第6話 聖女サマは現実主義(もしくは俗物)

「見ての通り大した役には立てないと思うんだけれど」

取り敢えずは行動出来る。

 だけど、それはこの少女の力が無ければならない。紐付きだ。

(これは弱味を握られてしまったかも……)

 これでは、勝手にラフィーナの側から離れることは出来ない。


「……一つ、聞きたいことがあるんだ」

「何なりと」

「勇者のパートナーって、具体的には何をするんだい?」

 いきなり言われても訳が判んないだけど……」

「そうですね、大変失礼いたしました」と慇懃に頭を下げた。

「先ほども申し上げた通り、貴方は紛れもなく勇者です。自信をもってください」

「うーん、そんなことを言われてもなあ」

 召喚された経緯が大問題なんだ。

 せめて俺一人だけで、身体もあり、チート能力を一つだけでも与えられたのならば、こんなに悩むことは無かったのだけれど……。


「先ずは、勇者と聖女が必要とする、この国の切実な事情をお話いたしましょう」

 と、ラフィーナはそれぞれの役割を説明してくれた。

 ザックリ言うならこういうことだ。


 この国には、古来より魔物と呼ばれる得体の知れないモノが存在する。

 ソレは、深い闇から生まれ来る。

 強さはピンからキリまで。

 子犬程度の強さから、単独で要塞を一つ陥落させるほどの強さのものまで幅広い。


 ここ数年で、魔物の発生数が尋常では無くなってきた。

 敵対していた国同士でさえ、協定を結ばざるほどの大量発生だという。

 魔物という闇から生まれ出た謎の存在。

 そいつを効率的に倒せるには聖属性の武具が必要となる。

 だが、聖職者がいちいち武具に付与魔法を唱えていては埒が明かないほど魔物は発生している。

 ハッキリ言って聖職者の人数が、まるで足りていない。

 更なる力を持つ者が必要となったのだ。


 聖職者よりも上位の存在。

 女神から直接の加護を得た人間が、男性ならば勇者。

 女性なら聖女と呼ばれているのだ。


 国中から、勇者や聖女の適正のある少年少女をかき集めているのだが、芳しくない状況だ。

 そこで藁にもすがる思いで使ったのが、古から伝わる召喚の儀式であったのだ。

 その儀式に運悪く引っかかったのが、俺と玲奈と言うわけである。


 有り体に言えば、この辺りはお約束というヤツだ。鉄板ネタである。

ただし、一般的な勇者召喚と少し違うのは、勇者が聖女を守る矛の役割、聖女が民衆を救う盾の役割を担うということだ。


 戦闘面では勇者が優れ、守備面では聖女の回復が優れる。そのような認識らしい。

 どちらが必要かどうかは、その時代によって違うようだ。

 今回みたいに、勇者も聖女も両方欲しいというのは、かなり切羽詰まった状況と言うわけだ。


 女神様かどうかは分からないが、俺は光に包まれた瞬間、何か懐かしくて温かいものを感じ取ったのは確かである。


「――この様に、

 勇者様と聖女様がパートナーとなると、相乗効果で聖なる力が更に向上するのです」

 そうラフィーナは説明を締めくくった。

「へえ」

 俺は肯く。つまり足し算ではなくて、かけ算になるのか。

「つまりラフィーナ、君の能力が大幅に上がると言うわけだ」

「はい。

 ユウト様は、女神様から遣われし勇者。

 他の勇者とは別格の力を秘めているでしょう」


「別格、ねえ」それで幽霊勇者になったのなら、世話がない。

「あれ、そう言えば聖女は確か、玲奈も呼ばれていた。そしてラフィーナ」

「はい」

「君も聖女なのだろう?」

「はい。今回の儀式で正式に認められました」

「聖女とか勇者って、何人もいるのかい?」


「現在勇者と聖女を育成する学園では、それぞれの候補生が研鑽して、本当の勇者や聖女を目指しております。ですが……」ラフィーナはため息をつく。

 「レイナ様を見ていると、あの領域に達するのは非常に困難だと悟ってしまいます」

「そんなに凄いのかい?」

「ええ。破格と申して間違いありません」

 貴方もその素質があります。精霊獣を従えているのが何よりの証拠です。

 ユウト様もレイナ様も、このヴァルベール王国にとって、かけがえのない存在となるでしょう。

 そうして、王国を救うことが出来た暁には、それぞれの勇者、聖女は救国の英雄としての名声と栄華が約束されているでしょう」


「ふうん」俺は暗澹たる思いになる。

 無理矢理連れてきて、馬車馬のように働かせた見返りが地位と名誉か。

(そんなものよりも、俺たちは元の世界に帰りたいんだ)

 最低限、俺たちは無事(当然身体は取り戻す)に、元の世界に帰ること。

 そんな選択肢が有るのならば、困っている人たちを手助けするのもやぶさかでは無いんだけどね。


「そして、ユウト様がお望みの元の世界に戻る方法。

 それを知ることが出来るかもしれません」

「え、知っているのか」

「いいえ。残念ながら、わたしは知りません。

 ですが、その手掛かりとなる「場所」は知っています」


「そ、それは何処だい? 何が書かれているんだ」俺は前のめりになって、ラフィーナに尋ねた。

「王宮にある書庫。そこには歴代の王族の伝記が保管されているのです。

 ですが、王族の方々しか入れない書庫。

 わたしでは詳しい情報は知り得ないのです」


「王族って……。そうか、聖女や勇者も結婚すれば王族になるのか」

「はい。

 王族になれば、王宮の書庫にある門外不出の蔵書の閲覧が可能となるでしょう。

 その中には、歴代の勇者様や聖女様の生涯について、書かれた伝記があると言われています」

「勇者や聖女……。俺たちみたいな召喚者か」

「はい。極々わずかならがら、元の世界に戻られた方もいらっしゃるようなのです」

「具体的な方法は、書いてあるのか」

「それは、分かりません。先ほど申した通り、王族の方しか閲覧出来ないのですから」

「そ、そうだったな」

 焦って空回りしてしまった。

 ラフィーナも書庫に入ったことが無いのなら、知っていることは無いだろう。

「そうか、書庫に手掛かりがあるのか……」

 問題は、王族しか入れないということなのだが……。

(俺は幽霊勇者。もしかしたら入れるかも知れない)

 その為にはラフィーナと手を組んで手柄を挙げるしかない。そうして手柄を挙げたら王宮に入れるようになるだろう。

                  ★

 ラフィーナが、俺とパートナーになることで、得られるメリットについて理解できた。

 この世界出身の勇者よりも、異世界から召喚された勇者の方が、大幅に能力が高いのだ。

「救国の英雄としての、名声と栄華」を狙うのならば、パートナーの能力は、高ければ高いほど良いだろう。


(この子、顔に似合わずしっかりしているなあ)

 現金というか、ちゃっかりしてるというか……。

 聖女ってそんな考えでもなれるのか。

 まあ、立身出世を抱くのは、戦国時代では珍しいことではない。

 この世界の価値観は、中世と同じならば、それを目指すのは当たり前なのかも知れないのだから。


(んん、待てよ。報酬が結婚って言っていたな)

 勇者ならば、お姫様。聖女ならば、王子様ということだ。

 ならば、玲奈の場合は……。

「……もしかして、玲奈が大活躍したのなら、王子様と結婚するのかい?」

「はい。レイナ様は、テオドール殿下とご結婚なさるでしょう」

「そんなこと、誰が決めるんだよ」

「国王陛下です。これは大変名誉なことなのですよ」

「……本人の同意も無しにか」

「はい」

 ……何だか頭が痛くなってきた。いや、身体は無いんだけどさ。


「そいつはどんなヤツなんだ」

「金髪碧眼で、背丈はユウト様よりやや高くて、聡明で心優しいお方です」

「あいつか……」あの大広間で、玲奈をお姫様抱っこした青年のことだろう。

 だけど、やけにラフィーナは王子を褒める。もしかしたら気があるのかもしれない。


「そうなると、玲奈が活躍すると、王子と結婚するのか」

「はい。レイナ様のパートナーは、テオドール殿下と決定しています」

「ラフィーナ。君は、王子様と結婚出来たら、嬉しいのかい?」

「はい。それはもう」

 いくらイケメン王子だとしても、金と権力と一緒に義務と責任がついてくるだろうに。

 ディズニーアニメのお姫様みたいに、舞踏会とかして、美味しい料理を食べてるだけじゃないんだぞ?


「はあ。物好きだねえ」

 俺は冷ややかな眼差しで、ラフィーナを見た。

 これはもう、価値観が違うのだろう。

 現代人の感覚では、一国を背負う責任感なんて、総理大臣にならなきゃ分からない。

 生徒会の会長でさえ、大変そうに見えるのに、よくなりたがるものだ。


「失礼ながら、ユウト様。この世界は、力が無ければ何も出来ない。

 その様に出来ているのですよ」

 ラフィーナは真顔でそう言う。

 少しだけ……。いや、かなり怒っているようだ。


「あ、いや。ご免」

 俺は謝罪する。これは言い過ぎた。

 ラフィーナが俺たちの居た世界を想像出来ないのと同じく、俺もこの世界のことを何も知らない。

 勝手に決めつけるのはおこがましいだろう。

「いえ。わたしも出過ぎた真似をしました」と謝罪する。


「では、パートナーを示すための指輪を」

 ラフィーナは銀色に輝く指輪を取り出した。

「これを指に嵌めてください」

「え、手甲越しに?」

 俺の今の状態は、鎧に憑依した幽霊だ。

「いいえ。ユウト様の指に、です」

「幽霊でも触れるのかい」

「はい。ユウト様は精霊獣を使役しています。

 先ほどのペンダントと同様に触ることが可能です」


「ふうん」

 カン助は、俺の肩にとまる。

 ラフィーナから手渡された指輪にそっと指で触れてみる。確かに触れたのだ。

「で、嵌めるのはどの指でも?」


「はい。薬指でも構いませんよ?」

 とラフィーナ悪戯っぽく微笑む。

「はは」

 何だか後が怖そうなので、俺は人差し指に付けることに決めた。


 俺が指輪を嵌めようとしたとき、ラフィーナは、

「本当に良いのですか?」

 と、少し不安そうな眼差しを向けてきた。流石に罪悪感でもあるのだろう。


 パートナー選び。俺にとっては不意打ちみたいなもんだ。

 何せ拒否権が無いのだから。

 とは言っても、幽霊勇者には他に選択肢も無いのだ。

「良いさ」

ここで地縛霊になって過ごすよりは遙かにマシだ。

 俺は指輪を嵌める。


「ん?」指輪を伝って、何かが伝わってくるのが分かる。

(ラフィーナの心の奥?)

 何だろう、意志が強いというか、毅然としているというか。

 だけど、冷たい感じではない。

 それよりも、温かい感じを強く感じる。

(心の奥底。根っこの方は善人みたいだな)

 やはり聖女に選ばれるだけはあるみたいだ。

(考え方は、俗物というか、現実主義というか……)


「繋がったみたいだ」

「ええ、そのようですね」

「ユウト様。有り難うございます」ラフィーナは深々と頭を下げた。

「何を改まって……」

「やはり、貴方は勇者で間違いないようです。とても温かい心をしていますね」


「そうかな」

 俺がラフィーナの心に触れたのと同じく、ラフィーナも俺の心に触れたのだろう。 

 何だかむず痒い。


「俺は王子サマから玲奈を取り戻して、元の世界に戻ること。

 君は手柄を立てて、王子サマと結婚すること。

 結局は、俺と王子とのパートナーを取り替えること。

 それが最終的な目的なんだろ?」

「はい」

「それが、お互いにとって、メリットがあると言うことか」

 そう言う意味では、友人と言う関係よりも、商売での取引相手みたいなものだろうか。

「なら、俺とラフィーナの関係は、パートナーであると共に、取引相手ということか」

「はい。その様に認識してもらって結構です」


「それで、わたしと「取引」してどう思いましたか?」

 ラフィーナは魅惑的な微笑みを浮かべた。とても同年代とは思えない。

(この子、かなり小悪魔……。いや、もしかして悪魔的?)

 指輪を通じて、ラフィーナの心に触れていなければ、お近づきにはなりたくない。

(いや、この美少女ならば、欺されるヤツは幾らでもいそうだな)

 と、そんな不埒なことを考えてしまった。


 だが、実際は偽悪を演じているだけなのだと、今なら分かる。

「そうだな。悪い取引ではなかったと思うよ」

「はい。それは喜ばしいことです」

 ラフィーナは満面の笑みを浮かべた。

 この笑顔は本物なんだな、と何となくだけど信じられるのだ。



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