幽霊勇者と聖女が二人~勇者召喚は失敗しました。

さすらい人は東を目指す

第1話  プロローグ

 勇者召喚。そう聞いて、何を思い浮かべるだろうか。


 国の存亡の危機に救いを求め、異世界より招かれ少年たち。

 チート能力を与えられ、敵を颯爽と倒していく。


 もしくは召喚された先の国王は、私腹を肥やす腹黒い人物であり、役に立たない穀潰しと罵られ、はした金を与えられて城から追放される。

 だが、役に立たないと思われた能力は神スキルであり、その力を使って成り上がっていく。

 大体は、そんな所ではないだろうか。


 だが、実際は違ったのだ。

 俺は勇者召喚に巻き込まれ、身体を失い、幽霊となっちまった。


 幽霊勇者なのだ。

 目の前で幼なじみは連れ去られても、身動き一つも出来やしない。

「なんでこうなったんだろう」

 俺は事の発端になる出来事を思い返すのだった。


                     ★


 今は夏休み。

 八月上旬。夏真っ盛り。

 海岸には水着姿の人々が多数見受けられる。

「うん、今日も無事だな」

 と、俺(笹倉優斗・ささくらゆうと)は呟いた。


「ああ、何事も無い。これは良いことだ」

 と、隣にいる俺の悪友、乙部盛久(おとべもりひさ)も同意した。

神主の息子で、神代(かみしろ)神社の跡取り息子の癖に、信心の足りない罰当たりなヤツだ。だけど、付き合いは驚くほど良い。

 顔は良いし、スケボーやバスケが得意なリア充なのに、常にスケベな行動を取るため女生徒からは嫌われている哀れなヤツだ。


 俺も一応運動部(剣道部で、万年補欠)だが、オタク趣味が前に出てるため、女受けは芳しくない。

 だが、そんな俺とも平気で接してくれる気さくなヤツである。

 まあ、スケベ友だちと言い換えて良いかもしれない。


 蒸し暑さを時折吹く風が吹き飛ばしてくれる。

 木陰で過ごす、のどかに流れる時間。

 そして癒やしの空間が目の前に広がっているのだ。


 俺たち、神社の警備員は、浜辺で戯れる人々に伸びるであろう魔の手から守るため、忙しいのだ。

「さて、次のターゲットは……」

 誰かのピンチに備えるため、警護の手は緩めてはならない。

 俺は忙しくオペラグラスを動かす。だが……


「ん?」急に視界が狭まり、焦点がぶれた。

 そして、白いハイソックスを履いた細い足が見えた。

 長いスカートと、残念ながらレギンスをはいている。

 これ以上ジックリと見ると後が怖いので、サッと視線をずらした。


 俺は恐る恐る上を見ると、俺からオペラグラスを奪った犯人がいる。

 見知った顔の少女だ。

 彼女は冷めた顔して、俺を見下ろしていた。


「もう、優兄何してんのさ」

 憮然とした顔をして、俺を睨みつける少女。

 コイツは神月玲奈(かみつきれいな)。一つ年下で、家は隣同士、いわゆる幼なじみというヤツである。

 化粧っ気は無いけど凜とした容姿は、見慣れた俺でも、時々可愛いかもと思えるときがあるくらいだ。

 だけど、小言と指摘癖の多さに嫌気がさす方が多い。


「いや、これはその……。周囲の警戒をだな」

 俺は言葉に詰まる。

「そうそう。何処かに不審者がいないか、居れば直ぐさま行動出来るように監視していたんだよ」

 と、盛久が助け船を出してくれた。


「私の目の前には不審者が二名いるけどね」

 だが、玲奈はそんな戯言をバッサリと斬り捨てた。


「え、何処にいるんだろう」「そうだよな」と俺と悪友は周囲を見回す。

 神社の裏手、ここからは周囲がよく見渡せる。

 明後日の夜、神事の際奉られる祠は勿論のこと、海岸の砂浜にいる若い男女まで……。

 野郎は何処か行け。

 この秘密の場所にいるのは俺たち三人だけだ。


 うん、誰もいないぞ、俺は盛久と顔を見合わせた。

 強いて言えばしかめっ面した玲奈が、仁王立ちしているぐらいかな。


「言い訳禁止。

 ご託は並べないでちょうだい。

 こんなとこで油を売っているほど暇なんでしょ? 

 ホラ、早く手伝ってよ」

「ん?」俺は首をかしげる。

「生徒会の手伝いよ。神社周辺のゴミ拾いと安全の再チェックよ。

 明日はバーベキュー大会があるでしょ?」

「ああ」と俺は生返事をする。


 俺たちの県では、少しばかり名の知れた由緒正しき神代(かみしろ)神社。

 お盆の前、十二日が本祭りだ。

 その前の宵宮に合わせて、神代学園では最大級のイベントの一つである、バーベキュー大会がある。

 学園の生徒はもちろん、神代市民も大勢参加するのだ。

 俺も楽しみにしている。

 今日は八月十日、バーベキュー大会の前日である。


「え。もうそんな時間か」

 俺はスマホの画面を見る。

 時刻は十四時二十分。予定では十七時前に見回るハズだ。

 玲奈は生徒会役員なので、神社周辺の見回りを任されたのだ。

 俺は、彼女の助手として、一緒に見回る約束を「させられた」のだ。


「洞窟の奥とか見回るのなら、今からでも時間が足りないよ」

「え。あそこは立ち入り禁止だったんじゃないか」

「それでも、誰かが入るかもしれないよ?」

「そんなアホいるもんか。行くだけ無駄だ。

 それと、今から見回りなんて早すぎるぞ」と、俺は抵抗を試みる。

 未だ見ぬ美少女が、水着姿で俺を待っているかもしれないのだ。

 諦める訳にはいかない。


「あー、口答えする」と、玲奈は唇を尖らせる。

 だが、次の瞬間には意味深な笑みを浮かべていた。

「それとも、コレを提出しちゃおうかなあ」とビデオカメラを取り出した。


「そ、それは……」俺は言葉を詰まらせた。

 聖地巡礼のため、俺がバイトで汗水流した結晶だ。

 最新のデジタルビデオカメラで、四Kにも対応している。

 アニメで見た思い出の風景を堪能するため、張り込んで買った逸品だ。

 その中には、巡礼を正確に行うべくするため、その予行練習として様々な被写体が収められている。

 正に、俺と盛久、二人の汗と涙と情熱の結晶が収められているのだ。

 だが、見る人によれば感動ではなくて、破廉恥と言われるかもしれない内容なのだ。

 取り扱いには十分に注意しなければならないけれど……。


「こ、この鬼め」俺は悔しさのあまり歯がみした。

 この鬼に奪われたのは、一生の不覚だ。

 俺は、あの時の俺を呪う。


「はいはい。口ではなくて、行動すること」

 そう言うと、玲奈はポンポンとビデオカメラを軽く叩いた。


 選択の余地はないようだ。

 俺は観念して、鬼の幼なじみの後を付いて行くことにした。

「俺の方が年上なんだがなあ」

「一っこだけでしょ」とツッコミを入れてくる。

 二人だといつもこんな調子である。何故だか玲奈には頭が上がらない。


「おう、優斗。玲奈ちゃんとデートかい?」

 と、悪友は今のやり取りを、ニヤニヤしながら見つめていた。

「馬鹿、そんなんじゃないよ。弱味握られているだけだ」

「そうかねえ」

「そうだ」俺は力強く否定した。

 盛久が残念そうに「幼なじみか。厄介だねえ」と言う。

「ああ、強敵だ。俺の手口を熟知していやがる。今に見ていろよ」

 すると盛久は小声で「いやはや勿体ない」と言うのだった。


 俺はその言葉を聞き流した。

 小さい頃から見てきた俺にとって、少し(?)口の悪い妹分にしか見えないのだ。

 とてもじゃないが、一人の女の子として意識出来ない。


「良かったら代わるぞ、こんなじゃじゃ馬娘なんて……」と俺が言い終わる前に、

「アホ」と玲奈に脇腹を思い切りグーで殴られた。

「お、お前なあ」少し涙目で玲奈を睨むと

「ちゃっちゃと行くよ」

 玲奈はドンドン先に進んで行った。

「やれやれ変わってないよ」

 俺は軽くため息を吐くと、彼女の後を追うのだった。


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