第5話 動く鎧と、お願いと
先ほどの大広間を出て、幅が広くて長い廊下を渡ると、外に出た。
彼女の目指す場所が見えてきた。
城の中庭から、少し離れた場所にある館。城と対比するとこぢんまりしているが、かなり立派な建物だ。
ここまで歩いてくるのに、十五分ほどかかった。どれだけデカい城なんだと呆れてしまう。
多分、東京ディズニーランドよりも広いだろう。
ラフィーナが門の前に立つと、門扉は独りでに開いていった。
スタスタと進む彼女の後を、俺も行く。
館の前。間近で見ると、本当に高級ホテルみたいである。
「此処がわたしたち、聖女たちが暮らす館です」
「玲奈もここで暮らしているのかい?」
「へえ」
独りでに開く重厚なドア。
「おお」
館に入ってみて、その豪華さに驚いた。外観同様に、ホテルのロビーみたいである。
俺は、見るからにお高そうなガラス細工の時計を眺めていた。
背丈は俺の胸元ぐらいまである大きな時計だ。
「それは水晶時計です」
「ほほう」こんな大きな水晶なんて、初めて見た。
入館の手続きが終わったみたいだ。
聖女が暮らす館であるため、やはり警備は厳重みたいだ。
だけどスタッフには、俺の姿は見えていないと思われる。
やはり幽霊は認識出来ないようだ。
「こちらです」
ラフィーナは、一番奥の部屋に向かうようだ。
俺は彼女の隣を歩く。
「玲奈の部屋は何処にあるんだい?」
「いいえ。レイナ様は王宮に近い別館です」
「そうなのか」
どうやら玲奈の扱いは別格みたいだ。
王宮に近いと言うことは、この館よりも更に豪華なのかもしれない。
「ここがわたしの部屋です」
とラフィーナは立ち止まと、ドアノブに手を添えた。
ガチャリと音がして、ドアが回るようになったみたいだ。
女の子の部屋。
いつもの俺ならば、ドギマギして部屋の中を拝見するのだろうが、今は到底そんな気になれない。
なにせ身体が無い幽霊だ。焦燥感しか無い。
(生きてるだけで丸儲け、か……)
田舎の婆ちゃんの口癖だ。実際の所、幽霊になってみるとその言葉の意味が身にしみて分かるのだ。
(だけど、身体が元にもどったのならば……)
今後の参考になるかもしれない。そんな邪な考えも浮かんでしまう。
「さあ、どうぞ」
とラフィーナはドアを開ける。
「お邪魔します」
と、俺は彼女の後に続いた。
そして、先ほどまでの心配は杞憂に終わった。
部屋の中。
少女、というか女性の部屋とは思えないほど色っぽさが無かった。
がさつな姉さんの部屋よりも、女の子らしくない。
(私物が無いのか……)
ファンシーな小物や、アクセサリーなどの自分を彩る物が無い。
館の備え付けの家具しかない。
私物と言えそうな物は、雑多な書類や書物があるくらいだ。
それらはキチンと整理整頓されているので、厳しい教頭がいる職員室を思わせた。
観葉植物の一つも無い。実に色気が無いというか、生活感の無い部屋である。
ただ一つ目を惹くのは、新品の甲冑だ。
部屋の装飾品として並べられているのだろうか。
その横を見ると、華奢なラフィーナには似つかわしくない剣も壁に掛けられていた。
漫画やラノベに出てくるような、女の子の部屋とはまるで違う。やはりあれは妄想が入っているのだろうか。
ラフィーナは、部屋の中を見回した。
「めぼしいものは……。やはり、あれしかありませんね」
そう言うと、甲冑の前に立ち止まった。
「勇者様、失礼します」
ラフィーナはそう言うと、俺からペンダントをそっと取り上げた。
ガクリと力が抜けて、再び何も触れなくなった。
「え、それを取り上げられると困るんだけど……」
「ご心配なく。ちゃんと護符をお作りしますから」
ラフィーナは机から何かを取り出して、文字を書き込む。何か文様が書かれた小さな紙だ。
文字を書き終えると、静かに目を閉じる。彼女の身体から淡い黄金の光が放たれて紙に吸い込まれた。
ラフィーナの額に汗が滲む。真剣な眼差しを護符に向ける。
「はあ、はあ。出来ましたわ」
粗い息。先ほどのペンダントと同様に、かなりの力を使ったようだ。
ラフィーナは先ほどの護符を、鎧の首の裏辺りに貼り付ける。
すると、鎧は幾ばくかの光を一瞬だけ放った。
「少し護符に力を注ぎますね。――はい」
彼女の指先が黄金色に輝いた。
「この鎧に身体を重ねてみてください」
「これにか?」
俺の問いかけに少女は微笑み肯いた。
「わ、わかったよ」
何の魔法か理解出来ないが、此処まで来たらやるしかない。
俺はラフィーナを信じて、鎧の中へ飛び込んだ。
「身体が、動くぞ」
俺は感嘆の声を上げる。
正確には鎧が、だけど。
だが自分の意志で思い通りに動かせて、この場から移動出来るのは大きい。
地縛霊から一歩も二歩も前進だ。
でも、奇妙な既視感がある。これって有名ゲームに登場する雑魚キャラ、いつも徒党を組んで襲ってくる嫌なヤツ。
有名な漫画ならば――。
「鋼の錬金……」言い終わる前に、カン助に頭を突かれた。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
「物を持てるか試してくださいますか?」
「ああ。分かったよ」
テーブルの上に置かれたグラスを、恐る恐る掴む。
未だぎこちない動きだけど、確かにグラスを掴むことが出来たのだ。
「おお」思わず声を漏らす。普段の何気ない行動が、再び出来ることに感動したのだ。
素通りしないで物を掴み動かすことが、これほど嬉しいなんて初めて知った。
「あ、あれ」急に力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
「護符に蓄えられた魔力が尽きたのですわ」
ラフィーナは、再び鎧の首元にある護符に手を添える。
力が流れてくるのが分かる。どうにか鎧を起き上がらせることが出来た。
「今の貴方の力では、この世界に留まるだけで精一杯でしょう」
「そうみたいだね」残念ながら、俺だけでは鎧を動かせないようだ。
「ですが、貴方が力を付ければ、お一人で鎧を動かせるとは思いますよ?」
と、ラフィーナはかがみ込むと、俺と目線を合わせた。
「力を付ければ、か……」
先ずは、力を付ける方法を探さなきゃいけないのか……。問題がまた一つ増えてしまったようだ。
「でも、その間は、わたしの力が必要となるでしょうね」
と、ラフィーナは言い含める。
(コレ、お願いをする前振りだよな)俺は内心ため息をつく。
「……ああそう言えば、お願いだったよね? 確か君のパートナーになるとか……」
「覚えていてくれて幸いです」
と、ラフィーナは実に良い笑顔を見せるのだった。
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