだな」俺も肯いた。
「お次は、元の世界に戻る方法だ。
そいつを探しに行ってくる」
「気をつけてね」
「まあ、何とかなるさ」
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、親指を突き上げた。
隣のカン助も、格好付けたポーズを見せる。
「プッ、何それ」
「じゃあな」
俺と相棒は、もう一つの転送陣を探し出すために、南東へ向かったのだ。
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