終章 空白に還る(1)
「せめて、エフィーの事をちゃんと知りたいんです」
事務室に集合した『ルーナ』第四支部メンバーとマガリーに、ギールは拳を握り締めて伝えた。
エフィーが消えたあの夜から一週間。
各々がまだ慌ただしい大変な状況にあるだろうが、ギールの呼び出しに全員が応じてくれた。
「これが、モルスが持っていた古代の記録書よ」
マガリーがテーブルに置いた冊子は、全体が焼け焦げていた。
ギールは表紙を開く。
中も酷い有様で、まともに読める部分はほとんどなかった。
「まずはここね、周りの単語から推測するに『意思疎通の魔法は成功したが、著しい記憶障害が起きているようである。彼女の名前がエフィーである事は判明したが、有益な情報は得られそうにない』といった記述になるはずよ」
マガリーの補助を受けながら記録書を読み進める。
「この辺りは……エフィーちゃんの回復魔法と不死性が正常に機能しているかどうか、そして天使の回復魔法を封じる手段はないか、その検証結果の記載だわ」
文字をなぞるマガリーの指が震える。
「詳しい内容は読めないけれど、拷問まがいの実験が行われたらしいの……」
ギールは軋むほどに奥歯を噛み締めた。
悲惨な運命を辿った少女の記録。読み終えた頃には、深い後悔で胸が張り裂けそうだった。
(どうして、守ってあげられなかった……)
隣でアミラが泣いていた。目元を拭いながら、彼女はぽつりと零す。
「せめて、お墓参りできないかなぁ……」
「……そうだね」
込み上げてくる涙を必死で抑えつけ、ギールも頷いた。
しかしエフィーの身元に繋がるような情報は、焼け焦げた記録書には残っていなかった。
「マガリーさん。どうして、エフィーが既に死んでいると分かったのでしょうか?」
ギールは声を絞り出す。
「俺はネットで『エフィー』と検索しても、あの子と思われる情報は何一つ見つけられませんでした」
「フラッドさんの権限でね、『魔法犯罪被害者データベース』を閲覧したの」
ギールの問いかけに、マガリーが目を伏せながら答えた。
フラッドが頷き、静かな声で続きを引き継いだ。
「しかし『エフィー』という名で検索したが、原因不明の昏睡状態に陥っていた少女は見つからなかったんだ」
その言葉を聞いたアミラが、涙声で呟いた。
「そっか……魔法による事件性が疑われるときは、病院にも通報義務がありますもんね……」
ギールは俯いた。どうすれば、エフィーの身元に辿り着けるだろうか。
思考を巡らせて、ふと一つの手が思い浮かんだ。
「そうか、これなら分かるかも」
全員の視線が集まる。
ギールはレマに顔を向けた。
「レマさん、『戸籍管理システム』に侵入できませんか?」
「……! なるほど、戸籍ね!」
レマは頷くとパソコンに向き直り、行政が管理する個人情報の集積所に難なく侵入してくれた。
「はい、できたわ」
「ありがとうございます。そしたら、十四歳から十五歳に絞って『エフィー』と検索をお願いします」
「了解よ」
検索結果は百件以上に及んだ。『エフィー』だけでなく、『クロエフィール』や『エフィーリア』などの名前も多数ヒットしていた。
「既に亡くなっている人を絞り込む事はできますか?」
「大丈夫よ。ちょっと待っててね」
レマがキーボードを叩き、システムの検索機能を拡張していく。
これでエフィーの本名が分かるはずだ。ギールは期待を込めて見守った。だが、
「……え? 該当なし……?」
レマの呟きが虚しく零れ落ちる。
ギールは凍りついて画面を見つめた。カイスの心苦しげな声が耳に届く。
「もしかして、エフィーちゃんの遺体はまだ見つかっていないのか?」
「そんなっ……人知れず朽ち果ててるって事っ!?」
アミラが悲痛な声を上げた。
「そんなの酷すぎるよ。ギール、何か手はないの……?」
だが、ギールは液晶画面から目を離せなかった。
頭の中でエフィーと交わした言葉の数々が反響する。彼女の様々な表情が蘇る。
そして一つの仮説が組み上がった。
それは、エフィーがあんなにも「救われた」と言っていた理由の答えでもあった。
胸が締めつけられて、ギールは耐え切れず胸元を押さえる。
「……どうして、こんなにも救いがない」
「ギール……?」
不安げな様子のアミラに向き直り、ギールはぽつりと零した。
「エフィーと出会ったあの日、あの子は『両親に会いに行こうとしていた事は覚えている』と言っていた」
その言葉の本当の意味を、自分はずっと履き違えていた。
「——エフィーは、死ぬつもりだったんだ」
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