第22話 焼失

「それじゃあ、行こっか」


 ココアとミルクティーを飲み終えて、歩き出そうとしたそのとき。

 ——ピロピロピロ、という電子音が割り込んできた。

 アミラの表情が瞬時に険しくなる。


「ちょっとごめんね」


 ポケットからスマホを取り出し、電話に出るアミラ。

 一瞬で張り詰めたその気配に、エフィーも緊張して思わず姿勢を正した。


「分かりました。すぐに向かいます」


 電話を切って、アミラは忌々いまいましそうにスマホをしまう。


「ごめん、緊急の援護要請がきちゃった」

「え……?」


 事態を呑み込めず、エフィーはほうけた声を出してしまった。


「どこかの馬鹿が、近くで人質を取って立て篭ってるらしいの。ちょっと行って片付けてくるから、家で待っててもらって良い?」


 アミラが眉を下げて、ギールの家の合鍵を差し出してくる。

 やっと状況を把握したエフィーは、鍵を受け取って頷いた。

『ルーナ』に援護要請が入ったという事は、犯人はきっと危険な魔法を使用できるのだろう。


「アミラさん、どうかお気を付けて……!」

「ありがとう。とっとと終わらせて帰ってくるから、そしたら出直そっか」




 アミラを待っている間。

 一人ではする事もないので、エフィーはソファーに座ってぼうっとしていた。

 エアコンから吹き出す温風が心地良い。

 次第にまぶたが重くなり、身体に力が入らなくなって——インターホンに耳を叩かれ、エフィーはビクッと飛び起きた。


「は、はーい!」


 パタパタと玄関まで駆ける。


『アミラよ。終わらせて戻ってきたわ』


 ドアの向こう側から声が聞こえた。エフィーは鍵を開けて笑顔で出迎える。


「おかえりなさい、アミラさん!」

「……ただいま」


 アミラが微笑む。

 だけど、何だか元気がないようにエフィーには見えた。


「ごめんね、ちょっと疲れちゃって……ちょっと休んでも良い?」

「だ、大丈夫ですか? 私のベッド使っても良いですよ」


 心配で尋ねると、アミラはルームシューズに履き替えながら目を細めた。


「ありがとう。ソファーで大丈夫」


 ふらふらと横を通り過ぎるアミラを、エフィーは視線で追う。

 玄関のドアが閉まる音が、背後でやけに重く感じられた。

 リビングルームに向かうアミラの背中を、胸元に右手を当てながら見つめる。

 そして、エフィーは気がついた。


「あ、猫ちゃん……」


 宝物だと言っていたぬいぐるみ。焼け焦げて、一部しか残っていなかった。

 アミラが立ち止まった。

 振り返った彼女の顔は、笑っているけれど泣いてしまいそうで。


「……ちょっと、失敗しちゃった」


 一言だけ告げた後、アミラはソファーに座るまで無言だった。

 エフィーも言葉を見つけられないまま、アミラに続いて隣に腰かけた。

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