第4話 聖女サマとの出会い

 いや、一人だけいた。

 清楚な雰囲気の美少女。どこかのご令嬢みたいだ。


 異世界の美少女と目が合う。

 どうやら俺に気づいたようだ。この子は俺の姿が見えるようだ。


 彼女は、ゆっくりと俺の方へ歩む。

 美少女は俺の二メートルほど手前で止まる。

 流石に警戒しているのだろう。

 だが、明らかに俺のことが見えているのは確かだ。

「**勇者さま?」

 彼女は、俺に話しかけてきた。

 しかし、声はハッキリとは聞こえない。


「どうか、*****」少女は首元のペンダントに手を添えると、鎖を外した。

 ペンダントの中央部に嵌められた蒼い宝石。それを俺に指し示した。

 宝石に触れろ、と言っているみたいだ。


「え」何かの罠か?だが、幼なじみは連れ去られた。

 迷っている暇はない。

「だがなあ……」先ほどと同じく、俺はペンダントには触れられないのではないか、俺は躊躇い、手を伸ばすのを止める。


 と、それを見ていたヒヨコ。そいつは意を決するように肯く。

 少女が手にする宝石を取りに向かった。


 少女が手を伸ばすと、ヒヨコはくちばしに鎖をくわえる。

 羽を激しく上下しながら、ヨタヨタと俺の方へペンダントを持って来てくれた。

 俺は、蒼い宝石にそっと手を触れた。

 すると、少女の声がハッキリと聞こえるようになったのだ。

「これ、は……」驚く俺。

「良かった。貴方の言葉が聞き取れますわ」と、少女の声。

「そうみたいだ」

 俺もほんの少しだけ安堵した。だが、言葉が聞こえ辛いよりも、更に大きな問題があるのだ。

 俺は、いつ死んでしまったのか、という大問題を。


「君は、俺の声が聞こえるのかい?」

「はい」と、少女は肯く。

「他の連中は、俺の声どころか、姿も見えないのにか?」

「ええ。その様ですね」

 やはり、その認識で正しかったようだ。

 そうすると、俺の今の状態は……。

「俺、幽霊ってヤツなのかな?」

「魂のみの存在という意味では、幽霊と同じですね」

「やっぱり」

 俺の身体から力が抜けるような気がした。と、いっても身体が無いので、そんな気がするだけなのだろうが……。

「現状では、貴方は魂だけの存在です。魂だけでここから動けるのは少し難しいかもしれませんね」

「魂なんて、簡単に動けるんじゃないのかい?」

 人魂なんて、勝手にウロウロしているイメージがあるんだけれど。


「魂だけなので、他の存在に介入出来ないのでしょう。

 要は起点となる場所、肉体が存在しないから、自由に移動出来ないのです」

 と、もっともらしいことを言うが、俺の脳みそでは理解出来ない。

「それってつまり?」

「起点となる存在を作れば良いのです。

 そのペンダントはわたしたち聖女候補が身につける特別製です。

 それを起点にしてみましょう」

少女は、俺の所に歩み寄ると、蒼い宝石にそっと触れた。

 彼女の身体が淡く輝く。温かな黄金色の光だ。


「貴方の周囲に結界を張りました」

 一瞬だけ俺を包んだ半ドーム状のもの。平たく言えばバリアだろうか。

「もう少しだけ。これなら……。

 少女は、蒼い宝石に力を籠めているのが分かった。

 不思議な力をこめられた、力のあるペンダント。

 ペンダントから俺へと。力が伝わってくるのが分かる。


「これは……」

 俺は、自分の身体をジックリと見回した。

 ボンヤリと身体は透けていて、妙である。

 だけど、確かに足下の床を感じ取れる。

 足を上下に動かしてみても、床を通り抜けることはない。

 足を動かして見せると、前に歩くことが出来る。

 どうやら此処から移動出来そうだ。


「どうやら上手くいったようです、ね……」

 よろめく少女。

「おっと」

 俺は倒れかけた少女を受け止めた。

「今のわたしでは流石に厳しいようですね」

「大丈夫かい」

「ええ、ご心配なく。少し身体を休めれば大丈夫です」


 俺は、彼女の荒い呼吸が収まるのを待つ。この少女ならば、俺の置かれた状況を説明してくれるかもしれない。

 俺は、この物知りな少女に尋ねることにした。


「俺はいつの間にか死んじゃったみたいなんだ。どうしてだろう」

「先ほども申しましたが、貴方は魂だけの存在。

 ですが、「貴方は死んでいる」とは言い切れない状態なのです」

 ここで少女は、一拍おいて、

「何故ならば、己の肉体を失った生き物は、徐々に魂が蝕まれていき、消滅するか悪霊になるのかの二択です。

 ですが、貴方に悪霊化の兆しは見えません。

 邪悪な気配を感じないのです。

 むしろ逆ですわ。貴方から放たれる魔力は、紛れもない聖属性です」


 少女は、姿勢を正すと、俺をジックリと見つめる。

「異世界召喚された方ですね?」

「召喚と言うよりも巻き添えに近いんじゃない?」

「以前召喚された、黒髪の聖女様。あの方と同郷の方ですか」


 少女は、やはり玲奈を知っているみたいだ。

 先ほど見た幼なじみは、大勢の人間に囲まれていた。

 ならば、玲奈は聖女として召喚されてしまったのだろう。


「勇者様、ですのね」少女の瞳の色は期待に満ちたている。

「勇者ってそんな大げさな者じゃない」

 俺は大きくかぶりを振る。単に異世界召喚に巻き込まれただけだ。

 しかも幽霊にされたのだ。明らかに失敗だろうに。


「聖なる力の持ち主。そして、その精霊獣が何よりの証拠です」

「コイツが?」

「残念ながら、今の貴方は魂だけの存在。

 ですが、ペンダントに触れられるのは、間違いなくその子のお陰です」

「へーっ。コイツがねえ」

 いつの間にか俺の側にいた、妙ちくりんなヒヨコ。

 どうやらただのヒヨコでは無いようだ。

 今の俺の、数少ない味方となり得る存在だ。


「カー」

 ヒヨコは、エヘンと胸を張る。

「お前、そんなに凄いヤツなのか。なら名無しは寂しいよな」

「カー」

 ヒヨコは、そうだと、言わんばかりに大きく肯いた。

「……そうだな。カラスだからカン助。どうだ言い名前だろう」

「カー、カー」

 何やらヒヨコは、ご機嫌ななめのようだ。くちばしで俺の頭を突いてきた。

「痛っ、山本勘助みたいでカッコイイだろう。

 俺のネーミングセンスにケチをつけるな」


「カー」

 更なる抗議をするヒヨコ。

「なら、カン九郎はどうだ?」

 隈取りが似合いそうなヤツになりそうだ。


「カー」ヒヨコは首を振る。お気に召さないようだ。

「ならば、カン太郎はどうだ?」

 ただし、寒さに強そうだけど、勝手に何処かへ行ってしまいそうだ。


「カー」ヒヨコは首を振る。どうやら気に入らないようだ。

「じゃあ、カン吉はどうだ?」

 だが、行動力はありそうだけど、勝手に借金をこしらえそうだ……。


「カー」ヒヨコは首を振る。どの名前も不服そうだ。

「これ以上思いつかないぞ。

 もう良い。お前はカン助に決定だ」

「カー」

 ヒヨコ、もといカン助は残念そうに鳴いた。

 これは既に決定事項である。異議申し立ては受け付けないのだ。


「ところで……」少女はコホンと咳払いを一つする。

「わたしの名はラフィーナ・ベルゼクトと申します。

 僭越ながら申すならば、聖女の一人です」

 と優雅にドレスをつまみお辞儀をした。カーテーシーというヤツだ。

 アニメでは良く見るが、本物は初めて見た。


「俺は優斗。異世界召喚に巻き込まれたヤツだ。まあよろしく頼むよ」

 俺はラフィーナにペコリと頭を下げる。

 俺はこの世界のことは、サッパリ分からない。

 ラフィーナと名乗る少女が、この国の関係者であるだろう。

 だが、いきなり食ってかかるのは、流石に拙いだろう。

 

「ええ、了解しました」

「ところで、ラフィーナ。今の状況を教えてくれないか? ついさっきこの世界に来たばかりで、何が何だかさっぱりなんだよ」

「まず、何と申してよろしいか……。わたしには謝ることしか出来ません」

 ラフィーナは深々と頭を下げた。

「まあ、俺の召喚は明らかに失敗だよな」

 怒鳴りつけたい気持ちは、もちろんある。だが、

 彼女は、この世界での味方になってくれるかもしれない人物だ。

 

「まあ、良いよ。

 君が仕出かしたことじゃないんだから……。そりゃ良くないけどさ」

 怒鳴りたい気持ちをグッと我慢する。

 彼女の心証を悪くするのは得策ではない。

 俺はラフィーナの謝罪を受け入れた。

(今、この子に見捨てられたら、俺は本物の地縛霊になっちまうからな)

 それと、

 あまりにも突拍子もない現状に、何だか変に頭が覚醒しまい、驚くほど冷静になってきたのだ。

 幽霊となったこと。

 そのことに大して、まるで現実味を感じないと言うべきだろうか。

 頭の片隅では、「俺は死んでいない」と信じてる自分がいるのだ。


「それでは、召喚陣の説明をさせていただきます」

 ラフィーナは話を再開した。

「召喚陣を通過するとき、この国の言語と、最低限の知識とを得ることが出来るのです。

 いきなり召喚されましたら、召喚された方は、混乱されてしまいますからね」

 と言う。

「いや、いきなり召喚されたら、ちょっと位知識があっても混乱するだろうに」

 俺が突っ込みを入れると、

「この国の切実な状況を知っておいて欲しいのですよ」

 ラフィーナはしたり顔で言った。

「へいへい」俺は肩をすくめて見せた。


「それと、一時間ほど前に召喚されたレイナ様。

 あの方とユウト様は、同時刻に召喚されるはずでした。

 ですが、時間的なズレが生じてしまったのです」

 ラフィーナは首をかしげる。


(……とばっちりだよな,全く)

 俺は盛大に息を吐く(身体が無いので仕草だけど)

 無理矢理召喚しておいて、オマケに失敗して、幽霊にされてしまう。

 そんな洒落にならない状況だ。

「それで、俺を元通りにする方法は無いのかい?」


「わたしの今の力では難しいと思います。

 ですが、今の状態よりは良くなる方法は存じております」

「本当かい?」

「はい。ご自身で動かせるぐらいは出来るでしょう」

「今は、それでも良い」

 俺は即答した。

 今の状況を変えられるならば、何でもするぞ。地縛霊なんざご免だからな。

「では早速ですが、わたしの部屋まで来てください。そのペンダントの効果は一時的なもので、あまり効率的ではありません。専用の護符を用いたいのです」

「ああ」俺は肯いた。


「はい」ラフィーナは、コホンと咳払いをすると

「ところで……。不躾ながら、ユウト様、わたしのお願いを聞いてくださいますか?」

 と、おずおずと申し出た。

 彼女は、少し潤んだ瞳で、俺を上目遣いで見つめるのだ。

 こんな美少女にお願いされるなんて、普段の俺ならば二つ返事でOKするのだが、今は違う。

 とっても嫌な予感しかしないのだ。だけど、断るという選択肢は存在しない。

「あ、ああ。俺に出来ることならば何でも、するかな?」


「良かった。嬉しいですわ」ラフィーナは満面の笑みを浮かべた。

「わたしを、ユウト様のパートナーにして欲しいのです」

「パートナー? 何だ、そんなことか。良いよ」

「嬉しい。有り難うございます」

 ラフィーナは頬を赤らめて喜んでくれる。


 恐らく、何か後で「責任」を取らされるのだろう。

 だが、今は良い。

 何にも知らないこの世界で、一人と一羽だけで行動出来るとは思えないからだ。

(何か起こったら、起こったで、どうにかするしかないからな)


俺は腹をくくると、少女と行動を共にすることを決めたのだった。



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