第2話 召喚の儀式は失敗しました

 巡回は何事も無く進む。

 次は要石だ。

「要石の前を特に調べて欲しい。そんな要望が出たのよ」と、玲奈は切り出した。


「ああ、そう言えばアイツが言っていたっけ」

 今朝。盛久が言うには、神主であるアイツの親父さんが、夢でお告げを見たとか言っていたっけ。

 肝心の息子の反応は「ただの夢」と、身も蓋もないものだったけれど。


「そう、夢のお告げ。

 要石の辺りで、神さまが顕現されたとかどうとか言ってたよ。

 おじさんは会議と準備に忙しいから、わたしに見てきて欲しいんだって」


「晩飯に変なモン食べたんじゃない?」と、俺は茶化してみる。

「優兄は、そういうの信じないんだ」

 玲奈の家系は、元を辿れば盛久の一族に連なる。

 だから玲奈は、そういうオカルトじみた話を結構気にするのだ。


「非科学的だろ」

「アニメは信じるのに?」

「違う。あれは少年の夢を追いかけているのさ」

「はいはい。ま、そういうことだから、要石を調べに行くよ」

 玲奈は乗り気のようだ。


 こうなったら、俺の言うことなんて聞きはしない。

「はいよ」俺は玲奈の後に続くことになった。


 後ろから玲奈を見ていると、時折足が引っ張るような、妙な動きをする時がある。

 それは以前、交通事故にあったせいだ。

 その時の、怪我の後遺症が未だに残っているのだ。

 本人は痛みは無いと言うし、変に気を使うのは悪いので、俺は気づかないふりをしている。


 鳥居をくぐり、神社の裏手の林を進む。目的の要石が見えてきた。

 要石の周囲は高い樹木が多いので少し見えづらい。

 その後ろには、祠がある。


 俺は懐中電灯を手に取ると、玲奈の前に出た。

「ちゃっちゃと終わらせようぜ」

 しめ縄のされた大きな石。神代神社のご神体だ。

 何トンあるのか判らないが、軽自動車よりも大きいのだ。

 要石に、特に異常は見当たらない。

 やはりただの夢だったのだろう。


「もう少しだけ、見て回ろうよ」と玲奈が提案する。

 どうやら納得していないようだ。

「真面目だなあ」

 俺も、あと少しだけ見て回ることになった。


 要石の裏は祠になっていて、特別な時以外は誰も入れない。

 神主である盛久の親父さんが、管理している。

 木で出来た格子の柵がある。時代劇に出てくる牢屋みたいなヤツだ。

 俺は懐中電灯の光をそちらへ向けた。


「あれ?」

 いつも閉まっている小さな扉が、開いていることに気づいた。

「扉、空いてるね、ちょっと懐中電灯貸してよ」

 と、玲奈は俺から懐中電灯をひったくると、躊躇なく扉を開けて、中に入っていった。


「お、おい」俺は焦る。

 いつも、玲奈の強心臓には驚かされてばかりだ。

 こういうときは、誰かに知らせた方がいい。

 絶対、妙なことが起きるフラグなのだから。


「へーこんなになってるんだ。あ、奥まで続いている行けそうだよ」

 玲奈は奥へと進むつもりのようだ。

「はあ」正義感が強いというか無鉄砲というか。

 外見は大人びてきたが、中身は昔と変わらないようだ。


 俺はすぐ側の林から、手頃な棒きれを拾ってきて護身用の武器にした。

「ふふ。俺の呼吸を見せる時がどうやら来たようだ」

 凶悪な鬼に、家族を殺された主人公の物語。

 その漫画に感化されて、俺は剣道部に入部したのだ。(アニメ研究会との掛け持ちだ)

 まあ、不真面目な剣道部員なので、二年経っても補欠のままだけれど。

俺は即席の刀を持って、玲奈の後を追うことにした。

  

                   ★

 祠の中は、苔むしており、所々滑りやすくて歩きづらい。

 足が少し悪い玲奈は、転ばないように、慎重にゆっくりと歩を進める。

 俺は、木刀のついでに拾ってきた棒きれを、玲奈に手渡した。

 杖の代わりになるだろう。

「サンキュ」と玲奈は会釈する。


 五分ほど歩いても、行き止まりではない。

 祠は意外なほど奥まで続いているようだ。

「なあ、もう戻ろうぜ。何も無いじゃないか」

「……待って」

「ん?」

「何か聞こえない?」と、玲奈は真顔で言った。

 俺も意識を集中させて、聞き耳を立てる。

「…………お……す」

 誰かの声? 空耳か? 聞こえるような聞こえないような、何とももどかしい。

 確かに、空耳とは言い切れない「誰かの声」が聞こえる。


「誰かが呼ぶ声が聞こえる。間違いないよ」

「え、おい。ちょっと待てよ」

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

(こんな場所で、妙な声。もしかして幽霊じゃないか?)

 俺は霊感なんて無いけれど、霊感の強い人間には聞こえるのかもしれない。


「な、なあ。戻ろうぜ」

「どうして?」

「こんな場所にヒトが居るのはおかしいって。玲奈の聞き間違いじゃないのか?」

「そう? アタシにはハッキリと聞こえるけれど」

「い、いや。だけどな」

「ははーん。分かった優兄はお化けが怖いんだ」

「ち、違わい」

「冗談は置いておいて、ほっとけないよ。

 どうやらガチの頼みっぽい。

 もし怪我しているのなら、直ぐにでも助け出さないと」

 玲奈は真剣な顔で俺を見た。


「はあ……」と、俺は盛大にため息を吐いた。

「しゃあねえ、俺も付いていくよ」


「ホント?」

「ああ。いくらなんでも女の子一人残して帰れないからな」

「へへ」どことなく嬉しそうだ。

 俺たちは、声が聞こえた方を目指して歩いて行く。

 道は一本道なので、迷うことはないはずだ。


 そうしているうちに、少し開けた場所にたどり着いた。

「行き止まり、だね」とポツリと言う。

「そうだな、行き止まりだ」

 懐中電灯で周囲を照らして見ても、行ける所は無い。

(玲奈が聞いたのは、本当に幽霊の声なのかもしれない)

 俺は少し身震いした。


「……優兄、こっちだよ」と、玲奈はスタスタと歩いて行く。

 何にも見えない暗闇の中を、迷うことなく進む姿は、何だか怖いものがある。


「ちょ、勝手に進むなって」俺は必死になって、玲奈の後を追いかける。

 彼女の目の前は、行き止まりの冷たい岩肌。

 だけど、玲奈は岩肌にそっと手を添える。


「え」俺はマジマジと見る、玲奈の身体は半ば岩肌にめり込んでいる。

「くそっ」俺も玲奈に続く。不思議な感覚。

(岩をすり抜けた?)

 岩肌を通り抜けると、更に空間が広がっていた。


「真四角の部屋?」定規で測ったかのように切り取られた部屋は、明らかに人の手が加わったものだ。

 ここは不思議な部屋だ。

 照明は何も無いのに、天井自体がホンノリと光っていて部屋全体を見渡すことが出来た。

 部屋の中央で、何らかの儀式が執り行われたようだ。様々な小道具が、キチンと並べられて置かれている。銅鏡。翡翠。


 そして、幾何学的な文様が描かれたモノ。それが俺の目を惹いた。

「え。魔方陣?」

 アニメでよく見る類いの魔方陣が、部屋の中央に描かれていたのだ。


「……」玲奈は目の焦点が合っていないのか、フラフラと魔方陣の中央へと進んで行った。

「おい、ちょっと待て」

 俺は慌てて玲奈の元へ向かう。

 俺が、一歩魔方陣に踏み込んだ瞬間、魔方陣は眩い光を放ちだしたのだ。

「こ、これは……」

 俺と玲奈。二人は光の渦に包み込まれた。


「……様。……勇者様。どうか、我らの願いを……。聞いて……」

 俺にも聞こえる。どこか切ないような、縋るような声だ。

「こ、これは勇者召喚なのか」光る魔方陣、それは召喚の儀式に通じるものがある。 


 これはオタクにとっては常識である。

 無理矢理召喚されたことの対価として、常人とは異なる能力を付与されるのだ。

 大抵の場合はチート能力だ。

 何だかんだ上手い具合に能力があてがわれ、召喚された勇者は無双していくのだ。

(まあ、その逆のストーリーもあるんだけどな) 

 これは俺にとって都合が良いことなのだろうか……。


 ……だけど。

 俺は、左手側を見やる。そこには玲奈がいる。

 彼女も同じく、異世界召喚されるのだろう。


 リアルに考えるならば、勇者だの何だのと煽てられて、戦いに駆り出される傭兵みたいなものだ。

 当然、怪我を負うことも、死ぬこともあり得るのだ。


 大したリスクを負わないゲームみたいな世界ならば、それはそれで面白いだろう。

 だが、現実は違うということは、高校生にもなれば否応にも分かってきてしまうのだ。 

 そんなところへ幼なじみを連れては行けない。

 俺は手を伸ばす。

 どうにかして彼女を魔方陣の外へ放りだそうと思い。


 また、玲奈も手を伸ばしてきた。意識を取り戻したようだ。

 不安げな顔をした玲奈。やはり心細いのだろう。


 あと少し、ほんの少しで指先が触れあうという所で、玲奈は完全に光の中に消えてしまった。

「玲奈っ!」

 玲奈が完全に光の中に消えてしまった。


 かく言う俺の身体も少しずつ光の靄に包まれ、身体は透けて見えるようになってきた。


 不思議な気分だ。優しげな温かい光が俺を包む。

 次第に意識がまどろみの中に落ちていくのが分かる。

「お、俺も連れて行かれるのか? よ、ようし」

 腹をくくる。

 こうなったら、サッサと玲奈と合流したいのだ。


「よし。待ってろよ」

 俺は、覚悟を決めて光が強い方、魔方陣の中央へ進む。

 だが、


 ドンッと強い衝撃が、俺を襲う。

「なっ」

 視界は暗転する。

 まるで光にはじき出されたような感じだ。

 そして、意識もまた暗闇に飲み込まれて行くのだった。


「……」何かが俺の周囲をグルグルと回っている。だが、それも直ぐに見えなくなっていった。

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