第8話 黒い影。
「何だこれ」
尖塔の入り口の前で、俺は首をかしげた。
ドアの半分以上を占める文様だ。
(何処かで見たような気が……)
そこで人差し指を見て、気づいた。
「ああ、この指輪に刻まれているのと同じか」
サイズが違いすぎだ。一瞬、判断に迷ってしまった。
すると、中は聖女とかに関連する物があるのかもしれない。
「コイツはもしかして……」
ビンゴ、大当たり。いきなり手掛かりを見つけたのかも知れない。
俺は小躍りしたくなった。
勇者召喚の儀式がこの城で行われていたのだ。
それ関係のものがあってもおかしくはない。
まあ、本当に重要なものが、こんなに簡単に見つかるとも思えない。
だが、何かしら意味の品物があるかも知れない。
「先ずは中を見てみなければ……」
俺はドアをすり抜けようと試みる。
――だが、
「通り抜けられない」
分厚い ゴムの塊に、ぶち当たったような感覚。
魂だけの俺は弾かれてしまった。
壁からの侵入を試みたが、結果は同じだった。
結界みたいなものが、この尖塔に張られているのだろう。
「こりゃ是非とも中に入りたいけれど……」
通行証みたいな物が必要なのかも知れない。これはゲームでおなじみのヤツである。
試しに指輪を、ドアノブに押し当てて見る。「ドアノブだけ」通り抜けた。
そのため反応は、無い。
「あ、あれれ?」
ドアノブに刻まれた、凹み。恐らく何らかの認証器具なのだろう。
だが、魂だけの俺では触れない。ソレを素通りするだけだ。
鎧にしか護符は無い。
だから、魂だけの俺は物に触ることが出来ないのだ。
「参ったな。これは盲点だ」
幽体離脱をすれば、物を素通り出来るが、自分の意志で物に触れられないのだ。
今回の場合。尖塔に入るには、認証が必要となるみたいだ。
もしかしたら、「この現象も」認証システムなのかも知れない。
「ラフィーナに頼めば、スンナリと入れるかも知れないけれど……」
今は彼女と顔を合わせづらい。
「まあ、朝まで時間はある。物は試しだ、鎧を着て出直すか」
急がば回れ。俺は鎧を取りに戻ったのだ。
鎧を着て、再び尖塔のドアの前に立つ。
今度は指輪が反応してくれた。
ドアに描かれた派手な文様に光が宿る。
ガチャリと音がして、ロックが外れたようだ。
すんなりと中に入れるようになった。
天井自体がボンヤリと、仄かに光る。
尖塔の一階の造りは質素なものだ。天井まで届く高い棚が、何列も並んでいて、そこには色々な物が置かれている。
「倉庫かな」
俺には見当も付かない物珍しいものだ。
アンティークの家具や、壺。用途不明の器具。かなりの値打ち物と思われる絵画等々。
一応は整理されているようだ。俺はジックリと見て回ることにした。
この世界の文字は、ペンダントを通して、大体分かる。だけど、古代文字までは分からない。
取り敢えずは、指輪と同じ文様が描かれた物を中心に探して見る。
一番奥の棚。
そこには、何かの儀式で使ったと思われる品が、色々と置かれている。
奇妙な文様と銀の燭台。
何処となく見覚えのある衣装。
背中に特徴的な印が描かれていたので、覚えていたのだ。
(確か、玲奈を取り巻いていた連中に、この衣装を着ていたヤツがいたような……)
俺はそれらの前で、足を止めた。
「ん?」
薄汚れた布きれ。誰かに踏みつけられたのだろう。
ただ、周囲の品々と比べると、かなり新しい物に思えたのだ。
俺は何気なく拾ってみた。
(ローマ字?)名前の刺繍入りのハンカチだ。
それは神月玲奈と書かれていたのだ。
「玲奈の落とし物か」
この世界の人間では読めなかったのだろう。
俺はハンカチをそっと拾うと、大事に懐にしまうのだった。
俺は何となく感傷的になり、尖塔の外をボンヤリと眺めた。
「外は月明かり、か」
薄暗い月夜。新月だ。
もう直ぐ夏祭り。
毎年の今頃ならば、何やかんや楽しんでいたのに、今年はとんでもない目に遭ったもんだ。
ふと、壁に視点を移す。ナニかが動いたような気がしたのだ。
月明かりから浮かび上がるようにして、俺の手前の壁に、黒い染みが浮かんできた。
「ん。なんだ」
壁の染みは広がっていくと、段々と生き物の形になっていく。
これはもう幻ではない。
「ぐ」
俺は影から退こうとする。
が、身体はのろのろと動きが鈍い。力が尽きかけているみたいだ。
「こ、こんな肝心な時に!」
そう言えば、訓練に夢中になっていて、ラフィーナから力を注いでもらうことを忘れていた。
見るからに素早そうな黒い影、避けて逃げる自信は無い。
「それなら……」
俺は、拳に光を集める。
それを見た黒い影は、俺が攻撃の準備を整う前に襲いかかって来た。
黒い影は大きな口を開ける。
中から鋭い牙が見て取れた。護符のある首元を狙っているようだ。
ガッと鋭い牙が、首元に噛みつく。鎧がへしゃげる音がした。
だが、俺の身体は今は鎧。鉄の塊だ。
痛みなんて何も感じはしない。
「ようし!」
首元にかぶりついた黒い影を、左腕を回して押さえつける。
黒い影にめり込む左手。
「ギッ」小さな悲鳴。構わず左腕に力をこめる。
身動き出来ない黒い影。
俺は狼の姿をしたヤツの土手っ腹目がけて、右の拳をたたき込む。
「グギャアッ」
一瞬、黒い影は金色の光に包まれた。
次の瞬間、金色の光に包まれた箇所から、ボロボロと身体は崩れていく。
シュゥゥゥウッと真っ黒な煙が立ちこめる。
黒い影は見る間に塵となり消え去った。
「は、ははは。大したことないな」と俺は精一杯の強がりを見せる。
だけど、不安は拭い去れない。
どこからか、「何か」が俺を見ている気がするのだ。
「一旦、ラフィーナの居る部屋に戻って出直そう」
俺はそう思い、ドアへと向かう。
ドアの隙間から、黒い靄が入り込んできた。
そいつは形を作り出す。またもや狼の黒い影が現れたのだ。
「もう1匹いたのかよ」
だが、身体は満足に動いてくれない。
今の一撃で、力をほぼ使ってしまったようだ。
(もう力が尽きたのか)
この肝心なときに魔力切れ。
鎧から弾き出されれば、むき出しの魂。
魂だけで、防ぎきれるのだろうか。
黒い影は用心してか、襲いかかってこない。
見ると、もう一つ影が見えてきた。
その黒い影は徐々に固まり実体化した。二体目の狼の影が現れた。
援軍が来るまで待つ知恵があるのか。
「ちょっと、勘弁してほしいんだが」
焦る俺。ふと、右手の人差し指が輝く。
確か、手甲の下の指には……。
「指輪が反応している、のか」
と、ドアを蹴り飛ばす誰か。
「大丈夫ですか」
粗い息を吐きながら、ラフィーナが現れた。
「あ、ああ。大丈夫だ」俺は肯くと、彼女は「良かった。間に合いました」と微笑む。
ラフィーナは、黒い影へとむき直すと、弓を持つように身構える。
すると、いつの間にか彼女は弓を手にしていた。
弓矢をつがえる。黄金の弓矢だ。
不利を悟ったのか、黒い影は同時にラフィーナに襲いかかる。
だが、ラフィーナは動じない。先ずは、手前の黒い影に、次に左側の黒い影にと黄金の弓矢を放ったのだ。
眩い光。光の矢は吸い込まれるように黒い影に命中する。
二つの黒い影は四散した。そいつらがいた場所には、二つの黒い石が残されていただけだ。
それともう一つ、俺が倒した分も転がっている。
どうやらラフィーナに助けられたみたいだ。
「サンキュ、助かったよ」
俺は素直に礼を述べた。
「いえ、遅くなって済みません。まさか、こんな所にまで魔物が湧いて出るとは思いもよりませんでした。
新月の夜は注意すべきなのに……」
ラフィーナは申し訳なさそうにそう言った。彼女の額には、汗が滲んでいる。
大急ぎでここまで来てくれたのだろう。
「そんなことない。助けられたんだから、文句なんて言えないよ」
「カー」
カン助が、ラフィーナの肩にとまっている。
どうやらラフィーナを呼んできてくれたのは、俺の精霊獣のようだ。
「ナイスアシスト」
俺はカン助にも礼を述べた。
「カー」
カン助は軽く翼をばたつかせた。
「わたしの部屋に来てくれますね?」とラフィーナは笑顔で言う。
だけど、これはかなり怒っているようだ。
「ああ、分かった。だけど、玲奈に会うのが先だ」
「今、危険な目にあったばかりですよ」とあきれ顔。
全くその通りなのだが、逆に玲奈の身にも何か起こるかもしれない。
今、俺を狙った黒い影は、俺のことを知っていて狙った、そんな気がしてならないのだ。
「頼むよ」俺は真顔になり、ラフィーナに頭を下げた。
「そのご様子では、行くなと申しても勝手に行かれるみたいですね」
「ああ」
「……では、お教えしましょう。その前に」
ラフィーナは、俺に魔力を注いでくれた。
力が漲る。
と、反対にラフィーナは蹌踉めいてしまう。かなりの力を注いでくれたようだ。
「今のユウト様ならば、先ほど程度の黒い影に負けることはないでしょう。
ですが、無理は禁物ですよ」
「済まない。助かるよ」
「レイナ様は大切に保護されておりますよ。
この様な物置とは比較にならないほどに。
ですが、
そのことをご自分の目で確認するのは悪いことではないでしょう。
ユウト様の不信感を拭えるのなら、それはわたしにとっても良いことですからね」
と、持って回ったような言い方をする。
どうやらラフィーナはツンデレの気があるようだ。まあ、惚れているかどうかは別問題なんだけれど……。
「ありがとう。助かるよ」
俺は再び礼を述べる。心配してくれているのは確かなのだから。
「分かりました。お教えしましょう。ですが、明後日にも下屋敷についてきてもらいますからね」
「明後日か。分かったよ」
「それと、注意点をお一つだけ。
レイナ様の護衛の兵士の方ならば、見ることは出来ないでしょう。
ですがわたしのような、聖属性の力を持つ者。
例えば聖職者ならば、ユウト様の姿を、見ることが出来るでしょうね」
「分かった。気をつけるよ」
「では――」と、ラフィーナは玲奈が暮らす別館の場所を教えてくれた。
王族や公爵などの高い身分の人間が泊まる館だという。
警備は相応に厳重なので、かなり気をつける必要があるみたいだ。
「レイナ様のお部屋は……」
ラフィーナは簡単な見取り図を取り出して、玲奈の部屋を教えてくれた。
「ですが、聖女様のお部屋には、ここよりも強力な結界が張られていると思います。無駄足になるかもしれませんよ?」
と、ラフィーナ。素直になれない性格だな。
「ま、行ってみれば判るよ」
「やはり、レイナ様がご心配なのですね」
「ああ、そりゃそうだ」
こんな世界に一人なんて、心細いに決まっている。
俺も気を張っていないと不安に押しつぶされそうなんだから。
今はやるべき事が一杯で、不安になる暇が無いだけだ。
「では、レイナ様がお着替えをしていないように、わたしは女神様にお祈りしておきましょう」
そう言うと、ラフィーナはニコリと微笑む。
「はは……」
やはりバレていたみたいだ。
「それじゃ、玲奈のところへ行ってくるよ」
俺は逃げるようにこの場を去る。
「カー」
とカン助が俺の肩に停まる。
「お、道案内でもしてくれるのか?」
「カー」
カン助はコクリと肯いた。
「はは、そいつは頼もしいな。
じゃあ、捕らわれたお嬢さんのところへ向かいますか」
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