第7話 簡単な幽体離脱のやり方

「では、これからのことなのですが……」

 と、ラフィーナが話を切り出した。

「先ずは王都にある、ベルゼクト家の下屋敷に向かいたいと思います。

 そこで父上と面会をしていただきたいのです」


「へえ、君の親父さんとか……。

 召喚の儀式は失敗したのに、俺は勇者だと主張しても、信じてくれるのかい?」

「はい。実際にユウト様とお会いすれば、ユウト様は紛れもない勇者だと認めてくれるでしょう。

 そこで、わたしのパートナーに選んでくれたことを報告したいのです」

「幽霊勇者でも良いのかい」

「はい。大丈夫ですわ。

 勇者としての責務を果たしてくれるのなら、問題ありませんから」


「そこが一番の問題なんじゃないか」

「ご心配なさらずに。

 召喚されること自体が、優秀な証なのですよ。

 ユウト様は自信をお持ちになった方が良いですわ」

「自信ねえ」

 俺の現状は、取り敢えず動けるようになっただけだ。

 いざ戦いになれば、どうなるんだろう。


「先ずはレイベール学園に向かいたいと思います。

 そこは勇者と聖女を育成する学園なのです。

 そこで、ユウト様の力をつけることと、仲間となる学生を募りましょう。

 王国からの命令が来るまで、そこで力を蓄えたいと思います」

「なるほど、分かったよ。」

 それで、面会に行くのはいつ頃なんだい」

「そうですね。明日にでも向かいたいと思います」


 俺が召喚されてから、それなりの時間が過ぎた。

 窓の外は真っ赤な夕日が沈むところである。

「そうか。まあ、今日は色々あったからなそれで良いよ」

「はい。では、後で下屋敷に連絡をしておきましょう」


「ところで、この鎧から、魂を抜き出しても大丈夫なんだろうか」

「ええ。その場に留まるための足場みたいなものです。

 魂だけとなることも出来るはずです」

「そうか、良かった」

 俺は少し安心した。

 もし鎧が破損したら、護符と一緒に魂までもが消え去る。

 そんなアクシデントは起こらないみたいだ。


「ある意味不死身なんだな」

「そうですね。ですが、強力な瘴気の塊をぶつけられたら、危険かと思います。

 魂を守る器である肉体が無い分、耐性に劣るでしょうから」

「俺の魔力、聖属性でも太刀打ち出来ないのかい」

「聖属性と闇属性は、対立する関係です。

 より強い方が、弱い方に打ち勝つ関係なのです。

 ですので、ユウト様の場合は魔力の枯渇さえ無ければ十分対応出来と思います」


「よほどヘマをしなければどうにかなるのか」

「もし、俺の魔力が切れて、対応出来ないのなら……」

「ユウト様の魂は消滅するでしょう。そして、その場にいるわたしや、周辺にいる仲間たちは闇に飲まれて死ぬでしょうね」

「そんな相手に出くわさないように祈るよ」

                   

                  ★


  俺は今、身体から魂が抜け出す練習をしている。

 いわゆる幽体離脱というヤツだ。

 ラフィーナが言うには、死の淵から蘇った人間は、魂が抜けやすくなると言う。

 具体的な方法教えてくれなかった。

 まあ、彼女は生きているんだから当然の話なのだけど。

「生まれてきて十七年。幽体離脱を特技にしたい、とは思わなかった」

 ラフィーナと出会ったことで、取り敢えず地縛霊の危機は無くなった。

 装飾品の鎧に護符を貼り付けることで、「身体を動かせる」ようになった。


 まあ、ラフィーナに言いくるめられたような気がしないでもない。

 だが、見知らぬ異世界で知り合いが出来たことは幸運なことである。

 元の世界に帰る方法を探さなきゃいけないからな。


 まあ、どうにかこうにか一段落はついたようだ。

(次は、玲奈の様子が気になるな)

 アイツは聖女と呼ばれるくらいなのだ。

 非道い扱いは受けていないとは思うのだけれど。

 やはり心配である。


(早く、玲奈の様子を見に行きたいもんだ)

 だが、鎧姿でうろつき回る不審者。捕まるのは目に見えている。

 だから、今、幽体離脱の練習をしているのだ。

(幽霊勇者なら、誰の目にも触れずに、玲奈に会いに行けるからな)

 幽体離脱のコツを掴むまでは、訓練するしかない。



 何時間が過ぎたのだろう。訓練の成果が現れた。

 俺は自在に鎧から、魂が出入り出来るようになったのだ。

「出来た」

 コレで自由に部屋を出入り出来るだろう。

「よし。ラフィーナに、玲奈が暮らす屋敷を教えてもらおう」

 玲奈は今、この館にはいないと聞いた。

 だが、この馬鹿でかい城の敷地の中、闇雲に探し出すのは難しい。

 やはり城のことを知っているラフィーナに、聞くのが一番早いだろう。


 早速壁を通り抜けて、隣部屋の中を覗いてみる。

 少し薄暗い照明。

(ん。もう夜なのか?)

 時間の感覚が麻痺していて、何時だか分からない。

 ファサっと、何やら軽いものが落ちたようだ。


「ん? 何だろう。誰かいるのか」

 確かラフィーナは食事をしていると思う。

 風呂も別の所にあると聞いた。


(他に誰かいるのかな?)

 俺は気になって音のした方へ向かう。

 カーテン越しに見える影。長い髪の毛の少女。


(もしかして……)

 カーテンの隙間から、金髪をたくし上げて、うなじが見える。

(こ、これは……)

 真っ白い素肌がチラリと見えた。

 細い紐を掴む指先。その先にあるのは……

(これは恐らくブラ……)


「カー」

 突如カン助あが現れて、俺の視界を妨げる。

(馬鹿、今丁度良いとこ……。いや、これは違う、違うんだ)

 と、必死になって精霊獣に言い訳をする。


「カー」

 カン助にうなじの辺りを突かれた。

「痛っ。おい、こら待て、今のは違う。事故、事故なんだよ」

 俺は、カン助から逃れるようにして、部屋から出て行った。

「何だ、ラフィーナは着替え中だったのか……」

 どうやら既に風呂にも入り、就寝する準備をしているのだろう。


「あのカーテンの隙間……。いやあ、もう少し右だったなら……」

 もう少し見えていただろう。惜しいことをしたものだ。

「いや、惜しかったじゃない」

 俺は両手で、頬を叩いた。

 まあ、痛くも何ともないのだが、少しは気が紛れた。

 普段なら、こんなラッキースケベは大歓迎。

 なのだが、今は幽霊勇者で、そしてラフィーナのパートナー……、と言うよりも、魔力の供給を受ける身分。

 力関係は俺の方が下だろう。

 ある意味便利な召使いみたいなもんだ。


「流石にラフィーナと合わす顔がないよな」

 俺は未だ見ていない。

 不幸な事故、未遂である。

(ラフィーナには、バレていないはずだ……)

 だが、もしバレていて、パートナーの怒りを買ったら、後でどうなるか知れたモノじゃないのだ。


 ラフィーナが割り当てられた部屋から、廊下へ出る。少し頭を冷やす必要があるのだ。

 鎧姿で、ラフィーナの寝室の前で、突っ立てるのも変なもんだ。

 平謝りするのは、まだ早い。

 だから、上手い言い訳……。

 いや、冷静な判断力をもって、俺の言い分を証明するためには、今の動揺を抑える必要があるのだ。


 だけど、

(あれは多分ネグリジェだったと思う。 

 美少女の寝間着姿はかなり目の毒なのだ。

(そりゃ身体が無いからな。

 そもそもだ、俺はいやらしいことなんてしないヤツなのだ)

 俺は紳士である。

 そりゃ隣に美少女が居るならば、をジックリと観察……。いや、遠くから愛でることはあっても、触ることは決してしないのだ。


「煩悩退散、煩悩退散」

 頭を振り、煩悩を追い払う。

 だが、あの膨らんだ……。

「うおおおっ、駄目だっ」

 何処か、煩悩を追い払う場所はないのか」


 窓の外を見やる。

 いつの間にか月が出ていた。

 ボンヤリと月を眺めていると、ふと小さな尖塔を見つけた。

 城や館に比べればこぢんまりしている。窓から灯りも見えない。誰も居ないだろう。

「よし。あそこで雑念を追い払おう」

 そう決意すると、俺は壁をすり抜けて、尖塔へ向かった。


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