第8話 協力

「服も貸してくれてありがとう、アミラ。ごめんね、一人で大変だったでしょ?」

「気にしないで。この子も女の子なんだから、まさかギールに手伝ってもらうわけにはいかないもの」


 ギールは『ルーナ』職員用シャワールームから、天使の少女を横抱きに抱えて運ぶ。

 その最中、隣を歩くアミラが目を伏せてぽつりと呟いた。


「シャワーを浴びている間もね、ずっと泣いてたの。人間に捕まって、きっと酷い目に遭わされ続けていたんだよね」


 痛みに胸を軋ませたように、アミラは声を震わせる。


「こんなにも泣いているのに……殺さないといけないなんて」

「……まだ、殺すと決まったわけじゃないよ」


 ギールは少女を抱く腕に力を込めた。


「まだ、十四日あるから」


 それも概算であり、自分が死ぬまでの正確な期限は分からないけれど。

 例えば、二人とも生き残れる方法が見つかったら。

 可能性は低くとも、例えばマガリーを頼れば何とかしてもらえるかも知れない。


 或いは、期限までに復讐を果たす事ができたら。

 そうすれば、もう自分は生きる必要がなくなる。自分の命を、この子に譲る事もできる。


 アミラが搾り出すような声で頷いた。


「……そうね」


 話している間に事務室に辿り着いた。

 フラッド、カイス、そしてレマの三人は打ち合わせ用デスクの周りに集合していた。


「お待たせしました」


 ギールは窓際のソファーに少女を横たえると、アミラと共に話し合いの席に着いた。

 フラッドが、真剣な面持ちでこちらを見る。


「ギール……単刀直入に聞くが、お前はあの少女をどうするつもりだ?」

「救いたいと思っています」


 フラッドの目を正面から見返して、ギールは告げる。


「あの子を傀儡化から解放し、十四日後の破壊も回避する。それが理想です。だけど、それが無理ならば」


 ギールは拳を握り締める。


「せめて、幸せだと思わせたまま死なせたいです。美味しいご飯を食べさせたり、温かな毛布で眠らせたり。せめて、それくらいはあの子に……」


 戦闘兵器として扱われ、苦しみ続け、僅かな救いもないまま殺されるなんて。

 そんな結末は、あまりにも悲しすぎる。

 だが、あの少女は脅威的な力を持った人類の敵対者。

 その危険性を考慮すれば、傀儡化の解除など絶対に反対されるに決まっている。

 そして自分には、フラッドたちを説得できるほどの情報なんてない。

 ギールは奥歯を噛み締めて——。


「分かった。彼女を救うために、俺たちもできる事をやろう」

「えっ……?」


 ギールは驚いて声を上げた。


「どうした、俺が反対すると思ったか?」

「ええ……間違いなく……」


 当惑していると、フラッドは苦笑気味にこちらを見た。


「確かに彼女の脅威は計り知れないが、それはそれだ。救いを求めている者がいるならば、手を差し伸べるのが俺たちの仕事だろう?」


 フラッドが言いながら、カイスとレマに目を向けた。

 二人も笑みを浮かべて頷いた。


「今まで、ギール君とアミラちゃんには話した事なかったけどね。僕とレマの出会いも、似たような感じだったんだ。何年前だっけ。僕が十八の頃だから、えっと……」

「十五年前の話よ」


 レマが引き継ぐ。


「当時十歳だった私は、色々あって犯罪組織に捕まっちゃったの。爆破魔法なんてものを仕掛けられてね。私を救おうとすれば、大勢が危険に晒される。そんな状況だったのよ」

「爆破魔法、ですか?」


 懐かしむように、レマが目を細めて首を縦に振った。


「だけど、カイスたちに救ってもらったから私は今ここにいる。だから、私もあの子を助けたいの。救いを求める気持ち、よく分かるから」

「僕がレマを救いたいと言ったときも、周りの大人たちが協力してくれたんだ。だから、今度は僕が協力する番なんだよ」


 優しい言葉だった。胸の奥が熱くなるほどに。


「まあ、そういうわけだ。だが、天使の力が脅威である事に変わりはない。そこでだ、ギール」


 フラッドが力強い眼差しでこちらを見る。


「お前にあの少女の保護者役と監視役を任せたい。この中で一番強いのはお前だ。万が一彼女が攻撃的な姿勢を見せたときには、何としてでも鎮圧してくれ」

「了解しました。皆さん、ありがとうございます」


 目元が熱い。ギールは泣きそうな想いを抑えて、頭を下げた。




☆—☆—☆




 ギールたちが帰宅した後、カイスは一人で『ルーナ』第四支部の事務室に残っていた。レマは先に帰宅している。

 テーブルに資料を広げて眺めていると、スマホに着信があった。


「もしもし、どうしたの?」


 電話に出て、暫し相手の話に耳を傾ける。


「なるほど、確かに備えておいて損はないね」


 頷いて同意を示す。チラリと時計を見ると、午前三時だった。


「大丈夫、時間はあるよ。それじゃあ」


 そしてカイスは、僅かに口元を緩めた。




「——ギール君の身体に、爆破魔法を仕掛ければ良いんだね」

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