第21話 ミルクティー

 ギールに色々な場所に連れて行ってもらったり、家でまったり過ごしたり、アミラがお菓子を持って遊びに来てくれたり。

 そうやって周りの人たちと交流を重ねて、時間を重ねて、エフィーは世界に馴染んでいった。

 そして、ギールたちと出会ってから十日が経過した。




 本日は日曜日。だが、ギールはどうしても外せない用事があるらしい。

 その代わりに、アミラが一緒にいてくれる事になった。

 そしてアミラが到着し、ギールが出かけて行ったすぐ後で。


「エフィー、私たちも出かけるよ」


 アミラに連れられて、エフィーも家の外に出た。冷たい空気に身を縮める。

 吐息で指先を温めながら、エフィーはアミラに問いかけた。


「どこに行くのですか?」

「色々。この前はほぼ買い物で終わっちゃったでしょ? だから今日は遊んで回ろうかなって思ってるの」


 ドアを施錠しながらアミラが答える。

 その様子を眺めていたエフィーは、アミラのショルダーバッグに付いているまん丸な猫のぬいぐるみに気がついた。


「アミラさんアミラさん。そのカバンに付いている子、可愛いですね」

「え? ああ、これ?」


 アミラがバッグを手に持って、目の前でストラップを揺らす。


「ふふ、ありがと。私の宝物なの」


 僅かに頬を染めて、アミラは目を細めて笑った。


「私の恋人がね、去年プレゼントしてくれたんだ」


 アミラの恋人。さらっと出てきた新情報に、エフィーはふと心配になった。

 胸が締め付けられるような思いでアミラを見つめる。


「あの、アミラさん。もしかして今日、その方と過ごす予定だったのでは……?」


 しかしアミラはキョトンと目を瞬かせて、それから優しい笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。今日は元々フリーだったから」

「そうでしたか、良かった……」


 二人で並んで歩き出した。吹き抜けた風が冷たくて、エフィーは身体を震わせる。

 アミラも同様に縮こまっていた。


「うぅ〜寒いね。あそこの自販機で何か飲んでも良い?」


 頷いたエフィーは、アミラに従って自動販売機の前まで移動した。


「エフィーも飲む? 奢るよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。実はですね」


 エフィーはカバンを探り、小さな赤い財布を取り出した。


「ギールさんからお小遣いをいただいたのです!」

「あっ、ギールが幼い頃に使ってた財布だ! 懐かしいなぁ」


 アミラが目を細めた。


「ギールがこれを使って、銀行強盗団を制圧した事もあったんだよ」

「え、何ですかそれはっ!?」


 突然供給されたギールの過去の情報に、エフィーは思わず食いついた。

 アミラがくすくすと笑う。


「昔のギールは今よりもわんぱくだったんだ。詳しい話は後でしてあげる」


 幼い頃のギールの話が聞ける。エフィーはワクワクしながら財布を胸元に当てた。

 アミラが自販機に向き直る。


「ホットココアにしちゃった。エフィーはどうする?」

「そうですね、えっと」


 エフィーは商品ラインナップを見渡した。そして——。


「あ……」


 呟きが漏れた。小銭を入れて、購入ボタンを押す。

 ガコン、と取り出し口に缶が転がってきた。

 エフィーは手を入れて缶を持ち上げる。少し熱くて、僅かに顔が引きった。

 けれども外気に冷やされて、すぐにその熱さが心地良く感じられた。


「ホットミルクティー?」

「はい、どうしてでしょう……何だか、気になってしまって」


 鼓動が速くなっている。

 理由も分からないまま、エフィーは缶を開けて一口飲んだ。

 柔らかな風味と甘い味が広がって——。


「……思い出しました」


 エフィーは手の中のミルクティーをじっと見つめる。


「両親に会いに行く前にも、ミルクティーを買って一人で飲んだんです。今日みたいに寒い日だったから、どうしても飲みたくなって……」


 おぼろげな記憶が、頭の中で少しだけ形を整え始める。


「そうです。私、ミルクティーが好きだったんです。昔、両親と一緒に飲んで……それ以来、この優しくて甘い味が大好きになったんです」


 それ以上の事は分からない。

 ただ、少しだけ自分の事を思い出して——何故だか、とても切ない気持ちになった。


(どうして……涙が出そうに……)


 エフィーは困惑する。胸の奥から、勝手に熱い想いが込み上げてきて——。


「大丈夫……?」


 アミラの声が聞こえて、エフィーはハッと我に返った。涙が引っ込む。


「す、すみません。美味しくてぼーっとしちゃいました」


 慌てて微笑みを浮かべると、アミラも「そっか」と微笑んだ。

 エフィーはミルクティーを口の中にたっぷり含んだ。

 そうやって、胸の中で広がる切なさを甘い香りで誤魔化した。

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