第3話 幽霊勇者になりました。

 真っ白い靄が晴れて、視界が広がる。

 とても大きな真っ白い部屋に、俺は立ち尽くしていた。


 上下左右の無い真っ白い部屋……。部屋なのだろうか。

 部屋だと思っているだけで、幻なのかもしれない。

 ついさっきまでの祠にあった奇妙な部屋から一転して、またもや不思議な空間。


 突然のことに、頭の中までもが真っ白になって考えが纏まらない。

 というか何も見えないし、聞こえない。

(何だこれは? 落ち着け、落ち着け)

 何か温かいものが隣にいるのは感じる。

 そいつはフワフワと俺の周囲を回っているようだ。


「うん?」

 次第に白い靄が晴れて目の前の光景が見えてきた。

 俺の目の前には黒いヒヨコに似た鳥がいる。

 そいつは心配げに様子を伺うように、俺の周りを飛んでいるのだ。

「カー」と、そいつは心細そうに鳴いた。


「お前心配してくれているのか?」

「カー」ヒヨコは肯いた。

「そうか。お前良い奴だな」

「カー」ヒヨコは嬉しそうに肯いた。

「ふむ」

 俺は、小さな友人をマジマジと見やる。

 身体の色は、やや青みがかった黒。

 鳥には詳しくないのだが、恐らくはカラスの雛だ。

 ただ、尾羽は自分の体長よりも長いので、断定は出来ないけれど。


 俺が今陥っている奇妙な体験。そして、いつの間にか隣に現れた不思議なカラス。

(もしかして、世に言うソウルフレンドなんだろうか)

 漫画やアニメのお約束だ。

 だけど、

 どうせなら猫耳で尾っぽのあるキツネ娘の方が理想である。

 巫女姿ならば、更に高ポイントである。

 この場合のシチュエーション的にはそちらが似合うと思われた。

(マスターと呼ばれてみたいもんだ。まあ、贅沢は言えないか)


 俺が、そんな不埒なことを考えていたら、ヒヨコに頭を突かれた。

「痛っ、悪かった。謝るよ」

 俺は、小さい相棒の頭を優しく撫でみる。少し機嫌が直ったみたいだ。


(この妙な場所を抜け出して、少し落ち着いたらコイツの名前を考えるか……)

 コイツが現れて、少し心に余裕が生まれたようである。



 俺は周囲を見回した。

 何処かの……。多分、お城か神殿の中だ。

 何処となく神秘的な雰囲気がする大広間だ。

 大広間といっても、神代学園の体育館よりも更に大きいだろう。そんな大広間に俺は立っている。

 白を基調にした部屋で、窓は無い。だが、豪奢なシャンデリアが幾つもぶら下がっていて薄暗くはない。

壁際の所々には、お高そうな彫刻が幾つか並べられている。そのどれもが美しい女性の彫刻だった。


 俺は大広間の奥を見やる。これまた大きな扉が音も立てず静かに開き、中から大勢の人たちが入ってきたのである。

 ざっと見て四十人以上はいるだろう。

着飾った衣装を纏った人々。どこかで見た映画のワンシーンみたいだ。

 あまりにも美男美女が揃っているので、現実味を感じさせない。


 そんな彼らは、次第に輪を形成する。

 輪の中心には、六人の少年少女たちがいた。

 五人の反応は様々で、ホッと安堵しているような少年たちと、彼らとは逆に明らかに失望している少女たちがいる。


 彼、彼女たちの反応を示さない少女がいる。

 お付きと思われる女性の手引きで、輪の中に入ってきた少女。

 少女の顔は見知ったものであった。

 それは、ついさっき光の靄の中に消えた幼なじみ、玲奈である。


 だけど違和感がある。

 先ほどまでは、神代学園の制服を着ていたのに、いつの間にかドレスを着ていたからだ。

 だが、ドレスといっても何処となく見覚えがあるような……。

(ああ、そうか。巫女さんの衣装なんだ)

 純白と深紅の目立つ組み合わせと、何となく和風なデザインのドレスだ。

(いつの間に着替えたんだ? 俺と別れてから、五分も経っていないだろうに)


 あまりのことに、俺が妙なことに、思考を奪われていると、ワッと歓声が上がる。

 玲奈の目の前に、何かが現れたのだ。

 そいつはタツノオトシゴに似たちんちくりんで、玲奈の頭上をクルクルと回り、愛想を振りまいているようだ。

 戸惑う玲奈。


 かく言う俺も、あまりのことに思考が追いつかず、動けないでいる。

 完全に声を掛けるタイミングを失ってしまったのだ。


 玲奈の隣に少年が並び立つ。

 恭しく一礼すると、彼女に微笑みかけた。

 そいつの年齢は、俺たちに近いように見える。

 そいつは金髪碧眼のイケメンで、背丈は百七十以上はありそうだ。

 物腰は柔らかくて、気品があるようだ。こんな派手な催し事に慣れているようだ。

 そいつは物語に登場する王子様を連想させるのだ。

 イケメンは、そっと玲奈の手を取り、中央へ進むようにエスコートする。


「あいつ、何やってんだ」

 俺は、あまりのことに頭に血が上る。

「おい、玲奈。玲奈なんだろ」

 玲奈に声をかけた。


「……まさか。優兄、優兄なの?」

と、突然の出来事に玲奈も動揺している。

 が、直ぐに笑顔になると、俺の元へ駆け寄ろうとする。

 だけど、そんな彼女を周囲の大人たちは制止する。


 玲奈は、奴らに捕らわれているに違いない。

「玲奈、待ってろよ」

 頭にきた俺は、直ぐさま玲奈の元へ向かおうと、足を動かす。

「あれ」

 だけど身体は前に進めない。

 いや、手足は動いているのだ。だが、幾ら足を動かしても、この場所から前に、一歩も歩き出せないのだ。

(なんだ、どういうことだ……)


「どいてっ」玲奈は大声を出すと、無理矢理周囲の大人達から逃れ、俺の前にまで走り出した。

 我に返った大人たちも、直ぐに玲奈の後を追う。

 玲奈は、俺の目の前で男に腕を取り押さえられてしまった。

 とは言っても丁重にだけど。


 それでも俺は頭に来た。

 こんな訳の分からない所で、訳の分からないことを無理矢理させる連中に腹が立ったのだ。

「この野郎」

 俺は、喧嘩なんて大して強くはない。

 だが、幼なじみのピンチに動けないほどみっともなくない。


 俺は、拳に力をこめると、手前の男に向かって殴りかかる。

 拳は、的確に相手の顔面を捉えたのだが……。

 何の手応えもなく、拳は虚しく空を切ったのだった。

(え。顔面にめり込んでいるのにか)


 再び殴りかかる。

 確かに拳は、男の顔面を捕らえて、というよりも相手の顔面を通り抜けてしまったのだ。

「は?」

 俺は相手の顔をマジマジと見る。

 だけど男は何事も無かったかのように、玲奈を取り押さえてしまったのだった。

「え」

 他にも男たちはいる。そいつらはズカズカと大股で歩いてきて、俺の身体を通り抜けていったのだった。

 誰も俺がいないかのように振る舞う。

「おい。このっ」半ばやけくそに、目の前の男の肩を掴む。

 そいつに捕らえた玲奈を救い出すために。

 が、右手はスルリと男の身体をすり抜けた。


 そのことを見て、玲奈が驚く。

「え? 優兄だよね?」

「ああ。そうだとも」

「優兄。……身体、透けてるよ」

「は? 何だそりゃ。俺は生きてるぞ」

 俺は直ぐさま否定する。


 恐る恐る手を伸ばす玲奈。

 俺も手を伸ばす。

 伸ばされた彼女の指先は、俺の手首を通り抜けた。

 何回しても、彼女の指は空を切る。

「え、優兄が死んじゃってる。……幽霊になっちゃった」とだけ言い残し、項垂れてしまった。

 どうやら気絶したみたいだ。


「あ、聖女殿」と、少年が玲奈に駆け寄る。

 あの、金髪碧眼のイケメンだ。

 男から、玲奈を奪い取る。

 そいつは玲奈を大切そうに抱える(お姫様抱っこというヤツだ)と、

「王宮へ戻る」と言い残してその場を立ち去るのだった。


 その場に取り残された取り巻きたち。鳴り止まないざわめき。

 聖女なんたらの行事は中止になった、と誰かが言った。

 そうこうしているうちに、誰もがイケメンの後を追うようにして、慌ただしく部屋を出て行った。


動けない俺は途方に暮れて、アイツらが出て行った方を見ていた。

「取り残されちまった」俺はボソリと呟くのだった。


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