第20話 不安
帰宅後、エフィーが紅茶を飲んでいるとインターホンが鳴った。
「あ、メリンダさんかな?」
向かい側のギールが立ち上がって玄関に向かう。
「…………」
エフィーは密かに跡をつけて、物陰からこっそり玄関の方を覗き見た。
(メリンダさん……女の人だよね……)
知人が来る事になったとは聞いていたが、まさか女性だったとは。
(ギールさんに恋人はいないって、アミラさんは言ってたけど……)
不安で胸がきゅっと締まる。
エフィーは祈るような気持ちで、玄関ドアが開く様子を見つめた。
「遅くにすみません、ギールさん」
「いえ、大丈夫ですよ」
メリンダは大人の女性だった。親子くらい歳が離れている。
「お一人でいらっしゃったのですか?」
「主人は今日は仕事なんです。ユートの件で休んでいた分、仕事が山積みみたいで」
しかも結婚しているらしい。エフィーはほっと吐息をついた。
(盗み聞きは良くないよね)
頭を引っ込めてリビングの椅子に戻る。
紅茶を一口飲んで、エフィーはぼんやりと天井を見上げた。
「ギールさん、どんな女の人がタイプなのかなぁ」
ぽつりと呟きが零れた。
恥ずかしいから、ギール本人に尋ねるなんてできないけれど。
(アミラさんだったら、何か知ってるかも……)
ギールの好みを知りたい。
そうすれば、その理想に近づくために頑張るから。
エフィーは胸元に手を当てた。
(ギールさんに好きになってもらえたら、嬉しいな)
やがて足音が聞こえて、エフィーは居住まいを正した。
「お待たせ」
リビングルームに戻ってきたギールは、右手に何かをぶら下げていた。
「それは……ペンダントですか?」
凝視しながら尋ねると、ギールが柔らかな表情で頷いた。
「メリンダさん——さっきの女の人がくれたんだ。息子さんにお守りを買ったついでに、俺の分もって」
「お守り?」
「息子さんが魔法犯罪に巻き込まれてね。その関係で、メリンダさんは俺が『ルーナ』の捜査官だって知ってるんだ。だから、俺の安全も祈ってくれたんだよ」
『ルーナ』の任務には命の危険が伴う事も多いから——。
ギールははっきりとは言わなかったけれど、エフィーにもそういう意味だと分かった。
——唐突に、不安が襲った。
彼が自分を残して死んでしまう未来を、想像してしまった。
喪失感と孤独感に全身が震える。
「ギールさん……」
エフィーは胸元をギュッと握り締めた。彼の瞳を見つめる。
「どうか、置いていかないで」
ギールは驚いたように目を見開いた。けれどもすぐに、いつもの優しい表情に戻った。
安心させてくれる、穏やかな微笑みを見せてくれた。
「大丈夫だよ」
ポンとギールに頭を撫でられた。
柔らかな手のひらの感触と伝わる温もりに、胸の不安が溶けていく。
エフィーは急激に恥ずかしくなって俯いた。頬が熱を帯びる。
「ご、ごめんなさい。私ったら、突然何を……」
「朝から出かけていたからね、少し疲れてるんだと思うよ。ゆっくりお風呂に入って、今日は早く寝ようか」
そう言ったギールの声は、とても優しかった。
ドライヤーで髪を乾かしてから、エフィーはリビングルームに戻った。
「ギールさん、お風呂……」
途中で口を閉じる。
今日も今日とて、ギールがテーブルに突っ伏して眠っていた。
昨日はその無防備な寝姿が可愛いと思ったが、今日は素直に愛でる事ができなかった。
(きっと、よく眠れてないんだよね……)
昨夜、ギールはうなされていた。あれが昨日だけのものとは思えない。
疲れているのは、ギールの方こそなのだろう。
(過去に、何かあったのかな……)
酷いトラウマになるような「何か」。
もしかしたら、彼がこの歳で『ルーナ』の捜査官をしている事にも関係しているのだろうか。
エフィーは目を伏せる。
力になりたいけれど、出会ったばかりの自分が踏み込んでいいとは思えない。
ギールが話してくれるまで、待っているべきなのだろう。
もどかしさを堪えて、エフィーは電気ポットに視線を向けた。
昨日と同じように、彼が好きなコーヒーを用意しよう。
今の自分には、それくらいしかできないから。
(だけど、いつか——)
ギールに視線を戻して、エフィーは呟く。
「私も、あなたの助けになりたいな……」
彼が自分を、暗闇の中から救ってくれたように——。
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